部屋に戻って、暖房を付ける余裕も無く手を伸ばして。
 けれど、そんなことも気にならないくらい、熱はすぐに押し寄せてきた。
「…っ、はぁ…」
 胸に口づけを落とされ、直に肌を探られただけで息が上がる。緩やかに動くそれに苛立ちを感じて、自分から京一の首を引き寄せて唇を重ねた。
 穏やかな愛撫じゃなくて、もっとはっきりとした証が欲しい。

 今、ここに京一が居るという証が。

 指が触れて熱を帯びた部分を、唇が辿っていく。ぞくりと背中に走る感覚に逆らうことなど、全く考えもつかなかった。
「…ん、ふぅ…」
 弱い部分に歯を立てられ、堪える事もなく声を漏らすのにも躊躇いは感じない。
「今日は、ずいぶんと素直だな…」
 笑みを含んだ声でからかうように告げられても、いつもなら覚える反発は湧いてこなかった。
「悪い…かよっ」
「いんや、俺としては非常に嬉しいけど、な」
 その言葉と共に、既に熱を持っている自身を直接握り込まれて、声もなく仰け反る。2、3度擦られただけで、限界はあっけなく訪れた。
「……っっ!」
 息を吐く間もなく、足を抱えられ、達したばかりの自身を嘗め上げられて。
「…や…ぁっっ」
「嫌か?」
「ちが…も…っとっ!」
 追いつけないほどの熱を与えられても、まだ身体は欲しがっている。
「…辛いだろ?」
「……かま…な…」
 まともに言葉にならない分、熱を籠めた視線で訴える。望みはすぐに叶えられた。
 乱暴と言えるほどの手つきで蕾を探られて、息が詰まる。蠢くそれを意識する間もなく、引き抜かれて、比べようもない熱が押し入ってくる。
「う…くっ…っ」
 息を詰めて、無意識に逃げを打つ身体を制して。
「平気か?」
 常より低いその声すら、熱を上げる要素でしかなくて。
「お前は、ずるい…っ」
 思わず零れた言葉を聞きとがめたのか、京一がふっと笑った気配がした。
「何が、ずるいって?」
 言葉と共に突き上げられて、目の前が真っ白になる。

 なにが、ずるいって。

 まるで、溺れているのが自分だけのように、京一に余裕を感じること。

 自分は、声だけでおかしくなりそうな程、狂わされているのに。

 どうしてこんなに―――
 早くなる律動にそれ以上考える余裕もなく、嵐の波間に投げ出されたように、快楽の波が押し寄せてきて。
 何も考えられなくなるリズムに、龍麻は強く目を閉じた。


☆☆☆

 ベットに沈んでいる頬をそっと撫でても、龍麻はぴくりとも動かなかった。無体を強いたから多少のことでは起きないだろうとは思ったが、完全に意識を飛ばしているらしい。
 指に髪を絡めて引いてみても、見事なまでに反応が無かった。
 それを確認して、投げ出していた服を引っかけると、袱紗を手に京一はベットから抜け出した。
 まっすぐにベランダに面した窓に向かい、からりと開けてベランダに出る。
「やっぱ、ついてきてた、か」
 そこには、あり得ない空間が広がっていた。

