〜 リュウイン篇 〜

 

【第105回】

2008.03.29

 

 暗い書斎の一角だけに灯りが入っていた。大きな書斎机の周り。その壁際の柱一本一本に備えられた燭台は灯され、また机の上の大きなランプが二つ、光と影を交雑させていた。机上から照らされる灯りに浮かびあがるのは、白い細面。黒髪は闇に溶けるようである。

「待った?」

 訪問客の声とともに、白い面が上を向いた。黒い瞳が訪問者のランプを映して赤く光った。

「もうすぐ終わる。少し待っておいで」

 細面は再びうつむいた。机上に広げた書類にペンを走らせる。ペン先が紙に引っかかる音がいやに大きく響く。

「ここ、寒いね。今日は誰も来なかったの?」

 訪問者はランプを掲げて机の前を通り過ぎ、奥の暖炉にたどりついた。

 火かき棒でそうっと灰をかいたが、熾きは残ってなかった。

 冷えた風が煙突から吹きこんでいた。

「長くかかるか?」

 リュウカが書きながら訊ねた。

「いや」

「では、熾さなくてもよい」

 リュウカはペンを置いた。

「話はなんだ」

「うさんくさいぜ」

 ヒースは戻り、机の上にランプを置いた。

 光を増して、リュウカの肩にマントがかけられているのが見えた。厚手の織物で、縁に毛皮がついている。

「あのおっさん、兵隊帰りで短気だけど、新参者じゃないみたいだぜ」

「話したのか?」

 いつのまに? 考えてリュウカは思い当たった。茶の時間と帰宅前だ。それで遅れたのだ。

 ヒースはうなずいた。

「そっちの方面の出身の兵隊さんがいたんで、代わりに話してもらったんだ。ほら、同じ地方の出同士でしゃべると、訛りが出るだろ? 似た訛りだから、地元の育ちだろうって」

 記録には新参のならず者を追放したとある。だが。

 リュウカの表情を読んだのか、ヒースはうなずいて続けた。

「もちろん、あのおっさんが新参者を子飼いにして、暴れさせてたって可能性もあるよ。それで領主に追放されたって。でも、なんか引っかかんだよね」

 リュウカはため息をつきかけて、留まった。

「母上が誤ったと?」

 ヒースは考えこむように軽くうなった。

 リュウカは堪えられずにため息をついた。

「もし、あの母上が誤ったのなら、私が責められても仕方あるまい。母の稼ぎで食わせてもらっていたようなものだからな」

 ヒースは軽く驚いたようにリュウカの顔を見た。

「オレが言いたいのはそんなことじゃなくて。たとえば、調査の記録って、ぜんぜん残ってないじゃん。だから、どんな調査をしたのかなって。ねえ、今はどんなふうに調査してる?」

「母上のときと同じだ。ラノック伯に指示を出す。ただ、母上は私と違って、もっと事細かく指示されていたはずだ。私よりずっと確実に」

「あんたは、あのスミレ爺ちゃんに丸投げってわけ?」

「スミレ?」

 ラノック伯とスミレが結びつかない。

 ヒースが笑った。

「知らない? あんたのかあちゃんに初めて会ったとき、スミレを摘んで捧げたんだってさ。うちのかあちゃんが言ってたよ」

 そんな話は知らない、とリュウカはため息をついた。

「おまえは、いろいろな話を聞くのだな」

「とりあえず、どういう調査をしたのか調べてみようぜ」

 どうやって?

 自分がキットヒルの館に戻ってきたとき、なんの手だてもなかった。ただ、ラノック伯が母のやり方をすべて心得ており、自分はそれに載ったに過ぎない。

 私には、なんの力も手だてもない。

 闇が深まったような気がして、マントの前をきつく合わせた。

 ヒースはぶるりと震えた。

「寒っ。やっぱ火がねぇと冷えるな」

「もう戻って寝なさい。私も戻る」

 リュウカは立ちあがった。

 マントをするりと脱ぎ、ヒースの体にかけようとした。

 ヒースは腕をあげて遮った。

「平気だよ。あんたこそ冷えるぞ。それに、またメシ食わなかったんだって?」

「おまえは食べたのか?」

「食った。かあちゃんに説教食らいながら。ひどいんだぜ、かあちゃんたら、おまえはガツガツ食いすぎだ、ちい姫さまと足して半分で割ったらちょうどいいのに、だってさ」

 ヒースは机から降り、マントをつかんでリュウカの肩にかけた。

「冷やすなよ。風邪でもひかれたら、またかあちゃんにたたき出される」

 リュウカはため息をついた。

「おまえにはなんでもわかるのだな」

「まさか。誰かさんはいつもオレに隠しごとをするし。おかげで苦労するよ」

 ウィンクした。

 

   

 

 

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