〜 リュウイン篇 〜

 

【七 幻の子(一)】

 

 

 レイカは兄の説教を聞いていた。

「そなたはなぜ余を困らせる。なぜ、毎日出かけた先で厄介事をしでかし、モーヴを怒らせる。表立てて騒いでおるのはモーヴばかりだが、陰ではみな、そなたをよく思っておらぬぞ」

「存じております」

「では、なぜやめぬのだ。『蛮族の血が』と言うのは聞き飽きたぞ。そもそも、そなたの母君は物静かな御方だったし、そなたにしても今までそのようなことはなかったではないか。父上が亡くなり、私が即位してからだ、そなたが変わったのは。何を考えておる? 何が不満なのだ」

「何も」

「何もないわけはあるまい。そなたが気ままに愚行に走る性質でないことは、余がいちばんよく存じておるぞ」

「昔は昔。近ごろ急に蛮族の血が騒ぎだしましてな」

「レイカ!」

 パーヴ国王カルヴは顔に手を当て、やがてあきらめたように懐から小さな笛を取りだした。それはリュウインの王子が手にしたものではない。あれはけっきょく返ってこなかった。似た別の笛である。

「兄上、笛を嗜まれるなら、国王の居室に戻られたらいかがです。新しい王妃候補たちが喜んで拝聴しに参るでしょう」

「気が散るだけだ。ここがもっとも気が休まる。家族といえるのは、もはやそなただけだからな」

「その台詞は、王太后陛下にお聞かせしたらいかがです。妻や息子たちを寺から帰してください、還俗させてくださいと」

「また、できないことを言う」

「ついでに、私も寺へやったらいかがです? 一生母の霊を弔い……、おっと、それは王太后陛下が許されないのでしたな。蛮族など魂がないのだから、弔ってもムダとか。本音をはっきりおっしゃればよいのに。憎い妾婦など成仏させるな、憎い妾腹の子に夫の魂でも弔われては言語道断、そもそも妾腹の子は、夫の血を継いでいるかも怪しいと」

「レイカ!」

 カルヴは声を荒上げた。

「そなたは確かに父上の子だ。私のたったひとりの妹だ」

「でしょうな! 母は私の後に決して子をなさなかったから。私のように我が子を人質に取られるのを恐れて」

「私はそなたを人質として見たことはないぞ。父上と萌黄どのから預かった、大事な妹だ」

「だが、父も母もすでにない。もう預かる必要はございませぬぞ。いつまでも昔日を懐かしんでいては、将来を見失うやも知れませぬ。気がつけば陛下の首も胴から離れてるなどという事態にならぬよう、災いの芽はお摘みくださるよう」

「そなたが余の首をはねるとでも言うのか。バカバカしい。それより、王妃が決まったら、そなたの婿探しでもしてやろう。好いた男のひとりやふたりおらぬのか?」

「黄牛《あめうし》亭というメシ屋をご存じですか?」

「レイカ、余は婿の話をしておるのだぞ」

「王都にある小さなメシ屋で、老夫婦がきりもりしております。ここに出入りする若い肉屋がおりましてな、私はその男を気に入っております」

「肉屋! 肉屋だと!」

 カルヴは唸った。

「平民の、よりにもよって肉屋とは……。ううむ。誰か適当な貴族の養子に入れ、伯爵辺りの爵位をくれてやるか……。いやいや、ここは東の小国のいずれかに話をつけ、どこかの王家の養子にとらせ、他国の王子として婿入りさせるか……」

