2月14日。 毎年大きな袋片手にこのドアを開ける。 昔はインターホンを押していた頃もあったが、今ではノック一つせず合鍵で出入りしている。 所詮独り身同士、憚る家族が居る訳でもなく気心の知れた相手だ。 一度取り込み中の彼に怒鳴られて以来、一々出迎えを望まないことにしたのだった。 「ほら」 今年は切迫した用件もないのか、リビングでTVを見ている家主に、挨拶抜きで袋を渡す。 「なんや、今年は多いんとちゃうか」 「んなことねぇよ」 背後で気配がしても振り向きもしなかった彼は、さして嬉しそうな顔も見せずに、それでも大人しく受け取ると中身を漁り出す。そんな彼を尻目に、ネクタイを緩め冷蔵庫からビールを失敬した。 「なぁ、最近は煙草の形したチョコも売っとるんか?」 「あぁ?」 色とりどりの様々な形状の箱を前にして、彼の手には小さな箱一つ。 掲げて見せられたそれを奪うと、確かに見なれたキャメルの箱だった。 「これは普通の煙草みたいだな」 パッケージを開き試しに咥えてみると、普通の煙草と変わらない慣れ親しんでいる匂いと感触。 「気の利いた奴がチョコレートの代わりにくれたんだろう」 ただ煩いだけの小娘達と思っていたが、中には気の利いた奴もいるものだ。 そう感心しながらライターを翳すと、一服する間もなく横からかっ攫われた。 「おい、わざわざ貰い物に手を出さなくたっていいんじゃねぇか?」 特に煙草が好きな訳でもなく、時にはあからさまに煙たがりさえする彼の突然の行動に眉をひそめると、 「うるさい、んなもん後でダース買ったるわ」 うっとおしそうに髪を掻き揚げる彼に、機嫌の悪い声で一喝される。 見るからに不味そうな顔でそっぽを向いた彼は一頻煙草をふかし続け、 「寝るんやったらそこのソファー使え」 やがてそう言捨てると、隣の部屋へ入っていった。 「素直じゃねぇな」 その姿を黙って見送り思わず洩れた呟きに、それはお互い様という事に気がついて失笑した。 未だに大事な言葉一つ伝えずに、お互い行動で気持ちを測っている。 微かに残った煙草の煙を逃す為、窓を開ける。 隣の部屋から洩れ聞こえるキーボードを叩く速度で、彼の仕事の切羽詰まり具合が分る。 きっとこの関係は意外と気の長いらしい二人とものどちらかが痺れを切らすまで続くのだろう。 それも自分達らしいと言えば自分達らしい気もして。 少なくとも現状に満足しているらしい自分に気づき、一人苦笑した。 |