口火を切ったのは、とても同じ高校生とは思えない迫力を持つ鋭い目つきの男だった。顎の傷痕が、只でさえ年に似合わない世間ずれした容貌に一層の凄みをつけている。 「で?どうするんだ?」 「どうする、とは?」 不機嫌に応じたのは、秀麗な顔立ちの和服姿の男である。こちらも年に似合わぬ落ち着いた雰囲気の持ち主だが、その表情は恐ろしく苦い。 「面子だけ集めて、お通夜やってもしょうがねェだろーが」 男は、その場に集まった人間をちらりと見渡した。金髪から茶髪、制服姿から黒革のミニスカまで、実に様々な人種が、この場には集っている。 「なら、君が何か建設的な提案を出してみせたらどうだい?君なら、考える時間には不自由しないんじゃないか?」 斬りつけるような言葉に、男の眉が吊り上がる。 「…生憎と、俺は暇じゃネェんだ。アンタと違ってな」 「どうせ賭け事に、だろう?生憎、僕の方こそそんな非生産的なものに時間を費やすほど暇じゃあない。同列に並べて欲しくないね」 お世辞にも建設的とは言えない、陰を含んだ物言いの連続に、沈黙を守っていた茶髪の女が切れて声を荒げた。 「あーもう!鬱陶しいねッ!ここに集まったのはそんな下らない言い争いする為じゃないだろッ!」 「なんだとッ!」 「図星指されたからって、起こるんじゃないよ」 「…ふふふ、藤咲さんの言うとおりだわ」 一斉に、皆の視線が一カ所に集まる。 そこには、たおやかに笑む少女の姿があった。背中に流れる黒髪と優しげな容貌。紅く紅を掃いたような唇には真神の聖女と讃えられる穏やかで優しげな笑みを浮かべている。しかし、その瞳だけは笑っていない。 「この場に居る、とういことは、お送りした手紙に共感いただいたということだと思うのだけれど」 そう、一見なんのまとまりもないようなこの一団には、一つだけ共通項が存在した。 「先生のことって呼び出されちゃ、無視は出来ネェだろ」 「龍麻の事となれば、呼び出しに応じるのは当然だ」 「彼の身に何かあると言われては、表裏の存在として無視は出来ない」 「龍麻は、このアタシが唯一手を出せない相手なんだよ?それに何かあったって日には、静観なんて出来ないねッ」 「龍麻サンが…やっぱ原因はあの男なのかッ?」 彼らの共通項…それは一人の人間だった。 緋勇龍麻。この一年、東京で起こった怪異や異変の中心人物にして、『黄龍の器』の宿星を持つ者。ここに顔を揃えた人間は、何らかの形で龍麻と出会い、彼に惹かれて共に戦うことを選び取った。 その『出会い』に、宿星の導きがあったのは事実かもしれないが、それとは全く切り離しても龍麻は人を惹きつける存在だった。 その龍麻にある異変が起こったことが、この場にこれだけの人間が集まった理由でもあったのだが… それまで沈黙を守っていた長髪の男が、手にした扇子をぱしりと畳んで、口を開いた。 「…龍麻の事ならば、呼び出しに応じるのは当然です。しかし、貴女がそれを言うのがわからない。しかも、我々をわざわざ呼び出して、ね…」 そう、龍麻という人間を間に置くのなら、ここにいる面々はいわゆる競争相手という奴である。もとより仲良く話し合えるような関係ではない。特に、この場を主催した真神の聖女こと美里葵は、周囲の評価とは裏腹に龍麻に関しては遠慮というものを知らない。その過激な性格と行動力は、この場の全員が身を以て知っていた。 「確かに、私たちには過去に色々あったかもしれない。けれど、過去に捕らわれて現在を見失うのは愚かだとおもうの」 「なるほど…貴女をしても手に負えない状況だと。そういうことですか?」 「ええ。はっきり言ってしまえば、そういうこと」 龍麻に近づく人間には容赦なくジハードをかましていた美里が、わざわざ他人を呼びだして協力を仰ぐ。そのことが逆に、美里の感じている危機感を強く表していた。 「良いでしょう。この場は、お話を聞かせてもらいましょう」 全員が聞く体勢になったのを確認し、美里は重々しく口を開いた。 「最近の龍麻…どうも様子がおかしいの。正しくは、龍麻と…京一くん。はっきりとは言えないけど、龍麻の様子に違和感を感じるときにはいつも京一くんが側にいるわ」 仲間内で日常の龍麻と一番近い位置にいるのは、同じ学校に通う5人である。その内、日常的な事にはあまり興味を抱かない裏密を除けば、やはり3ーCという同じクラスに属する4人が行動を共にすることが多い。