「肉屋に貴族の暮らしはできますまいよ」

 レイカは小バカにしたように笑った。

「ふたり、手に手を取り、異国にでも逃れましょう。そうですな、蛮族の国にでも帰りましょうか」

「バカな! 見ておれ、余がうまくまとめてやる!」

 カルヴは足音も荒く、レイカの居室を出ていった。

「お姫さま、よろしいんですか? あんなデタラメおっしゃって」

 入れ違いに侍女のマムが入ってきた。テーブルの上の飲み物を片づける。

「よいのだ。少しは兄上も暇つぶしができよう」

「でもねえ、黄牛亭をきりもりしているのは老夫婦じゃなく若夫婦ですし、出入りしてる肉屋なんて頭の禿げあがったいい年の男じゃありませんか。たちどころにバレますよ」

「それなら、また次の話を考えよう。そうだな。今度は牛飼いか異国の旅芸人にでもするか」

 レイカは笑ったが、侍女のほうは眉根を寄せた。

「お姫さま、もうおやめください。毎日、私どもは命が縮む思いがいたします。どこか田舎に小さな家をいただいて、そこでひっそりと暮らしましょう。私どももお供いたしますから」

「ありがとう、マム」

 しかし、そうもいくまい。レイカは心の中で思った。

「お姫さま、クレス公爵さまがお出でです。お会いになりますか?」

 年若い侍女が入ってくる。

「会おう。リリー、おまえは厨房へ行ってサミーの手伝いをしておいで。マム、お前も外へ出ておいで」

「お姫さま、あんな男ども、今すぐ叩き出してやります。どうせよからぬことを企んで、お姫さまにロクでもないことを吹きこむに違いないんですから!」

 恰幅のいい侍女が、腕まくりしている袖をさらにたくしあげた。

「マム、クレス公はおまえに厭われることをしでかしたかな?」

「いいえ! でもね、貴族なんてのはロクでもないに決まってるんです!」

「ならば私はもっとロクでもない。王家は貴族どもの親玉だからな」

「お姫さまは違います! 私どもを助けてくださり、おそばに置いてくださった!」

「おまえたちがそばに仕えたいと言ってきかなかったのだろう? そのためにそれぞれ貴族の養女とし、爵位を与えた。王族に仕えるにはそれなりの身分が必要だったからだが、考えてみれば、おまえたちも貴族の一員というわけだ」

「魂まで売ったわけではありませんよ!」

 マムは憤然として答えた。

「実をとるために、便宜上合わせただけです。まったく、貴族の決め事というのはバカバカしいったらありゃしませんよ!」

「同感だ」

 レイカは笑った。

「ともかく、おまえも出てお行き。客人が待ちかねておる」

 侍女を追い出して客間へ入ると、立派な身なりの男が三人、扉の前で待ちかまえていた。

「王女殿下、ご機嫌うるわしゅう」

 リボンや鳥の羽、小動物のしっぽなどをあしらったつば広の大きな帽子を胸に当て、仰々しくお辞儀をする。

「前置きは抜きだ。本題へ入ったがよかろう」

「その前にお人払いを」

「侍女たちは外へ使いに出した。今、ここにおるのは私とそなたたちだけだ」

「では」

 勧められて、ふたりがソファに腰かけた。もっとも若いひとりは見張りに立つため部屋を出た。

「では、お言葉に甘えまして、さっそく本題に入らせていただきます。計画は順調に進んでおります。新たに三名が馳せ参じました」

 もっとも年をとった貫禄のある男が口を切った。光沢のある上衣の袖は大きくふくらみ、スリットから金箔が見え隠れした。クレス公。母の後見人。先王在位の時代、権力をほしいままにした男だ。その口から幾人もの貴族の名が並べられる。

 コレット公の名があげられた時、レイカは片眉をあげた。

 コレット公は王太后の重鎮である。何の気まぐれで寝返るのか?

「コレット公も、ようやく我々が多勢であることに気づき、恐れをなしたのです。敗けるほうにつくほど愚鈍ではないということですな!」

 クレス公はふんぞり返って笑った。

 レイカは釈然としなかった。しかし、追及する必要もあるまい。

冷たい眼差しを向ける。

「何度も言うようだが、王位に興味はない」

「王女殿下は何もなさらなくてよいのです。ただ我々の上に坐してさえくだされば。前の国王ナージャ陛下亡き後、このままでは王太后陛下に何もかも奪われてしまいますぞ。王女殿下も例外ではありますまい。私とて、王女殿下と命運を同じくするでしょう」

