Succes fou
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吐いた息すらも凍るような夜だった。 暖を取るための火すら熾していない部屋の空気は痛いほど張り詰めているが、それでも外の深闇よりは熱を秘めているのか。広く取られた窓一面、薄く曇っている。 新月の濃い夜闇に包まれた窓の外では、深い雪が世界を白一色に染め上げていることだろう。 窓の桟に積もった雪を見るともなしに眺めた青年は、一つ小さく溜息をつく。 「……そろそろ潮時だな」 呟いたその声には決意の色がにじんでいた。 ■□□□■ ミューズ都市同盟の重隅を担うマチルダ騎士団。三百数余の歴史を誇る彼の騎士団の居城は、別名白亜の城の異名で知られているロックアックス城である。
■□□□■ 一方。 マイクロトフは混乱していた。 ――――― 邪な考え アレフのその言葉が耳から離れない。 一ヶ月前の自分ならばその言葉に、なんの気もとめることはなかっただろう。 だが…今の自分にはぐさりとくる言葉だった。なにしろ後ろめたいことがしっかりあるのだから。 晩秋の寒い雨の日だった。 いつものように仕事の合間を縫って、休暇を取っているカミューの私室に訪れたのは雨が降り続く薄暗い昼下がりだった。 中に居られるとの従騎士の言葉に反し、応答のない部屋に首を傾げ入る。 いつでも入って良いとの許可はもらっている為、遠慮なく立ち入ると、薄暗い部屋には明かりも付かず暖炉の火も熾していなかった。 寒がりの癖に自分一人のためには火を熾すことをしない彼の常を考えれば、それは不在と判断する材料にはならない。 だが広い居間を抜け、扉の開いている寝室や浴室を覗いても、主の姿は見当たらない。 従騎士の言葉に間違いがあったのだろうか。そう首をかしげたマイクロトフの視線の端に、赤い色が映った。 大股で駆け寄って勢い良く開け放った露台に、雨に濡れて佇む親友の姿はあった。 後姿だけでも、雨に打たれたマントといわず団長服までもがじっとりと水を含み身体に張りついているのが分かる。 どれだけ長くこんな寒い戸外で雨に打たれていたのか。 『何をしているカミュー』 軽い咎めの色を混ぜてかけた声に、彼はゆっくりと振り返った。 自分を見つめたその姿を、今もはっきりと思い出すことができる。 遠くを見るような眼差しを浮かべたその姿は、思わず眩暈がするほど脆さを連想させると共に酷く艶やかで。 触れたい…そう思ったのだ。 霧雨でしっとり露を含み首筋に絡み付いた細い髪の房に。 その唇に触れたいと。 そう思ったのだ。 『雪にならないかなと思って…待っているんだ』 そう言いながらどこか眩しいものでも見るかのように眼を細め、空を仰ぐ。 朧げな微笑を浮かべて、宙に向かって手のひらを差し出すその姿は、自分が知らないものだった。 『……風邪を…ひくぞ』 酷く乾いた喉で、滑稽なほど掠れた声を彼がどう感じたかと恥じ入る間もなく。 不意に振り向いた彼と視線が絡む。 それはなんと称すればいい瞬間だったのだろう。 絡み合った視線から、濃密な甘やかな感覚が全身を支配する。 心が、互いの息遣いさえも感じ取れるような、近しい距離にいるような気分になり。 強力な吸引力に支配されるようにゆっくりと、彼に近づく。 濡れそぼった頬を両手でそっと包むと、手のひらから伝わる熱に心が酷く騒いだ。 この熱に触れたかったのだ。 心から湧き上がるその気持ちに精神が昂揚する。 その気持ちが伝わったのか、琥珀の瞳が揺れて。 誘うように軽く開いている唇の温度を確かめたくて、吸い寄せられるように身をかがめると…。 『カミューさま!なんという姿をされてるんですか!!』 従騎士の悲鳴が響き渡り、すべての動きが止まった。 『そんな姿でおられると、風邪をひいてしまうではありませんか!早くお着替えください!!』 タオルを片手に駆け寄ってくる従騎士に、 『大丈夫だよ』 と、呆然と固まる手をすり抜け穏やかに答えるいつもの親友の声を聞きながら、自分は激しい衝撃を受けていた。 触れたいと感じたのだ。 抱きしめたいと感じて…そして熱を確かめたいと感じた。 冷静になって考えるとそれは紛れもなく性的な意味を多分に含んでいるようで。 思い返すだにそれはただの友情の範疇に収まるような感情とは思えない。 肉欲を覚える親愛の情はどういうものだろうか? 挨拶もそこそこに部屋を辞してその後数日考え抜いた末、同期のほかの友人に尋ねたその問いは我ながら間が抜けたものだった。 たっぷり三十秒は注視され、ため息と共に、 『そりゃ愛以外の何物でもないんじゃないのか?』 そう返された答えは、自分の出した結論と違える物ではなかった。 つまり自分はカミューを愛しているということなのだろうか。 そう結論づけると気分が少し楽になった。 