芳拙句集
(24/08)
秋日影城の小路は大路へと
蜩の声の染み入る谿の闇
新走り新たな代の案内状
遠花火遠き記憶の懐かしき
万緑や滝一条の声を秘め
(24/07)
海上に雲のま白き海開き
杣道の果てたる崖に滝飛沫
雨蛙声のひとつが合唱に
冷麦の紅と緑を子に分けて
万緑や孫に新たな子が宿り
(24/06)
父の日や父の日記に知る思ひ
水の香や肥後の菖蒲の濃き絞り
雲垂れて暗渠に響く雨蛙
七曲り夏鶯の入れ替はる
木漏れ日や揚羽ゆるりと木々を縫う
(24/05)
万緑や風滔々と渡りけり
ヒヤシンス家に嫁がぬ長女ゐて
母の日や娘の仕草妻に似て
海霧にブイのペンキの生々し
更衣女人の腕(かいな)眩しくて
(24/04)
春惜しむいまだ災禍の癒えぬまま
水脈に引く春の別れの紙テープ
登山道逸れて大樹の山桜
里桜一夜の風に果てにけり
夜に響く南海トラフてふ言葉
(24/03)
北帰行壱岐の島より鳥雲に
復興へ能登に燕の戻るまで
風光る洋上風力ゆるやかに
珊瑚礁撫でるがやうに春の潮
水温む小魚の影一列に
(24/02)
早春の雨にしばらく濡れている
猫柳川面の光満身に
伊予柑の香に包まれて子規の句碑
西海の日矢の中行く観潮船
冴え返る友孤独死の訃を聞きて
(24/01)
三が日災禍顕に能登の地震(ない)
暦開かすかな反りも物清し
初明りいのちのごとく身に受くる
注連飾る車もありし昭和の世
老いの歯にごまめは堅くなりにけり
(23/12)
裸木の一切放下の潔さ
凍菊のなほも黄色を濃く宿し
生垣に沿ふて椿の列列と
海鼠哀し生簀のやうな湾に住み
夕落暉冬の木立のありありと
(23/11)
山茶花の白く散り敷く坂をゆく
水澄むや釣瓶の音の近くあり
芒原風に銀波にうねりけり
能筆を町内に知る文化の日
初時雨姿確かに枯山水
(23/10)
山澄むや終鈴遠き街までも
曼珠沙華劫火の囲む開拓碑
泣くほどに子泣き相撲の母笑ふ
藤袴アサギマダラに中華の字
秋祭それも理由に同窓会
(23/09)
秋めくや果実の重み手に受けて
廃線の鉄路の中に緋のカンナ
里山の谷の狭きに小鳥来る
瓜坊の継ぎ継ぎ渡る村の道
その中に一言居士も敬老日
(23/08)
樺火焚く信濃の習ひ令和にも
回想の戦時報道敗戦忌
千灯籠揺らす娘の山鹿の夜(山鹿灯籠踊)
涸沢のテントの灯り夏の星
笹飾り無垢の平和のおさな文字
(23/07)
夕凪や鏡の海に帆掛舟
山開きウェストン碑の碧濃し
夏椿愛でる間もなく散りにけり
しどけなく凌霄垂(しだ)る網代垣
編隊となりて飛魚(あご)飛ぶ平戸沖
(23/06)
野菜どれも無人販売蛙鳴く
十薬の昏き場所より繁りけり
木漏れ日や山気吸ひ上げ額の花
剣先の風に解るる花菖蒲
初鰹堅き魚と書く不思議
(23/05)
川の面の光を弾く柿若葉
夏立ちぬ登山規制の錠を解く
母の日の記憶真白な割烹着
沢蟹の忙しく走る雨催ひ
五月闇介護認定更新す
(23/04)
畑仕事身体いつまで薯を植う
此処よりは深き闇へと蝮草
二輪草皆一斉に首を振り
苧環の風に転がるからころと
群れひとつ疫禍の空を鶴帰る
(23/03)