 龍麻の部屋は、マンションの12階にある。そのベランダから外を望めば、そこには新宿の街並みが広がっているはずだった。

 しかし、そこに広がっていたのは。

 一面の、桜。

 その奥から、何かが低く呻いているような音と共に、何かが姿を現そうとしていた。

 その様子に驚く事もなく、京一は袱紗を振り落として木刀を抜いた。
「アイツの身体に嫌な氣がまとわりついて残ってたからな…んなこったろーと思ってたぜ?」
 空気の密度が、変化する。
 不穏な気配は、確実に増えていく。
「どーせあいつの氣に惹かれて出てきたんだろうがな…」
 京一は酷く酷薄に見える笑みを浮かべた。
「アイツは良い声で啼くだろう?無茶苦茶煽ってくれる顔をするだろう?あんな気配を振りまかれちゃ、お前らだって大人しくなんて出来る訳ねーよな?」
 京一の声に応えるかのように、桜色の闇の向こうから、屍人の一群が現れる。ぽっかりと開いた眼窩に輝く異様な輝きが数を増していく様はこの世の眺めではないようだった。
 ちらりと唇を舌で湿すと、京一は木刀をゆっくりと構える。
「けど、な…」
 あまり派手にやれば、眠る龍麻に気づかれる可能性もある。細心の注意を払って、しかし確実に集まった屍人を一掃できる『氣』を籠めて。
「あれは俺のものだ。お前らには髪の毛一本だってやんねーよ。本当は見せるのも業腹だけど、それを言うとあいつは怒り出すから、な…」
 そのまま、構えた木刀を一閃させると、声にならない悲鳴と共に、花びらが一面に舞い散った。



 いつもの夜景を取り戻した窓を背に、引っ張りだした携帯電話を耳に当てる。
《……はい》
 2回を待たずに出た相手に、用件のみを口にする。
「今晩、中央公園に出た。妖氣が凝って『場』が出来たらしい。なんか心当たりあるか?」
 相手の確認も、名乗る事もなくいきなり本題に入った京一にも、電話の相手は驚かなかった。
《…心当たりと言うべきか、もしかしたらという可能性は考えつかなくもないが》
「雑魚だとは思うけど、獲物を『場』に引き込むだけの力も持ってる。根本はかなりしぶといかもしれねェし。一応は始末つけたけど、まだ残ってるのが居るかもしんねェ。後を頼むわ」
《手を回しておこう。しかし、しぶといとは?》
「ここまで引っ付いてきやがった」
 京一の言葉に、電話の主は少し驚いたようだった。
《そこは、まさか…?》
「マンションの部屋」
《龍麻はそれに気づかなかったのか?》
「名残みてーなモンだったからな。放っておけば消えたかもしんねェが、引っ付けておくのもムカついたから、煽って引っ張り出して消したけどよ」
 京一の言う、『煽る』行為が何を意味しているのか、知らない相手ではない。
《…それで、龍麻は?》
「寝てる」
 簡潔な答えに、電話の主は深い溜息を吐いた。
《…君達の関係に、口を出す気はないんだけど、ね。あまり龍麻に負担を掛けないでもらいたい》
「しかたねェだろ。俺に我慢を求めるのは間違ってると思わねェ?壬生?」
 京一の言葉に、壬生は呆れた声で答えた。
《君に我慢なんて求めるつもりはないけど、結果、龍麻に負担が行くのなら、それも考えなくてはいけないな》
「今日はひーちゃんから求めて来たんだぜ?」
 噛み合わない会話に、壬生が再び深い溜息を吐いた。
《……龍麻が、それを許すのは君だけだ。龍麻がそんなにまで君を求めたというのなら、その意味をもう少し考えて欲しいけどね》
「当たり前だ。他の奴になんて、許すかよ」
 普段は人当たりの良い龍麻が本気で不機嫌を晒すのも、強引な我が儘に文句を言いながら付き合うのも、腕に縋ってあえやかな声を上げるのも。

 全て、自分だけでいい。いや、自分だけしか許さない。

 京一の声に何を聞いたのか。
《…中央公園の件は、手を回しておくよ》
 そう言って、壬生は電話を切った。



 ベットに戻ると、相変わらず龍麻は身動き一つせずに眠っている。それでもそっと隣に滑り込めば、気配を察したのか、僅かに身じろぎした。
 頬にうっすらと残る涙の跡を指で辿れば、睫毛が微かに震える。それでも目覚めない龍麻の顔を、京一はじっと眺めた。
 目を閉じているだけで、印象ががらりと違う。疲労を映して生気の失せた人形のように見える容貌は、しかしそれでも十分に美しかった。
『お前は、ずるい…っ』
 ふと、先刻の龍麻の言葉が蘇ってきて、京一は苦笑を浮かべた。
「今日は、ちょっとやりすぎたか…?」
 龍麻が、クリスマスに対して持っている拘りにはすぐに気が付いた。その、妙に京一を意識した態度を思えば、理由など考えるまでもない。
 クリスマスは、龍麻と初めて肌を合わせた日でもある。
 多分、龍麻は離れていた間のクリスマスを思っていたのだろう。
 抱き合うどころか、声さえ交わさなかったその間のことを。
 それがわかったから、今日は遠慮も何もなく抱いた。
 求められて、それに溺れきってしまうのを押さえるのは、京一とて楽なことではなかったのだけれども。



