2002年2月27日

 講談社の塩見さんよりFAX。クレヨンハウスの二宮直子さんが「編集者のおすすめの3冊」に『ぶきゃ ぶきゃ ぶー』を選んでくださったので、「講談社絵本通信」で紹介しますと。どーしてもそれをお読みになりたい方は(あまりお勧めしませんが)、ここからリンクをどうぞ。どーしてもという方だけですよ。

http://www.bookclub.kodansha.co.jp/

 午後はずっと絵本「いっぱい ひとつ」(偕成社)の文章の推敲作業。画家はどなたか・・。ずっとずっと待ち続けた方です。これ以上はいえません。いくらあなたでも。これ以上は。

 偕成社より、おれたちともだちシリーズ第6作『ともだちひきとりや』届く。そこへタヌキが顔を出して・・、「お主も、哀れよのぉ」とつぶやいた。羽村は梅が満開です。

 昼。納豆トースト一枚に黄粉餅を二つも食べた。「おお、食欲が戻ってきたぞ」とうれしかった。この機会を逃してなるものか。夜、焼肉を食べに行った。単純・・かな。
 28日、追記。風邪が退散していた。肉は偉い!

2002年2月26日

 午前10時・立川。童心社の下園さんに大島妙子さんの絵を見せていただく。は〜るですね。ハトの絵に思わずくすくすしてしまいました。なぜでしょうか。なぜでしょうね。絵本『こわくない こわくない』はもうすぐですよ。

 この本大好きの会・中野支部の櫻井祐子さんさんより講演のご依頼。「講演料は・・」とありましたが、喜んで引き受けさせていただきました。お母さんたちが初めて!!!入場券を売られるそうです。ポスターも。いいなあ。これにお応えしなければキツネとオオカミにしかられます。中野区民のみなさーん、桜井さんから入場券を3枚買ってくださーい。

2002年2月24〜5日

 24日・曇り。喜界島一周のバス(250円)に乗る。同乗者はおじいさんが二人、おばあさんが二人。台風が多いのか、家はブリキ屋根の平家がほとんど。サトウキビも海風に地を這いながら立つL字形をしている。小野津漁港で下車。おじいさんとおばあさんとキジ猫に会う。小一時間、ぼんやりと海を見て過ごす。
 午後からはひたすら眠る。夕方からも・・バナナ二本・ヨーグルト・野菜ジュースで、またひたすら眠る。

 25日・晴れ。体調やや回復。ぶらりぶらりと路地歩き。緑色のトカゲ。空豆の青い花と菜の花のあわい黄色。芭蕉とあの赤い花。「ああ、南の島だなあ」と、凡庸なことをしみじみつぶやいている。海にも熱帯魚が泳いでいた。

  Nよ 空豆畑の 空豆の花に 顔をうずめて 泣きたかったよ 
  オヨヨ オヨヨと 泣きたかったよ

 というセンチメンタルな詩のようなものが浮かぶ。

  館長さんと八木さんに見送られて12時15分喜界島空港離陸。どう目を凝らしても島娘の影なし。「オヨヨ オヨヨ」と泣きたかったよ。

  喜界島/春の庭

2002年2月23日

 喜界町図書館で絵本の話をさせていただきました。あいにくの曇天。講演が終わるころには雨となりましたが、島民九千余名の島で、50人近い方(正確に?)が熱心に(つまり笑いながら)聴いてくださいました。本もたくさん買っていただきました。いま思うと、会場からのご質問に、不覚にも足元がぐらららららとぐらついたようです。たぶん「子どもに夢を与えるよう絵」という問が、あまりにも定型すぎたからでしょう。今日の絵本はその「定型」と「さようなら」することで歩いてきたように思っているからです。田島征三、長谷川集平、長新太・・。むつかしいですね。
 といったわけでしたが、風邪引き三昧の旅立ち。ふくらはぎはこむら返りするわ、講演中は立ちくらみするは、薬に荒れた胃は、せっかくの歓迎会のご馳走を受け付けないわと、アチョラマヘンタコでした。常々、アホ話は体力だ!と広言していたリンタロウ氏として、ははなはだ不本意な講演となりました。館長の吉元さん、司書の八木さん、ごめんなさい。

