【第117回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その4

2008.07.02

 

 リュウカは夫を前に押しやった。

 姉と妹が駆け寄ったが、夫は目もくれず妻を抱え起こした。

「私が、あなた方を皆殺しにするとは思わなかったのですか?」

 証拠を隠滅すれば、ウルサはこの事実を知らず、敵になることもない。

「ないわ」

 金髪の美女はにっこり笑った。

「あの子が言ってたもの。うちの先生は殺生が嫌いなんだって。あなたが、あの子を育ててくれたんでしょ?」

 リュウカは距離を詰めた。

「なんの話です?」

「とぼけなくてけっこう。あの子から、うちの先生は強くて美人だって聞いてるわ。そして、あの子はあなたについてこの国へ来た。養母を差し置いてね。あの子は言ってたわ、先生はオレが守るんだって」

 困ったものだ、とリュウカは思った。

 身の上をペラペラと他人に喋るものではない。悪用されたらどうするのだ。

「とりあえず、ありがと。これであの人たちへの借りはチャラね。ところで、リュウカ王女さま、私たちは国へ帰りたいんだけど、なんとかしてくれるわね?」

「ええ。王都に使いを出して、準備させましょう」

 すると、金髪の美女は制するように片手をあげた。

「それはマズいんじゃない? あの子の師匠はお尋ね者なんでしょ?」

 確かにそうだが。

 そんなことまで話したのか?

 リュウカは表情を変えなかったが、間を読んだのか、金髪の美女は説明した。

「剣の達人が隠遁しているなんておかしいじゃない。だから、問い詰めて訊いたのよ。あの子ははぐらかして笑っただけ」

「何でもご存じのようですね」

「まさか」

 金髪の美女は声をたてて笑った。陽気な楽器のような声音だ。耳に心地よい。

 侮れない、とリュウカは思った。陽気で気さくな印象にとらわれていると、鋭い洞察力で痛い目に遭わされそうだ。

 クス・イリムが近づいてきた。今度は殺気はない。

「あなたには殺気がない」

 いきなり言った。

「殺気がない剣など役に立たない」

 そうだろうか?

 草原では殺気の有無を使い分ける。

 やたらに気を放っては、体力をムダに消耗するだけだ、と師のクロミカゲが聞いたら怒りそうだ。

 リュウカの思いをよそに、クス・イリムは続ける。

「レイカさまは、このような戦い方はなさらなかった」

 少し黙り、ぶつ切れのようにまた言う。

「レイカさまの剣は、そのような形ではなかった」

 形見の剣はウルサのものに近い。刀身がまっすぐで、太く重い。クス・イリムの剣に似ている。

 草原では、戦いには曲刀を用いる。今リュウカが使ったのも、それである。

 剣がちがえば、戦い方もちがう。

「あなたは強いが、それだけだ。レイカさまは、そのような剣を教えられたのか?」

 クス・イリムのとがめるような眼に、リュウカは困惑した。

 

 

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