男同士という関係は今までのマイクロトフの常識からすると、通常の恋愛枠からかなり外れたものだ。 しかし気が付いてしまったものはしょうがない。 自分のこの気持ちには正直戸惑いはあるが、忌避感や困惑よりも、やはりそうかという気持ちが強かった。彼の付き合っていた相手の話をする度に感じていた奇妙な焦燥感や、誰よりも近くにいることを彼が無意識に示す度に心のどこかで感じていた優越感。それら諸々の名状しがたかった感情の分類ができて、いっそすっきりとしたと言ったほうが正しいのかもしれない。 だが…その気持ちのせいで 自分のこの気持ちのせいでカミューは自分を避けているのだろうか。 あの状況でカミューが自分の気持ちに気が付いていないはずはない。 だが…自分の記憶が間違えないのであれば、カミューも自分の気持ちを拒絶してなかったように感じるのだが。 むしろあの瞳に浮かぶ色は、自分と同じ熱に浮かされたような瞳で。 ではなぜカミューは自分の訪ないを避けるのか。 訳がわからず思い悩むマイクロトフの眉間には深く皺が刻まれていた。 ■□■ 眉間に皺を寄せたままたどり着いた青騎士の団長室では、書類を片手に副長のキースが待ち構えていた。 「お早いお帰りですね、マイクロトフさま」 柔らかな表情とは裏腹に眼は少しも笑っていない。 無言で差し出された書類の束は、束と呼ぶに相応しいほど相当量の紙の山だ。 「…こ、これをどうしろというのだ」 「いかな大食なマイクロトフ様でも食すことはできますまい。もちろん今から目を通して決裁していただくのですよ」 「し、しかし俺はカミューと約束してきたのだが…」 恐る恐るそうお伺いを立てると、 「マイクロトフ様」 有能な副長は冷ややかな声を出した。 「恐れながらマイクロトフ様が団長位に就かれてはや一年。我を通して職務を放棄するような時期はとっくの昔に過ぎたものと思っておりましたが、もしかするとそれは私の浅慮だったのでしょうか。必要とあらば人の上に立つ者の心得を、今からゆっくりお諭し申してもよろしいのですよ」 暗に説教してほしいのかと脅され、慌てて首を振る。 しかしどう考えてもこの書類の量では、宵口までかかりそうな勢いである。 「…では、ではせめてカミューに直接食堂で落ちあって一緒に食事を取ろうと伝えてもらえないだろうか」 「よろしいでしょう」 鷹揚に頷くキースの姿に、これではどちらが団長か分からない、と思いながら時間と場所を従騎士に伝える。 一息付いて書類を見やると、今度は違う意味で息をついた。 どうにもこのところ仕事が多すぎる。 カミューに合えない理由の半分は、このところ立てこんでいる自分の仕事量のせいだった。 これも何か赤騎士団からの嫌がらせではないかと思いそれとなく問い尋ねると、あきれたような視線で否定される。 しかしどこか釈然としないものを感じながらも、マイクロトフは必死になって書類と取り組み、どうにか約束の時間までに仕上げることができた。 ■□□□■ 約束の時間から少し遅れてやってきたカミューは少し疲れた様子だった。 まともに顔を合わしたのは、五日前の定例会議の席だったが、そのときも私的な会話を交わすことはなく、二人だけであった時間としては実に一月半振りだった。 ちょうどあの雨の日から一ヶ月半。 つまりあの日から二人きりで会うのは、これが初めてということである。 「さっきは私の執務室に寄ってくれたんだって?ちょうどウィドリー商会の者と会っていた時だったから門前払いのような形になってしまいすまなかったね」 いつものように微笑を浮かべて席に就いたカミューは特に変わった様子もない。 「…会議中じゃなかったのか?」 「いや、ただの会談だよ。もっとも予算の折衝の段階だから部外者は立ち入り禁止だけどね」 「白騎士団員が入っていったようだが…?」 「あぁ、ゴルドー様から先の定例会で仰せつかった馬具購入業者の選定リストの件で、書類を届けてもらったんだ。中の控え室で引き取ってもらっただけだから心配することは何もないよ。おかげで明日はまた書類とダンスだ」 わざと軽口を叩いて見せても黙り込んだまま何も返さない自分に不審を覚えたのか、カミューはいぶかしげな表情を見せ、やがて何かに思い当たったのか苦笑を浮かべた。 「どうしたんだい、疲れているのか?あぁ…長らく待たせてしまったからお腹が空いて具合が悪くなったんじゃないのかい。今度から時間がかかりそうだったらそう従騎士に伝えておくから、遠慮せずに先に食べてくれ」 「そんな心配しなくて良い!カミューはそんなに気を使わなくていいんだ!」 あまりにも的外れな彼の返答に思わず大声が出る。 「しかし…腹が空いているのにわざわざ待つのも辛いだろう?」 