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+ 彼の名前 +
王宮の裏にある奥庭の中央には、大きな噴水がある。
水に囲まれた都市だけに水源は豊富だ。
ふんだんに流れ満ちる流れは、今日も柔らかく包むような陽光にきらきらと光り、その輝きにそっと眼を細めた。
黄道に近いはずなのにこの国の陽射しの強さは照り付けるというほど強すぎはなく、とはいえ空を近くに感じさせる程度には眩しいものだ。
きっとここが太陽に愛されている国だからなのだろう。
本当に良い陽射しだ。まさに昼寝日和ってやつだよな ―――
木立の陰で休みを決め込みうとうとと微睡んでいたカイルは、そっと近づいてきた足音、そして掛けられた声に片目をあけた。
「いいんですか、勝手にこんなところに入り込んで。見つかったら怒られてしまうんじゃないですか?」
「んー、大丈夫大丈夫。見つからないようにしてるからね。それよりひとりなんて珍しいね〜」
いつもなら王子にべったりの少女が、単独行動とは珍しい。
真上から覗き込んでくる黒い瞳に笑いかけると、困った色を刷いた眼はそっと伏せられる。
「今、姫さまがお見えになっていて・・・」
「あーなるほど。気を使ってあげてるってわけだ。じゃあ、ここでのんびりしていく?」
その言葉にほっとしたように頷く少女を前に座りなおす。
木の幹に寄りかかるようにしてぼーっと空を仰ぐと白い雲が何片か、ゆっくりと流れていく。
そろりと横を向くと、行儀よく座りこんだ少女も、同じように空を眺めていた。
おっとりと物静かな雰囲気の彼女を前に、さてどうしたものか、とカイルは声を掛けあぐねる。
同じような経緯で同じ人に拾われてきた自分達だから、本当は兄妹のように育っていても良さそうなものだったが、どうにも彼女とはそのような交流は希薄だ。
とはいえいつもの異性に対峙する時のような軽いコミュニケーションも何かが違うような気がして、対応に迷うというのが正直なところだった。
ふむ、と考え込み見詰める先で、少女は小さく欠伸をかみ殺す。
その様子が可愛くてこっそり笑みを浮かべると、それに気がついたのか。涙目の彼女が恥ずかしそうに赤くなった。
ああ、いいなぁーこんな感じ・・・ ―――
ぽかぽかとお日さまは温かで、風はするりと爽やかに木立を抜けていく。
間延びしすぎない程度にのんびりな昼下がりに、可愛い妹みたいな少女とほのぼのと過ごすのも実のところものすごく贅沢な時間ではなかろうか。
言葉はなくとも柔らかな雰囲気に満足しきって、カイルはまた空を見上げた。
そうやって幾つ雲を見送っただろうか。
「カイル、リオン、お前達、こんなところで昼寝か?」
不意打ちのように掛けられた声に、跳ね起きた。
「す、すみません・・・!」
「いやー、その、すごーく、お日さまが暖かくてですね・・・、ってそれよりも気配殺して近づくのやめてくださいよー。心臓に悪いですって」
毎度の事ながら足音も、気配すら消して、背後から近づいてくるフェリドにそう言い立てれど、聞えないふりをする彼は、
「なんだ、ゲオルグまでいるじゃないか。全員集合ってわけか」
と横の樹木の葉陰に声を掛ける。
降りて来いよ、と誘いかける声に、軽やかな身のこなしで飛び降りたのは、仏頂面をしたゲオルグだった。
いつからそこにいたのか、と驚くカイルをよそに、
「なんだご機嫌斜めだな」
鋭い眼光で睨みつけられても、気にした風もなくフェリドは話しかけている。
「どうしてフェリド様は、ゲオルグさんがおられるのが分かるんでしょう…?」
それなりに気配に聡いはずの自分達が気がつかず、万事が大雑把そうに見えるフェリドにだけ、なぜゲオルグの存在が分かるのか。途方にくれたように呟く少女に、「そりゃフェリド様だからねぇ」と答えにならない答えを返すと、分かったような分からないような微妙な表情で彼女は頷く。
とはいえ、そうとしか言いようがないのがフェリドという男だ。
拾ってもらった恩人で、それなりに近い場所においてもらっているはずだけれど、未だに彼のことは掴みきれない。
分かっているのは懐の広さと、随分と身内に甘いこと、そしてくしゃくしゃと撫でてくれる大きな手のひらが誰よりも気持ち良いことだ。
「機嫌悪いのは腹が減ってるせいか? チーズケーキは・・あったかな・・・」
そう呟きながら隠しを探し始める姿に、リオンがこっそり尋ねる。
「ゲオルグさんはチーズケーキがお好きなんですか?」
「さぁねぇ。あれ美味しいから俺は好きだけどね」
「私は食べたことがないです」
「そうなの? フェリド様、普段は結構持ち歩いてるから今度もらったら。あーでも王子の傍にいたらそんな機会もないか」
ひそひそと小声で話しをする二人をよそに、むっつりとしたゲオルグは、
「・・・顔を見るたびチーズケーキ、チーズケーキと騒ぐのはやめてくれないか。大体俺は腹なんか減っていない」
と嫌そうな声を出す。
だが、ポンポンと服を上から叩いて確認すると、フェリドは聞く耳持たずな返事を返した。
「いかん、切らしたか。じゃあ、一緒に飯食いに行くか」
「なぜお前と行かねばならんのだ。自分の抜け出す口実に俺を使わんでもらいたいぞ」
「あんまり遠くに行くと帰るのが大変だしな。かといって近くだと・・・」
「なんか・・・噛みあってるような噛みあってないような会話ですね」
「あー、うん、フェリド様、基本的にゲオルグ殿の話聞かないからね。仲は悪いわけじゃないと思うんだけどなー」
眺める先では、ぱしぱしと肩を叩くフェリドに、嫌そうな顔をしつつも甘んじているゲオルグの姿がある。なかなか濃いフェリドの親愛の情の表し方に迷惑そうな顔をしつつ、それでも呼ばれると嫌がらず顔を出すのがゲオルグの常だ。
なんだかんだ言いつつその手を嫌がらない彼も、フェリドの手のひらから伝わる温かさも、真っ直ぐに向けられる情が嫌いではないのだろう。不服を述べながらもいつもならフェリドのペースに乗っているのだが。
「・・・急用だ」
悪いが行くぞ、とだけ言い捨てて今日は珍しいほどそっけなく不意に立ち去る。
残念そうな、複雑な顔で見送るフェリドの姿に、思わずカイルは駆け寄って、
「んじゃ、俺達が付き合いますよ」
と声を掛けた。
それには答えず、
「ああみえて案外人見知りなんだよな」
と呟くフェリドの言葉に首を傾げるけれど。
じきに庭園内に響き渡った声に、納得することとなった。
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