徹無残
「ふふふ、妹にお嘗めされる気分は如何?」
留美に頬をを突付かれても徹は何も喋らなかった。押し寄せる快感を押さえ込むように唇を固く噛み締めているだけであった。
突然、徹の太股が痙攣し、由希の表情が苦しく歪んだ。徹が精が口の中に流れ込んできたのだ。由希の心臓は早鐘のように脈打ち、全身から熱い汗が噴き出てきた。
徹の迸りを受け止め終えた由希はがっくりと首を垂れ、号泣の声を上げるのであった。
「お兄さんも喜んでるわよ」
留美に背中を押され、アトリエの隅に移された由希は涙を流しながら、兄の身を案じていた。天井からロープを外した悪魔たちは兄をマットレスの上に仰向けに寝かそうとしていたのだ。
「さあ、恋人と繋がらせてやるぜ」
縄を解いた由里を松井は乱暴に立ち上がらせると徹の傍らにしゃがませた。
「嫌、徹さんをいじめないで」
由里が目前に横たわる惨めな徹の裸体から目を逸らすと松井は背後から乳房を揉み始める。身体に火が付けば由里は我慢が効かないことなど松井はとっくに承知している。
乳房を揉まれるうちに由里の目の色が変わり始めた。身体の芯が男を欲しているのだ。
乳房を揉まれ、熱い息を頬に掛けられている由里は知らず知らずのうちに目の前に横たわる徹の力を失った一物に手を伸ばしていた。
「や、止めろ」
途端に徹は激しく身悶え始め、由里の手を弾き飛ばした。
「この野郎、恋人とやらせてやろうと言うのに暴れる奴がいるか。おとなしくしろ」
松井は徹の頭を蹴り上げると新たなロープを使ってその両足をぐるぐる巻きにして拘束した。
「いいか、しっかり抑えてろよ」
留美と恵子に徹の上半身を押さえつけさせた松井は自分は足首をしっかりと捉まえた。
由里の白い指が再び徹の一物に伸びてきた。
由里は本能に突き動かされるように徹の一物を丹念に愛撫している。もう、徹は抵抗を諦め、悔しさを噛み殺すような表情を見せて横たわっている。
「恋人にして貰えるのにそんな悔しそうな顔をするもんじゃないよ」
留美に強張った頬を突付かれた徹は一瞬、きつい視線を留美に投げ掛けた。しかし、それはすぐに閉ざされ、由里の掌の中に躍る官能の塊に意識を集中させるのであった。
由里が十分な固さを持った徹の楔を胎内に含んで激しい律動を見せ始めると三枝はキャンバスに向かった。三枝の描いている構図の一つが出来上がったからだ。
熱い溜息を吐きながら自分で乳房を刺激する由里は貪欲に快楽を貪っている。食い締めている一物が徹のもだと言う意識は既になかった。ただ、目の前にぶら下がるリンゴに自然に手を伸ばすように由里は得体の知れぬ情感に支配されながら情欲の淵を漂っていた。
三枝は松井を呼び寄せ何やら耳打ちした。一瞬、松井は驚いたような表情を見せたがすぐに薄笑いを浮かべる。三枝の嗜好には慣れている松井だった。
「おい、お前の出番だ」
アトリエの片隅で呆然とした表情で辱めを受けている兄を目で追っていた由希を松井は引き起こすと徹の傍らに引き立てる。
「兄貴の顔におしっこを引っ掛けてやれ。出来ないとか嫌だとか抜かすと・・・判ってるな?」
松井の言葉からは余計なことは言わせるなという言外の脅しが含まれていた。
拒否することの出来ない由希は心に涙の雨を降らしつつ、冷静を装った態度で徹の頭の上に腰を落した。
徹は覚悟を決めたのか優しい笑顔を浮かべて由希に頷いてくれた。
その笑顔に由希は思わず泣きじゃくりそうになる。尊敬していた兄の顔にそんなものを掛けるなんて由希は心が痛み出した。しかし、それをしなければ兄を殺すと悪魔たちが言い出すことが十分に判っている由希は心を鬼にした。
「ごめんね。兄ちゃん」
囁くように告げた由希が緊張を解放すると徹の顔面に生暖かい水しぶきが踊った。
「わっ、嫌」
飛沫が掛かった留美と恵子が笑いながら悲鳴を放っている。三枝は絶好の構図をキャンバスに描きとめ、満足げな笑みを洩らし、由里は由里でそんな騒ぎとは無関係に腰を上下させている。由希は全身を小刻みに震わせながら世にも恐ろしい放尿を続けていた。
祐子
4台ものテレビに4台のビデオデッキから送られてくる映像が同時に映し出されていた。都内にある栗山の自宅では夜毎、当たり前となった情景が展開されていた。
壁には三枝の絵が所狭しと飾られ、この部屋の異常さを一層、際立たせている。栗山は三枝から借りた未編集の地下室の映像をこのようにして鑑賞しているのである。