 龍麻は、いわゆる『人外の存在』を異常に惹きつける。
 あの闘いの中でもそうだったのに、日常に帰った筈の今でさえ、その輝きは闇に生きる存在を惹きつけて止まないらしい。
 それはもう性のようなもので、龍麻がこの先生きていく上では避けて通れない問題で。



 だから、京一は単身中国へ渡った。
 『力』を手に入れる為に。
 この将来(さき)、共に歩むためにはどうしてもそれが必要だったから。



 5年間、一度も連絡をしなかったのは、京一にとっても賭だった。
 無事に、元気でいることだけは、劉や壬生、他の仲間達を通して窺ったが、詳しいことは聞かなかったし、こちらからは一度も連絡を入れなかった。
 結果、5年の間、龍麻が何を考え、どう過ごしていたのかは全く知らない。
 そして5年後。
 帰国して最初に訪れた部屋の主は変わらず龍麻で、予告もなく訪れた京一を黙って部屋に招き入れた。
 飢えていた存在に我慢できなくなって手を伸ばして―――
 それに応えるように、背中に回された腕を感じた時、京一は、完全にこの賭に勝って―――そして敗北したことを悟ったのだった。
「狡いのは、どっちだよ…」

 自分は恐らく、もう二度とこの存在を手放せない。

 龍麻の力を知り、信頼していてもなお、異形の者に一人で対峙しようとするのが許せないほどに。
 本音はどこかに隠して閉じこめておきたいくらいだが、それは叶わない事でもある。

 龍麻は、何の力もない護られるだけの存在ではないから。
 そして、そんな部分にも確実に惹かれている自覚もあるから。

 護りたい想いと、それに甘えるのを是としないつよさを愛する気持ち。

 その二律背反は、きっと永遠に京一を苛むだろう。


 この、綺麗で蠱惑的で―――どこか危険な生き物に一番深く捕らわれているのは、異形の者などではなくて、間違いなく、この自分。

 龍麻が、京一が傍らに居なかった5年間を思って、より深く京一を求めるのなら、それは望むところだ。
「5年、なんて…安いモンだろ?」
 この将来(さき)の時間を考えれば。
 5年の間に味わったものに、龍麻が不安を感じて、より深く自分を求めるのならば。
 京一の持つ飢えに、龍麻が同調するのなら。
 それは京一の望みでもあるから。
 その代価として5年が必要だったのならば、それは仕方のないことだった。




「…京一?」
 掠れた声で名前を呼ばれて、我に返れば龍麻がこちらを見ていた。僅かに腫れた瞼と唇が目について、吐き出すだけ吐き出した筈の欲望が再びどくんと脈打つのを感じる。
「シャワー、浴びるか?」
「ん…」
 動くのも億劫そうな龍麻が、それでも京一の言葉に反応して身を起こそうとする。それを押さえ込むように覆い被さって、その首筋に顔を埋める。
「…って、おい…」
 驚いた風に身を捩る龍麻の耳に、熱を籠めて囁いた。
「まだ、足らねェよ」
 びくんと揺れる肩に舌を這わせれば、龍麻は、一瞬の躊躇いの後、首に腕を巻き付けてきた。
「今日だけ、だからな?」
 顔を少し上げて視線を合わせれば、熱に浮かされたような龍麻の視線が絡みつく。
 いつもは深く隠されて、我を忘れて抱き合っている時にしか見られない、”飢えている”眼差し。
 普段はそれを隠そうとする龍麻の意地を知っているからこそ、殊更に愛おしいもの。
 京一はふと笑って、視線を絡ませたまま、唇に口づけた。

 もっと、欲しがればいい。

 俺が、お前に飢えているように、お前も俺に飢えて求めればいい。
 そうすれば、もう失う恐怖など気にせずに笑っていられる。

 口づけは酷く甘く、切ない香りがした。