卒業式戦地の子にもあらんこと
水温む遡上の魚影絶え間なく
晴々と鶯声の整へり
空の青ミモザ眩しく香を放つ
春の雨水琴窟に届きけり
(23/02)
春浅しダム湖の翠まだ深し
木々は吼へ波はしぶけり春一番
薄氷の溶けて小さき空映す
南無阿弥陀素魚喉で踊りけり
金縷梅や洗濯物に日の微か
(23/01)
年賀状同窓会も絶え絶えに
正月や朝刊無駄に重たくて
黙々とマスクの家族初詣
初凪や湾の小島に一番機
野水仙軍艦島を沖におき
(22/12)
破壊さる戦車の上に冬の月
農鳥の小屋を持ち上ぐ霜柱
立冬の街のさざめきプラタナス
山茶花の散り敷くままを掃きもせず
小春日や兵士の帰宅伝へらる
(22/11)
争ふて哀しき大地冬銀河
薄墨の滲むがごとく月の蝕
思ひつつ為さぬ旅あり秋惜しむ
ほつほつと曲輪に沿ふて石蕗の花
古希すでに下山を急ぐ秋没日
(22/10)
末の秋戦火の止まぬ無常かな
紅顔の夕べに倒る白木槿
ゆふぐれて光の残る尾花かな
甌穴を穿つ玉石秋の声
遣唐の碑を高々と鷹渡る
(22/09)
天の川仏ケ浦の空渡る
眠られぬ家の軋みや野分中
野分過ぐ空の青さよ明るさよ
秋茜水面に影を留めけり
秋の虹女王陛下は旅立ちぬ
(22/08)
盆休み永代供養の碑を尋ぬ
解禁の伊勢海老漁の網を引く
秋めくや収穫できぬ穀倉地
身罷りぬ母の梅酒の琥珀濃し
食卓に土用の鰻疫盛る
(22/07)
盆休み永代供養の碑を尋ぬ
解禁の伊勢海老漁の網を引く
秋めくや収穫できぬ穀倉地
あと一瓶母の梅酒の琥珀濃し
食卓に土用の鰻疫盛る
(22/07)
コロナ禍や訪ふ人もなく三尺寝
晩酌は冷がよきかな月見草
花合歓の時に揺れけり雨意の風
草丈をしのぎ鬼百合咲きにけり
浜木綿の群落近き殉教碑
(22/06)
夏至の雨一番電車魚河岸へ
縺れてはすぐに解れて夏の蝶
里山の句会蚊遣火焚きつめて
烈日にたじろがぬもの立葵
菖蒲田を別つ小流れ伊勢に江戸
(22/05)
日の透かす若葉の影の濃く淡く
葉桜や妖しさ失せし散歩道
遠郭公ひときは澄める声のまた
つくづくと生命を思へえごの花
マリアの月兵士の母の切なるや
(22/04)
万愚節に非ずミサイル降りしきる
残照になほも躑躅の火の残る
山路来て空に枝垂るる藤の浪
春窮の児渕の地蔵洗ひけり
木漏れ日に石楠花明かし里遠し
(22/03)
春日和丘にさざめく笑ひ声
節分草谷に日差しの燦々と
菜の花や日に日に大地温かく
祖国とは大きな問ひを建国日
鳥帰る祖国の空に砲火あり
(22/02)
一筆箋結ぶ言葉に春立つ日
衰へし日々に一燈梅ましろ
まんさくや枝に残れる雪のなほ
赤赤と椿散る坂天主堂
バレンタインデー流行病のよふなもの
(22/01)
門先の雪の掛りし注連貰ふ
子は巣立ち夫婦に戻る賀状かな
七日粥常の暮らしを穏やかに
冬茜梢の影の張り詰める
火の猛る頃を待たなむ吉書揚
(21/12)
古稀すでに年酒はとみに少なかり
冬晴や四囲に銀嶺耀けり
綿虫の消えて現る日のゆらぎ
時雨るるや野面の垣を重くして
退院の朝に明るき霜の花
(21/11)
初霜や野辺の草々縁白く
彩りは色なき庭の実紫
