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     ピアニシモの響き
 


松 村 一 夫
 

 

 

 加藤さんの問題提起はいつも面白く刺激的です。
 金田が超スローボールを力一杯投げるのは、打者に見破られないための技術だと思いますが、音楽の中でピアニシモの大切さは、仰るとおりです。

 昔々高校生の頃だったか、ラジオ(!!!)の音楽番組で、かの藤原義江が「私がオペラのテノールとして世界に認められたのは、高音のピアニシモの美しさだった」と言っていたのを思い出します。
 バーバーショップの世界でもピアニシモに関する議論は色々あり、例えば「大コーラスが入魂のピアニシモで歌うのは良いが、カーステレオで聴き取れない程のピアニシモは表現として行き過ぎではないか」という実にプラグマチックな意見もあります。それほど最近の大コーラスは皆、ピアニシモに拘っているのです。
 実際に車通勤の毎日にバーバーショップ国際大会のコーラス・コンテストの CD 等を聴いていると、途中で音が消えてしまい、暫くして盛大な拍手が鳴っているということが良くあり、文句を言いたくなる気持も判ります。

 また、東京バーバーズも以前コーチのゲリイから、コーラスのダイナミック・レンジを1〜10とすると、4〜8の間でしか歌っていない、と注意を受けたことがあります。9、10を Shouty にならずに歌うのも難しいことですが、1、2、3をバランスを保ってハモるのは更に難しい。

 小生は(本場の)バーバーショップ・カルテットのトップ・ファイブとトップ・テンの下位を聴き分けられるのはピアニシモのハーモニーの広がりと安定感だと、常々思っています。美しいピアニシモの和音は闇雲な努力だけでは響かせられないもので、美しいフォルテシモの和音と同じように難しいものです。
 中々両極端を美しく響かせるカルテットはおらず、チャンピオン・カルテットでも5年か10年に一組といった処でしょうか。昨年も来日した ACOUSTIX は素晴らしいフォルテシモのハーモニーを持っていますが、本当に美しいピアニシモを売り物にするカルテットではありません。
 極めつけのピアニシモといえば歴代のバーバーショップ・カルテット・チャンピオンでも Rural Route 4 (1986年)や Gas House Gang (1993年)、Yesteryear ( 1996年)といったところでしょうか。
 中でも Rural Route 4 の"Tie Me To Your Apron Strings Again"という母の面影への追憶を歌い上げた一曲の後半のピアニシモのフレーズの美しさは、ある審査員が採点用紙に採点を記入できずに"My God ! "とのみ書き残したというエピソードが語られるほどの絶品でした。

 一昨年の東京男声合唱フェスティバルでは、出場したバーバーショップ・カルテットの Sue Sea Four が実に美しいピアニシモのハーモニーを鳴らしたので感嘆したのですが、昨年はイマイチ。聞けば勤務地の関係で練習がままならなかったとのことで、このカルテットにして練習量が決め手になるのか、天才は 1%のインスピレーションと99%のパースピレーションとは良く言ったものだと改めて思いました。本当に美しいピアニシモの和音をハモらせるというのは難しいことです。
 我々が間違えやすいのはフォルテでは口を大きく開き、ピアニシモでは口を小さく開いて開口率で音量をコントロールしてしまうこと。加藤さんの言われる金田のスローボールではありませんが、ピアニシモでも口を縦に広く保ったまま、体全体でピアニシモすることが大切ではないかと思います。 Sue Sea FourODA さん、いつか秘訣を教えてくださいね。教わっても出来るものではないとは知りながら…。

(2004年1月6日)