リュウカは夫を前に押しやった。
姉と妹が駆け寄ったが、夫は目もくれず妻を抱え起こした。
「私が、あなた方を皆殺しにするとは思わなかったのですか?」
証拠を隠滅すれば、ウルサはこの事実を知らず、敵になることもない。
「ないわ」
金髪の美女はにっこり笑った。
「あの子が言ってたもの。うちの先生は殺生が嫌いなんだって。あなたが、あの子を育ててくれたんでしょ?」
リュウカは距離を詰めた。
「なんの話です?」
「とぼけなくてけっこう。あの子から、うちの先生は強くて美人だって聞いてるわ。そして、あの子はあなたについてこの国へ来た。養母を差し置いてね。あの子は言ってたわ、先生はオレが守るんだって」
困ったものだ、とリュウカは思った。
身の上をペラペラと他人に喋るものではない。悪用されたらどうするのだ。
「とりあえず、ありがと。これであの人たちへの借りはチャラね。ところで、リュウカ王女さま、私たちは国へ帰りたいんだけど、なんとかしてくれるわね?」
「ええ。王都に使いを出して、準備させましょう」
すると、金髪の美女は制するように片手をあげた。
「それはマズいんじゃない? あの子の師匠はお尋ね者なんでしょ?」
確かにそうだが。
そんなことまで話したのか?
リュウカは表情を変えなかったが、間を読んだのか、金髪の美女は説明した。
「剣の達人が隠遁しているなんておかしいじゃない。だから、問い詰めて訊いたのよ。あの子ははぐらかして笑っただけ」
「何でもご存じのようですね」
「まさか」
金髪の美女は声をたてて笑った。陽気な楽器のような声音だ。耳に心地よい。
侮れない、とリュウカは思った。陽気で気さくな印象にとらわれていると、鋭い洞察力で痛い目に遭わされそうだ。
クス・イリムが近づいてきた。今度は殺気はない。
「あなたには殺気がない」
いきなり言った。
「殺気がない剣など役に立たない」
そうだろうか?
草原では殺気の有無を使い分ける。
やたらに気を放っては、体力をムダに消耗するだけだ、と師のクロミカゲが聞いたら怒りそうだ。
リュウカの思いをよそに、クス・イリムは続ける。
「レイカさまは、このような戦い方はなさらなかった」
少し黙り、ぶつ切れのようにまた言う。
「レイカさまの剣は、そのような形ではなかった」
形見の剣はウルサのものに近い。刀身がまっすぐで、太く重い。クス・イリムの剣に似ている。
草原では、戦いには曲刀を用いる。今リュウカが使ったのも、それである。
剣がちがえば、戦い方もちがう。
「あなたは強いが、それだけだ。レイカさまは、そのような剣を教えられたのか?」
クス・イリムのとがめるような眼に、リュウカは困惑した。