椿の実羨むばかり黒き艶
烏瓜雑木に縋り日を弾く
天日干す稲架の数基は家遣ひ
(21/10)
ひと気なきコロナ病棟秋晴るる
マンションに帰宅ぽつぽつ秋ともし
曼珠沙華暮れて田毎の影となる
カンカンと踏切傍の花カンナ
学童の自然体験赤まんま
(21/09)
颱風来空に大樹の影しなる
敬老日全戸に配る祝ひ状
敬老の日話の隅に身の始末
青蜜柑灘の日差しを蓄へる
落栗の気配たまさか森閑か
(21/08)
蝉時雨救急サイレン絶え間なく
コロナ禍や茅の輪しみじみ潜りけり
形代(かたしろ)に記す名前の墨の濃く
分水塔碑文に残る水喧嘩
頂きへ雪渓の上空の青
(21/07)
夏の夕鋤を洗ふて日を仕舞ふ
青葦の風に傾るる御船蔵
麦焦がし噎せて懐かし祖母の笑み
花合歓や扇面散らす石畳
地に沁みてにいにい蝉の低き声
(21/06)
ワクチンの肩の疼きや五月尽
山遊びふらここ藤の蔓を編み
主なき枇杷は野生に還りけり
枝枝に紅の光芒合歓の花
濃く淡く風の染めける藍を干す
(21/05)
老鶯や父祖代々の家ひとつ
花蜜柑すでにかほりを放ちけり
街にふと女声合唱花水木
筍の無人販売ぼたん寺
部落への道に累々栗の花
(21/04)
青嵐梢いずれも灘を指す
行く春や杖を頼りの三千歩
閉園の鐘にふらここ未だ揺るる
石楠花に惜しむ光や山暮るる
密なるは生きる術かと花馬酔木
(21/03)
長閑しや空に崩れぬ雲の居て
里山に畝立ひと日遠蛙
春昼や灘穏やかに対馬馬
榾裏に春の椎茸二つ三つ
いぬふぐり里山駆ける子等の声
(21/02)
早春や川面長閑にかぎろへる
冬木の芽日々に艶めく城下町
三椏の花密やかに咲き初むる
牧童の顔てらてらと野火を御す
末黒野や草の息吹の其処此処に
(21/01)
初便家に籠れる日を綴り
初日記持ち越すことの多かりき
若水や人湧水に列をなし
常ならぬ年を迎へり初鴉
温かく群るる光や福寿草
(20/12)
流氷の日に日に近く北の街
冬薔薇明日を限りに家を解く
自分史の誇りも傷も柿落葉
農閑の小屋に籠もりて藁仕事
銀嶺の果ては越後へ冬の空
(20/11)
冬麗(うらら)免許更新無事に終へ
コロナ禍や海鼠のごとく引き籠もる
戸惑ひのリモ−ト句会神無月
七五三晴着に小さきマスクして
悪疫の蔓延る冬や湯気立たす
(20/10)
山裾へ傾るる薄由布颪
秋澄むや山嶺空と対峙せる
曼珠沙華棚田の畦を彩りぬ
笑栗や離村の家のまたひとつ
水澄むや殊に甌穴研ぐ音も
(20/09)
穂芒にずしりと残る日の名残
敬老日国勢調査独りなり
撫子や風に靡ける髪のごと
底紅の日毎眩しく咲き継げる
涸沢の白きカールにななかまど
(20/08)
リモートの孫の成長夏休み
馬追のよくぞ此処までビルの窓
原爆忌マリアに黒き雨の痕
七十五年被爆者検診続きけり
黙祷の影屹立す原爆忌
(20/07)
一言居士世相両断夏大根
梅雨晴や妙手に騒ぐ棋聖戦
さみだるるけだるく流るジャズピアノ
球磨川に流木咆ゆる梅雨滂沱
捩花紅ひたすらに登りつむ
(20/06)
白々と明けて釣り初む鱚白し
十薬の群れて庭隅明るうす
山門の願掛草鞋梅雨じめり
堂裏は湿りて昏し手毬花