驚いたように眼を見張る彼に、仏頂面と自分でもわかる表情のまま、 「それじゃなくてもカミューに会えないというのにこれ以上会える筈の時間を減 らすつもりはないからな」 そう宣言をした。 「…今だってこうして会っているじゃないか?」 何が不満なんだ? そう問いかけるように首をかしげて尋ねる親友にマイクロトフは内心ため息をついた。 自分よりも人の心に聡い彼が、自分の気持ちに気が付いていないはずはない。そして当然自分が言いたいことも分かっているはずだ。 だが、あえて返す的外れな答えは、つまりはぐらかしているとしか解釈のしようがないだろう。 「カミューに会うのにも必ず誰かついてるじゃないか…」 「確かにそうだが…。それが何か問題なのかい?」 わざとらしく眉をひそめて見せる彼にため息がでる。 はぐらかされるのはごめんだった。 「カミューは…俺と会うのが……いやなのか?」 「…どうしてそんなこと思うんだ?」 心底驚いたように眼を見張る彼に、アレフの言うように自分を避けるようなそぶりはない。しかしそれと同時に、あまりにも普通過ぎる彼の様子にも違和感を感じる。 「…今は食堂だから確かに周りに人がいるのは仕方ないが、執務後の私室でも!!必ず誰かがついてるんだぞ!!」 「しかたあるまい。人の上に立つとはそんなものだよ。ある程度のプライベートを人に晒す、それは安全上必要不可欠だし、そのことはお前も承知だと思っていたが」 「…カミューは俺のことを嫌いなのか?」 「何を言っているんだい、お前は私の大事な親友じゃないか」 親友という言葉に思わずかっとなる。 自分が聞きたかったのはそんな答えの返る問いではない。 それはわかっているはずなのに、どこまでもはぐらかして見せるカミューの態度に怒りすら覚え、思わず席を立つ。 「失礼する」 食事もろくに手をつけず、食堂を出たのは初めてのことだった。 ■□□□■ 初めはただ心地よかっただけなのだ。 一緒に剣を競い合うことも、試験の主席を競う合うことも何もかも楽しかった。 同期の友人の誰と過ごすよりも、彼と過ごす時間は心地よくて。その頃の自分はそれを同じレベルで競い合える唯一の好敵手だからだと思っていた。 だが、騎士団に入団して、周囲に有能な年上の友人たちが増えても、誰も彼とは過ごす時間とは比べ物にならないと気が付いた時。 自分の中で彼は特別になっていた。 誰かを愛しく思う心、それがこんなに心地よいものだとは知らなかった。 誰かと愛し合うだけの資格は自分にはないと分かっていたけど、この彼を愛しいと思う大事な感情を手放したくなくて。 だから誰にも気づかれないように隠していたのだ。 この気持ちは、いつか彼が彼に相応しい女性と幸せな家庭を築いても、ずっと死ぬまで胸に隠したまま暖めておくつもりだったのに。 だが、 そろそろ…そろそろもう潮時なのかもしれない。 傷ついた眼をしていた。 多分彼は気が付いているのだ。 彼に触れられた、あの雨の日。 あの黒い真摯な瞳に見つめられた瞬間、すべてが止まったような気がして。 いけないと思う間もなかった。 気が付けば濡れた頬が暖かな熱に包まれていて、ずっとこの温もりがほしかったのだと胸が痛くなった。 あの時従騎士が声をかけるのが少しでも遅かったなら、あのまま彼にすがり付いていただろう。 きっとその時に彼は自分の気持ちに違いない。 もう少し自分が嘘をつくのが上手だったら、この気持ちを綺麗に隠してうまく言葉が返せただろうに。 そしたらただの冗談に紛らせて、彼の瞳にはっきりと浮かんだ熱を笑い飛ばすことができたのに。 それともいっそのこと手ひどく振って、親友という立場すら壊してしまえば話が早いのかもしれない。彼にとってもその方がよほど誠実な態度だといえるだろう。 だが、自分にはそれだけの強さはない。 配下の赤騎士たちの画策は、だからまさに渡りに船だったのだ。 このまま会う時間を減らして距離を置けば、少しは浮かされたような熱も冷めるかと思ったけれど それは効果がなかったらしい。 『嫌いなのか?』 そうまっすぐ眼を見詰められたときは、息が止まるかと思った。 必死に平常を装ってはぐらかした自分の反応に、酷く彼が傷ついたのにははっきりと分かった。 けれども彼の望む答えが返せない自分には、他にどうしようもないだろう。 彼を傷つけたいわけではないのに、どうしても彼を傷つけてしまう。 傍にいて傷つけたくない人を傷つけてしまうくらいならいっそ…。 暗い部屋の中で何も見えないくらい闇を見つめながら、カミューは密かな決意を固めた。 ■□□□■ 一昨日から降り続いていた雪は今朝方には止み、珍しく穏やかな冬の日差しが綺麗に磨き抜かれた硝子窓から射し込んでくる。 まさに小冬日和というのにふさわしい、麗かな冬の日である。 桟に積もった雪に反射してきらめく光の欠片に、眼を細めながら赤騎士団副長フ ィールズはそっと満足のため息をついた。 