栗山はビデオを廻したまま、タバコに火を付け、水割りを口に含んだ。栗山の頭の中には一つの計画が持ち上がっていた。もう、二年以上前から持ち続けている夢だった。
彼が結婚を考えていた唯一人の女、倉田祐子、旧姓佐山祐子がターゲットだった。祐子とは5年前にあるパーティーで知り合いになり、結婚を考えた付き合いをしていた。栗山は両親に紹介するなどして話は順調に進んでいた。しかし、肉体関係になって何度目かの逢瀬の際に栗山がおしっこをするところを見たいと言い出したことから暗転。二人は破局を迎えてしまった。
その後、祐子は平凡なサラリーマンと結婚し、幸せな家庭を築いていた。しかし、栗山には彼女は諦めきれぬ存在だった。羞恥の表情、はにかんだ仕草、栗山にとって至上の存在だった祐子をこの手に収め、あの奴隷たちの中に加えたいという願望がふつふつと湧き上がってもそれは当然の事と言えた。
栗山は策を考えた。祐子の住所は知っている。結婚してから会った事はおろか電話で話したことも無かったが人づてに情報だけは仕入れていた。
失敗は許されない。三枝や大野の協力も必要だ。栗山は綿密に計画を練り上げてゆく。自分は祐子にとって係わり合いのあった人物だ。姿を消したらいずれ警察の捜査も及んでくる。しっかりとしたアリバイも必要だった。
祐子は今日も夫を送り出してから部屋の掃除に取り掛かっていた。結婚三年目の祐子に子供はまだいない。閑静な住宅街の一戸建てに夫の妹との三人暮らしだった。
娘の上京に合わせて夫の両親が殆どの資金を調達してくれて建てた家だった。
不意に居間の電話が鳴った。誰だろうと受話器を取ると義妹の良美だった。
「姉さん。財布、忘れたみたいなの?申し訳無いけど幾らか貸して欲しいの」
「良いわよ。どこに持っていけば良いの?」
「駅の改札にいるから」
「判ったわ。待ってて」
祐子は電話を切ると財布を掴んで玄関に向かった。良美は23歳、今年、故郷を出て東京に就職したばかりだった。身持ちが固くて、未だに男性と付き合ったことが無いと実家の母がこぼしていたことを裕子は思い出していた。それにしても出かけて行く時は元気だった良美が妙に沈んだ声で話していたことが気に掛かっていた。
祐子が戸締りをして駅への道を小走りに歩き始めた。朝の喧騒が過ぎて辺りには人影は無い。十字路を曲がるとワンボックスカーが止まっていたのが目に見えた。
祐子が脇をすり抜けようとした時、背後から声が掛かった。
「倉田さん。倉田さんですよね」
中年の男がにこやかに笑っている。
「あのどちらさまですか?」
祐子が訝しげな表情で一歩男に近づいた時、男の手が祐子の口を覆った。
「あっ、何をするの」
必死にもがいた祐子だったがすぐさま力を失って男の腕の中に倒れこんでしまう。
祐子を載せたワンボックスカーは何事も無かったかのように住宅街を走り抜けていった。
祐子を捕らえたのは大野だった。運転しているのは松井である。二人は三枝の要請により、今回の栗山の計画を実行に移したのである。
実はあらかじめ捕らえておいた良美に祐子のおびき出しに利用したのである。
「栗山さんは何をしているんですか?」
「アリバイを作るために関西に行ってる。今日の夜には三枝邸に来るらしいが」
「それにしても二人とも良い玉ですね。胸がわくわくしますよ」
松井は後ろで眠っている祐子と良美の姿を思い描いてニヤリと笑った。
「もう、プレハブも出来上がっているんだろう?」
「ええ、内装に時間が掛かっていましたが昨日、完成しました。うちの連中は栗山小屋って呼んでいますよ」
栗山の要請によりプレハブが裏庭に建設された。内部は二つに区切られ、4個のモニターを装備したモニタールームの隣にはタイル張りの監禁室があった。4台カメラが生贄を狙っていた。監禁室には跳ね上げ式の調教テーブルがあり、天井には何本ものパイプに複雑に鎖が垂れていた。
「随分、金が掛かったでしょうね?あんなものを作るのに」
「俺もよく判らんのだが、金だけはタンマリあるらしい。私生活のことはさっぱり話してくれないのだ」
大野はそんな事を言いながらタバコに火をつけた。大野の頭には久々に会える由希の事に思いを馳せていた。かりそめとはいえ結婚式を挙げた間柄である。厳しく躾けてはいるが大野は由希の事を可愛く思っているのだ。
「由希の事を考えてるんですか?」
