K-20



何気に使う“ナニゲニ

 

加 藤 良 一

2006年3月22日



 ある団体の機関誌に若い独身と思われる女性の投稿が掲載されていた。海外旅行好きのその女性は、スキューバダイビングをしによく南の国へ行くという。

 「…そこには、求めていた暑さと太陽のまぶしさがありました。パプア・ニューギニアは、普通の日本人にとっては遠い存在ですが、何気に関係の深い国です。」

 何じゃこりゃ(';')
 「ナニゲニ」 は、若者の冗談まじりのしゃべり言葉とばかり思っていたが、とうとうふつうの文章のなかにまで現れてきた。文章全体が至って真面目な調子で書かれているだけに、ここへきて思わずズッコケてしまったのである。いったいどんな意味だと思っているのだろうか。というより、この女性はひょっとしたら本来の意味は知らずに、日常仲間うちで使っている “現代用語” の意味にしたがって使っただけなのだろうか。

 「ナニゲニ」 はおそらく 「何気なく」 の省略形だろうと推察される。ほかに該当しそうなことばは思いつかない。「何気なく」 や 「何気ない」 は、はっきりした考えや意図がなくて行動するさまや、さりげないことを表している。つまり 「何気」 は、本来このように否定形で使われ、そこから派生して 「何気なし」 や 「何気なさ」 となる。だから 「何気に」 という用法はどこにもないはずである。しかし彼女(若者)は、それを否定形ではなく、どうも逆の意味に捻じ曲げて使っている。と、思うのは早計で、「ナニゲニ」 にはやはり 「何気なく」 という意味も残っているらしい。どうやら新しい用法と意味合いを創造したらしい。

 では、先ほどの文章の 「何気に」 にはどのようなことばを当て嵌めたら、まともな(われわれが理解/納得できる)文になるだろうか。ここは、「普通の日本人にとっては遠い存在ですが、意外と関係の深い国です。」 とするか、あるいは 「意外に」、「予想外に」、「実は」 などを使えばしっくりするのではないか。彼女が 「ナニゲニ」 イコール 「意外に」 と思い込んでいるとしたら、これほど意外なことはない。

 「ナニゲニ」 について思いを巡らしているとき、たまたま月刊 『言語』2006年3月号の 「若者ことば大研究」(副題:変容するコミュニケーション環境の中で)と題する特集に出合った。その中で米川明彦氏が若者ことばの定義を次のように掲げている。

若者ことばとは、中学生から三十歳前後の若い男女が仲間内で娯楽・会話促進・連帯・イメージ伝達・隠蔽・緩衝・浄化などのために使う、規範からの自由と遊びを特徴に持つ特有の語や言い回しである。その使用や意識には個人差がある。若者語ともいう。

この定義に従えば、“若者ことばとは、仲間内で使う、特有の語や言い回し”、つまり仲間うちの閉じられた社会のみに通用することばのはずだが、どうやらその使用/許容範囲も崩れ始めてきたと思わざるをえない。はなしことばのボーダーレス化であろうか。とうとう 「ナニゲニ」 もここまで侵出し、市民権を得たかという驚きとともに、ことばはつねに変遷する運命を抱えているのだ、ということを再認識した。ことばに秘められたパワーは馬鹿にできない。これはひとつの事件といってよいかもしれない。





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