京一の想い人は、いつだって目が離せない。 勿論、京一にとっては『惚れている』要素が大きいのは事実だが、通りすがりの人間の視線を集めている事も珍しくない。 それには、すっきりとした立ち姿や、秀麗な顔立ちもさることながら、その雰囲気に負うところが大きい。何というか、雰囲気がとにかく鮮やかで、気が付けば目を奪われているのだ。 行きずりの人間でさえそれなのだから、その周囲に集まる人間に於いては何をいわんや、である。 その気持ちはわからなくはない。 否、はっきり言ってよくわかるのだが、だからといってはいそうですかと頷けるかと言えば、それはそれで別問題だ。 ―――特に、それによって京一自身にまで累が及ぶとなれば尚更。
「取りあえず、場所は如月クンの家だよね?」 小蒔の確認に、醍醐が頷く。 「ああ、あそこなら全員で集まっても大丈夫だろう。時節柄、何かと忙しい者も多いだろうが、都合が合えば顔は出すだろうしな」 「ふふっ、あんまり羽目を外すと、あの若旦那は怒り出すけどねぇ」 「あいつ、そーゆーとこ妙に爺臭いんだよなぁ。けど、緋勇のことを出せば全然問題なくOKすると思うぜ?」 藤咲と雪乃の会話に、雨紋が思い出したように口を挟んだ。 「ま、龍麻サン絡みで如月サンが承諾しない筈はないだろうしな。確か、さやかちゃんも都合合わせて来るって言ってたぜ?」 それを聞きとがめて平静で居られないのは紫暮である。 「なにっ、ま、舞園が!?本当なのか雨紋!!」 「ああ、忙しい時期だけど、予定空けるって言ってた。京一の時は結局、あの早とちり馬鹿の所為で散々だったしな」 「オゥ、さやか!かわいいネ〜」 「うふふ、本当に、賑やかなお祝いの席になりそうですね」 華やぐ空気に、お祭り大好きの面々も黙ってはいない。 「さやかちゃんも来るとなれば、俺っち達も頑張らないとな!行き過ぎたファンからアイドルを守るのも正義の味方の役目ってな。特にリーダーとしては、彼女を守る栄誉に十分応えないと」 「ふっ、それはこのブラックにこそ相応しい役…粗暴な赤は外回りでもしてくればいい。彼女は俺が守る」 「なんだとっ!」 「なにをっっ!」 「ちょっと、二人とも!!いい加減に…」 そこまで来た時点で、京一が切れて叫んだ。 「だーっ、喧しいお前ら!!特にそこの赤と黒!ここは喧嘩の場所じゃねぇ!ってか大体、なんでお前らがここに居るんだよっ!!」 その怒声に、小蒔、醍醐、藤咲、雪乃、雨紋、紫暮、アラン、雛乃にコスモ三人組が揃って京一に視線を当てる。代表するかのように、小蒔が息を吐いて口を開いた。 「なんでって、決まってるよ?卒業記念打ち上げ兼、ひーちゃんの誕生祝いを相談するのに集まってるんじゃないか。もう忘れたの?……もしかして若ボケ?」 「だぁっっ、誰が若ボケだっっっ!俺が言いたいのは、なんでその相談をここでやるか、って事だっ!」 頭から湯気が出んばかりの勢いの京一に対し、小蒔はけろりとしている。 「そりゃ勿論、ここが一番便利だったからに決まってるよ。今回如月クンとこは使えないし、ひーちゃんとこは論外だし…場所柄も良く、人が集まっても構わないところなんてそうそうないもん」 「だからってなぁ!なんで俺の家でやる必要があるんだよっっっ!!」 「何言ってんのさ、京一。ひーちゃんの誕生日の計画だよ?普段相棒とか親友とか言ってる癖に、こういう時に役立たないなんて、おかしいよ」 「う…けど、それとこれとは違うだろうが!こんな鮨詰め状態で何の相談が出来るってんだよ!?」 京一の怒声は無理のない話で、特に広いとは言い難い、一般的な一家庭の居間である蓬莱寺家に、、やたら大きいのから小さい者まで、男女取り混ぜて12人がひしめいているのである。