2002年2月22日

 午前。小崎クリニック。風邪薬。

 新宿。午後一時。ビリケン出版の津田さんに早川純子さんのラフを見せていただく。奇妙な絵だ。色も独特の方だから、わたくしがその奇妙に染まっていっていくような感覚がある。うん、染められている・・。

 新宿。午後二時半。鈴木出版の井上さんに川端理絵さんの絵を見せていただく。理恵さんはわたくしの友人の娘さんだけど、こと仕事となるとわたくしは残酷です。その残酷漢、つぶやいてました。「完璧だね」。よく頑張られました。みなさん、月刊絵本『あら あら あら』にご期待ください。とくに他社の編集者のみなさん、川端理絵は要注意です。

  吉祥寺のトムズボックスにて伊藤秀男さんの個展を見る。50歳にして得られた潮ちゃんがくださったふしぎの力でしょうか。絵にこれまでになく多幸感が漂い・・作品もよく売れていました。ポプラ社の絵本『けんかのきもち』も好評で、伊藤さんにはよい春が来たようだなあ。

 咳治まらず,早寝。

2002年2月21日

 喜界島の天気予報が、雨から曇りになり喜んでいます。

 絵本『こいのぼり ワニのぼり』(文渓谷堂)は、『ワニぼうの こいのぼり』と改題して、シリーズ化の方向で考えることになりました。とぼけた家族ぶりが、社内で好評のようです。高畠さんの絵、のどかですからねぇ。

 少年少女詩一篇作る。体調を考え・・これから昼寝します。

       月刊絵本『ころんじゃった』 絵/和歌山静子 すずき出版社

 

2002年2月20日

 ふっと、こんなこと(ホームページ)をしてていいのかなぁと思うときがあります。こんなヒマがあったら作品こそを・・と。
 そんな気分にまた落ち込んでいた今日、福岡の小出版社のPR紙『はかた版元新聞』が届きました。「うん、がんばってるな」と励まされました。とたんに自分の「広告する日記」が「営業する日記」だと分りました。挫けられません。児童書の世界は零細企業です。営業するゾー。

 23日。喜界町図書館で絵本の話をしますが・・。天気予報は雨。

 薬を飲んでおとなしくしています。

 夕方。偕成社の中川さんよりFAX。おれたちともだちシリーズ第5作『ともだちひきとりや』。書店への予約殺到のため、26日の発売を前に大増刷が決まりました。ご予約をしてくださったみなさん、ありがとうございます。

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 2月23日午後6時

鹿児島県の喜界町図書館で絵本の話をします。

●サイン会もあります。

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2002年2月19日

 午前10時。国立(くにたち)にて文溪堂の大場さんに、高畠純さんの『こいのぼり ワニのぼり』のラフを見せていただく。嬉しくてたまりません。絵描きの中でも、絵本画家はことに自分の中に演出家がいなければならぬ・・とは思っておりましたが。高畠さんのその見事な演出とおおらかなユーモアに、脱帽というよりも「ブラボー」と帽子を空高く投げていました。自分の絵本を褒めるのは、自画自賛でしょうか。でも、絵はわたくしではなく高畠さんが描かれているのですけど。これ、他画他賛でしょ? 4月をお楽しみにしてください。最終ページ、かならず、かならず、笑えます。それも春風のようにうふふふふと。今回に限ってウソは申しません。

 帰ってきたら体が震えだしました。「感動?」。それにしてはおかしい。原因は寝込んでいたおじさんが久々に外出してきたからだと分りました。ナサケナイ。 



                                                                

2002年2月18日

 カゼにて寝込んでおりました。カゼをだましだましのつもりが・・歳ですねえ。
 原因はわかっております。深く反省をばしております。来年からは体のために、すこしワガママになりましょう。

 明日は文溪堂の大場さんとお会いします。高畠純さんの『こいのぼり ワニのぼり』のラフを見せていただくためです。「くすっと笑いました」とおっしゃる大場さんの声は幸せそうでした。編集者冥利に尽きるというのでしょうか。明日が楽しみです。

 13日。中友小学校の一年生と六年生から、先に訪問したときの感想をいただきました。
 「ともだちひきとりや、おもしろかったです」「ぶたの詩、おかしくて笑いました」「カゼをなおしてください」「また来てください」「ながいきしてください」・・ わたくし、寿命を心配されております。