松井にズバリを突かれて大野は頬を染めた。
「安心して下さい。由希には突っ込んではいません。大野さんの妻だという事は十分に承知してます」
「そうか、有難う」
二人の悪党が楽しく談笑する車は高速道路に入った。三枝の支配する悪魔の館に二人の新たな生贄を運ぶために。
囚われ姉妹
祐子は吐き気を堪えながら意識が覚醒した。自分が縛られ、口を塞がれていることに驚いた。白のタイルで床も壁も覆われている無機質なさほど大きくない部屋に祐子は天井から垂れる鎖に両手を括られその身を支えられているのを知って愕然とした。
背後に体温を感じる。もう一人誰かが同じように吊り下げられているようだ。仄かな香りからそれが良美であることに気が付いた祐子は自分が良美のために駅に向かう途中、何物かによって意識を失ったことを思い出した。
祐子は激しく身悶えてみた。しかし、かっちりと掛けられた縄はびくともしない。祐子は今一度、部屋の中を見回した。白色灯が部屋の四隅から自分を照らしている。そして、カメラが自分を狙っている。部屋の一角には鉄製のドアがあり、それが唯一つの外界と接点だった。
部屋の壁にはゴム製のホース、鎖などが掛けられており、祐子に一層の恐怖を与えていた。
拘束を解くのを諦め、下を向いた祐子は一人、考え始めた。あれからどれ位、経過しているのだろうか?何物の仕業だろうか?祐子の心にはここの誘拐を仕掛けた犯人が思い当たらなかった。
「おお、気が付いたぜ」
隣の部屋でモニターを注視していた松井がニンマリとした笑みを浮かべてうたた寝している留美に言った。
「あっ、本当だ。かなり慌ててるみたいね」
「そりゃそうだろう。気が付けばこの状態だからな」
松井はけたたましい笑い声を上げた。
「ねえ。このままにしておくの?」
「ああ、栗山が来るまで何もしなくていいらしいぜ?」
「おしっことかは?」
「栗山のことだから見物して楽しむんだろう。何もしないでテープだけ録画してくれっていう話だ」
「なるほどね」
留美は頷くと画面の中で悶える祐子にじっと視線を凝らすのだった。
祐子の口を塞いでいたガムテープが剥がれ、祐子は声を出せるようになった。
しかし、犯人に囚われている今、大声を出すことは却って危険かと思い。祐子は良美を起こすことにした。
「良美さん。良美さん。起きて頂戴」
背中合わせに吊られている祐子は良美の掌を揺すって声を出した。
良美が指を握り返したことで意識が覚醒したことを知った祐子は口を開いた。
「私たち、囚われたのよ。どこにいるのか見当も付かないわ。ガムテープを何とか剥がして。しゃべれるようにならなくちゃ」
くぐもった呻き声を洩らしていた良美が大きく息を付いた。
「お、お姉さん。ごめんなさい」
良美はいきなり涙混じりになって祐子に詫びた。
祐子は駅へ向かう途中、ワンボックスカーの中に引きずり込まれ、刃物で脅され、祐子を呼び足す電話を掛けたことを告白した。
祐子は自分をさらうために良美が使われたことに愕然とした。犯人は自分を狙っていたのである。車に乗っていた男は二人いたことも判った。明らかに自分狙っている。女を漁るだけの行き当たりの犯行ではないのだ。
「私たち、どうなるの?」
良美は早くも弱気になって祐子に尋ねた。しかし、祐子も答えようは無かった。
「わからないわ。判らないけど気持ちを強く持って、何があっても負けては駄目よ」
祐子は良美をそして、自分を奮い立たせるような言葉を言って勇気付けた。状況は最悪であった。犯人たちの接触も無い、開きそうも無い頑丈な扉、両腕を拘束され鎖で吊られ、身動きの自由も無い。
祐子は犯人たちの目的を知りたかった。金なら夫の実家が裕福だからそこそこの金額は揃えられる筈だ。しかし、犯人の目的が二人の身体となると祐子も落胆せざるおおえないのだ。
タイル張りの床から寒さが足に伝わってくる。朝にトイレを済ましたきりの祐子と良美は次第に込み上がって来る尿意とも戦わねばならなくなった。
「お姉さん。おしっこがしたい」
「我慢して。我慢するしかないのよ」
子供みたいな口ぶりで良美が訴えたので、自分もそれを我慢してる祐子は強い口調で諌めてしまった。
良美が啜り泣きを始めたので祐子は慌ててその言葉を謝罪しなければならなかった。
「ごめんなさい。私も辛いもんだからつい大きな声を出してしまったわ」
閉ざされた空間で祐子と良美の新たな戦いが開始された。