今城塚が泣いている(3)

2006/12/16 23:08


 写真は伐採された桜の木の切り株です。1本残らずバッサリ切られました。高槻市役所が昨年7月に行った整備計画の説明会記録によると「桜の木は切る」と市議会議員や一部の市民へ説明したことになっています。しかし、今年になりこの工事の直前に「桜の木は切らないでもらいたい」という要望が地元住民から改めて出されていました。突然始まった伐採工事に際して近隣の主婦が「切らないで!」と泣くように懇願しましたが、現場からの報告を受けた教育委員会はこの懇願を無視して伐採を指示しました。
 高槻市教育委員会による伐採の理由はある意味ではシンプルです。「古墳ができた当時、1400年前の姿へ復元したい」。つまり、「1400年前、ここには桜が植わっていなかったでしょ」ということです。しかし、吉田康人はそれはちょっと違うと思う。曲がりなりにも「教育」に携わる者の発言とは思えません。「この地域に良い自然環境を残したい」、古墳という土地柄、実際にそうできたかどうかは別として、「美しい木でも植えて、子供達を含む地域の人々が憩えるようにしたい、継体天皇に安らかにお眠りいただきたい」という日本人の「心」は、地元の青年団がこの桜を植えた50年前であろうと、1400年前であろうと、等しくあったはずなのです。
 11月25日付「読売新聞」にも次のような記事が掲載されました(地元住民の氏名は「○○」としました)。

<<春染めた並木 もう見られない・・・
 高槻・今城塚古墳 桜伐採
 市、史跡整備で15本
 住民「説明もなく切るなんて」

 真の継体天皇陵とされる高槻市郡家新町の前方後円墳「今城塚古墳」(6世紀前半、国史跡)の桜並木が、市教委が進める史跡公園整備工事で伐採された。市教委は「古墳本来の姿に近づけるため」とするが、住民たちは「桜は長年、地元で愛されてきた。切る以外に方法はなかったのか」と肩を落としている。
 桜は古墳を囲む外堤に生えていた約15本。15日に伐採され、住民から市教委に「住民への説明もなく切るのは問題だ」などと抗議があった。
 住民によると、桜は約50年前に地元の青年団が植えたソメイヨシノ。下草刈りをしたり、ごみ拾いをしたりして住民たちで見守ってきたという。幼いころから古墳で遊んでいたという○○さん(59)は「文化財といっても私たちにとっては緑豊かな里山。自然を壊しての公園整備は本末転倒だ」と憤る。
 同古墳からは、日本最大の形象埴輪(はにわ)などが出土。発掘調査が可能な大王級の古墳として注目されたこともあり、市教委が市民の歴史学習や憩いの場とするのを目的に、2004年度から7年計画で史跡公園として整備している。
 事前説明会で地元の理解を得たとする市教委は「当時の様子を市民に知ってもらうための整備で、植えられた桜を切るのはやむを得なかった。害虫問題などで伐採を望む住民の声もあった」と説明。公園横に別の桜を植えて市民の憩いの場にする計画もあるといい、「もう一度、説明会を開いて理解を求めたい」としている。
 古墳のすぐ横に住む○○さん(67)は「毎春、満開の桜を見に遠方から来る人もいて、伐採に多くの人が悲しい思いをしている。もう桜はよみがえらないが、市はもう少し配慮してほしかった」と話している>>。
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