「負けたことにはちがいないわね」
金髪の外交官がピートリークの言葉で言った。訛りのない、流暢な発音である。
「抜き打ちで負けておいて、見苦しいわよ。モーヴさまは、そういう軍人になれと教えたの?」
クス・イリムは無愛想な顔を、まだ無愛想にできるのかというほどにこわばらせ、立ち去った。
妹と母はとうに立ち去り、姉だけが残っていた。
「父さまがレイカさま以外の人に負けるの、初めてみた。モーヴさまにだって負けなかったのに」
リュウカを見る目が、尻込みしている。
「悪く思わないで。父さまの悪い癖なんだ。剣で人を測るっていうか」
それで、まんまと嫌われたというわけか。リュウカは内心苦笑した。
「なぜこの国に? どうなるかはおわかりでしょう?」
「あっちの国にもいられなくなったのさ。王さまが死んだとたん、グレイ侯は領地をとりあげられたんだ。グレイ侯だけじゃないよ、王さまの後ろ盾がなくなった貴族はみんな。残ってるのは、王太后のバアさんの支持者だけさ」
金髪の外交官もウルサの言葉で言った。
「私たちも、異人狩りにあったのよ。急いで学生たちを集めてグレイ侯に保護を求めたんだけど、お話の通りで、急いで逃げてきたの。この国がパーヴと結ぶ可能性もあったけど、イリーンに逃げるよりはマシでしょ?」
東の隣国イリーンは、さきごろパーヴに姫を嫁がせた。パーヴにウルサの人々を差しだす可能性は高い。
リュウインは態度を明らかにしないだけ、まだマシだったというのか。
「それに、こっちにはあの子が来てるし。イリーンよりはマシよ」
「ずいぶんあの子を信頼しているのですね」
金髪の外交官は大げさに肩をすくめた。
「あの子、見た目はあんなじゃないの。明日は我が身よ? 必死で何とかしてくれるに決まってるじゃない」
あけすけな物言いに、リュウカは苦笑せざるを得なかった。
「すぐに城に使いをやりましょう。この時期ならウルサ山脈を越えられるでしょうから……」
「ウルサ山脈って?」
リュウカはとまどった。そんなことを訊かれるとは思わなかった。
「黄泉山脈のことね?」
金髪の外交官はニヤリと笑い、歌いだした。
留学生の何人かも歌いだし、琴や笛を奏でた。
静かな、憂いを帯びた曲だった。
山向こうから夕闇が押し寄せる。山向こうには黄泉の国がある。行けばふたたび帰られぬ。
そんな詞だった。
ウルサから見れば、リュウインは南西の国。間には険しいウルサ山脈が横たわっている。
その山は夕日の沈む場所。太陽が死ぬ場所なのだ。
「こいつら、旅の間中、ずっとこんな調子でさ」
姉が話しかけた。
「まるでデュールが束になったみたいだ」
思わず、リュウカは微笑んだ。
姉はそれに元気づけられ、勢いこんだ。
「あたしたちの行くとこ、なんとかなんない?」