「黙らせて」
金髪の外交官がリュウカに言った。
もっともである。夜中に叫ばれてはたまらない。
首を打ち、意識を失わせた。
「本物かどうかわかる方法ないかしら?」
金髪の外交官はウルサの言葉で言った。
エドアルならわかるだろう。婚礼のとき、顔を合わせているはずだ。
リュウカは軽くうなずいて訊いた。
「王妃と知って、ここまで?」
「まさか。私たちみたいに人質にされそうになって逃げてきたんだとばっかり。とんだ大物だったわね」
「言葉が通じると知っていながら、なぜ私に通訳を?」
「だって、この子たち、ピートリークの言葉は知りませんってとぼけてるのよ? だから、通訳でも探して、平和的に解決してあげようかなって思ったのよ。いけない? でも、あなたがイリーンの言葉を話せるとは知らなかったわ」
「あなたが話せばよかったのでは?」
ピートリークの言葉が通じないふりをしていると見破るからには、イリーンの言葉に多少とも通じているはず、とリュウカは読んだ。
が、金髪の外交官は首をふった。
「イリーンの言葉はあんまりわからないわ」
「では、なぜふりをだと気がついたのです?」
「そりゃあ、わかるわよ。ときどき反応してたから。だから、あの一家からは隔離して、私たちだけで監視してきたの。あの一家が誰なのかまでは知られてないと思うわ」
「この人たちをどうするつもりです?」
「どうしようかしらね。ただの貴族なら、あなたに押しつけていこうと思ってたんだけど」
金髪の外交官は艶やかに笑った。
「質問責めは、もうカンベンしてくれない? それにしても、この子が言ってたのは興味深いわね。あなた、セージュと結婚するんだ?」
からかうような目。
「パーヴの王妃なんて、なかなか良縁じゃないの」
「後から公式に申し入れしますが、ウルサから婿を迎えるつもりです」
リュウカはまじめに答えた。
金髪の外交官はますます笑った。
「それは難しいわよ。国王の結婚式を、リュウインの王妃さまはすっぽかしてくれたから」
リュウカには思い当たらなかった。
金髪の外交官は楽しむようにリュウカの顔を眺めまわした。
「二十年くらい前の話よ。黒髪に野蛮人になめられたって、国王はカンカンだったらしいわよ。当時はまだ王太子だったけどね」
自分が生まれたときだ、とリュウカは気がついた。
母は宰相によって阻まれ、ウルサ山中の小さな里で自分を生んだ。
「そんな人の娘に、婿なんか出すかしら? それに、今の国王には子どもがいないし。知らないの?」
「私が欲しいのは、ウルサとの協調と保障です。パーヴと組み、リュウインを侵さぬよう。そのための政略結婚です。お身内から一人、国王の承認付きで出してくださればけっこう」
リュウカは努めて冷静にふるまった。母の悪口など聞きたくなかったし、わざわざ内情を明かすこともできなかった。
「つまり、人質を差しだせってこと? だったら、あなたの妹を嫁にやれば? うちの国王、独身だし」
アイリーン姫は宰相が外に出すまい。自分を亡き者にした後、王冠を戴かせるために。
「下の妹、パーヴとの婚約はどうせご破算でしょう? その子をちょうだい」
リズ!
リュウカの心は冷えた。
エドアルと引き離し、ウルサへ嫁げというのか?
「あなたの一存じゃ決められない? だったら、アプス王に頼んでみるわ」
「それは!」
抗議しかけたリュウカを見て、金髪の外交官は笑った。
「パーヴの王子さまなら、とっとと帰国させればいいのよ。面倒じゃない。妹をうちの国に潜りこませて、国王を陰から操ったらいいのよ。そうすれば、北と西から攻めたてて、あなたがピートリークの女王になれるかもよ」
リュウカは内心ため息をついた。
「あなたなら、そうするかも知れません。しかし、私はあなたではないのです」
「ピートリークの女王になりたくないの? 手が届くところにあるのに!」
自分が求めるのは、草原の静かな暮らしだと言ったら、笑うだろうか?
わかってもらえるはずがない。
「じゃあ、なぁに? 田舎にでも引っこんで、惚れた亭主と子だくさんのにぎやかな暮らしとか?」
リュウカは逆に聞き返した。
「あなたが、そうしたいのですか?」
金髪の外交官は笑い声をあげた。
「そんなの、ムリよ。これでも私、尼だもの」
尼?
面食らった。
ウルサの巡礼で見かける尼たちはかしましいが、これほど派手ではない。
『涙は供養になるんだってよ。オレの知ってる尼さんはそう言ってるぜ』
ウィックロウの離宮で母を思って泣いた夜のことが、不意に脳裏によみがえった。
ヒースは、そんなことを言っていなかったか?
「あの子が言っていた尼君とは……」
金髪の外交官は、にっこり笑った。
「聞いてる? うれしいわ」