2002年2月13日

 

     ぼくに

    みんなが ぼくを ばかにする
   ともだちも 
   せんせいも
   おかあさんも
   だーれも みとめてくれない

   「しんじゃおかな」
   つぶやいたら
   もうひとりの ぼくがきいた 
    「じぶんが きらいなの?」
    「うぅん」
   こたえたとたん なみだがこぼれた

   ぼくにまで きらわれたら・・
   ぼくは ほんとうに ひとりぽっち
   ぼくは ぼくにいった
   「すきだよ」

 

2002年2月13日

 昨日も今日ものんびりと少年少女詩を書いている。推敲して自分なりに頷けたのが二つ。新しいものが二つ生まれた。うれしくて気持ちがほ〜わんとなっている。講演では味わえない芯からの安らぎだ。むろん講演を依頼してくださる方のお気持ちはありがたい。でも、自戒も、また。

 スキャナを買った。『ともだちくるかな』の韓国版と、伊藤秀男さんの個展の絵を、この日記に取りこんだ。伊藤さんの絵にはいつもおおどかな風が吹いている。

 昨夜「評伝金子光晴」(原満三寿)を読んでいたら、ミノファッァーゲン製薬本舗の社長の宇都宮徳馬が、あの戦時下に金子光晴,青野季吉、山本安英、林房雄らに、毎月かなりの生活費を援助をしていたらしいとあった。金子はその金で、また貧乏詩人山之口獏を助けていたらしい。以前読んだ本でも、やはり戦時下だが、宇野千代が中野重治に(堀辰雄を介してだったか)援助を申し出ている。中野は辞退した。戦後にも大宅壮一が困窮の老アナキスト石川三四郎に、毎月、かなりの額を届けていたようだ。その葬式もよく世話している。わたくしの中で、宇野と大宅はそのような人としての姿もある。・・本日は「だった調」だなぁ。

 このごろ、沖縄民謡をうたう大工哲弘さんと宮城チドリさんの、しぶーい声にしびれています。おふたりの声を聴いていると、忘れていたなにかを思い出します。

2002年2月12日

 朝一番で、大牟田の中友小学校校長・中村イソ子さんよりFAX。わたくしが同小学校を訪問したことを伝える有明新報の記事(写真も)でした。ほっとしました。なぜわたくしがほっとしたのかが気になる方は7日の日記を読んでください。

 大牟田にご出産のため帰郷されている羽村のKさんよりメールが届く。先月15日に倒産した松屋デパート(東京銀座のそれとは無関係です)のニュースです。「がんばれ松屋!」と市民が企画した同デパートの歴史を語る写真展の様子でした。ちなみに松屋は敗戦まで隣り荒尾市で松屋映画館をやっていました。売るものがなくてデパートが転身したのです。そこで父は「天皇制を認める」という一札を入れさせられて、やっと映画技師兼絵看板の仕事にありついていました。一札。そのようなときもありき、です。というわけで、おとぼけ詩1ケ。

       ありのまま

      ありは
   みたとおり
   ありのままだけど

   ぞうは
   みたとおり
   ぞうのままかしら

   ありは
   みたとおり
   ありのママだけど

    ぞうは
    みたとおり
    ぞうのママかしら

2002年2月11日

 え〜、きのうですねぇ。・・があって、二日酔いになって・・。はにほへと・・ちりぬるを。というわけで、某書店の「おれたち ともだち」フェアのためのサインを、ぼんやりと・・80舞い掻いて。それから絵本の言葉の水耕を・・。どこか辺だなあ。

2002年2月8日

 午前11時。東京駅にて、すずき出版の井上さんと藤本さんにお会いする。藤本さんに、はたよしこさんのラフを見せていただく。一場面削ることで進行に。絵本『ぽんぽん』の絵は、漫画家の畑中純さんではいかがですかと、井上さんが。オヨ!っとなる。あの『まんだら屋の良太』の作者である。このたくましき「大日本純情スケベ温泉街漫画」をわたくしに教えてくれたのは、ナベさんだった。ナベさんは貧困と腎臓で若くして逝った。ナベさんが喜んでくれそうだ。実現すると嬉しい。