しかし、その中でも蓬莱寺京一は別格だった。龍麻が真神学園に転入する前は、きっぱりおネェちゃん一筋の極楽男だったのだが、龍麻との出会い以降、すっかり龍麻に入れ込んで、今では親友兼相棒という位置でいつも龍麻の隣にいる。そのことに、ここに集まった面子が不満を抱かなかった筈もないのだが、何せ彼らが龍麻に出会った時には既に隣には京一が居た。最初から同じクラス、隣の席という絶好の位置を確保していた美里でさえ、京一には遅れを取ったのだ。そして戦闘に置いても、京一と龍麻は背中を合わせ、共に戦っている。今までは、それが信頼と友情だったからこそ、内心では大きな不満を抱えつつも手を出さずに見守ってきた…というのが皆の本音だ。それに変化があったとなれば一大事である。 「そう…何か、が違う。なんというか…雰囲気が変わった気がする」 あやふやな口振りだが、美里の目に迷いはない。龍麻に関することでの美里の眼力は皆が知っているので、曖昧な言葉にも突っ込みを入れる者は居なかった。 「二人の間の…空気が違うの。確かめようにも最近いつも、あの二人は一緒にいるから」 「それは、何か?あの二人…何かあったってェコトか?」 「…認めたくはないけど、その可能性もあるわ」 「じょっ、冗談じゃねぇ、それをアンタともあろう女が指銜えて見てたのかよ?」 その瞬間、美里の一瞥が鋭く光った。 「私が、それを静観していたとおもうのかしら?」 「い、いや…」 「手は尽くしたのよ。勿論、手段も選ばなかった。。けれど、私一人ではどうしても無理があって」 そう言って、美里は口惜しそうに唇を噛む。美里がいくら努力しようとも、当の本人である龍麻にその意思が無い以上、仲の良い友人を引き離すことは難しい。 「それで、協力して欲しいと。そういうことですか?」 「そういう事になるわ」 つまり美里は、龍麻に関することで、ちょっかいをかけてきそうな面々を集め、全員を同じ企みに引きずりこむ事で目的を達成しやすくし、余計な横槍が入ることを阻止しようというのだ。 「まぁ…それについてはオレらも立場は同じだ。協力するのに異論はねェよ。が…」 続くはずの言葉は飲み込まれ、沈黙がおりる。考えていることは言葉にならなくてもはっきりしていた。 問題は、誰がそれを確認するか、なのだ。 決して認めたくはないが、万が一、龍麻がそれを認めた場合の事を考えると、誰も手は出したがらない。当然ながら、うっかり正面突破を狙って致命傷を負うのは、誰しも避けたいものだからだ。 当然の指摘に、美里はにこりと笑った。 「ええ、その点に関しては大丈夫。適任者が居るから」
醍醐雄矢は、その日、これまでの人生で最大といってもいい試練に直面していた。 「そういう訳なの。醍醐くん、協力をお願いできるかしら?」 目の前でにっこり笑うのは、大切な友人にしてクラスメートでもある少女だ。校内でも人気の高い美女と差し向かいで二人っきりというのは、男としては喜ぶべき状況なのだろうが、生憎醍醐にはちゃんと想い人が居たし、なにより少女の話は、とてもではないが喜んで聞けるものではなかった。 「ちょ、ちょっと待ってくれ、美里。その、誤解じゃないのか?京一と龍麻が喧嘩、なんて。そんな素振りは無かったぞ?」 京一と龍麻は、どちらも醍醐にとって親友と呼べる存在である。それがいきなり様子がおかしいと聞かされれば驚きもする。 「醍醐くんは、最近あの二人がおかしいとは思わない?」 逆に聞き返されて、醍醐は返答に詰まる。醍醐の目から見た二人は変わらず仲が良く、とても仲違いをしているようには思えないからだ。 「喧嘩なんて、してる風じゃなかったと思うが」 「喧嘩じゃないわ。なんというか、もっと微妙な…空気が違うっていうのかしら?」 微妙な空気などと言われても、自分の鈍さに自覚のある醍醐には理解できない。 「俺には…正直わからん」 「でしょう?だから、はっきりさせたいの」 「いや、そう言われても…」 「じゃあ、醍醐くんはこんな時に万が一の事があって、龍麻と京一くんが怪我するような事態になってもいいの?私も、二人の個人的な問題を言いたくはないのだけれど、戦いの場では一瞬の判断が生死を分けるとおもうの」 口振りはあくまで、にこやかだ。少し首を傾げ、こちらを窺うように微笑む様も、崇拝者が多いのが納得できる可憐さである。