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 大きく息を吸って〔修正版〕
 


加藤良一
 

 

日本人であれば、ラジオ体操を知らない人はまずいるまい。ぼくらが子供のころ、ラジオ体操は夏休みの日課だった。どこの町内会でも広場に子供を集めてやったものである。朝早くから起こされてしぶしぶ出かけて行くこともしばしばだったが、出席するごとに「出」のハンコを押してもらえるのがうれしかった。そして、最後の日にはお菓子や鉛筆などのご褒美がもらえたものである。

ラジオ体操は、運動会と並んで他国では見られない日本特有の文化らしい。そのラジオ体操が日本人の身体感を根本的に誤らせたと主張する音楽療法士がいる。その人の名は、青拓美氏(東邦音大助教授)、プロの歌手を育てるヴォイストレーナーでもある。

ラジオ体操第一の最後は「深呼吸」で締めくくられる。深呼吸はじつに気持ちのいいものだ。東京もぼくが小学時代を過ごしたころはまだ車も少なかったし、朝早いから空気もきれいでそれは爽快なものだった。「大きく息を吸い込んでー。吐きまーす。」の掛け声に合わせて、腕を前からゆっくり上にあげ、そのまま横から下へおろす。いまさらではないだろうが、いまこれをお読みの方は、とりあえずここで深呼吸を試していただきたい。腕をじょじょにあげながら深く息を吸ってみてほしい。さて、どうだろうか。

結論からいえば、ラジオ体操の深呼吸は「胸式呼吸」なのである。もういちどゆっくりやっていただければ、胸で大きく息を吸い込んでいることが確認できるにちがいない。「胸式呼吸」は女性に多いといわれている。しかし中には、作曲家の木下牧子氏のように「ごくたまに早起きしたとき、ラジオ体操やったりしますが、あれ腹式でやってました」という方もおられる。さらに「ところで、合唱では胸式呼吸が入るのは全くいけないのですか? 吹奏楽の世界では、腹式呼吸+胸式呼吸というのが、主流と思いますが、いかがですか。」とおっしゃる方もおられるのである。

声楽家が胸式呼吸をまったく使わないことはなかろうが、あくまで腹式呼吸が基本的のようだ。器楽の演奏と自分のからだを楽器とする声楽とでは、それなりにちがっていて当然かもしれない。ところが、声楽初心者がこの腹式呼吸をおぼえるのにはけっこう時間がかかるものである。長年慣れ親しんできた(?)胸式呼吸から腹式呼吸へどのように転換すればよいのだろう。

「息継ぎをうまくやるには、息を吐き切ればよい」とよくいうが、吐き切ったとしても腹で呼吸しなければよい息継ぎはできない。「息を吸う」ことについ頭がいってしまうからだ。ところで、フルート奏法のひとつに循環呼吸法(パーマネント・ブレス)という特殊な呼吸法がある。これは呼吸の際に「口の中だけで吹く」一瞬があり、そのときに鼻から息を吸い込むものである。正確なメカニズムは分からないが、模式的には鼻と口への通路を弁でそれぞれ閉じることでコントロールする(「循環呼吸法」大橋史櫻著)。声帯を鳴らし続けねばならない声楽には、どう考えてもこの呼吸法は採用できない。

さて、胸を張った状態で口から息を吐くのに、胸を使える人はいないだろう。だまっていても自然に腹が動いてしまうのである。さらに、吐いたあとどうやって息を吸えばよいかなどと心配する必要もない。吐き切ったあと脱力すれば、胸を張った状態でストンと腹に空気が入ってくる。腹に入るという表現は一つの比喩であって、もちろん空気は肺に入るのは当たり前である。ついでに、息は鼻から吸うようにしたいので、吐くときは口をすこし すぼめて圧力を高め、吐き切ったら口は閉じているのがベターであろう。

というわけで、深呼吸は、吸う替りに吐いたほうがよい。「胸を開いて大きく吐きまーす。」とやればよいのである。腹で呼吸するかぎり、息を吐き切れば自然に空気が取り込まれるのである。


 (この拙文は、記載内容の誤りのご指摘を受け、再度見直し修正をしたものである。)

2003年3月21日