【第125回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その12

2008.09.03

 

「ウルサへ行くということは、王に嫁ぐという意味だよ」

 リュウカが聡そうとすると、リズは頬をふくらませた。

「いいもん。お后さまにだって、なんだってなるわ」

 また、エドアルとケンカしたのか。

「一時の感情で、軽々しく口にするものではない」

「いいじゃないの。ちょっと気晴らしにきたら? 国王が気に入れば后になればいいんだし、気に入らなくても、すてきな出会いがどこかにあるかも」

 エヴァ=リータがけしかけると、リズは言った。

「行くわ!」

「落ち着きなさい」

「行くったら、行くの! 私だって、いつまでもお留守番じゃないんだから! お姉さまみたいに、あちこち行くことだって、私にもできるんだから!」

 そこでようやくエドアルが現れた。

「姉上! 勝手なことをされては困ります」

 ウルサの客人が来ていると聞いたのだろう。青い上着の形に金の縁取りの青いサッシュをかけている。

 パーヴの礼装である。

「おまえがウルサの外交官とやらか」

 威厳をもって重々しく言う。

「ご苦労だったな、ゆっくり休むがよい」

 上位の者が寛容にもねぎらうといった風体だった。

「ところで姉上。おひとりで勝手に出歩かれては困ります。行き先も告げず、みなが心配するではありませんか。少しは、次期女王のご自覚を持っていただきませんと」

「そなたに見てもらいたいものがあるのだが」

 リュウカは言った。

「姉上、話は終わっておりませんよ。都合が悪いからといって話題を変えるのは行儀の悪いことです。常に物事を真摯に受けとめ、深く反省しなければなりません」

「話は後で聞くよ。今はまず見てもらいたいものがあるのだ」

「姉上。話は最後まで聞くものです。ピートリークの祖、かのヒースクリフはウルサ山脈を越えたとき、仲間たちにこう言ったそうです……」

「黄泉に落ちちまえ」

 エヴァ=リータが口走り、エドアルがぎょっとした。

「かっこつけてる場合じゃないわよ、落ちのびた王子さま。用があるから呼んだの。さんざん待たせたあげくに、くだらない講釈で暇とらせてるんじゃないわよ。さっさと来る!」

 エヴァ=リータはエドアルの腕を引いて歩きだした。

「無礼者!」

 背の低いエドアルは、ウルサの一団の中に入ると、いっそう小さくなったような気がした。

 エヴァ=リータは馬車のひとつの前で止まり、ドアを開けさせた。

 中に女が四人。髪の色は濃く、ウルサ人とは異なる異人。

「この中に見覚えのある人はいない?」

 知らない、とエドアルは思った。

 異人に知り合いなどいない。

「どういうことだ」

「妾は、婚礼の化粧を施していたのじゃ、このような姿では……」

 自称パーヴの王妃がイリーンの言葉で言った。

「わかる言葉で話してくれない?」

 エヴァ=リータの顔はにっこり微笑んでいたが、声は低くすごんでいた。

 自称パーヴの王妃は、わざとらしくため息をつき、ピートリークの言葉で言った。

「王子とは、婚礼時に顔を合わせただけじゃ。化粧が濃かったゆえ、妾の見分けはつくまい」

「誰だ?」

 エドアルはクビをかしげた。イリーンからの祝い客には何人か会った。しかし、異人の顔など見分けがつかない。

「パーヴの王妃、イリーンから来た花嫁、あなたのお義姉さんだってよ」

 エヴァ=リータが言った。

 エドアルは額に皺を寄せた。

「ちがう。あの人は、イリーンの言葉しかわからないんだ」

 

 

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