【第118回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その5

2008.07.09

 

「負けたことにはちがいないわね」

 金髪の外交官がピートリークの言葉で言った。訛りのない、流暢な発音である。

「抜き打ちで負けておいて、見苦しいわよ。モーヴさまは、そういう軍人になれと教えたの?」

 クス・イリムは無愛想な顔を、まだ無愛想にできるのかというほどにこわばらせ、立ち去った。

 妹と母はとうに立ち去り、姉だけが残っていた。

「父さまがレイカさま以外の人に負けるの、初めてみた。モーヴさまにだって負けなかったのに」

 リュウカを見る目が、尻込みしている。

「悪く思わないで。父さまの悪い癖なんだ。剣で人を測るっていうか」

 それで、まんまと嫌われたというわけか。リュウカは内心苦笑した。

「なぜこの国に? どうなるかはおわかりでしょう?」

「あっちの国にもいられなくなったのさ。王さまが死んだとたん、グレイ侯は領地をとりあげられたんだ。グレイ侯だけじゃないよ、王さまの後ろ盾がなくなった貴族はみんな。残ってるのは、王太后のバアさんの支持者だけさ」

 金髪の外交官もウルサの言葉で言った。

「私たちも、異人狩りにあったのよ。急いで学生たちを集めてグレイ侯に保護を求めたんだけど、お話の通りで、急いで逃げてきたの。この国がパーヴと結ぶ可能性もあったけど、イリーンに逃げるよりはマシでしょ?」

 東の隣国イリーンは、さきごろパーヴに姫を嫁がせた。パーヴにウルサの人々を差しだす可能性は高い。

 リュウインは態度を明らかにしないだけ、まだマシだったというのか。

「それに、こっちにはあの子が来てるし。イリーンよりはマシよ」

「ずいぶんあの子を信頼しているのですね」

 金髪の外交官は大げさに肩をすくめた。

「あの子、見た目はあんなじゃないの。明日は我が身よ? 必死で何とかしてくれるに決まってるじゃない」

 あけすけな物言いに、リュウカは苦笑せざるを得なかった。

「すぐに城に使いをやりましょう。この時期ならウルサ山脈を越えられるでしょうから……」

「ウルサ山脈って?」

 リュウカはとまどった。そんなことを訊かれるとは思わなかった。

「黄泉山脈のことね?」

 金髪の外交官はニヤリと笑い、歌いだした。

 留学生の何人かも歌いだし、琴や笛を奏でた。

 静かな、憂いを帯びた曲だった。

 山向こうから夕闇が押し寄せる。山向こうには黄泉の国がある。行けばふたたび帰られぬ。

 そんな詞だった。

 ウルサから見れば、リュウインは南西の国。間には険しいウルサ山脈が横たわっている。

 その山は夕日の沈む場所。太陽が死ぬ場所なのだ。

「こいつら、旅の間中、ずっとこんな調子でさ」

 姉が話しかけた。

「まるでデュールが束になったみたいだ」

 思わず、リュウカは微笑んだ。

 姉はそれに元気づけられ、勢いこんだ。

「あたしたちの行くとこ、なんとかなんない?」

 

 

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