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加 藤 良 一


上野の東京文化会館は職場から歩いて10分くらいのところにある。近いからよく足を運んでいる。平均すると3ヶ月に2回くらいは何らかのコンサートを聴きに行くし、たまには資料室も利用している。平日のコンサートといえばほとんどが夜7時開演だから、仕事が終ってから行くとしても時間を持て余すほどだ。

東京文化会館友の会の会報『音脈』ではじめて知ったのだが、この会館は東京都の開都500年事業として1961(昭和36)年に建設されたものである。JR上野駅公園口の真正面にドンと構えていて、立地条件は最高。となりには国立西洋美術館、国立科学博物館と並んでおり、その奥には東京都美術館、東京国立博物館とつづき、その先は東京藝術大学へと連なっている。なかなかアカデミックな地域だ。もちろん上野動物園もある。上野が面白いのは、文化的な施設がたくさんありながら、いっぽうで昔ながらの下町風景にも事欠かないところ。それに繁華街には怪しげな店もじゅうぶん揃っている。まさに玉石混交である。

東京文化会館は、大ホール2,303席、小ホール649席、リハーサル室、会議室、音楽資料室などを備えており『音楽の殿堂』と呼ばれるにふさわしい施設だ。中でも小ホールは一風変わった形をしている。

       
       舞台正面(客席最後部)が上野駅方向
      【東京文化会館ホームページより】

 リサイタルホールと同時に405席の国際会議場としても使えるよう設計されたそうだが、けっきょく一度も会議に使用されることなく音楽専用ホールとして今日に至っている。オープン当時のパンフレットには円卓形式の国際会議風景が載っていたらしい。客席が三方から舞台を取り囲む形となっている。ちょうど野球のホームベースがある場所に舞台があると思えばよい。そんなわけで、同時通訳が覗くための窓らしいものが何箇所か妙な場所にあるのが面白い。ふつうのホールとちがい、蛇腹式の反響板がステージ後方にあるだけ、左右はそのまま壁が反響板として機能するのだろうか。いわゆるステージの袖に当たるのは反響板と壁の隙間、そこから演奏者は出入りしている。反響板の真後ろに出入り口があるらしく、引き戸を開けるような音が聞こえることがある。

小ホールの残響時間は、その後建設された御茶ノ水のカザルスホールや千駄ヶ谷の津田ホールなどに比べると短いという。当初1.2秒と設計されていたが、それでは短すぎると、後にステージ背後、天井や壁の一部を反射しやすい材質に変更し、1.4秒まで伸ばしている。しかし、それでも最近の小ホールとしては短めの部類に入るらしい。ちなみに、カザルスホールは来年(2010年)で閉館の予定になっている。良いホールだと聞いていたので、響き具合を一度聴いてみたいと思っていたところ、今年(2009年)の3月末、男声合唱団「秀声会」のコンサートがあったので仲間と一緒に出かけた。カザルスホールは評判どおり室内楽をやるにはうってつけのホールで、ピアニッシモも無理なくすみずみに届くといった感じだった。

文化会館の音響設計については、当時目の前を走っていた常磐線の貨物列車の騒音や振動対策が大問題だったそうだ。いろいろ測定した結果、汽笛の音圧レベルは音源から60m地点で100dBもあり、振動なども考慮して、大ホールの舞台は線路から最も遠いところに配置することになった。当然のことだが、その結果、小ホールが線路に近い方に追いやられてしまったが、まあ、国際会議場としても考えていたくらいだから、音響関係は軽く扱われたにちがいない。そうはいいながら、その後、野球のセカンドベースにあたる客席(線路にもっとも近い)後方の廊下の窓の遮音が強化されるなど、騒音対策も充実させていったが、そんなことをやっているうちに、いつの間にか常磐線の貨物列車が姿を消してしまったという。今ではまったく騒音の問題はなく、静かな空間で音楽が楽しめる環境となっている。

文化会館の音楽資料室には、音楽に関する専門書や音源などかなりの蔵書や資料があるから、一般の人もさることながら藝大の学生や教授と思われる人たちも多く出入りしている。難点は資料の貸出をしていないところだが、それはやむを得ない。