伊藤秀男展
ネパールの紙に描いた子どものいる絵

2002/2/1→27 木曜定休 東京・吉祥寺・トムズボックス tel 0422-23-0868

特報 伊藤秀男さんの名作『こどもザイレン』がポプラ社で復刊しました

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 午後1時。東京會舘へ行ったら、制服の警察官とそれらしきひとがいっぱい。入り口の看板に「皇太子ご夫妻が云々」。「ほほう、なにかあっているんだ」と、会館へ入っていったら、それらしきひとがトイレにまで付いてきて、振り返ったらひそひそと交信中。目があったらああてておられた。それでもわたくしは鈍感で・・。会場へ入ってやっと分った。皇太子ご夫妻は「青少年読書感想文全国コンクール」に来ておられたのだ。わたくしは日頃の信念に従って、ご夫妻の入退場には拍手しなかったけど、個人的にはお二人にも人間としての尊厳はあると思っている。お隣で上条さなえさんが「内田さんは、何をするのか分らないから怖い」といわれた。でもわたくしは子どもたちの前で「政治」をすることに絶対反対の信念を持っている。北朝鮮のあの不気味な笑い顔の子どもたち。君が代の斉唱を強要される日本のる子どもたち。どちらも子どもを尊敬していないことでは、まったく同じだろう。パーティ・ホールへ入るときもわたくしだけが誰何されました。「どちらさまでしょうか」。胸につけさせられているリボンが恥ずかしくて隠していたこともありますが・・。Gパンに赤いセーターでした。これじゃねぇ。ちなみに、加藤唐九郎さんも園遊会にGパンでご出席されています。(もしかしたら総理大臣招待の花見だったかもしれません。いいお顔の写真でした)。

 夕方。上野駅前。時間つぶしに映画「ハリー・ポッター」を一時間ほど見て浅草の金泉へ。高校同期の新年会。去年、脳梗塞で倒れたYさんの姿がありこころなごむ。

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大分で絵本の話をします

6月11日(第二火曜日)・時間/会場/未定

主催/文庫・子どもと本の部屋エルマー TEL097-553-3258(斎藤由美子)

なお、この前後日に、わたくしの講演を、福岡、佐賀、大分地区でしてくださる方を、児童書専門店エルマー(福岡県春日市)で受け付けております。
エルマー TEL092−582−8639

●子どもと本の部屋エルマーは文庫です。春日市のエルマーは本屋さんです。

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2002年2月7日

 明日は朝から終夜まで外出(用件4ケ)なので、ついに耳鼻咽喉科へ行く。午前中かかった。
 大牟田の阿津坂さんより有明新報の記事がFAXで。『ともだち ひきとりや』の紹介。書いてくださったのは記者の高田裕子さん。発売前の紹介です。たぶん日本一早い、それでしょうか。
 でも新聞には中友小学校訪問の記事が出ると思っていたので、意外でした。校長の中村イソ子さんも来校記事でなく少々がっかりされているでしょう。複雑な心境であります。

ご注意! 
ペシャワール会を騙り、高額でコーヒー豆を売っているいかがわしい者がいます。会では戸別訪問での寄付はお願いしてないそうです。

2002年2月6日

 午後より、立川へ。新刊情報「子どもの本」(日本児童図書出版協会)のインタビューを受けに。まだ、咳がちらほらと。

 5日。福岡11時10分発ANA。東京は雨。咳あり。メールを開くも、体だるく返事は明日へお預けしてごろ寝。
 偕成社より韓国版『ともだち くるかな』が届いていた。印刷、製本には満足。ただし日本版のカバーにあったコピーが見返しの裏に印刷してあったのにはマイッタ(注・韓国ではカバーをつけないために生じた問題らしい)。全冊回収するか。残部を裁断するか。ともかく増刷分からは日本版と同じになるらしくて、ややほっとする。
奥付にhttp//www.jbookmarket.co.krとあります。わたくしはまだアクセスしていませんが・・