はっきり言って既に足の踏み場はない。 「うーん、確かにちょっと狭いかもねぇ」 藤咲がくすりと肩を竦めれば、 「はははっ、確かにちょっと窮屈かもなぁ」 と、紫暮も同調する。 「仕方ないネ!日本の家はウナギ小屋〜ヒスイの家が特別ネ!」 「アラン、そりゃ、ウサギ小屋だろ…」 「ぶっっ、上手いこと言うな、アラン!」 突っ込む雨紋に、雪乃が笑い声を上げる。 「お前ら…いい加減に…」 低く唸り声を上げる京一に、向き直った雛乃が指を突いて丁寧に頭を下げた。 「申し訳ありません、蓬莱寺様。ご迷惑だとは思ったのですが、何分時間もない事ですし、ご迷惑を承知で押し掛けてしまいました。ご迷惑をお掛けしている事、深くお詫び申し上げます」 深々と頭を下げられて、京一は逆に慌てた。これが嫌味でやっていることなら気になどしないのだが、生憎と雛乃は本気で頭を下げている。それがわかるし、何より雛乃が悪い訳ではないので、こんな風に頭を下げられれば京一としては慌てるしかない。それに、こんな形の謝罪を黙って見過ごしてくれるほど、ここに集まっている面子は優しくない。 「ひ、雛乃ちゃん、頭上げてくれって!何も俺は怒ってる訳じゃ…」 焦って頭を上げさせようとするのだが、案の定、突っ込みはすぐに来た。 「きょーいち…あんたの取り柄は女の子に優しい事だけだと思ってたのに、ちょっと酷いんじゃない?」 小蒔の言葉に、雪乃も同調する。 「これだから軟派野郎は…雛、そんな奴に頭下げなくてもいいって」 「女の子にこんなことさせるのは正義に反してるぜ?蓬莱寺」 と、黒崎が眉を顰めれば、紅井も大きく頷く。 「そうだそうだ。正義の味方は虐めとも断固として闘うぞッ!」 「喧しいッ!お前らにんなこと言われたくねェッ!」 そう喚いて京一はがしがしと頭を掻いた。こんな風に出られれば、京一としてはそれ以上何も言えなくなるではないか。しかし、黙っている事も出来なくて、ついぶつぶつと零してしまう。 「ったく…だからって無茶にも程があるぞ…」 おさまらない京一に、雨紋が肩を竦めた。 「ま、仕方ねぇよ。如月サンとこには龍麻サンが時々顔出すし、まさか龍麻サンとこに押し掛ける訳にもいかないしな。丁度親が居ないなんて小蒔サンに口を滑らしたアンタも悪い。貧乏くじだと思って諦めろよ」 それに追い打ちをかけるように小蒔が付け加えた。 「それに、ここでやったら京一の監視も出来て一石二鳥だしね!」 「監視って…こらまて小蒔。そりゃどーゆー意味だ!」 「だって、放っといたら京一はひーちゃんとこに入り浸るだろ?今は大事な時期なんだからそっとしておいてあげないと」 「大事な時期ってなぁ…あいつはもう、試験も何も済ませてるだろうが!」 しかし、その答えに対して帰ってきた反応は実に冷ややかだった。 「それでも、だよ!京一はひーちゃんにべったりしすぎなの!!」 思いの外きつい言葉に京一が鼻白んでいると、追い打ちをかけるように他の者も頷いた。 「ふふっ、言えてる。無理矢理押し掛けそうな感じだねぇ」 「確かに、そんな感じはするな」 「いつも入り浸りって聞いたネ!」 「入り浸りだと確かに龍麻サンも嫌になるよなぁ」 頷き合う一同に、握りしめた京一の拳が震える。 「おまえら…俺をなんだと…」 鼻息の荒い京一の肩を、最後まで黙っていた醍醐が無言で叩いた。 「醍醐!お前まで…!」 「……諦めろ、京一。アレには勝てん」 醍醐が指した先には、既に京一の事など忘れて段取りについてあれこれと話を進めている一同の姿がある。 まるでつい先刻の事など忘れ去ったかのようなその姿に、京一はがっくりと肩を落としたのだった。
