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   フォルテシモにも秘訣はありや

 

 

松 村 一 夫

 


 

 織田さま

 貴重なピアニシモの秘訣をご教示いただき有難うございました。大変勉強になります。沢山の興味深いエピソードのお礼がわりに、いくつか…。

 

バーバーショップ・ハーモニーは聞き飽きるか

 まず、バーバーショップのビデオを聞き込んでいる時に感じられたという「バーバーショップ・ハーモニーは聞き飽きる」ということ。あの密度の高いハーモニーは確かに聴き慣れないと聴覚系が次第に飽和してしまい、どの演奏を聴いても分厚いハーモニーばかりが耳について飽きてくるのは、おっしゃるとおりだと思います。

 米国出張で毎日レストランのブ厚いステーキばかり食べさせられていると、サラッと喉に流れ込んでくれるお茶漬けが恋しくなるのと似ています。いや、東南アジアからインドにかけての香辛料に満ちたカレー文化圏の食事の方が似ているでしょうか。当初は香りと辛さの刺激に驚き、やがて朝昼晩何もかもが辛いのに悲鳴をあげ、一週間程して慣れてきたところで、奥の深い香辛料のハーモニーの世界が見えてくる…。

 日本でもバーバーショップ・ハーモニーを楽しむ人達が増えてきましたが、この最初の一山を容易に超える峠道を見つけないと、アッというまにブームが来て、アッという間に去っていくような気がします。織田さんのように、惚れ込んだからには一山超えるまでは我慢して聴き込んでみる、というのは誰にでもできることではありません。小生の場合も、峠を超えてからも、聞き惚れる、聞き込む、聞き飽きる、改めて聞き込む、聴き惚れるのサイクルを何度も繰り返してきたような気がします。

 尤も、これはフツーの男声合唱を聴いていても、実は同じことがいえそうです。良く響く男声合唱も一・二曲は聴き惚れますが、三曲目になると変化のなさに飽きてきます。要は、ハーモニーの洪水に、耳がついていけないという生理現象ではないかと思っています。特に協会のコンテスト・ビデオでは、二曲づつの全力投球からの編集になってしまうので、カルテットやコーラスのアルバムより変化に乏しい傾向にあると思います。

 男声合唱でも組曲の場合は或る程度飽きないような構成が出来上がっていますが、バーバーショップの場合は殆どが一曲単位のピースを集めてステージを構成することになるので、演奏者自身がメリハリを意識してプログラムを組まなければなりません。バーバーショップに有利な点があるとすれば、メロディより上の和声部であるテナーを上手く使ってハーモニーの色付けが可能で、その気になれば変化をつけ易いことでしょうか。

 話は飛びますが、かつてアメリカのバーバーショッパーに「ふり売り」や「ピエロ」を聴かせてみたところ、「バーバーショップよりハーモニーの重心が高い」といっておりました。テナーが上の C まで歌うバーバーショップの方が、音域が上に広がっている分だけハーモニーの中心は高そうですが、言っていたのは「オーバートーンは聞こえるがアンダートーンが聞こえない」という事だったのかも知れません。

 先日NHKで日本語と英語の違いについて、「英語のほうが高周波数側にも発音の識別をするピーク周波数域がある」という説明をしていました。歌い手と聞き手のそれぞれの耳がどのような周波数特性になっているかなど、歌う上でもこの辺はまだ研究の余地がありそうです。

 

フォルテシモにも秘訣(は有りそう)

 それから、「ピアニシモの秘訣」で例に引かれた <eye of blue still smilin’ thru’> の部分ですが、昨年の文京シビックではステージの SSF を拝聴しながら、曲の中頃のこのフレーズの時に頭の中で一瞬先取りして PLATINUM<thru’> を鳴らしてしまいました。一昨年の文京シビックの SSF のデリケートな響きの記憶が後押ししたのかも知れません。それで物足りなく感じられた、ということではない筈なのですが…。

 兎も角、一昨年は「日本にもここまでピアニシモを鳴らすカルテットが出てきたか。あとは本場のあの強烈なフォルテシモが課題だな。」と感じたものです。
 バーバーショップ・ハーモニーの魅力は、心が吸い込まれるような絶妙なピアニシモと並んで、何処までも響きが伸びていくあのフォルテシモにもあることは言うまでもありません。

 しかし、それはどうも「進駐軍の胸板の厚み」だけではないようです。実は、小生も永らく日本人のカルテットではあの強い響きは出ないと思っておりました。しかし、昨年暮れに東京バーバーズの練習のカルテット・タイム(タグ・カルテットによるお遊びハーモニーの時間です)に、嫌がるその日のゲストを引っ張り込んで軽い気持ちで一曲ハモッたところ、偶然バーバーショップらしいフォルテシモのハーモニーが鳴ったのです。

 ということで、少なくとも「フォルテシモのハーモニーは、あの体格がないと無理」と諦めてはいけないことは分りました。ビギナーズ・ラックだったのかどうかを見極めるには少し時間が掛かりますが、突き詰めていけばフォルテシモも矢張り「心・技・体」に行き着くのではないかと思います。


(2004年1月18日)