山中に鬨の声挙ぐ山法師
(20/05)
更衣単身赴任の夫を訪ふ
豆飯やまた一年をつつがなく
母の日やいつも厨に割烹着
夏暁の影は寝釈迦に阿蘇五岳
峡深く滝音空に貫けり
(20/04)
春眠の深きに誰か肌布団
悪疫に術なき日々や春かなし
悪疫や孫にも会へず春休
深用心よもやコロナと春の風邪
コロナ禍や入学式のできぬ児と
(20/03)
小流れに藻のあをあをと水温む
総身に日のやはらかく翁草
待ちかねて空の青さよ鳥帰る
乙女らのさざめく野辺に花蘇芳
元寇の島の石塁黄沙降る
(20/02)
山茶花の散り敷く径を奥宮へ
ウィルスの広ごる不安春愁ひ
少額の還付金あり蜆汁
ものの芽の日毎ふくらむ梢かな
打掛に祖母の裂地の押絵雛
(20/01)
日溜りに至り凍蝶果てにけり
屠蘇の座の孫の背丈のまた伸びて
召歌の調べの余韻厳かに
村役の声の賑はふ年始酒
天辺の達磨に届けどんどの火
(19/12)
風邪もらふ老いの薄着の痩我慢
夜昼となく山茶花の散り敷けり
石蕗(つわぶき)の花ほつほつと長屋門
縄文の遺跡に鯨銛の出づ
鯨喰む名残り遺跡に弥生人
(19/11)
いじらしや八重に咲きたる帰り花
城垣の野面の果てに雁の列
海鳴りに揺るる梢や鵯騒ぐ
曇り空曲輪の茶屋の蒸饅頭
初時雨大樹に籠る鳥の声
(19/10)
鐘の音や枯山水より秋の声
うり坊の数歩遅れて母を追ふ
夕暮れて猪の影濃くたじろがぬ
露の世や筆談尽きて友逝きぬ
里の灯や薄の影の濃やかに
(19/09)
公園にふと故郷を赤とんぼ
稲の穂の紅く波打つ古代米
馬追の紛れて厨にぎやかに
良夜ゆゑクールジャズなどかけてみる
秋思なほアルビノーニのアダージオ
(19/08)
有明の海に切子の燈の果てり(切子=切子燈籠)
そのうちにゆくと合掌生身魂
亡き人の好物などを盆支度
三世代揃ふて灯す墓灯籠
精霊舟幼き御影しめやかに
(19/07)
捨てられぬ昭和の遺物渋団扇
沢音の久しく高く梅雨滂沱
身の丈を歩道に余す青大将
獣かと梢の騒ぐ木下闇
夏空に低く畑守る鳶の凧
(19/06)
助手席の声に見上ぐる街の虹
梅雨雲のとれて島への航路灯
乱鶯や樹々のうねりにたじろがず
夏日射す魚影くつきり水底に
参道に沿ふて紫陽花濃く淡く
(19/05)
新茶市馴染みの品の香り利く
二の腕の白さまぶしく夏めける
魚沼の米と合わせる豆の飯
海霧に果つ日本縦断鳩レース
そよそよと「夏姿」てふ花菖蒲
(19/04)
鶯や薄茶のかほる花点前
園児らの声の一団百千鳥
蛙鳴く茶事粛々と武家屋敷
鷹化して鳩となりけり介護の日
桜散る選挙開票終へ静か
(19/03)
そこそこの釣果を上げて舟うらら
融雪剤残る峠や戻り寒
裾分の八朔置かる村住まひ
朝な夕熊手に転ぶ落椿
椿挿す葉に虫食ひの程のよき
(19/02)
殉教の史蹟を巡る梅二月
絵踏帳「郡崩れ」の斬首塚
ひたひたと春の潮寄す御船蔵
足を停め源平咲きの梅見上ぐ
流氷や相撃つ響果てもなく
(19/01)
旧居経て無沙汰の賀状遅れ来る
旧友の賀状戻るや胸騒ぎ
春近し庭に早くも二三輪
冬枯れや枯色中洲を明るうす
梢研ぐ風は海へと冬木立
