リュウカが見返すと、姉は体をひいた。
「父さまが悪いことしたとは思うよ。まさか女に剣を向けるとは、あたしも思わなくてさ。いくらレイカさまの娘でも、あんたってひ弱そうだし」
姉はあわてて両手を振った。
「気ぃ悪くしたら、ごめん。ただ、こっちにくれば、デュールが知り合いを紹介してくれるんじゃないかと思ってたから。貴族扱いして贅沢さえろっていうんじゃないんだよ! 父さまは庭師をしてたし、あたしらだって普通に暮らしてきたんだ、自分らの食い扶持ぐらい稼ぐよ。ただ、どっかちょうどいい田舎はないかなって」
貴族であることを捨て、田舎へ。
どこかで聞いた話だった。
リュウカの沈黙を、姉はちがったほうに理解した。
「ウルサはダメだよ。あたしらは、ウルサの言葉はからっきしだし、途中できっと気づかれる」
ウルサの一行は、国賓として迎えられるだろう。もし、ついていけば、気づかれる可能性は高い。
リュウカは迷った。
心当たりがないわけではない。しかし、恩のあるヒナタを、こんなことに巻きこみたくはなかった。
「役立たず」
姉は言った。
「デュールはいないだの、たかが一家族もかくまえないだの、なにが王女さまだい、あんたなんか剣が強いだけさ、兵隊にでもなっちまいな。レイカさまが今ごろどこかで嘆いていらっしゃるよ!」
その通りだと、リュウカは思った。
自分ではなく、母が生き残ればよかったのだ。
歌を終え、金髪の外交官がもどってきた。
頬を紅潮させ、輝いた目を姉に向けた。
「早く発ちなさい」
姉はムッとして返した。
「どこへ」
金髪の外交官は艶やかに笑った。
「まさか、これだけ捨て台詞吐いといて、まだお姫さまにすがるつもりじゃないでしょうね」
「あたしらに世話になっといて、生意気な口きくね」
「借りはさっき返しました。それtも、あのままばっさり斬られたほうがよかった? 誰かひとりでも、このお姫さまにかなう人がいたの?」
姉は言葉に詰まった。
金髪の外交官はひらひらと手を振った。
「行くアテは自分で探すのね。生きてるだけで儲けものじゃないの」
そうだろうか?
リュウカにはうなずけなかった。
「あんたなんかに何がわかる!」
姉が言った。
「あんたなんか、自分の食い扶持も稼いだことないくせに! 歌って踊って毎日楽しく暮らしてる貴族のお姫さまが偉そうな口きくんじゃないよ!」
「怒鳴るより、歌ったほうがマシだわ」
姉が右手を高く振りあげた。
殴るつもりを察して、リュウカはふたりの間に割って入った。
「ジャマだよ! あんたにゃ関係ないだろ!」
姉は容赦なく手をふり回そうとするので、リュウカはかなりの力を入れなければならなかった。
「放してよ! このバカ力!」
やっと解放された手は痺れて使い物にならず、姉はせわしく腕を振った。
「あたしは、あんたみたいに剣やら護身術やらに明け暮れてる暇なんかなかったんだ。毎日学校から帰ると家の手伝いがあったからね。父さまだってそうさ。馴れない庭師なんかして、稽古の相手もいなくて。そうでもなきゃ、あんたなんかに負けるわけない。母さまだって、食い扶持を稼ぐために働きに出て、苦労したんだ。のうのうと暮らしてるお姫さまたちには、あたしらの苦労なんかわかんないよ」
この人たちの不幸の源は、自分だ、とリュウカは思った。
自分さえ生まれて来なければ、母もクス・イリムも疑われることはなかったのだ。