 同情はする、とレイカは思った。

 この男は、母の後見役を押しつけられたのだ。売られてきた蛮族の奴隷女を寵姫にするには貴族の身分が必要だった。前の国王はクレス公に母を養女としてとらせ、伯爵夫人の称号を与えたのだ。

 前の国王亡き今、寵姫の後見人は、王太后による弾圧の筆頭にあげられていた。保身のために必死になるのもムリはない。

 しかし、今からすなおに王太后に頭を垂れれば、家は取りつぶされずに済むかも知れない。この二〇余年、我が世の春を謳歌してきたのだから、もう、それでいいではないか。

「幾度も申したように、兄上に向ける刃は持ち合わせておらぬ。また、今、国がふたつに割れれば、隣国につけいるスキを与えようぞ」

「隣国と和平を結ぶのです。密かに」

 クレス公は目をギラつかせながら声を潜めた。

「現国王陛下は、事を有利に運ぶため、隣国を焦らしておいでです。そのスキを突くのです。我々に味方すれば和睦してやると囁けば、隣国は尻尾を振って従うでしょう」

「隣国がおとなしく従うものかな?」

「ご心配には及びません。もともとこの度の戦争は、両国とも先代の国王同士が始めたもの。今や世代は変わったのですから、つまらぬしこりは取り払われたはず。愚かな真似はしますまい」

「どちらが愚かだろうな」

「は? どちらかと言えば隣国でしょうな! あのようなうつけ者を大使によこすのですから!」

 そのような意味ではないのだが。

 レイカは苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、クレス公は得意そうに弁舌をふるった。

「まったく、あの王子といい、ハモンディ公といい、隣国の者どもはマヌケぞろいですな! ハモンディ公ときたら、毎日寝室にこもり連戦ときている! おかげで事情は筒抜けですがな。よもや敵娼《あいかた》が密偵だとは思いますまい。王子は王子で、礼儀もわきまえず、このうえもなく見苦しい! いっそ、王女殿下、あの者を掌中に収めておしまいになっては? 役に立つかも知れませんぞ」

