Snow White 5
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□□□□ 13



「鏡よ、鏡〜」
その日の夕刻、いつものように桔梗妃は大きな鏡に向かっていました。 やけにご機嫌な桔梗妃。いつになく出てくるのが遅い鏡の精が20回呼んでも出てこないことなんかちっとも気になりません。
「煩いな、なに浮かれてんだ」
やっと出てきた悠は、見るからに有頂天な桔梗に不機嫌な表情を隠さず冷たく言い放ちました。
「ふふ〜ん♪それはね、いつもの質問の答えで分かるわけ」
つれない悠の態度はいつものこと。気にせず桔梗は続けます。
「鏡よ、鏡〜世界で一番美しいのはだ・あ・れ〜?それはワ…」
「…それはあんたの継娘白雪姫だよ」
『ワ・タ・シ』と続けようとした桔梗妃は、醒めた口調で呟く鏡の精の思いがけない一言に、絶叫してしまいました。
「な、なんで〜〜〜!」
「煩い。」
鏡も割れんばかりの大絶叫に、心底嫌そうな顔をした悠は耳をふさぎました。
「嘘ッ!」
「嘘呼ばわりするんなら見せてやろうか?」
そう言うと、鏡にはいきなり忍こと白雪姫の、どアップが映りました。
どうやらこの鏡、見たい人の姿が見える優れもののようです。
「なにこれ、本物?!もしかしてこれで卓也のこと見れる?!」
ピント外れにもうきうきした声でそんなことを尋ねられ、さすがの悠も顔が引き攣っています。
「…見れる訳ないだろ、一応見たい場所に鏡がないと見れないんだよ、これは。あったところで見せないけどな。それよりも、そんな悠長なこと言っている場合か?」
その言葉に桔梗は我にかえりました。
「そうだよっ!だってだって俺、今日毒飲ませた筈なのに!なんで生きてるんだよッ!!」
「飲んでなかったからじゃないのか。一体どんな飲ませかたしたんだ」
「え、だから…」
かくかくじかじか、これまでの件を実演付きで説明して見せた桔梗の姿に、説明を聞き終わった悠はいつになく優しそうな微笑を浮かべました。
「何で失敗したか教えてやろうか」
尋ねられ、桔梗はこくこくと頷きます。
「それはな…化けた相手の人選ミス」
優しげな表情を一転させ打って変わって小馬鹿にした顔をした悠は、そう言い放ちました。
「えー!だって鷲尾って奴、この国でトップを張る人気ホストって話だよっ!」
「馬鹿。相手は温室育ちの王女様だぜ。見るからに怪しそうな男からもらったもんなんか口に入れるかよ」
もっともらしいその言葉に、納得した桔梗です。
「じゃあじゃあ!怪しくない奴に化けてもう一回トライすればいいんだよね。まかしといて、俺化学だけは及第点をつけてやるって師匠から誉められたんだ♪」
見ててね卓也っ!がんばるよ〜!と、遠吠えるその後姿に、
「……及第点程度で誉められたと認識するようじゃ、レベルが知れたもんだな」
と悠は肩をすくめて呆れた眼を向けました。




□□□□ 14



二日間お泊りになったデュオさまは、今朝出立されてしまいました。また来るな、と出立際に声を掛けてくれた彼のことを思い出し、朝からずっと忍の気持ちはブルーです。最初は怖い人かもと思っていたのですが、ミスをした自分のことを庇ってくれたり、忠告をしてくれたりと、実は優しい人だとすぐに気がつきました。
本当にまた会えたらいいのに…今日何度目かの溜息をつきそうになった忍はぶるぶると頭を振り、雑念を振り払いました。いくら親切にしてくれたとはいえ、相手はお客さま。仕事中に私情を交えるのは禁物です。
「ちょっとあなた」
「はい、なんでしょうか」
リネンを抱えて台所へ急いでいた忍は、掛けられた声に振り返り姿勢を正しました。
「喉が乾いたからお茶を飲みたいんだけどミルクティーを持ってきれくれない。葉っぱはアッサムで、砂糖抜きをよろしく」
「はい、かしこまりました」
今日のお客様は長期滞在のターナーさまとそのお連れ様、それに有名なモデルのエマさまです。
「チーフ、エマさまからミルクティーのオーダーが入りました」
「ごくろうさま、忍くん。ミルクティーか、・・・ちょうど慎吾くんが今でてるんだよね。忍くん、頼んで良いかい」
「はい」
軽食の準備をしている高槻さんの言葉に、忍は頷きます。忍が淹れる紅茶は、高槻さんのお墨付きがでています。なにしろお城で姫として暮していた頃に、教養の一環として先生から鍛えられ、毎日のように淹れていたのですから。
手早く準備をして、ポットに湯を入れるとにエマさまの部屋へ向かいます。
ドアをノックしようとした忍は、今日の朝までこの部屋に泊まっていた人のことを思い出し、ノックの手が止まりかけます。
しかしすぐにいつもの顔を取り戻した忍は、変わらぬ手つきでミルクティーをいれました。
一口飲んで、何もいわなかったエマに一礼して部屋を出ようとした忍は、ちょっと、と掛けられた声に足を止めました。
「これをあげるわ」
「え?」
差し出された小さな箱に忍は戸惑いました。
「美味しい紅茶のお礼よ。こないだのバレンタインの時あげそびれたチョコレートなんだけど、食べてちょうだい」
「ありがとうございます」
「チョコレートは好き?」
「は、はい」
大好物ではありませんが、少なくとも嫌いではないので頷きます。
「じゃあ、捨てたりしないで絶対食べてね」
にっこり笑うエマから箱を受取った忍は、失礼しますと部屋を出ました。
「忍、お疲れさま」
「あっ、慎吾さん。帰ってこられたんですね」
お客さまの忘れ物を郵送しに出ていたはずの慎吾に声を掛けられ、忍は振り向きました。
「うん。それよりもその箱、モロゾフのチョコレートじゃないっけ?お客さんからもらったの?」
「はい、エマさまから紅茶のご褒美にと頂きました。ところで、チョコレートってゴディバのことじゃなかったんですか?」
モロゾフなんてたべたことありませんでした、となんとも無邪気でお姫様な返答に慎吾は思わず返事に詰まりました。
その沈黙に首を傾げた忍は、
「よかったら、慎吾さん、差し上げましょうか?俺、あんまりチョコレートとか食べないですし」
知らない相手からもらったものを口に入れるんじゃない、そう怒ったデュオの言葉を思い出しそう尋ねます。ラベルはちゃんとついているものの、もらい物には違いありません。
「え?いいの?あ、でも高槻さんに報告しておかないといけないからなぁ」
「じゃあ慎吾さん、よろしければ高槻さんへ報告しておいて頂けますか。俺、今から外の水遣りしないといけないんです」
「分かったよ」
妙に嬉しそうな慎吾に箱を渡し、それっきり忍はチョコレートのことなど忘れてしまったのでした。



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