ここ最近は大きな騒乱も起こっておらず、騎士団内には特に何も問題はない。あるとすれば大雪が降って市政に支障がでないかという、例年通りの極めて些細な懸念だけだ。 取り立てて仕事も詰まっていない今日は定時に上がれるようで、そうなれば限定数しか作らない士官食堂の定食にありつけるかもしれない。定時後の予定に思いを巡らせ、副長は頬を緩めた。 しかし敬愛する若き団長のふいの一言は、そんな赤騎士団副長のささやかな幸せを打ち砕くものだった。 「……カミューさま、今何といわれました?」 自分の耳が信じられなくて思わず聞き返す。 「そろそろ団長職を退こうかと思っている、と言ったのだが」 「そ、それはどういう…」 驚きのあまり取り落とし散乱させた書類を慌てて拾い集めながら、震える声で問い尋ねる。 「ここらで後進の育成に情熱を傾けるというのも楽しそうだと思うしね」 向いてると思わないかい? そう真顔で尋ねられ副長は眩暈を起こしかけた。 向いている、向いていないの問題ではないと思う。 どんなことも人並み以上の才能を発揮する上、人の心、特に部下の心を掴むのはお手のものという上官である。仮に士官学校で教職につくことがあれば、さぞかし厳しく有能な、それでいて人気の高い教官になることだろう。もしかすると卒業するのがいやだと言って居座る生徒も出てきそうだが、まぁそれはそれとして、それなりにどころか開校史上歴史に残る名教官になることは間違いないだろう。 だが。 もったいない。もったいなさ過ぎる。 いかに未来の騎士団を担う貴重な人材とはいえ、この有能な上官に卵の殻をくっつけたひよっこのお守をさせるのはもはや冒涜だとすら叫びたくなる所業である。 自分の想像に凍りつきながら必死に首を振ると、 「そうか…向いてないかな」 と、残念そうに呟いた。 形の良い顎に手を添えて考え込むような様子を見ると、あながち冗談でもなかったのだろうか。 「じゃあグラスランドへでも旅するのもいいな」 泣きそうな気分に襲われている副官の様子に気を止めた様子もなく、上官は己の人生の未来設計を立てるのに忙しいようである。 「…グラスランドへ行って如何されます」 「生き別れの兄弟を探すとか…それもロマンじゃないかい?」 にっこり笑って見せる見慣れた筈の笑顔の裏が読めず、喘ぐように副長は声を絞り出した。 「お、恐れながらカミューさまにご兄弟は居られないと伺った覚えがありますが…」 「じゃあただの一剣士になって流浪の旅に出るのも楽しそうだ」 「赤騎士団一同引き連れて行ってくださるのならばお止めしません」 力いっぱいそう主張すると、ふむとばかりに首を傾げられる。 「それは困るな…」 …困っているのはこっちである。あくまで飄々とした上官の態度に堪りかね、とうとう副長は悲鳴を上げた。 「冗談はほどほどになさってください!まだ団長位につかれて二年も経っておられないではありませんか、仮に本気で仰るにしても早過ぎます」 一体どういうことなのですか?そう問い詰める副長に、赤騎士団長は柔らかい微笑を浮かべてみせた。 「…ここ最近動向が不穏だ。赤月帝国が倒れた余波なども鑑みると、もしかすると大きな騒乱が起こる可能性も否定できない。不安定な状況で騎士団の三峰の次峰の首座に敵国からの移民を戴く事は得策ではないよ」 まるで見えない原稿でも読むかのように淡々と言葉を重ねる上官に空恐ろしさを覚える。 「カミューさま!!!」 「……正直言ってもうそろそろ疲れたんだ」 しかしいつもの穏やかな口調に潜んだ陰に気がつき、その思いがけぬ真意を告げられた副長はもう何も言葉を継ぐことはできなかった。 ■□□□■ 赤騎士団副長フィールズは深くため息をついた。 白い息がぴんと張り詰めた冬の空気に溶け、所々氷の張った湖に渡っていく。 上官からの衝撃の退任希望を告白されてから二日が経とうとしている。 いまだに何度思い返してもあれは幻だったと思いたい彼である。が、悲しいことに一介の平騎士から赤騎士団副長まで上り詰めた優秀なこの頭は、あの衝撃の一幕での上官との会話を、一言一句、違えることなく記憶しているのだ。 正直カミューの言葉はショックだった。 だが… 自分の出自と国世状況だけが、彼の退任を希望する直の理由とは考えられない。 文武共に秀で、人を惹き付ける強力なカリスマを備えた彼が唯一赤騎士団長に就任する際に問題とされたのはその出自だった。マチルダとしばしば敵対関係にあったグラスランドからの移民という、ただそれだけの点のみが彼の着任において問題とされたのだ。 彼が着任する前にそのことを熟考しなかったはずはないのだから。 もしも、仮にもしも彼の『疲れた』という一言が真実であるとすれば、その理由がどこかにあるはずだ。 自分には知り得ない、なにかあの上官を追い詰めた理由が。 