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![]() 〜 リュウイン篇 〜
2008.03.29
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暗い書斎の一角だけに灯りが入っていた。大きな書斎机の周り。その壁際の柱一本一本に備えられた燭台は灯され、また机の上の大きなランプが二つ、光と影を交雑させていた。机上から照らされる灯りに浮かびあがるのは、白い細面。黒髪は闇に溶けるようである。 「待った?」 訪問客の声とともに、白い面が上を向いた。黒い瞳が訪問者のランプを映して赤く光った。 「もうすぐ終わる。少し待っておいで」 細面は再びうつむいた。机上に広げた書類にペンを走らせる。ペン先が紙に引っかかる音がいやに大きく響く。 「ここ、寒いね。今日は誰も来なかったの?」 訪問者はランプを掲げて机の前を通り過ぎ、奥の暖炉にたどりついた。 火かき棒でそうっと灰をかいたが、熾きは残ってなかった。 冷えた風が煙突から吹きこんでいた。 「長くかかるか?」 リュウカが書きながら訊ねた。 「いや」 「では、熾さなくてもよい」 リュウカはペンを置いた。 「話はなんだ」 「うさんくさいぜ」 ヒースは戻り、机の上にランプを置いた。 光を増して、リュウカの肩にマントがかけられているのが見えた。厚手の織物で、縁に毛皮がついている。 「あのおっさん、兵隊帰りで短気だけど、新参者じゃないみたいだぜ」 「話したのか?」 いつのまに? 考えてリュウカは思い当たった。茶の時間と帰宅前だ。それで遅れたのだ。 ヒースはうなずいた。 「そっちの方面の出身の兵隊さんがいたんで、代わりに話してもらったんだ。ほら、同じ地方の出同士でしゃべると、訛りが出るだろ? 似た訛りだから、地元の育ちだろうって」 記録には新参のならず者を追放したとある。だが。 リュウカの表情を読んだのか、ヒースはうなずいて続けた。 「もちろん、あのおっさんが新参者を子飼いにして、暴れさせてたって可能性もあるよ。それで領主に追放されたって。でも、なんか引っかかんだよね」 リュウカはため息をつきかけて、留まった。 「母上が誤ったと?」 ヒースは考えこむように軽くうなった。 リュウカは堪えられずにため息をついた。 「もし、あの母上が誤ったのなら、私が責められても仕方あるまい。母の稼ぎで食わせてもらっていたようなものだからな」 ヒースは軽く驚いたようにリュウカの顔を見た。 「オレが言いたいのはそんなことじゃなくて。たとえば、調査の記録って、ぜんぜん残ってないじゃん。だから、どんな調査をしたのかなって。ねえ、今はどんなふうに調査してる?」 「母上のときと同じだ。ラノック伯に指示を出す。ただ、母上は私と違って、もっと事細かく指示されていたはずだ。私よりずっと確実に」 「あんたは、あのスミレ爺ちゃんに丸投げってわけ?」 「スミレ?」 ラノック伯とスミレが結びつかない。 ヒースが笑った。 「知らない? あんたのかあちゃんに初めて会ったとき、スミレを摘んで捧げたんだってさ。うちのかあちゃんが言ってたよ」 そんな話は知らない、とリュウカはため息をついた。 「おまえは、いろいろな話を聞くのだな」 「とりあえず、どういう調査をしたのか調べてみようぜ」 どうやって? 自分がキットヒルの館に戻ってきたとき、なんの手だてもなかった。ただ、ラノック伯が母のやり方をすべて心得ており、自分はそれに載ったに過ぎない。 私には、なんの力も手だてもない。 闇が深まったような気がして、マントの前をきつく合わせた。 ヒースはぶるりと震えた。 「寒っ。やっぱ火がねぇと冷えるな」 「もう戻って寝なさい。私も戻る」 リュウカは立ちあがった。 マントをするりと脱ぎ、ヒースの体にかけようとした。 ヒースは腕をあげて遮った。 「平気だよ。あんたこそ冷えるぞ。それに、またメシ食わなかったんだって?」 「おまえは食べたのか?」 「食った。かあちゃんに説教食らいながら。ひどいんだぜ、かあちゃんたら、おまえはガツガツ食いすぎだ、ちい姫さまと足して半分で割ったらちょうどいいのに、だってさ」 ヒースは机から降り、マントをつかんでリュウカの肩にかけた。 「冷やすなよ。風邪でもひかれたら、またかあちゃんにたたき出される」 リュウカはため息をついた。 「おまえにはなんでもわかるのだな」 「まさか。誰かさんはいつもオレに隠しごとをするし。おかげで苦労するよ」 ウィンクした。 |
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