からりと戸の引かれる音に視線を上げ、その先に見慣れた人物を認めて如月はにこりと笑った。 「やあ、いらっしゃい」 どちらかと言えば、気難しいとか鉄面皮とかと呼ばれる事の多いこの若店主が、無条件で笑顔を見せる相手は限られている。 「邪魔したかな?」 広げられた道具類を見て首を傾げる龍麻に、如月は笑って首を振る。 「ちょっと整理をしてただけだよ。無精をして仕入れた物をそのままにしておいたんだが、今度、皆が集まるというからね。場所を空ける意味でも少し、ね」 「集まる?卒業式の後でやる打ち上げか?」 「いや…聞いてないのかい?」 尋ねられて、龍麻は首を傾げる。如月はちょっと困ったように笑って続けた。 「さて、内緒だったのかな?卒業式の前に、お祝いをするんだと張り切っていたが…」 「お祝い?」 「もうすぐ、君の誕生日だろう?」 言われて、龍麻は目を何度か瞬かせた。 「そう言えば…そうだった」 「桜井さん達が、随分張り切っているみたいだよ?」 「そっか…それは楽しみだな」 嬉しげに笑う龍麻に、如月も笑み返した。 「僕がばらした事は、桜井さんには内緒だよ?…さて、丁度一息つこうと思っていたところだ。お茶でもどうだい?頂き物の菓子があるんだ」 「ああ、ご馳走になろうかな?」 手にしていた茶器を机上に下ろして立ち上がった如月を見送って、龍麻は机上に並ぶ道具類を興味深げに眺める。 手は出さないものの、何時までも眺めていそうな龍麻に、盆を運んできた如月が苦笑して声を掛けた。 「興味があるなら、説明しようか?」 湯気の立つ茶碗を差し出されて、龍麻は微笑んだ。 「いや…聞いても、ちゃんと覚えてられるか自信がない。見てるだけでも楽しいよ。この色とか…由来を忘れても、鮮やかさは多分忘れないだろうし」 龍麻の指した鈍色の茶碗を手に取って渡しながら、如月は納得したかのように頷いた。 「なるほど…確かに、それは真理だね。いくら言葉を重ねて来歴を語っても、その物の持つ輝きの前では、それは意味のない羅列に過ぎない」 頷く如月に、龍麻は笑った。 「如月は納得しちゃ駄目だよ。客はわかんないんだから、蘊蓄は店主担当だろ?」 「そりゃ、違いねぇな」 店の奥からひょっこりと顔を出した男に、龍麻は目を見張った。 「来てたのか、村雨。もしかして邪魔した?」 明らかに寝起きとおぼしきその格好を見ての言葉に、言葉を挟んだのは本人ではなくこの家の主だった。 「龍麻、こんな男の事は気にしなくていい。気にするだけ時間の無駄だ」 「おいおい…随分な言い草だな。仮にも客だぜ?そこまで言う事はないだろうに」 苦笑いを浮かべる村雨に、如月は冷ややかに応じた。 「勝手に家に上がり込んだ挙げ句、その場で寝入ってしまうような男を客に迎えた覚えはないな」 「ちゃんと届け物もあっただろうが。…おい、茶はないのか?」 菓子皿に盛られた最中の山に伸びた村雨の手をぴしゃりと叩くと、如月は無言で奥を指した。 「自前かよ…ついてねェな…」 文句を言いつつも奥へと引っ込む村雨と、それをきつい眼差しで追っている如月に、龍麻はぷっと吹き出した。 「相変わらず、仲が良いな」 「止してくれ、性質の悪い冗談は」 うんざりとした表情の如月に、龍麻は笑いを浮かべたまま茶を口に運ぶ。 「そう?冗談のつもりはないんだけど?」 「それなら尚更、そんな事を口にしないでくれ」 眉を顰める如月を、茶碗を手に出てきた村雨が見咎めて首を傾げた。 「何の話だ?」 「貴様には関係のない話だ」 その素っ気ない反応に、龍麻が再び吹き出した。 「ホント、冗談じゃないつもりだけど…」 「龍麻!」 