その晩、ウルサの一行はヒプノイズの手前の街で宿をとった。
財布はクス・イリム一家にやってしまったので、リュウカはチョーカーと腕輪を質に持ちこんだ。
「うちは盗品は……」
白いヒースと麦の穂の紋章を見て、質屋の主人は断った。
「盗品ではない。私のものだ」
「ご冗談を。王家の方とでも言われるおつもりで?」
確かに、王家の人間が質屋など利用するだろうか?
しかたなく、カゲの鞍を質に入れた。
草原製の鞍は鮮やかなヒモで編まれ、風変わりではあったが、そこそこの値がついた。
二十人ほどの宿代にはいくらか足りず、宿の手伝いをすることで話がついた。
飼い葉や敷き藁の取り替え、水汲み、皿洗いに洗濯を終えると、夜更けだった。
雑魚寝の部屋に入り、潜りこめる隙間を探していると、美しい声に話しかけられた。
あの金髪の外交官だった。
「話があるの」
穏やかな口調だったが、急ぎの用なのだろうとリュウカは思った。
この女性は疲れて寝ようという人間をたたき起こすような鈍感でも意地悪でもないように思えた。
宿の庭へ出た。
外は少し冷え、月の光で辺りは暗い青に染まっていた。
手持ちの灯りをかざしてみると、金髪の外交官は、女を四人連れていた。髪の色は濃く、顔立ちもウルサのものではなかった。
「この国に入る前に、盗賊が出てね」
と、金髪の外交官はウルサの言葉で言った。
女たちは、二十歳前後の一人を年かさから幼い年ごろまでの三人が守るように囲んでいた。
「撃退はしたんだけど、女だけ置いて逃げちゃったのよ」
金髪の外交官は行儀悪そうにつまさきで、いちばん幼く小柄な女性を指した。
視線は自然足下に導かれ、手のひらほどの小さな足が目に入った。
これでは逃げられまい。足手まといだ。
同時に、リュウカは別のことも考えた。
女の足を小さくする習慣は……。
「私たちの前に襲われたんだと思うわ。事情を聞こうと思ったんだけど、ピートリークの言葉は片言しか話さないのよ。私たちの言葉はぜんぜん通じないみたいだし。その場に残しても、山ん中だから飢え死にしそうだし、しかたないから連れてきたんだけど。誰か、事情を聞きだせる人、いないかしら? 東の国の人だと思うんだけど」
「やってみましょう」
リュウカはその小柄な女性に話しかけた。
「あなたはどちらの姫ですか」
イリーンの言葉だった。
イリーンやドーンでは、高貴な身分の女性は足を縮められるのだという。
まだ十五かそこらの彼女の幼い顔立ちには、純粋なイリーンのものというよりは、ドーンなどの南方系や、目鼻の造作の大きなアラワースのものも混じっている。
高位にありがちな国際間の政略結婚のくり返しで見られる特徴である。
セージュの后はイリーンの王女である。それを祝いに来た身内の者だろうと、リュウカは見当をつけた。
小柄な女性は、リュウカを睨みつけた。
言葉が通じないのだろうか、とリュウカは思った。
自分のイリーン語は、あまりうまくない。
「どちらからいらしたのですか」
再び話しかけたが、返事はない。
金髪の外交官が口を開いた。
「パーヴに送り返しましょう」
ウルサの言葉ではなく、ピートリークの言葉で言った。
「これ以上、面倒はごめんだわ。命は助けてやったんだし、もういいでしょう。言葉が通じないんだから、ほかにどうしようもないわ」
イリーンはパーヴの友好国である。
悪いようにはしないだろう。
リュウカはうなずいた。
「すぐに手配しましょう」
だが、なぜここでピートリークの言葉を使ったのか。
「きっと、身内が心配していると思うわ。早馬を呼んで。何日ぐらいでパーヴに知らせられる?」
「五日もあれば」
「ならぬ!」
小柄な女性がイリーンの言葉で言った。