とにかくその理由を突き止めないことには赤騎士団、ひいてはマチルダ騎士団の安泰はもちろん、自分の健康すらも危うい。 なにしろあの時の会話を思い返すだに動悸、息切れ、内臓に鈍痛を覚えるのだ。これが胃炎というものだろうか、何度脇腹を抑えながらそう悲しく自問してしまったことか。 『他言は無用だよ』 その胃炎をもたらした張本人はというと、ご丁寧に話の最後にそう釘を押してくれた。 しかし露見すると騎士団を動揺させる一大事になりかねないこれだけの大問題を、自分ひとりの胸に収めておけというのだろうか。 再び深くため息をついたフィールズは、不意に背後からかけられた声に我に返った。 「釣れますか?」 「いえまぁ…ぼちぼち…です……」 自分と同じように釣具一式を抱え佇む青年に、慌てて脇に広げた疑似餌などを片付け席を譲る。 礼儀正しく礼を言ういかにも好青年然とした新しい釣客に、曖昧な返事を返しながら赤騎士団副長は腹をくくった。 執務上知り得た情報の守秘義務を守るのとこれとは、まったく話が違うのである。 それに彼ならばその立場上この問題を知っていて当然、むしろ知っていなければいけないのだから、騎士としての自分の良心にもとる行動をではないはずだ。 そう自分に言い聞かせた結果、一昼夜悩みぬいた副長はこの問題を適任者の判断に委ねることにしたのだ。 そして今のこの状況に至りもはや引き返すことはできない、そう自分に言い聞かす。 「ここらは鱒の穴場なんですよ」 季節を選ぶと一時間で十指に余るほど釣れることもあるんです。 隣りで慣れた手つきで釣具の装備を整え、丁寧に釣り餌の種類などを説明してくれる青年に、正直意外な感を覚える。 「失礼ですが…よくここで釣りをされるのですか?」 「えぇ…一人で考えたいことがあるときなどきます」 暇があれば精力的に動き回るか、馬や武術の訓練をしている所しか眼にしたことのない相手の思いがけぬ趣味に驚く。 彼がこんな人少ない湖畔のほとりで、一人竿を振るう姿など騎士団内の誰も想像したことはなかっただろう。 だが彼とてその実、自分よりも何歳も歳若い青年なのだ。一人で思いを巡らせたい時間は当然あるに違いない。彼の担う重責を鑑みれば、騎士団内外で見せている、精力的な面はもしかすると彼自身が装っている表の姿なのかもしれない。 初めて知った青年の意外な面に、驚きを感じながらも、それを好ましいものと受け止めたフィールズの顔に微笑が浮かぶ。 「それでお話とはなんでしょうか」 真直ぐに自分の眼を見詰め、静かに尋ねる相手に、薄く刷いた微笑をすぐに拭うと知らず姿勢を正し背筋を伸ばした。 そして頭の中で何度も整理しておいた、上官との会話を詳細に渡って説明する。 微に入り細に渡る状況描写と共に上官の真意に対する己の推測も付すと、黙って耳を傾けていた青年は何事か考え込んでいるようだった。 静かな、あまりにも静かな沈黙が湖畔を支配する。 やがてそれを破るかのように、木立の中から鳥の囀りが風に乗って波面を揺らす頃、青年はやっと口を開いた。 「彼の弱点を知っておられますか?」 「…いえ」 思いがけぬ言葉に驚くフィールズに、青年は落胆した様子もなく一つ頷く。 「意を決した人にその決意を翻させるよう働きかけることは難しいことです。ましてやカミューの性格を考えると、その話を明かした以上、かなりの準備を進めていることと思われます。一刻の猶予もなく、早めに有効な手を打たないことには下手するとエンブレムを投げ捨てて出奔しかねません」 とんでもないことをさらりと言ってのっけた相手にフィールズの心臓は思わず止まりそうになる。 「ど、どうすれば…」 喘ぐように言葉を搾り出す顔は多分真っ青になっていただろう。 「ひとつだけかなり有効な対抗策があります。彼の弱点を突くことです。これはかなりの確率で成功するはずです。ただ、正直あまり楽しい手段じゃないんですけどね。なにしろここ最近の我々の努力が水泡と化すのですから」 言葉ほどに残念そうでもなく穏やかな口調を保つ青年の視線の先で、竿が上下に振れ始める。 慣れた様子で竿と細いテグスを操ると、あっという間に、ぴしゃん、と音を立て魚が水から空へとなだらかな身を躍らせる。 「でもまぁ背に腹はかえられません。しかたがないですから奥の手を使いましょう」 稀に見る大きな鱒を釣り上げた諜報部隊隊長は、獲物を翳し、そう微笑んで見せた。 ■□□□■ 「新しい団長はどなたになると思われますか、マイクロトフさま?」 「団長だと?」 傍で茶器を整えていた副長の思いも寄らぬ問いかけに、マイクロトフは書類に滑らせていた筆を止め、顔を挙げた。 「…順当にゆけばロックポート副長だろうな。しかしゴルドーさまのことだ、予想のつかない推薦をなさるかもしれない」 騎士団長は退任時に後任を推薦することができる。