これ以上笑うと本気で怒り出しかねない雰囲気を悟ったのか、龍麻はやっと笑いを収めた。 何やら、口を出したら拙い雰囲気を悟った村雨も、大人しくいれてきた茶を啜っている。 「そういや先生、ガッコ決まったんだって?」 雰囲気を変えるように村雨が口にした話題に、今度は龍麻の眉が僅かに寄った。 「ああ…一応ね」 「ま、先生のことだから心配なんざ最初っからしちゃいねぇが、一応おめでとうつっとくぜ」 「はは、ありがと。けど、そう言われると言いにくいっていうか…」 軽く返事を返しながらも、龍麻の目は何処か泳いでいる。 その様子に気づいた如月が首を傾げて、訝しんだ。 「龍麻?」 そこへ、からりと戸が開いて新たに壬生が顔を出した。 「やあ、いらっしゃい」 反射的に声を掛けた如月に軽く会釈すると、壬生はまっすぐに龍麻の元へと歩み寄った。 「龍麻、ちょっといいかい?」 見るからに硬い表情の壬生に、龍麻は息を吐いて向き直る。 「ここで、いいよ。もう聞いたのか?」 まるで頓着のない様な龍麻の様子に、壬生は何とも複雑な表情を浮かべた。 「では…本当なんだね?大学進学を止めるというのは」 意外な言葉に、如月が驚いて龍麻を振り返った。 「止めるって…どうしてまた?」 「まぁ、ちょっと気が変わったというか…」 「今頃、かい?」 如月に続き、壬生も不審を露わに問いかける。畳みかけるように尋ねられて、龍麻はなんとも言えない笑みを浮かべて肩を竦めた。 「色々と、考えるところがあったんだよ」 その悪びれない物言いに、村雨が小さく笑った。
「ガッコを替えるって訳でもねぇんだろう?何か思い立った事でもあるのかい?それとも………止めんのは、最初からの予定かい?」 その言葉に、如月と壬生がはっとなり、龍麻は一瞬表情を止める。すぐに、
「最初からの予定って…なんだよそれ?」 と応じたものの、その一瞬で答えは知れたようなものだ。 黙り込んでしまった一同の上に、奇妙な沈黙が落ちる。 普段、殆ど表情から内心を読ませない龍麻が、微妙に視線を逸らしている。それを見れば、龍麻が何の理由でこんな事態を選んだのかはすぐにわかった。
冷静で、いつも穏やかで、どんな事態にも余裕を崩さない龍麻が、唯一それを『乱す』理由。
客観的に見れば決して長くはない付き合いだが、ある意味、これ以上はないというほど深く付き合ってきた仲間内では誰もがそれを知っている。 如月は複雑な表情で眉を寄せ、壬生は何かを言いたげな顔で龍麻を見ている。その、どちらの視線をも受け止めて龍麻は肩を竦めた。 「そんなに複雑な顔しなくても、一応、考えての決断なんだけどな?それにまだ……はっきり決めた訳じゃないし」 それを聞いて、更に如月の表情が複雑なものになる。 「勿論、君の決めた事をどうこう言う気はないよ。しかし、止めてどうするつもりだい?」 「それはまぁ…色々と」 曖昧に笑う龍麻に、壬生も息を吐いた。 「龍麻、館長も心配してる。何か、考えがあるのなら、勿論それはいいことだけど…差し支えなければ聞かせて欲しいな?」 「鳴滝さんも紅葉も、心配性だよな…俺、そんなに頼りないか?」 小さく首を傾ける龍麻の仕草に、壬生は再び息を吐く。 「龍麻、そうじゃなくて…」 「意地でも言いたくないってか?」 楽しそうにくつくつと笑いながら、村雨は龍麻の顔を覗き込んだ。 「あーあ、先生もことこれに関しちゃ、意地っ張りが抜けねぇなぁ?はっきり決まってない訳じゃないんだろう?」 「どういう意味だ」 少し憮然とした風に言う龍麻の手に腕を伸ばして引き上げると、村雨はそのまま腰をぐっと引き寄せた。 「村雨さん…!」 脇で慌てる壬生を余所に、そのまま顔を近づけて耳元に口を寄せる。 