 レイカは皮肉たっぷりに笑った。

「たぶらかせと? 母が父にしたようにか?」

「いや、めっそうもない! 萌黄の方は決してそのような……」

 突如、叫び声ともわめき声ともつかない奇声が、扉の外で響きわたった。室内に緊張が走る。

「か、隠れなくては!」

 クレス公らが立ちあがり、逃げ場所を探す。

「許さぬ! 許さぬぞ!」

 喉から絞り出すような絶叫に、レイカは眉をひそめた。

「ここにおれ。私が出る」

 部屋を出ると、見張り役の若い男に、さらに若い暗褐色の男が捕らえられていた。

「おまえなど、私がこの手で切り刻み、魚の餌にしてくれるわ!」

 後ろ手にはがいじめにされながら、口汚く悪態をつく。

「また、そなたか。今度は帰り道を覚えておるのだろうな」

「レイカ姫!」

 男の暗褐色の眼が、熱を帯びてレイカに突き刺さった。

「この無礼な男はなんです? こともあろうに、姫の部屋にいるとは!」

「無礼者はどちらだ。それとも隣国では、淑女の部屋に忍びこむのが礼儀なのか?」

「私は正式に求婚したのですぞ! 恋しい人の元へ馳せ参じるのは当然じゃありませんか!」

「兄上も私も応じた覚えはないが」

「しかし、拒絶もされていない!」

「兄上ははっきり断ったぞ。私も同様よ。うつけは好かぬ。そなたのような国賊は特にな」

「国賊ですと! 私のどこが! では、姫はどのような御仁ならお好みなのです!」

「そうだな」

 隣国の王子を後ろ手に捕らえている若い貴族の肩に手を置く。

「これぐらいの男ぶりならば。紹介しよう。私の許婚者どのだ」

 捕り手が目を丸くしてレイカを見た。手が緩み、無礼な侵入者は解き放たれた。隣国の王子はその場に力なく座りこんだ。

「そ、そんな、そんなこと、一言も……」

「そなたに話す義理などあろうか? とっとと出ていけ」

「し、しかし、婚約だけでしょう? 取り消してください! 姫はまだまことの愛を知らないのだ!」

「ほう。そなたの国では約束は反故《ほご》にしてもよいのか。では、和睦もアテにはなるまいて」

「い、いや、その……」

「もう一度、いや、幾度でも言おう。私はそなたを好かぬ。限りなく厭わしい。近寄るな。これからはせいぜい警備を固めるとしよう。近づかれて無恥が伝染るといけない」

「レイカ姫!」

 隣国の王子はすがりつくように腕を伸ばしたが、即席許婚者が叩き落とした。

「無礼者! 誰の許しを得て御名を口にするか! 王女殿下と呼べ!」

 年下の王子は顔色を失い、若い貴族につかみかかった。が、た易く蹴飛ばされ、床を転がった。

 この国の貴族が王女の肩を抱いた。

「我が許婚者に手出しをするというなら、今この場で災いの種を斬り捨ててくれる!」

 細剣を抜くと、隣国の王子は飛びあがった。たちまち窓の外に飛びだす。若き貴族は窓辺まで追いかけ、細剣を振り回した。暗褐色の髪は闇に溶けていった。

「たいへんご無礼をいたしました」

 窓の鍵をかけると、若き貴族は栗色の巻き毛を垂らしてひざまずいた。

「いや、戯れにつきあわせて悪かった」

 客間からクレス公らが現れた。

「殿下、なんと軽率な! あれでは隣国を利用できませぬぞ!」

「では部屋に引き留めよと申すか? そしてこの場でそなたたちを紹介でもするか?」

 レイカは皮肉っぽく笑った。

「そろそろ戻ったほうがよかろう。また邪魔が入るかも知れぬ」

「しかし……」

「私も疲れた。早く寝みたいのでな」

「御意」

 しぶしぶと、反王太后派の頭目たちは引きあげた。

 レイカは大きなため息をつき、ベッドに腰かけた。

『この国を滅ぼしてしまえ』

 ふと、憎しみに燃えた黒い眼が、闇の中から己を見つめているような気がした。

『あの愚王は草原の女を支配したつもりになっている。そうではなく、草原の民がこの国を征服したのだと思い知らせてやれ』

 遙けき、どこにあるとも知れぬ幻の国の言葉が子守歌のように何度も繰り返された。

 兄の家庭に預けられ、毎日昼間の数時間だけ、母に面会させられた。我が身に瓜ふたつの女が剣と馬を用意して待っていた。

『強くなれ』

 母は頑なに郷《くに》の言葉を守った。

『この国を滅ぼしてしまえ』

 憎悪に満ちた双眸が、強烈な生気を放っていた。

 草原流の剣技と馬術を叩きこみながら、時の寵姫は語った。

『奴隷だった男と村を逃げ出したところを人買いに捕らえられたのだ。勇敢な男だった。まことに強かった。しかし、剣が折れ、弓で射られて死んだ。馬と女は捕らえられ、この国に売られた。あの時、剣が折れさえしなかったら!』

 母はそう言ってひとつの長剣を娘に授けた。鞘に金銀細工が施された豪華な剣で、とりわけ飾りの大粒のサファイヤとルビーは圧巻だった。いぶしたような色の金属部はくもりなく磨きあげられ、年代物ながらよく手入れされているのを物語っている。刀身を抜き放つと、並外れて長い刃が現れた。よく焼きこまれており、刀鍛冶の意気込みが感じられた。

『草原で使われる剣に近い。この国の細剣など玩具のようなものよ。おまえはこの剣を使って、この国を征服するがいい』

 母からもらい受けた剣は、今、枕元に置いてある。草原流の剣術は、細剣を用いるこの国の剣術とかけ離れていた。容易に太刀を合わせる相手は見つからなかったが、剣術師範の子息で細剣に物足りなさを感じていたイリム子爵が申し出てくれた。ふたりで改良型の剣術を編み出すのは楽しい。しかし、剣術だけで国を征服できるわけもない。