(18/12)
海鳥の千々に吹かれて冬の海
電飾の聖樹清かに点りけり
すつぽんの鍋で宥むる人事かな
ふぐさしや荒磯紋の大皿に
河豚ざくと食むや平成押し詰まる
(18/11)
柿落葉艶やかなるを持ち帰る
秋祭り告ぐる浦安鈴の舞
奉納の蛇踊荒ぶ里くんち
凍鶴や抑留語る人老いて
老健の電子辞書ひく小春かな
(18/10)
天高し削蹄の馬荒ぶれる
銅山の鉄路に沿ふて濃竜胆
小雨過ぐ風見の幡に湧くとんぼ
更科や色なき風の句碑洗ふ
新米来からだ気遣ふ文添へて
(18/09)
老いを祝ぐ車椅子より乾杯す
茘枝熟る血痰ほどの種子落とし
秋出水傾(なだ)れし家に佇む子
倒木を白骨に研ぎ秋の川
ぬたぬたと蛇の溝這ふ穴惑ひ
(18/08)
しみじみと果たせぬ夢やビール酌む
底紅や補習授業の女子高生
集落に幼の声や盆休み
ほつほつと供花に明るむ墓参
開墾碑総出で洗ふ夏の果
(18/07)
姥百合の眩しく高く炎天に
老鴬の声朗々と君臨す
被爆者の無念を抱へ蚊遣焚く
吊橋の下に広ごる合歓の花
峡谷は柱状節理合歓の花
(18/06)
風の径設へ揺らす夏暖簾
山開き修験の道を御神体
やがて雨泰山木の花潔し
かたつむり横断歩道の遥けきを
箱眼鏡ついと水烏賊海底へ
(18/05)
蟇鳴くや発雷予報きれぎれに
窯めぐり白磁眩しき薄暑かな
茅葺きに瀬音の届く夏料理
蚊遣火の一夜乱れぬ渦となる
噴き水の飛沫のきらの風に乗り
(18/04)
呼び出し音向かふナースに春の月
花海棠真白き衿のナース来て
花冷えや血圧計を朝に夕
花追へば常より延びる散歩かな
花並木名残の花を蘖に
(18/03)
かげろふや船も鴎も海に融く
客人(まろうど)の声と囀りドアホンに
降雪の予報途絶へて信濃春
老梅の虚(うろ)の深さよ通院日
春の日は落暉水面と宙にあり
(18/02)
梅見茶屋暖を求めてまた二人
櫓では舞楽の調べ建国日
城垣の縁を象る春の雪
斑雪にも揺るるオリーブたおやかに
メダルには届かぬ人の冬五輪
(18/01)
七重八重拝殿に寄す初参
初詣仰ぎて拝す奥の院
境内に神籤初願の花の咲く
初弾きや黒紋付きの裾を曳く
少年の肩に達磨の注連貰
(17/12)
凩や交す言葉を奪ひたる
やり残すことも始末と掃納
オリオンやカズオイシグロ読み了へる
落葉の枝を顕はに寒茜
寒禽の風によろめく山に棲む
(17/11)
畑作業上がりを早む冬に入る
追われてはまた一団に稻雀
猪道に交はる辺り急く散歩
山深く人住まふらし藁こづみ
時惜しみ高嶺蜻蛉の番ふ夕
(17/10)
小夜更けて山中玲瓏虫の声
かなかなや中也の妻は家を出て
二人居て階上階下秋更くる
漆喰の蔵の戸開く豊の秋
安曇野の山懐も豊の秋
(17/09)
命日や月見酒などして偲び
暮れなずむギヤマン色に赤蜻蛉
釣舟草幽けき風に艫揃へ
ナナフシの骨身に沁みる秋の風
過疎の地を朝夕二便のバス下る
(17/08)
肩車父のことなど大花火
大花火終へて家路の静かさよ
新盆や故人好みの煙草入れ
戒名も燈の一点に流燈会
かなかなや寝覚の床に日の暮るる
(17/07)
寝つかれぬ思ひは千々に夜の蝉