「そんなに、あいつがいいのかねえ?」 「………」 次の瞬間、腕の中の身体にひやりとした冷気を感じて、村雨は硬直した。 別に、何かをされた訳ではない。ただ、龍麻が回された村雨の腕に軽く手を掛けただけた。それだけの事で、村雨の身体は凍り付いたように動かなくなった。辛うじて動く視線を巡らせると、夜の闇を切り取ったかのような眼差しが、村雨を静かに見据えている。 「村雨」 呼ばれる名は確かに己のもの。涼やかな、少し押さえた響きの龍麻の声。しかし宿る響きは何処か、違う。 吸い込まれそうな眼差しの奥にある光に、村雨は動けずに息を呑むだけだった。背中を、冷たい汗が流れ落ちていく。どれほどの時が流れたのか、ふと龍麻が視線を外した。 「放してくれ」 その一言に、強張っていた筈の村雨の身体が反応する。 解放された龍麻は、そのまま戸口へと向かい、 「如月、お茶、ごちそうさま。紅葉、またな」 と言い置いて出て行ってしまった。 強張った空気の中で、最初に動いたのは如月だった。 「馬鹿か、君は」 ある意味、先刻の龍麻のものよりも遙かに冷たい響きの言葉に、村雨は逆に解放されたかのように龍麻が腰を下ろしていた三和土の段に座り込んだ。 「……っ、流石に効いたねぇ…」 深々と息を吐く村雨に、壬生は困惑を隠さない眼差しを向ける。 「村雨さん…あんなことを言えばどうなるか、わからない訳ではないでしょう?」 「へっ、俺はどうにも、虎の尾を踏まずには居られない性質でね」 「虎の尾では済まないでしょうに…」 呆れた表情の壬生に、村雨は幾分色を失った顔を引きつらせつつも笑んでみせた。 「確かに、虎どころじゃねぇな。『氣』だけでこの俺を押し止まらせる事が出来るなんざ、あの先生くらいなモンだ。ったく、肝が冷えたぜ…」 ごろりと仰向けに上半身を倒した村雨の肩を、如月は容赦なく突いた。 「そんなところで横になられては迷惑だ。とっとと出ていってくれ」 怒り収まらずと言った感のある如月に、村雨は恨めしげな視線を向ける。 「そこまでしなくてもいいだろう?一応さっきのがまだ効いてんだ。邪険にするなよ」 「自業自得だろう。同情の余地など欠片も無いな」 言い切る如月に、村雨はふと皮肉な笑みを浮かべた。 「まぁ、な。わかっててやった事だが…ありゃ、俺の正直な疑問だぜ?あの先生が、唯一思う様にならないものがあの野郎ってのは、俺にはどうも、な…」 その言葉に、如月の顔に苦笑が浮かぶ。 「仕方ないだろう。あの男―――蓬莱寺は特別だ。以前からね。僕らにとって彼が特別であるように、龍麻に取っては蓬莱寺は特別なのさ。僕にも理由はさっぱりだけどね」 そう言いながらも、如月の語調はどこか捌けている。 「そう言えば、如月さんは龍麻が東京(ここ)にやってきた頃から、彼らを知っているんでしたね」 壬生の言葉に、如月は頷いてみせた。 「確かに、あの頃から彼らは変わらないね。龍麻が我が儘を言うのも、奇妙な所で意地を張って素直に接しないのも、蓬莱寺だけだ。尤も、蓬莱寺がそれを自覚してるかは別だが」 「へェ。その頃から今の調子だったのかよ?それでそのまんま一年か…ご苦労なこった」 肩を竦めた村雨に、如月は複雑そうに息を吐き…そしてふと、楽しげな笑みを浮かべる。
