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   舞台から消えたコバケンさん

     加 藤 良 一  (2006年8月12日)



 「炎のコバケン」こと小林研一郎さんの演奏をはじめて聴いたのは、今から30年ほど前のことだったと記憶している。以来コバケンさんの演奏は、合唱曲を中心に何度か聴いている。というのも、たまたま私の大学時代の同級生がコバケンさん率いる武蔵野合唱団に所属していたからでもある。
 武蔵野合唱団は1955年創立という老舗合唱団で、コバケンさんが振るようになってからも40年以上になる。「練習の終わり5分に駆けつけた人に拍手をしよう!」が、この合唱団の合言葉という。

 以下に紹介するのは、東京文化会館の広報誌に掲載されたもので、筆者がコバケンさんの逸話について書いたものである。


<東京文化会館での忘れられぬ一夜>

舞台から消えたコバケンさん

加 藤 良 一

かなり昔のことで曲目もオケもすっかり忘れてしまったが、東京文化会館の2階席で熱血指揮者コバケンさんの演奏をはじめて聴いたときのことだった。演奏が終わり大きな拍手を受けながら、颯爽と下手へ下がりかけたコバケンさんが突如舞台から消えてしまったのである。拍手に混じって前のほうの席からどよめきが沸きあがったが、こちらは2階だったのでよく見えず、何が起きたのか分からなかった。けっきょく様子が分からないまま、ひとしきり拍手して帰って来たが、実は舞台からおっこちて骨折したということを後日知って驚いた。
 以来、活動的(?)で身軽なコバケンさんの演奏は何度も聴いているが、いつも舞台から落ちやしないかと内心ひやひやしている。コバケンさんについては、もうひとつ印象的なことがある。それは、ブレスの音が大きいことである。とくに出だしからフォルテで入るような曲の場合には、かなり力が入ったブレスをするので、こちらも思わず吸い込まれそうになる。
 ブレスはどんな指揮者でも大なり小なりするものだけれど、コバケンさんがひときわ迫力があるのは、たぶんご自分で歌を歌われることと大いに関係しているのではないか。以前、アンコールで合唱団をバックにソロで歌ったのを聴いたことがあるが、きれいな声をしていてかなりの歌唱力であった。

 何はともあれ、私にとって東京文化会館とコバケンさんとは、とにかく切り離せない関係となっている。たまたま仕事場が近いこともあって、資料室もよく利用させてもらっているが、音楽を聴くだけでなく調べることもできる東京文化会館の存在は実に大きなものだ。これからもますます充実されることを願っている。

(東京文化会館広報誌『音脈』2005年より転載



 筆者が所属する埼玉第九合唱団(ホームページ)の2006年暮に行われる第67回演奏会(12月15日)では、コバケンさんの指揮で、ベートーヴェンの「交響曲第9番」を演奏する予定となっている。ソプラノ菅英三子、アルト菅 有実子、テノール錦織 健、バス青戸 知というソリスト陣、管弦楽は日本フィルハーモニー交響楽団である。
 コバケンさんがどのように我々を歌わせるか大いに楽しみである。