その人物の人柄、能力によほどの瑕疵が見当たらない限り、その推薦は他二騎士団の団長の承認によって認められる。 近年稀に見る若年で青騎士団の団長位についたマイクロトフや、グラスランドからの移民ながら赤騎士団長に登り詰めたカミューもその口だった。 脈略の感じられないその問いに、マイクロトフはキースが話題としているのが、長期にわたる就任期間を経ている白騎士団長のことだと思いこんでいた。 「白騎士団のことではございませんよ、マイクロトフさま。赤騎士団の話です」 意味が分からないという風に顔を顰める団長に、 「ご存じなかったのですか?」 とキースはいつものように涼しげな声をかけた。 「…何をだ?」 「カミュー様が退団を希望されているようですよ。なんでもグラスランドへ行かれたいそうです」 告げられた内容に一瞬呆然とし、次に襲ってきたのは 歯噛みするような気分だった。 逃げる気なのだ。 彼は何の言葉も自分に渡さず、逃げる気なのだろう。 マイクロトフとて馬鹿ではなかった。 先日怒りに任せて食堂を後にしてから、ずっと考えていたのだ。 そしてあることに思い至った。 昔からカミューは自分の欲を出さない人間だった。 自分に自信がないのか、無意識のうちに自分の出身を気にしている為のか。いずれにせよそれは自分を過小評価する傾向からも伺うことができる。 とすればそんな彼が自分のことを好きだと思っていてくれたとしても、それを正直に出すだろうか。 否。というのがその答えだった。 たとえ彼が自分のことを愛していてくれるとしても、その気持ちの分だけいろんな理由をつけて逃げ惑うに違いない。 それが自分のためだと思いこんで、彼自身の気持ちに鍵をかけてしまうはずだ。 退団を希望するというカミューの唐突な行動は、彼の仮定の裏づけをする強力な要素だった。 だがこのままみすみす彼を逃す気は毛頭もない。 「マイクロトフ様…!」 書類を投げ出して席を立ったマイクロトフに、驚いたような声を向ける。 「仕事はあとだ」 そう言い残すと真剣な顔をして部屋から突撃してゆく己の団長をみやり、キースは大きくため息をついた。 ■□□□■ ノックなしに開いたドアに顔を挙げると、最近顔を出していない珍しい客人の姿があった。 普段は曲がりなりにもノックをする彼が、何も言わず部屋に入ってくるのは珍しい。 何も言わず来客用ソファーに腰を下ろした常にない彼の態度に、カミューは手にしていた書類を置くと、向かい合うように座った。彼の態度から何某らの話があることは間違いはないようだった。 手早くお茶を用意した従騎士が退出すると、胃痛とのことでここ数日何年ぶりかの有給をとっている副長も不在のため、二人だけの空間になる。 睨み合うかのようにじっと視線を合わせるだけの重苦しいまでの沈黙を破り、口火を切ったのは彼のほうだった。 「逃げるのか?」 「誰から…というのは愚問ですね。フィールズも口が軽い」 「忠実な副官を胃炎にしかけた極道な上官に言われたくない台詞だよな」 いつもの微かに匂わせる軽口の色が見えない分、言葉が胸に突き刺さる。 「逃げるのか?」 繰り返される問いに内心溜息をついた。 気が付かれないとは思っていなかった。 自分でももてあましている気持ちに、自分が気がつくよりも早く気が付いていた人の機微に敏い彼が、今の不安定な自分の気持ちに気が付かないはずはない。 そしてなぜ自分が団長位を捨ててまで逃げ出そうとしているのかなど、彼にとっては手のとるように分かっているのだろう。 だが、それを彼だけには気が付いてほしくなかった。 「もう十分だと判断しただけです。私にはこの場所は長く留まるには重過ぎます。それに少なくとも一年以上はこの地位に留まったのですから貴方も満足でしょう」 言われた意味を理解したことを見せたくなくて、わざと的外れな言葉を返す。 ただの軽口の延長のつもりで吐いた言葉に、しかし驚くほどの鋭い声が返った。 「赤騎士団長の座を引き受けたのはお前だ。それとも俺に言われて嫌々引き受けたのか」 だったらこんな団長に忠誠を誓ってる赤騎士共にとっては良い面の皮だぜ。 無表情に問い詰めるアレフリィードの声に、どんな酷い失言をしたのかいまさらながら思い至った。すべての騎士は騎士就任時に騎士団長に忠誠を誓い、戦場では命を賭けて団長の命に従う。だからこそ騎士団長は、彼らのエンブレムに賭けた忠誠に応ずる為、彼らの忠誠に報いねばならないのだ。誠心誠意彼らの想いに答える、それが騎士団長たるものの最大の勤めだ。 自分のこの言葉は忠誠を誓う彼らを踏みにじる、手酷い裏切りの言葉だった。 「…いいえ、私がやりたいと思って決めたことです。…理由はどうであるにせよ」 「いいか、それなら俺のせいにするな。お前の行動の責任は自分で取れ。