「さぁ…そうだ、賭けてみるかい?卒業までに連中に進展があるかどうか」 「賭け、ですか…」 壬生も笑い、少し考える表情になる。 「あの調子では龍麻は、言わないでしょうね、自分からは。蓬莱寺次第でしょうが…」 「今まで呆けていたあの男が、急に上手くやれるとは思えないね」 同じ結論に達した二人に対し、村雨は面白そうに顎に手を当てた 「じゃ、お前さん達は進展がないに賭けるかい?」 予想外の言葉に、如月は少し目を開いて村雨を見る。 「君は、あの蓬莱寺に現状をどうこうする甲斐性があると思うのか?」 あんまりと言えばあんまりな言葉なのだが、村雨はそれに同意するように笑う。 「ま、確かに不満を言えばキリがねェだろうが、そう捨てたもんじゃないだろうよ。それに…」 先程の言葉を覆すかのような事を言って村雨は、にやりと口の端を上げた。 「なんつっても、先生は俺以上の勝負師だからな。―――さぁ、何を賭ける?」
「じゃあ、明日。如月君の家で」 「忘れて遅れてきたら罰ゲームだからね!」 「わーってるって!しつこいぞ小蒔!」 「あはは、じゃね!」 手を振る小蒔と葵にに片手を振って応えると、京一は自販機でコーヒーを買うと、駅前の雑踏をすり抜けて道端の花壇の柵に腰を下ろした。 バイトの時間まではまだ少しあるのだが、家に帰っているほどの時間はない。未だ冷たい風に身を縮めつつ、手の中のコーヒーの温もりで、少し暖まったような気分になる。 「ったく、小蒔の奴、最後まで引っ張り回してくれたよな…」 思わず口をついて出るのは愚痴めいた嘆き。結局、連日のように準備だ何だと付き合わされ、気が付けば一週間以上、龍麻の顔を見ていない。まぁ、それは京一にとっても都合の良い事ではあったのだが、結構忙しい身を振り回されるとなれば話は別だ。 しかし、龍麻の誕生日が祝えないのかとか、親友じゃなかったのとか言われれば、断る訳にもいかない。仲間内への連絡や調整に買い物、果てはプレゼントの選択にまで付き合わされたとくれば、疲労も溜まろうというものだ。 「……………」 思わず深々と漏れた溜息の苦さに気が付いて、京一は苦笑した。 「ひーちゃんも、こんな苦労したのかねぇ…?」
一月程前の、自らの誕生日の事が思い出される。あの時は龍麻が、色々と準備に走り回ってくれたらしい。 尤も、京一はその成果を殆ど目にする事はなかったのだが。 填められた様な形で呼び出され、伝えられずに煮詰まった想いを抱えたままその場を飛び出した京一を、龍麻は旧校舎まで追いかけてきてくれた。 堪えきれずに心情を吐露し、それに対して応えるように首に手を回されて…… もしかしたらという希望と、高望みを戒める気持ち。両方に急かされて答えを求めたけれど、やっぱり龍麻は一筋縄ではいかなかった。 条件として自力での贈答品確保を条件に出されて。 結果、手に入れた力―――阿修羅は、今、京一の腕の中に収まっている。 だが、京一が220階まで潜って阿修羅を拾った時には、世間様は見事に朝。龍麻はすっかりその場で寝入ってしまっていた。あんな物騒なところで居眠り出来るなど、龍麻ぐらいのものだ。そして当然、『続き』はお預けで。 あの時ばかりは、京一も自らの運の無さを恨んだものだ。
しかし、とにもかくにも、誕生日の出来事は京一にとって腹を括る良い機会になった。 もう、遠慮も何もしていられない。ちゃんと打ち明けて、中国へ一緒に行こうと改めて誘いたい。しかし、その矢先に龍麻の合格を耳にして……京一の中の決意は形を変えた。 ただ、告げるだけではなくて、何か形をつけたかった。 自分の気持ちや決意を、何かわかりやすいものに。そしてそれには龍麻の誕生日はうってつけだったのだ。 「………っと」 飲み干したコーヒーの缶を握りつぶして立ち上がると、京一はそれを手近のごみ箱に放り込んで歩き出す。 バイトの後には寄る場所もあるし、しなければならない事もある。明日を前に、今日は忙しい一日になりそうだった。
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