【第116回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その3

2008.06.25

 

 道のわきの開けた場所で、一行は休息した。

 妹が一組の夫婦を連れてきた。妻のほうはかわいらしい美人で、妹によく似ていた。夫のほうは無愛想で体つきはごつく、姉に似ていた。

 土埃にまみれた巡礼服は、よく見ると急ごしらえのものだった。

 本来は刺繍の施された豪華なものだが、彼らが羽織っているものはシーツか何かの薄い布地で仕立ててあり、形だけのお粗末なものだった。

 連れてこられた妻は、片足を後ろにひき、スカートをつまんで優雅に腰を落とした。

 宮廷風の礼である。

「リュウカさま、お目にかかれてうれしゅうございます。ご無事でなによりでございました」

 名乗らなくても、異国風の顔立ちと黒い眼を見れば察する貴族は珍しくない。

 前の王妃と間違われることも珍しくはないが。

 少なくとも、ヒースの知り合いであるこの貴族は、前の王妃に娘がいたことは承知しているようだ、とリュウカは内心苦笑した。

「デュール・グレイ子爵は、あいにく留守にしています。代わりに、私で何かお役に立てますか?」

 話しかけた途端、妻の後ろで夫が強い殺気を放った。

 リュウカは腰の剣を抜いた。

 草原の曲刀に太い刀がふりおろされた。

 リュウカは流すようにふり払い、踏みこんで手首を蹴った。

 夫の剣は飛び、リュウカの剣は首筋にピタリと吸いついた。

「父さま!」

 と妹が叫んだ。

 短い悲鳴をひとつあげて、妻が倒れた。

「何者だ」

 リュウカは低い声で問うた。

「父さまを助けて!」

 少し離れたところで姉が叫んだ。金髪の美女を伴っている。

 似ていると、とリュウカは思った。

 金髪や青い眼ばかりではない、眉から鼻にかけての筋も、大きくて人好きする目の形も、頬や大きな口も、姉弟かと思うほどに、よく似ていた。

「父さまを斬らないで!」

 姉が必死に叫んで走り寄る。

 金髪の美女は、さほど大声ではないが、よく通る声で言った。

「その人は、あの子の師匠よ。見逃してあげなさい」

 クス・イリムか?

 リュウカは目の端で夫の顔を見た。

 母の剣友。

 自分の父と疑われている男。

 だからといって、今も信用していいかどうかは別だ。

「理由にもならない」

 リュウカは小さく口笛を鳴らし、カゲを呼び寄せた。

 姉は離れたところで立ち止まっていたが、金髪の美女はそれより一歩前に出た。

 ウルサの言葉で言う。

「私はウルサの外交官。留学生たちとパーヴを脱出してきたの。この人たちが道案内を引き受けてくれたのよ。その人はただの剣術バカだから、あなたの腕を試したかっただけだと思うわ。許してやんなさい。もし、許さないと言うなら、あなたはウルサを敵に回すことになるけど? 恩人に手を下した人を、私たちは許さないわ」

 それから金髪の美女はふり向き、大声で叫んだ。

「同胞たち! フードを脱ぎなさい!」

 後方にいた巡礼たちが次々にフードを脱いだ。

 濃淡さまざまな金髪や亜麻色が陽の光にきらめいた。

 逃亡したウルサ人というのは事実らしい。

「どうする?」

 

 

[an error occurred while processing this directive]