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近ごろの男声合唱事情

バーバーショップ そして 東京六大学OB合唱団

 



 

加 藤 良 一


 

 いまの合唱の世界は全体的に元気がなくなっていると思いませんか。
 まだしも女声合唱は、人口が多いぶんだけ男声より賑やかなのが救いではあるが。もっともこんな疑問を投げかけるのは、なにも合唱にかぎったことではない。たとえばテニスの世界をみても、ひと昔前にくらべると会員制クラブがつぎつぎと倒産し、コートがどんどん少なくなっているし、プレイヤーとくに若い人は減少の一途である。やっているのは、昔取ったキネヅカ紳士淑女ばかりだ。でもすこしは若い者もいることをお知らせしておきたい。今度の土曜から、わがテニスクラブは泊りがけで合宿へ行くが、そこにはなんと高校生も参加している 。
 合唱やテニス人口が減っている原因には、余暇の楽しみ方の多様化を真っ先に上げねばなるまい。もうひとつの理由として、上達に手間ひまがかかりすぎるものは敬遠されるという 風潮が背後にありはしないだろうか。しかし、しかしである、なんの苦労もなく安直に手に入れられるもので果たして満足できるのかと問いたいが、そんな小難しいことを言っても、いまどき一笑に付されるだけだろう。

 前置きはこのくらいにして本題に入ろう。合唱人気がなくなっていることに対して、なんとか盛り返す方策はないかと日夜苦心している人を紹介しよう。その人は、昨年日本バーバーショップ・カルテット協会を立ち上げた 「からくり工房」 の菅野哲男さんである。菅野さんは、日本男声合唱協会JAMCAのメーリングリスト に、正月そうそう合唱に対する熱い想いを投稿した。それを引用しよう。

 さて、例によって年頭にあたってひとこと。
 合唱が一般市民に興味を持たれなくなった理由のひとつに、合唱演奏会で歌詞を聞き取れないことがあるのではないかと思うに至りました。
 合唱をより多くの市民の皆さんに愛されるための方法を考えるならまず、合唱団員は合唱演奏会に行ってどれほど歌詞を聞き取れるかを確かめ、その聞き取りにくさを実感して欲しいと思います。
背景:
 大学合唱団の衰退が言われて久しいのですが、最近、盛り返してきている雰囲気が感じられるのは何よりです。しかし、演奏会を聴くことが多くなって私自身感じるのは、合唱は合唱マニアのもので、一般の人たちになかなか受け入れられていないということです。
 その理由のひとつとして、日本語の合唱曲であっても日本語が聞き取れないことにあるのではないか、と思うにいたりました。聞き取れない原因には、歌い方が悪い、作曲が悪い、歌詞が悪い、そもそも日本語という言語が悪い、聴く耳が悪い(もしくは、日本語を知らない)等があると思うのですが、まずは、どれほど聞き取りにくいかを合唱団員が実感することから、議論が始まるのではないかと思うのです。
 ちなみに、日本語の問題点を考えるだけでも、書き言葉と話し言葉があるのは日本語に限らないとしても、表意文字である漢字のある日本語は、表音文字の欧米語に比べて、書き言葉と話し言葉の差異が大きいと考えられます。さらに、古語(平城山の 「もとおり来つつ堪えがたかりき」 )、漢語(箱根八里の 「羊腸の小径」 )、漢字の熟語(例多数)、同音異義語( 「橋の端」 )、更には言葉遊び( 「むべ山風を嵐と言うらむ」 )まであるのだから、聞きとりにくくする要素はいくらでもあります。
 いずれにしろ、会場の暗い照明の下でプログラムの歌詞を読みながら演奏を聴くという日本独特の光景を異常と感じるのは私だけではないでしょう。(ODのシンポジュームで、歌詞を見ながら演奏を聴く話をしたら、会場から一斉に 「エー ! 」 という声が上がり、さらに、日本語ですら歌詞が聞き取れないのだから、そもそも歌詞が聞き取れない外国語の曲でも日本人は素直に受け入れられるのではないか、と話したら会場から笑いが起こりました。)

