ヒプノイズの屋敷には昼過ぎに到着した。
早馬を走らせる金もなかったので、とつぜんの異人の来訪に、出迎えの準備はなにもできていなかった。
「ちい姫さま!」
リリーが玄関で迎えた。
「どこへ行ってらしたんですか! お一人で! どんなに心配したと思って……」
リュウカはさえぎった。
「カゲの鞍を質に預けてきた。すぐに取りに行かせてくれないか。流れては困る」
リリーの顔がひきつった。
「質屋ですって? なんでそんな……」
「金が入り用だったのだ」
「おこづかいが足りなかったんですか? それにしても、鞍なしじゃ乗れないじゃありませんか!」
「だから、すぐに取りに行ってくれないか」
鞍なしのカゲに乗るのは久しぶりだった。楽しくはあったが、長い距離になれば疲れる。
「それから、エドアルを呼んでくれないか。ひとりで、すぐに来るように」
エドアルより、リズのほうが先に来た。
「お姉さま、この人たち、なぁに?」
ウルサの巡礼風の一団を見て、リズが目を見開いた。
「いろんな金髪があるのね。私、ウルサの人はみんなデュールみたいな薄い色なんだと思ってた」
近くに立っていた金髪の外交官に気づき、ハッとした。
「デュールそっくり! もしかして、デュールの本当のお母さん?」
リュウカが答えずにいると、リズはウルサの言葉で言った。
「初めまして。私の名前はリズです。リュウインの第三王女です。十四歳です。あなたの名前はなんですか?」
たどたどしい、型どおりの言い回しだった。
金髪の外交官は吹きだした。
「エヴァ=リータよ。よろしく、エリザ姫」
金髪の外交官エヴァ=リータは、流暢なピートリークの言葉で言った。
「私、いくつぐらいに見えてるの?」
リズは、あっ、と口を覆った。
「じゃあ、お姉さん?」
二十代半ばに見えるエヴァ=リータにとっては、年の離れた弟といったほうが自然かも知れなかった。
「いいわねぇ。あんな弟がいたら、愛人にしちゃうわ」
リズは目を丸くした。
おもしろそうにエヴァ=リータは顔をのぞきこんだ。
「パーヴでは、いとこは結婚できない。リュウインでは、兄弟姉妹は結婚できない。でも、ウルサでは、親子以外は結婚できるのよ」
「でも、あなたは尼君でしょう?」
リュウカが水をさすと、エヴァ=リータはニッと笑った。
「結婚できないだけよ。愛人ぐらい、誰にでもいるわ」
リズがいっそう目を丸くした。
「かわいい子ね」
エヴァ=リータはリズの髪に手をやった。
「うちの国に来ない? きっと、びっくりすることだらけよ」
リズの目がパッと輝いた。
「やりません」
リュウカは間髪入れずに言った。
「この子は、ウルサにはやりません」
「行きたーい!」
リズは口をとがらせた。
「どうして? お姉さま! 私だって外国に行ってみたいわ! ちゃんと、言葉だって勉強してるのに! お姉さまばっかり、あちこち行って、ずるい!」