ふだん東京都交響楽団が練習に使っているリハーサル室を以前何度か合唱の練習で使ったことがある。1996、東京交響楽団創立50周年記念でマーラーの第8番「千人の交響曲」(※1)を演奏する機会に恵まれたときのことである。ややこしいことだが、文化会館のリハ室は東京交響楽団の練習所であって、東京交響楽団のそれではないので念のため。東京交響楽団は新大久保に練習所がある。
 「千人の交響曲」では合唱を受け持つ東響コーラス」が出演者の募集をした。東響コーラスは1987年創設の東京交響楽団専属のアマチュア合唱団。アマチュアとはいえ高いレベルを維持するために、公演ごとに出演者決定オーディションによって選抜を行なっている。また、暗譜を要求されることも多い。身の程知らずもいいところだが、マーラーを歌いたくて、オーディションに挑戦したところ、みごと(?)難関をクリアして入団したときの練習会場の一つが文化会館のリハーサル室だったというわけである。
 入団後、すぐに分厚い「千人の交響曲」の楽譜を購入し、ラテン語やドイツ語と格闘した。東響コーラスのすごいところは、入団オーディションだけでなく、オンステに際してもあらためて再度オーディションをやるところだ。
 当たり前だろうが、オケ=東京交響楽団、指揮=若杉弘、ソリスト=(Sp)佐藤しのぶ、塩田美奈子、大倉由紀枝、(A)井原直子、西明美、(T)福井敬、(Br)大島幾雄、(Bs)高橋啓三、会場=サントリーホール、チケットはそれなりの価格、とくれば金を取るだけのレベルを備えていなくてはいけないということである。アマチュアだからといってテキトーで許されるはずがない。当然のことながら練習には渾身の力を込めて取り組んだが、実際には56回出席したところで、仕事の都合でそれ以上続けられなくなりオンステはあきらめた。過密な練習日程ということもあったが、周りの人たちのレベルの高さに圧倒されていたので、続けられなくなったのに何故かホッとしたことを憶えている。あれはとてもいい経験だった。
 入団オーディションでは、合唱指揮者と合唱団幹部が56人ずらりと並んでいるその前で二人ずつ歌わされたが、一緒に受けた男性をその後見かけなかったところを見ると、落ちる人もいたのだ。そういえば、そのときの合唱指揮者三澤洋史さんに「あなたはテナーの顔をしていない」といわれたので、半分やばいかなと思っていたが、とりあえず声は出ていたのでOKとなったのだろうか。それとも団員が不足していて、ネコの手(声?)としてやむなく採用したのだろうか。もう一人の合唱指揮者は古橋富士雄さんだった。いずれも錚々たる顔ぶれである。
 で、テナー顔じゃないとはどういうことだろう。分かるような分からないような…、なんだろう。誰か教えてください。でも、実際のところ自分としてはバリトンのほうが歌いやすいのだから、きっとテナーではないにちがいない。ふだんはけっこう無理して歌っているし…。

あらぬ方向へ話がきてしまったが、とにかく東京文化会館は大小のホール合わせてたくさんのコンサートをやっている。モーニングコンサート「500円でクラシック!」と銘打った、昼前の1時間ほどの格安コンサートもある。そこでは、東京音楽コンクール(※2入賞者の演奏など、新進の若手の演奏も楽しめる。また、大ホールのロビー・ホワイエで行われる無料の『ティータイムコンサート』という企画もある。昼下がりのひととき、40分間ほどだが気楽に聴ける室内楽で、東京都交響楽団のメンバーによるコンサートである。職場から近いのでちょこっと聴きに行き、その後また仕事をすることもできるのでたいへんありがたい。

2009820日)




1:第8番「千人の交響曲」
 交響曲第7番までつづいた純器楽から転換し、大規模な管弦楽に加えて8人の独唱者および複数の合唱団を要する、巨大なオラトリオあるいはカンタータのような作品となっている。構成的には従来の楽章制を廃した2部構成をとり、第1部ではラテン語賛歌「来たれ、創造主たる聖霊よ」、第2部では、ゲーテの戯曲『ファウスト 第二部』の終末部分に基づいた歌詞が採られている。音楽的には、音階組織としての調性音楽からは逸脱していないが、大がかりな編成、極端な音域・音量、テキストの扱いなどに表現主義の特質が指摘されている。
 演奏規模の膨大さから『千人の交響曲』(Symphonie der Tausend)の名で広く知られているが、これはマーラー自身の命名ではなく、初演時の興行主が宣伝用ポスターにこの題名を使ったものである。
Wikipediaより)

2東京音楽コンクール
 東京都歴史文化財団・東京文化会館、読売新聞、花王、東京都の四者が主催し、芸術家としての自立を目指す可能性に富んだ新人音楽家を発掘し、育成・支援を行うことを目的とするコンクール。本選では、オーケストラとのコンチェルトで音楽性や技術を競う。また、各部門で聴衆による投票を行い、強く印象に残り、最も多い票を得た出場者に「聴衆賞」を贈る。