 韓国版 2001/9

 4日。母校の中友小学校(校長中村イソ子さん)へ。一年生たち、わたくしの姿を廊下に見たとたん「来た,来た」。アハハハハです。擬音だけの意味なし詩にけらけらげらげらと笑ってくれました。その大反応のけらげらぶりに次の行に読み進めないほどでした。そして本邦初読み『ともだち ひきとりや』(おれたち ともだちシリーズ第五作)を咳でつぶした声で。一年生にマイクを持っていただいてなんとか。それから「もっと若くて、髪が長い人とおもっていた」とかわいい子にいわれました。スミマセン。
 つづいて六年生にも同じ内容で。こちらは「なぜ作家になったのか」との質問も。答は「二日酔いで怪我したから」。はやはや。こどもたちといっぱいいっぱい握手。なんとなく後ろめたいけど、わたくし・・中友小学校のこどもたちが好きなんです。芸術の神様、おゆるしください。
  えーと、それから、わたくしの本の感想文や、詩「ぶたのゆめ」の感想なども頂きましたが、褒められすぎなので非公開とします。でも、「卒業式にも来てください」には笑いました。おじさん死ニマス。

 3日。久留米子どもの本の学校(第23期・代表/田沢和子さん)で絵本の話をする。風邪薬のためか頭ぼんやり。というわけで、うねうねくねくねと道草を食いながら、パア〜派絵本の大家飯野和好さんへたどり着く。話の内容よりも、そのぼんやり頭のうねうねくねくねぶりがおかしいと、みなさんよく笑っておられた。サイン会の後,世話人の方たちとお食事でしたが、会の歴史や作家の名を聞かされるたびに、わたくしは必死に話をズラシにズラシておりました。これはツライコトデス。ぶきゃぶきゃ派には。でも田沢さんに背中をおされてと来て下さった、おの・りえんさんにお会いできたのは幸せでした。わたくしはなにをかくしませう。おの・りえんさんのフアンなのです。
 会場へ来て下さった方よりお酒を頂きました。まだ呑んでいませんがおいしい酒です。そう断定するのは、つまり・・・郷土愛です。筑後久留米の地酒冨の寿。純・米造り(じゅん・こめつくり)。純米酒ではありません。本酒造米を60%以下まで精米し・・。楽しみです。来月の愚夫の会でお披露目します。

 夜。大牟田。有明で北高十一期生の男女13人の仲間たちと。 みんな元気で、それを見ているだけで嬉しくなってくる。 「リンちゃんが来たけん」とわたくしを出汁に(口実に)堂々と家を出れるのが嬉しいとのこと。Kさんいわく。「リンちゃんは、よか出汁の出るたい」。光栄です。

 2日。ANA。夕方、西鉄久留米着。久留米子どもの本の学校の末宗さんと吉田さんのお迎えを受け、車で大宴会場へ。大きい店でした。明日、なにをしゃべればいいのか探りつつ、楽しき(?)雑談。風邪気味なので体力をつけんと、いつもより多くいただく。焼き鳥も牡蠣もおいしく「これならば倒れんぞ」と妙な自信つく。車窓より見る筑後は麦が二寸ほど。春が来ていました。

2002年2月1日

 新宿で講談社の塩見さんとお会いする。講談社のHPで『ぶきゃ ぶきゃ ぶー』に当選された方へのプレゼント本にサインする。また内田麟太郎初のラブストリー絵本の絵を、Iさんにお願いすることに。同じくナンセンス絵本『へんなきもき』の絵をIさんに。どちらもIさんですがまったく別の人です。

 恩師河村昭義先生の『山あるき 花あるき』(里文出版)の出版を祝う会へ。こちらも新宿でした。先生がとても嬉しそうなので、息子さんもほんのりと喜んでおられました。それを見ているわたくしもほんのりと幸せで・・。奥さんは「♪白いブランコ」を歌われました。版元の安藤さんも「♪古城」を。詩人のTさんは「♪わが人生に悔いなし」を。聞き惚れました。あらためてTさんは詩人だなあと思いました。花二輪。麗子さんと香子(こうこ)さん。みなさんと「さよなら」して、香子さんとこっそりデートとしていましたら背後に怪しき気配。振り返ると先生が。教育者は野暮ですねぇ。香子さん、恨めしげに先生を睨んでおられました。あと男が二人いたようなのですが・・興味がないので憶えていません。

 明日から久留米、大牟田方面へ出かけます。日記、またお休みです。

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絵本の話をします

●久留米市
2002年2月3日 午前10時 
久留米市民図書館
久留米子どもの本を読む会/日本子どもの本研究会福岡支部
連絡/0942-39-1649 田原和子  

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