逃げるのもお前の自由、そして後悔するのも自分の自由だ。それを人のせいにするんじゃねぇ」 「そうですね…失言でした。」 苦い思いで頭を下げると、肩をすくめて見せた彼は、幾分砕けた口調になる。 「もしもお前が考え抜いて最善だと思い下した決断ならば俺は何もいうことはないさ。自分が下した判断はお前だけがもんだ。誰に遠慮することはない。自分で自分の行動に責任が取れるのなら、ほかの奴の思惑なんか気にすることはないんだ。二十歳やそこいらで墓に持っていかなきゃならんほど御立派な過去やしがらみを持っているなんて言ったら僭越過ぎるぞ。思わずぶん殴りたくなるな」 分かったな。 告げられた言葉の真意がわからずに、思わずはっと顔を挙げてアレフリィードの顔を見つめた。 過去にこだわることはない。 気にすることもない。 そう、彼は言っているのだろうか? 誰よりも過去にこだわらずにはいられないだろう彼が、それを自分に言うのだろうか。 彼の大切にしていた場所を奪い、かけがえのない人を追いやり、あまつさえ彼の最愛の人を殺した…この自分を許してくれるというのか。 それは咎める言葉も、許しの言葉も与えてくれず、ただその事実がなかったかのように振舞う彼の口から初めてでた許容の言葉だった。 きっとこの言葉を彼は死ぬまで言うつもりはなかったはずだ。 彼がこの言葉を言ったのは、婚約者を奪った彼の目の前で自分だけ幸せになることはできない、そう思っていた自分の気持ちに気が付いたからなのだろう。 気づいて欲しくなくてわざと女性たちと浮名を流していた自分の努力も、すべて水泡と化したというわけか。 いつもながら自分の考えなど既に読んでいるかのように見える、彼の慧眼さに脱帽する思いだった。 一生敵わないかもしれないな…。 それは彼を前にして、いつも思うことだけれど。 「こうすることは自分で決めたことです。これが最善だとは言いきることはできませんが、少なくとも選ばずにはおれない道です。後悔はするつもりはありません」 だからといってその言葉に甘えるわけには行かない。 「頭の良いカミュー団長殿が最善ではないけど選ばずにはおれなかったその理由というのをお聞かせ願いたいですな」 「この場所にいると…時々息が詰まる。自由になりたいと、そう願うことは罪なのですか?」 「自由になるのは結構だが、何だってまたこんな急に話を決めたんだろうな」 もっともな言葉に、答えに詰まる。 「どっちにしろもう遅いんじゃねぇのか?お前の逃げ出したい理由がこちらからきてくれたようだぜ」 にやりと笑いながら指した指の先で、音を立て扉が乱暴に開けられた。 ■□■ 仁王立ちになった青騎士団長は、いつになく厳しい顔だった。 「どういうことか説明してくれ」 低い声で問い詰める声に、 「…どうもこうも、ただ団長の任から退こうと思っているだけだが」 努めて平常な声で返したつもりだが、その迫力に血の引く感覚を感じていた。 「グラスランドへ行くと聞いた」 「士官学校の教官は向いてないそうだから仕方ないだろう」 「止めても行くんだな」 沈黙で問いに答えると、大股で近づいてきたマイクロトフに、腕をつかまれた。 「分かった、じゃあ俺もついていく」 告げられた言葉に一瞬意味が分からず、次の瞬間今度ははっきりと血が引いた。 「…冗談だろう。就任一年で団長位を退くなんてそんなふざけた話聞いたことがないよ」 驚愕で掠れた声に、眉一つ動かさない男は、 「一年半で辞めるといった奴は目の前にいるぞ。一年も一年半も変わらないだろう」 そうのたまった。 「同じなわけ…」 「俺は本気だカミュー」 宣言するまでもなく真剣な顔をした男に、必死になって再考を求めると、「では」と口を開く。 「どうしても反対するというならば、せめて理由を教えてくれ。俺が納得できるだけの」 「…強いて言うならば自由になりたいんだ」 当然くるはずの問いに、用意していた答えを返すと、 「行動やプライバシーのことを言っているのか?だったら赤騎士団の隊長や、従騎士に言えば良い。俺が言ったのでは聞く耳は持たないだろうが、カミューが言えば彼らは聞くはずだ」 こともなげに言い放った。 「そう言うことではないよ、私が言っているのは精神的なことだ。」 「では質問を変えよう。カミューは俺が愛しているから行かないでくれと頼んでも、思いとどまってくれないか?」 油断していた所に、まっすぐと言葉を放り投げられたような感覚だった。 「…私は騎士団長だよ。団長位に就いている限り私は配下の騎士達の忠誠に答えなければいけない…」 心の準備もなく投げられた言葉に、声が掠れる。 「お前が大事に思っている赤騎士達はお前が同性の恋人を持ったからといって、その忠誠を反故にするような、そんな奴らなのか」 違うだろう? そう諭され唇をかむ。 