 この剣には、もうひとつの価値があった。かつて、建国の祖の愛剣だったのだ。その後、祖の打ち建てた国はふたつに分裂し、西はリュウイン、東はパーヴとなった。鞘のルビーはリュウインを、サファイヤはパーヴを表す。元来は、双子の王が東西に分かれて治めながらも、その絆の深さを誓うために、ひとつの鞘にふたつの石を埋めこんだのだという。

 しかしながら、この剣の所有権をめぐり、今まで幾度となく戦争がくり返されてきた。先ごろの戦争も、リュウインがこの剣の所有権を主張したのが発端だった。

 その剣を寵姫に与えたのだから、先王ナージャの溺愛ぶりがうかがい知れるだろう。

 これが、反王太后派の大義名分になった。王は、寵姫の娘にこそ王位を継承させるつもりだったのだと。

 つまらぬことになった。

 レイカは深くため息をついた。

 今さら、たかだか剣の一本、国王に返上したところで、反王太后派がおとなしくなるとは思えぬ。彼らが欲しているのは自己の利権を守るための大義名分だ。剣がなければ別の物を探し出してくるに決まっている。

 だが、もし自分が王位を欲するとすれば、この剣ほど確かな大義名分はなかろう。

『この国を滅ぼしてしまえ』

 黒い眼が闇から睨みつけているような気がして、レイカは両の二の腕をさすった。

『おまえは王女だ。王の娘だ。王位を継承するのだ。よいな、誰がなんと言おうと、おまえは王の娘だ』

 死ぬ間際、病床で何度も母は言い聞かせた。かけおちした草原の勇者の子だからこそ、剣や馬を仕込んだのではないか? 殺された恋人の怨みを晴らすために、『国を滅ぼせ』と言ったのではないか?

 憎悪と怨念のこもった妖しい眼を思い出すたび、自分は王の娘ではないのだと、確信に似た思いが胸によぎる。

 真実は明らかではない。

 ただ確かなのは、自分は寵姫の娘であり、意志に関わらず、反王太后派の頭目に担ぎ出されるということだ。

「いっそ、兄上が討ってくだされば」

 レイカはひとりごちた。

「兄上が私を討ってくだされば、すべては丸くおさまるのだ」

 反王太后派は求心力を失い、また決断力のある国王に恐れをなしてなりを潜めるだろう。国は分裂を逃れ、国王の政権も安定する。

「そのために、奇行をくり返されるのですか?」

 不意に、男の声がした。レイカは剣を抜き、窓を開けた。

「まだおったか!」

 剣を喉元につきつけられ、声の主は目を白黒させていた。暗褐色の髪が剣に触れ、わずかに空を舞う。

「か、必ず幸せにします」

 隣国の王子は刃を見ながら震える声で言った。

「死ぬぐらいなら、私の元へ来てください。所領は小さく辺鄙ですが、必ず幸せにします!」

「しつこいヤツだ。許婚者がおると申したではないか」

「あいつじゃ幸せになれないから死に急がれるんでしょう? 私なら、姫を悩ませたりはしません! 必ず幸せにします!」

 レイカは大声で笑いだした。

「お姫さま、いかがなさいました!」

 戻ってきたのか、侍女のマムが飛びこんできた。

「まあ! またこのコソドロまがいめが!」

 レイカはいっそう笑った。

「二度と現れぬよう、念入りに叩きのめしてやるがいい」

「はい。サミー、リリー、おいで!」

 三人の侍女が招かれざる客を追いまわしている間、レイカは笑い続けた。

「何がそんなにおかしいんでございますか?」

 侵入者を庭から追いだして、マムが訊ねた。

「うん、端から見れば、私も恋に悩める乙女に見えるのかな」

「何をおっしゃいます!」

 憤然としてマムは言った。

「お姫さまに限って、恋の悩みなどにご縁はございませんでしょう! いったいどこの殿方がお姫さまの申し出を断るっていうんです!」

 レイカはまた声をたてて笑った。

 みな、見たいように見るのだ。人の目に映る姿は、受け手の願望にゆがめられるのだ。母が見た自分も、反王太后派が見る自分も、兄が見る自分も。

 他の誰でもなく我が身のことであろうに、それらは止めることができないのだ。

 

 

   

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