海上に島の顕はる夜の雷
流木も骸のごとく梅雨出水
子燕や親の軌跡を習い飛ぶ
短夜や季語のいずれに迷ひけり
(17/06)
濡れるほど紫陽花明し京の路地
乱鶯の間男のごと狼狽へり
熟れ落つる山桃染むる停留所
梅雨の月杜の梢の影重し
タバコ畑人は呑まれて麦わら帽
(17/05)
ウォーキング五月幟の休息場
老いの屋に新たな家族夏燕
分け入れば石楠花明し奥の院
夏山にムサシアブミの蔭ありぬ
窓と窓風を通せり五月晴
(17/04)
かけがえの無き出逢ひ得て春の月
げんげ田の傍に朝どり直売所
つづれ折曲り降れば花菜照る
花冷えや米を研ぐ手の急がるる
嬰児をあつかうよふに蕨手に
(17/03)
希望校ゆけぬ娘よ春愁ひ
砂浜の潮寄す辺り櫻貝
啓蟄の畑の賑はひ耕運す
駅仕切る蘇鉄に混じり黄水仙
次発まで文庫を読みて春の駅
(17/02)
水墨の五彩豊かや雪景色
春きざす庭師花芽をまた見つく
異国の名掠るる魚具や春の浜
島の春流木人に似て届く
内海の汀あをさの光摘む
(17/01)
古民家の寒き所に幸木
令室の名前で届く年賀状
神籤より何か艶めく懸想文
評判の巫女に集まる宵戎
お目当ての歌留多取りけり初笑
(16/12)
行く年や家人のことを先にして
浮き寝鳥皆吹き寄せらるる壕の角
砦跡栄華を偲ぶ花八手
欄干に修行僧めく冬の鷺
甘鯛の情けなき顔トロ箱に
(16/11)
紅葉散るとんばい塀の道に沿ひ
陶板の赤絵を洗ふ秋時雨
松茸飯献上写しの碗に盛る
烏瓜実は赤々と枯れ尽くす
銀杏散る番所近くに御用窯
(16/10)
灘五郷蔵を巡りて今年酒
秋夕焼軍艦島の光背に
敬老日米寿手形の朱の深み
柿簾今年の出来を子に電話
父逝くや従兄弟再従兄弟の秋彼岸
(16/09)
台風の進路予想に子の電話
消印を見れば旧友秋遍路
秋澄むや白磁に藍の花鳥文
山閑美男蔓に朱の兆し
白骨林総身研ぎたる秋の水
(16/08)
声明の遠く聞こゆる今朝の秋
墓洗ふ褪せし供花を詫びながら
穂芒に温みの残る里の夕
杣道の中にほつほつ野紺菊
原爆忌祈りのために生かされて
(16/07)
入賞にひとつ届かずビール酌む
おはぐろのなほ閑なり沢の上
アマリリス臆せず話す帰国子女
夕凪やスピンネーカー緩く張る
鷺草の水の中より飛び発てり
(16/06)
空蝉のなほもしっかと草を抱く
付け文とふと疑ふて落とし文
リール巻く青べら瑠璃の日を弾く
釣り仕舞ひ帰帆のどかに沖鱠
林立のマストの上に雲の峰
(16/05)
少年の声の馨れる菖蒲の湯
菖蒲湯や女児も混ざりて香に戯るる
肥後六花地震の響きに噴井絶ゆ
地震の空雛を探して親つばめ
雨上がり老鶯一声魁ぬ
(16/04)
月朧名画館には岸惠子
花篝女人抜襟深くして
山桜あの辺りより峠道
けふもまた散華のごとく藪椿
鶯や濃茶茶碗を手にとどむ
(16/04)
少年の声の馨れる菖蒲の湯
菖蒲湯や女児も混ざりて香に戯るる
肥後六花地震の響きに噴井絶ゆ
地震の空雛を探して親つばめ
雨上がり老鶯一声魁ぬ
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