「カミュー、カミュー、頼むからいろんなことを言い訳にしないでくれ。俺が知りたいのはただ一つ、お前が俺をどう思っているかだけだ」 そんな眼で見ないで欲しかった。 続く言葉はもう分かっている。 何度も切ない諦めとともに思い描いていた光景。 この言葉を聞きたくなくて、聞くわけにはいかなくて自分はこの心地よい場所から逃げ出そうと足掻いているのだから。 「俺はお前のことが好きだ。…できればカミューの気持ちを聞かせて欲しい」 本当に酷い男だ。 …だってそんな眼で見つめられたら、嘘は言えない。 誰がこんなに好きな相手から、必死に愛を求められて拒絶できるというのだろう。 「…言える訳ないだろう」 だから必死になって首を振ると、今までの厳しい顔が嘘のように破顔され、そっと腕に抱きしめられる。 「難しいことは考えるな。一番大事なことさえ分かっていれば、あとのことは何とか成る…そうじゃないか?」 耳元で囁かれ、ぎゅっと痛かった胸のしこりが氷解するようにほどけてゆくのが感じられた。 自分だけ幸せになるわけにはいかないとか、騎士団長という地位とか、いろんな考えが頭の中でぐるぐると回っていて。 ぐちゃぐちゃになって何も自分でも整理がつかなくなった心の中で、腕の温もりにすべてが溶けてただ一つの気持ちだけが残る。 それは本当に単純でシンプルな気持ちだった。 「教えてくれ、カミュー」 熱っぽく囁く言葉に背を押されて、観念と甘やかな幸福のなかでカミューは恐る恐る口を開いた。 ■□□□■ ―――― うーん…やってらんないな 気配を消すまでもなく、完全に無視された立場のアレフはソファーにふんぞり返って、近寄りがたいオーラを発している恋人たちを眺めた。 先ほどまで顔を付き合わせて、言い争っていた二人は只今熱いラブシーンの真っ最中である。 それは確かにカミュー馬鹿の赤騎士団の連中は、愛しの団長に同性の恋人ができたからといってリコール請求をかけたりはしないだろう。 だからといって諸手を挙げて賛成するわけなどないではないか。相手は憎き天敵青騎士団長なのである。 それにだいたいカミューもカミューだ、赤騎士団長だけならともかく、青騎士団長も同時に退任することなど不可能に決まっているではないか。 ちょっと考えればできもしないとわかる脅しにあっさり乗って、退任の意を撤回するとは…。 だがいちいちそんな風に主張の綻びを論っていたら、穴だらけの理論はすぐに破綻してしまう。 やっとこさ落ちつくところに落ちついた出来立てのカップルをいじめることには吝かではないのだが、騎士団としての損失を考えると今突付いてまた問題を起こすのは得策ではない。 赤騎士団長の退任意向を翻させたという点では、確かにこの計画は成功したのだが、いまいち面白くないのは自分たちを遥かに上回って起死回生の大成功を収めた幸せ者が眼の前にいるからだろう。 美貌の赤騎士団長殿はとてつもなく倍率の高い人気物件だったのだ。狙っているものは妙齢の女性に留まらず、カミュー様命の赤騎士団共に、猫皮に騙されている貴族に文化人etc。その中でも一番傍にいる為に最有力候補と囁かれつづけながらも, 色恋沙汰には疎いとの何とも情けない理由で規格外扱いされていたマイクロトフに、見事一本釣りされるとは。 余りの意外性のなさに、まったく持って面白みが感じられない。 カミューが幸せになる分には別に拘りはないのだが、せっかくだからせめてもう一年ぐらいはこの騒動が続いてほしかった。一ヶ月であっさりくっついてしまうなんてもったいなすぎる。 自分でくっつくように仕向けていたのを棚に上げ、アレフは肩をすくめた。 でもまぁすべてはこれからなのだ。 昔から言うではないか。 人生楽あれば当然苦もある。 幸せばかりをまだ若い身空の青騎士団長に満喫させる気など毛頭もない 若いうちの苦労は買ってでもしろ。 買うなどという手間をかけさせずにこちらからそれを進呈してあげるのだから、我ながら甘い男だよな。 マイクロトフが聞いたら眉をつり上げて食って掛かりそうなことを思うアレフである。 とりあえずの問題はといえば。 さていつになったら観客を無視してラブシーンに突入している視界偏狭な恋人たちを我に返らせ、弱みを握るべきなのか。 さしあたってはそのくらいだった。 |
■お題■
青騎士団長就任後一年目の青赤話。
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MODELED BY CAMUS&MIKLOTOV / GENNSOUSUIKODEN
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LYRIC BY AYA MASHIRO
20000219/Fin
* And More....? *