××× Child  Play  ×××






 これから梅田のホテルで若手推理作家、天野との対談があるという小夜子と子供服の店の前で別れた二人は行く当てどもなく人波に身を任せるまま、とりあえず紳士服のフロアに足を踏み入れていた。
「どうするかなぁ、これから」
「大元の目的はお前の秋冬物の買い物だったんだけどな。買っていくか?」
「セーターがほしかったんやけど、このかっこうやったらしちゃくもできひんもんなぁ」
「俺が代わりに着て見せてやってもいいぜ、そしたら大体感覚分かるだろう」
 休日お互いの家で過ごす時に服の貸し借りなどは日常茶飯事…とまではいかないが、火村は大体アリスの体格を把握しているようだ。まぁ、成人した大人の体格はちょっとやそっとで変化することは無いのもあるだろうが。 しかし試着もせずに新服を買うのは冒険過ぎる気がして遠慮したい。
「えぇわ、きみだけさがし」
「俺が買ってどうするんだ。おまえの買い物だろうが、ほらこれなんかどうだ」
 そう明るい若草色のVネックを差し出される。
「どうもこうもないやろ…」
 普段は無頓着過ぎると火村から言われるくらい人の眼など気にしない質だが、父親のように見える男性と対等に言葉を交わす女児。しかもその話している内容が男性服についてでは、あまりにも奇異な光景ではないだろうか。
 思い巡らせたくない事実に気づいたアリスはがっくりと肩を落とした。
「今決めんでもええやん」
 自然小声になる気持ちを知ってかしらずか、
「お前が秋冬物欲しいって言ったんだろうが。折角来たんだから買っていけばいいじゃねぇか。今は子供でもそのうち元に戻るか、育つかするだろう」
 無神経にも助教授は言い放つ。
「……」
 もとに戻るのはまだいい。願ったり叶ったりである。だが育つというのはなんだ?万が一、考えたくもないが、万が一にも戻らない場合。そうなると成長しても女のまま。男性ものなど着れっこない。分って言っているのだろうかこの助教授は。
 あまりの言い草にむっとしたアリスは、思わずもがき、無神経極まりない男の腕から抜け出した。
「おいどこへ行くんだ、アリス」
「そこらへんさんぽや」
「迷子になるからやめとけ」
「しんぱいせんでもだいじょうぶやで、パーパ!」
 あっかんべーとしてみせると、
「誰がパパだ、誰が」
 首根っこを掴まれた。猫の子のようなその扱いにバタバタともがく。
「とにかく散歩は駄目だ、迷子になるのがオチだろうが。だいたい迷子になったらどうする気なんだ?迷子案内に本名名乗る気か?」
 名乗ってもいいが下手に目立たないほうがいいんじゃねぇのか、そう続けられぐっとつまる。
「わかった!迷子にならんやったらええんやろ」
 そう言い捨てると、もがいてさっさと駆け出す。後ろから怒ったような声が聞こえたが、振り向く訳などなかった。

 
◇◆◇
     


「そ、そんな…お約束過ぎるやん…」
 どうやらこれは本格的に火村とはぐれてしまったらしい。
 そうアリスが判断したのは、ぐるぐるといろんなところを見て元の紳士服売り場に戻り、辺りを歩き火村の姿を探してまわってかなりたってからのことだった。
 買い物中にはぐれること自体はそう珍しいことではない。好奇心旺盛な上、少々見えなくなってもまたすぐに見つけられるさ、とある意味楽観的な悪く言えば自信過剰なアリスが相手を見失って慌てふためく事は日常茶飯事。そういう場合はもしそのビル中に本屋があればそこで待ち合わせ、なければ出口辺りでということになっているのだが…。
 この身長でエスカレータに一人で乗るのは無理があるし、やはりここはエレベーターなのだろうか。
 そう思い場所を確認しようと思うのだが、如何せんこの体は小さすぎて大人の身長に合わせて作られている案内板は見ることができない。ならば天井あたりからつるしてある方向指示はというと、こちらは高すぎて首が痛くなるまで見上げてもよく分らない。視線が合うように少しづつ後ろに後ずさりしていくと数歩行ったところで案の定、転んでしまった。
 尻もちをつくような形で床に座り込むと、視点の違いだろうか。それまで以上にすべてのものが大きく見える。
 横を通っていく男性の足、目の前に迫る女性のハイヒール。子供の時に世界はこういう風に大きく見えていただろうか。
「お嬢ちゃんどうしたの?」
 背後からかけられた声に慌てて見上げると、若い女性が屈みこんでいた。
「お母さんとはぐれたの?迷子かな?」
 黙っていると、重ねて聞かれ仕方なく頷く。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
 優しそうなその女性に思わず答えようとして、はっと火村の言葉を思い出した。

――― 名乗ってもいいが下手に目立たないほうがいいんじゃねぇのか

「……アリス」
 苗字なしの名前なら問題がないだろう、名前なら。そう思い名前だけを告げる。
「アリスちゃん、お母さんと一緒にきたの?」
 首を横に振ると困ったように女性は首を傾げた。
「お父さんと一緒?」
 ふたたび首を横に振る。
「じゃあ一緒に来た人誰か分かるかな?」
「……ひむら」
「それじゃあね、お姉さんと一緒に火村さんを呼んでもらおうか」
 そう言って手を差し出す女性に、
「えぇ、じぶんでさがす」
 動こうとしないことで拒絶の意を表すと、女性の表情はみるみる雲ってゆく。
「困ったわねぇ…」
 頬に手を当てる女性には申し訳ないが、困ってるのはこっちも同じや…とげんなりするアリスである。
 火村にからかわれた通り、迷子案内の世話などになったら何を言われるか分からない。親切に足を止めてくれている女性には悪いが、迷子案内の世話になる気はさらさらないアリスだった。
 膠着状態に陥っていた二人の背後から、タイミング良く、
「どうかされました?」
 と声がかけられたのはその時だった。
 やけに聞き覚えのある声に顔をあげたアリスは、その主の顔を見て思わず凍り付いてしまった。




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