【第122回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その9

2008.08.06

 

「勝手は許さぬ! こちらにおいでの姫君をどなたと心得るか!」

 小柄な女性が、中心の女性を体でかばってみせた。

 何をしているのだろう、とリュウカはいぶかった。

 みな、小柄な女性のようすをうかがっているし、容貌から混血は小柄な女性ただ一人、服のすそからのぞく足が小さいのも一人だけである。

 貴族の姫は、小柄な女性である。

 中心の女性は替え玉だろうが、あまりにもお粗末である。

「なにかわめいているようだけど?」

 金髪の外交官がピートリークの言葉で訊ねた。

「面倒なら、ここで始末しちゃおうか? 何かに使えるかもと思って連れてきたけど、面倒になるなら要らないわ」

 腰から剣を抜いた。

 中ぶりのオモチャの剣である。舞いにでも使うのだろう。

 女たちは逃げようとした。

 リュウカは手元の灯りを金髪の外交官に預け、三人に当て身をくらわせた。逃げられては面倒になりそうだ。

 残る一人、小柄な女性は後ろから羽交い締めにした。

 金髪の外交官が剣をふりあげた。

「無礼者!」

 今度はピートリークの言葉で叫んだ。

「妾はパーヴの王妃じゃ! 汚れた手を離せ!」

「しゃべれるんじゃない」

 金髪の外交官は剣先をのど元に突きつけた。

「事情をぜんぶ話してもらいましょうか。もし、ちょっとでも疑わしかったら、ぐっさりいくわよ。あなたが何者でも関係ない。ここなら、誰にも知られずに消せるんだから」

 この人は知っていたのだろうか? とリュウカは思った。

 貴人だとは思っていたが、客ではなく、花嫁のほうだったとは。

「その前に、この汚れた手をのけさせよ! 我が王に色目を使う、この汚らわしい女狐の手を!」

 それで睨んでいたのかと、リュウカは合点がいった。

 金髪の外交官はニカァッと笑った。灯りの下ではっきり見え、魔女のように見えた。その効果を自覚しているようだった。

「わかってないわね。あなたには選択権なんかない。私が気に入らなければ斬るだけよ。さあ、話して、少しは楽しませてちょうだい」

 小柄な女性は悔しそうに顔をゆがませ、語りだした。

 パーヴ前国王カルヴは、現国王セージュに殺された。

 その現場を見てしまったため、殺されかけ、逃げてきた。イリーンへ向かえば追っ手が来ると思い、逆方向へ逃げてきた。

「納得できないわね。なぜ、セージュはその場で殺さなかったの?」

 金髪の外交官が剣の先端をちらつかせる。

 目撃したかどうか、はっきりは知らなかったからだ、と自称パーヴの王妃は答えた。

 自分は、カルヴに呼ばれ、秘密の小部屋にいた。セージュが入ってきたとき、陰に隠れたのだが、セージュが出た後、そっと部屋にもどるとき血に染まった服のすそを誰かに見られてしまい、それがセージュの耳に入ったようだ。

「なぜ、カルヴ王は、あなたを呼んだの? 秘密の小部屋って、何?」

 金髪の外交官はそうやって問い続け、幾十もの応答から読み取れたのは、こんな話だった。

 イリーンからきた花嫁は、ピートリークの言葉はまったく知らないふりをし、それを信じたカルヴ王が、幾度か秘密の小部屋に招き、昔話をしたのだという。その小部屋には黒髪の異人の女の絵が無数に飾られており、図書室の隠し棚から出入りするのだという。その女は、カルヴ王が昔愛したという女であり、花嫁と同じようにピートリークの言葉が話せなかったという。

 そんな郷愁や悔恨ともつかぬ話を聞かされていたある晩、セージュがとつぜん入ってきて、カルヴ王をめった斬りにした。カルヴ王はとっさに花嫁を大きな絵の陰に隠していたため、花嫁は気づかれず無事だったという。

 セージュが出ていった後、そっと部屋に帰ったが、服は灯りの下で黒く染まり、血の臭いがした。あわてて侍女に始末させたが、途中で誰かに目撃されたらしく、セージュが問いただしにきた。

 イリーンの通訳を介し、知らぬ存ぜぬを決めこんだが、その目はまったく信じたようには見えず、カルヴ王は病死と公表され、リュウインから花嫁を迎えるという話が浮上し、セージュの監視が厳しくなってきたので、もはやこれまでと思い、逃げだした。

「……が多くなり、……の危険も感じられるようになった」

 リュウカには聞きとれない単語をくり返した。

 イリーンの言葉で、高位の者を毒殺する、高位の者を事故死に見せかけるという意味だという。ほかにも、似た単語があるという。高位の者を絞殺する、高位の者を惨殺する、高位の者を野山に置き去りにする、高位の者を生き埋めにする、高位の者を……。

「それだけ不穏なお国柄ってことね」

 と、金髪の外交官がウルサの言葉でつぶやいた。

 花嫁は、追っ手がイリーンへ向かうだろうと推測した。そこで、逆の方向、リュウイン方面へ逃げたのだ。

 盗賊の話にはひとことも触れなかった。

「これだけ話せばじゅうぶんであろう。さぞかしよい気分であろうな。妾を差しだし、おまえはまんまとパーヴの后に座するわけだ。我が王を色仕掛けでまるめこみ、まこと、血は争えぬな」

 それが自分に向けられた言葉だと、しばらくリュウカは気づかなかった。

「ぜんぜんじゅうぶんじゃない」

 金髪の外交官は言った。

「あなたが本物だという証拠がないし、事実を語ったとも限らないわ。大きな矛盾がないだけよ」

 いくらおもちゃの剣でも、長い間構えているのはたいへんだろう、とリュウカは思った。

 金髪の外交官の腕は、見かけではわからないが、舞いで鍛えられているのだろう。

「ただひとつ言えることは、野放しにはできないってこと。もし本当だったら面倒だもの。ここで始末するのがいちばん後腐れないわね」

「無礼者! 妾はパーヴの王妃ぞ! 高貴の血を流すつもりか!」

 

 

[an error occurred while processing this directive]