注: スウェーデン王立男声合唱団オルフェイ・ドレンガーのこと。2003年10月30日に創立150周年記念行事が開かれたが、そこへ菅野さんは招待された。
 

 このように合唱界の現状を憂える菅野さんが、第1回日本バーバーショップ・カルテット・フェスティバルを開催した。
 日本バーバーショップ・カルテット協会
は、国内主要カルテット4団体が中心となって設立された。代表は、FOUR ROSES に所属し、関西学院グリークラブその他数団体の常任指揮者を勤める広瀬康夫さん広瀬さんは、みずから全米バーバーショップ保存振興協会 SPEBSQSA 会員として日本国内のバーバーショップBBS普及に力を入れている。記憶に新しいところでは、今年1月に五反田ゆうぽうとで行われた「第72回 関西学院グリークラブリサイタル」がある。このコンサートについてお知りになりたい方は、別のところにレヴューしてあるのでご確認願いたい。
 カルテット・フェスティバルはゴールデンウィークさなかの5月3日、手ごろなサイズのこまばエミナース(井の頭線・駒場東大前 )で開催された。日本でBBSカルテットだけのコンサートが開かれたのは 、これがはじめてである。今回の催しは、事務局の菅野さんの陰日なたない活動がなければ実現しなかったといっても過言ではなかろう。
 ステージは5部構成で、ALUMINUMFOUR ROSESKALEIDOSCOPESue Sea Four に混じって、お楽しみステージとして大学OBのカルテットと女声カルテットが出演した。大学OBとして慶應ワグネルOBの Power Pray、関西学院グリーOBの GT4、女声カルテットとして スウィート・アデラインズ (正式名称はSweet Adelines International 東京コーラス)の3グループ。合わせて7グループの競演となった。BBSの特徴のひとつにあげられるものに MC (司会進行役) があるが、今回は事務局の菅野さんがコンサート全体の進行を担当した。ご自身バーバーショッパーとしての豊富な経験からくるわかりやすい解説を、気さくな人柄で気持ちよく披露してくれた。
 BBSは、基本的にエンターテインメント重視の合唱一形式である。映画音楽などを含むポピュラー曲が中心である。なかでも難曲とみられている“This is the moment”を歌った FOUR ROSES 広瀬さんは、この曲が歌いたいがためにカルテットを組んだとまでいっている。また、このホームページにも登場(投稿)していただいている織田茂樹さん所属の Sue Sea Four は、邦題 「線路は続くよ」 として日本でも馴染みの“I've Been Workin' On The Rialroad”など、聴衆を巻き込んで楽しく聴かせてくれた。
 今回、驚きというかあらたな発見のひとつであったのは、若いバーバーショッパーが現れたことである。慶應ワグネルOB Power Pray と関西学院グリーOB GT4 は、ベテランカルテットを食いかねないハーモニーを作り出し、聴衆の度肝を抜いたといってよい。これからが楽しみである。


 思えば、昭和の時代日本の合唱界の中心的役割を果たしてきました男声合唱団、特に大学の男声合唱団の活動がこのところ低迷し、遂には廃部となってしまった団があるということを聞きますことは断腸の思いであり、楽譜販売店の展示棚の男声合唱曲楽譜のあまりの少なさに溜息を禁じえません。

 上の挨拶文は、先ごろ開催された第3回東京六大学OB合唱連盟演奏会(通称:OB六連)のプログラムに掲載されたものである。大学グリーで廃部になったところといえば、身近 なところでは神奈川大学男声合唱団フロイデ・コールすぐに思い浮かぶ。男声合唱団コール・グランツでバリトンを歌う森下君の出身クラブであるが、はかなくも消えてしまった。

 OB六連は1999年に第1回演奏会を開催し、2年に1回のペースで演奏会を開いており、以下の大学OB合唱団で構成している。

 ・東京大学音楽部OB合唱団アカデミカコール(65人)
 ・早稲田大学グリークラブOB会稲門グリークラブ
(35人)
 ・立教大学グリークラブOB男声合唱団
(40人)
 ・明治大学駿河台倶楽部
(38人)
 ・法政大学アリオンコールOB会・男声合唱団オールアリオン
(32人)
 ・慶應義塾ワグネル・ソサィエティーOB合唱団
(96人)



 カッコ内の数字はオンステメンバーであるが、こうして並べてみると慶應ワグネルOBが飛び抜けて人数が多い。もっとも少ないのが、わがコール・グランツのトップテナー野口君の出身である法政大学アリオンコールOBであった。野口君は、遠距離をものともせず練習に通って、どうにか演奏会に漕ぎ着けた。
 この演奏会はコンクールではないけれども、 続けて演奏するから聴衆はいやがうえにも聴き較べてしまうものである。ふつうコンクールでは人数によってカテゴリーをわけている。全日本合唱連盟の基準では、小編成グループを8名以上32名以下、33名以上を大編成グループとして二分している。つまり人数によっては、良い悪いではなく表現の幅やスケールにちがいがあるとの認識があるからだ。それにもかかわらず、OB六連では大も小もお構いなしである。この基準にあてはめれば法政アリオンコールOBは、小編成グループだし、早稲田稲門グリーもそれに近いかもしれない。
 以前の六大学は、ほとんど規模が揃っていて問題なかったのだろうが、現在のように合唱団の存続自体が叫ばれる状況のなかでは、小さな団にとっては、じつにやりにくいものである。
 OB六連にくらべると、昨年われわれが開催した男声合唱プロジェクトYARO会コンサートは、参加5団体がほとんど同じくらいの人数だったから、その意味ではバランスがとれていた。 もちろん規模やレベル(?)をそれなりに揃えた結果ではあるが。
 さらにOB六連は、あくまでOBでなければ参加資格がない。現在歌っていようがいまいが、そんな事情とは関係なくOBには召集がかかる。だからYARO会のようにかならずしも現役がオンステするとはかぎらない。当たり前だが、現在歌っているから巧いということには直結しないが、 現役なりにすこしはアドヴァンテージがあろうというもの。このあたりの各校の台所事情は、なかなかツライものがある。同情を禁じえない。

 さて、話を戻してOB六連の演奏をみてみよう。BBSに較べて、OB六連はいわゆる正統的(?!)な男声合唱というべきだろう か。こんな言い方をすると、菅野さんからひとこともふたことも提言(苦言?反論!)があるにちがいないが、これはこれでひとつのスタイルである。
 『子規の短歌による男声合唱組曲』(東大アカデミカコール)、『チャイコフスキー歌曲集』(早稲田稲門グリー)、『唱歌の四季』(立教グリーOB)、『合唱による風土記「阿波」』(明大駿河台倶楽部)、『男声合唱のための「五つのルフラン」』(法政アリオンコールOB『さすらう若人の歌』(慶應ワグネル)というオーソドックスなレパートリーであった。
 相互比較は控えて、とくに印象に残った曲を紹介したい。合唱演奏のつねであるが、暗譜で歌っている団の出来具合はそれなりによかった。早稲田稲門グリーの「語るな、我が友よ」のソロをとったテナーは、バスの声域も出る優れた歌い手であった。立教グリーOBの終曲 「夕焼小焼」 のトップテナーは、よく歌っていた。マーラーを歌った慶應ワグネルは、合唱界の重鎮畑中良輔氏の指揮のもと、大合唱団にもかかわらずピアニッシモがきれいで、じつに印象的な独特の世界を 楽しませてくれた。
 合同演奏は、各校の校歌を300人全員で歌うもので、その大迫力には目をみはるものがあった。 四つのパートにそれぞれ大学ごとに固まって、横27列、縦13列を形成して並んだ姿はじつに壮観な眺めであった。あの文化会館のステージが、まことに小さく見えた。全員乗れないのではないか(場合によってはオンステメンバーのオーディションをするんじゃないか…とか)心配したが、それはとりあえず取り越し苦労だったようだ。
 各校ともにそれぞれ特徴がある校歌をもっている。今回は特別にアレンジしたOB六連バージョンであ った。

 次回演奏会がいまから楽しみだ。2年後にどんな姿で登場してくれるのだろうか。YARO会もすでに次 のコンサートに向けて動き出した。それぞれの立場から、合唱音楽がすこしでも多くの方々に受け入れられるよう、何ができるか考えてゆきたい。

(2004年5月14日)