しかし、その目は笑っていない。口元は笑っていても、立ち上るオーラは尋常ではなく、なまじ美少女なだけにその迫力は凄まじいものがあった。最後まで言えば間違いなく、ジハードの一つもかまされかねない。真剣に身の危険を感じた醍醐は大人しく口を噤んだ。 「難しい事じゃないわ。醍醐くんは龍麻と会って、上手く聞き出してくれるだけで」 「龍麻と?じゃあ京一はどうするんだ?」 「大丈夫よ、その時には京一くんには別件が入って、その場には居ないから」 その言葉に、醍醐は改めて美里の本気を感じ取った。そこまで手を回しているのなら、下手に断れば災いを招くことは間違いない。だが、抵抗も捨てきれずに醍醐は苦し紛れに言葉を継いだ。鈍い自分と違い、なかなかに鋭い美里が気が付いたのなら、京一と龍麻が何か行き違いがあるのかもしれないが、友人同士の微妙な諍いに首を突っ込むような真似はしたくないのだ。 「しかし、その…それなら、俺に協力などと言わなくても、龍麻に直接確認すればいいんじゃないか?あいつは、真剣に尋ねれば答えてくれる人間だと思うが…」 途端に笑みを消した美里に、醍醐は触れてはいけない部分に触れてしまった事を知った。 「…私のお願いは聞いてはもらえないのかしら?」 それ以上、何か一言でも言ったら最後、間違いなく殺られる。そんな物騒な空気の前に、結局醍醐はただ頷くことしか出来なかったのだった。
醍醐に与えられた指示は、妙に具体的なものだった。次の土曜日…学校は休みなのだが、レスリング部に顔を出して午後3時を2〜3分過ぎる頃に校門を通過するタイミングでそこを出ろ、というのだ。何か言おうものなら即座に実力行使が行われそうな中での指示だったので何も言わずに頷いたのだが、曖昧そうな割にやけに細かい。 幸いにして、部員達は既に引退した部長の突然の訪問を快く受け入れてくれた。以前から何度か顔は出していたので、不審を抱かれることもなかったらしい。ただ、顔を出すというのも格好が付かないので、自主トレの為と部室の片隅を貸して貰う。 久しぶりの部室は少し懐かしく、流す汗が心地よい。無心に体を動かしていると、時間の事はどこかへいってしまうのは以前と同じだった。 だが、しかし。集中する醍醐に囁きかける声があった。 『醍醐』 『醍醐、時間だよ』 聞き覚えのある、しかしこの場で聞こえるはずのない声に、醍醐は思わず耳を疑った。 「き、如月?」 幻聴かと思った…いや、幻聴であってくれれば良かったのだが、その声は確かに醍醐の耳に届いた。 『忘れてるんじゃないかい?今日の君には大事な使命があるということを』 慌てて周囲を見回すが、部員以外の人間はこの場には居ない。気配も感じない。しかし、声は確実な指向性をもって醍醐の元に届いていた。すぐ側でサンドバックに向かう部員にも、それが聞こえている風ではない。 「ど、どこに居るんだ?」 『そんなことはどうでもいい。君はもうここを出なければならない時間だ。予定より若干の遅れが生じているから、着替え等は手早く済ませるように』 「あ、ああ…」 『わかってくれればいいんだ。くれぐれも、気をつけてくれ』 そう告げて、声はぴたりと止んだ。 (そういえば…あいつは忍者だったんだな…) いつも武器や薬を購入する店の若き店主は、自分たちの仲間であると同時に、古き血統の忍びの一族でもあった。額から流れる冷たい汗を努めて意識せずに、醍醐は部員達に切り上げる事を告げた。しかし、部員達はそれが不満だったらしい。 「醍醐先輩、もう少しいいじゃないですか。帰りにラーメン食いに行きましょうよ」 「そうですよ、久しぶりなんだし」 生真面目だが面倒見が良く、頼れる先輩である醍醐は、レスリング部の部員達には高い人望がある。久しぶりに顔を出した醍醐を、彼らが引き留めるのは当然の事だった。 しかし、その時。 風を切る音と共に、部室内に黒い塊が飛び込んできた。 「な、な…」 「なんだぁッ?」 飛び込んできたものはなんの変哲もない普通のサッカーボール。しかし、それがプレハブの壁を突き破ってきたとなれば、少々『普通』ではない。真神にもサッカー部はあるが、グラウンドからこんなところまでボールが飛んでくることはまずあり得ない。 醍醐の脳裏に、戦隊物愛好家で、クールなヒーローを目指しているが、実はサッカーの方でも将来を嘱望されているとある仲間の顔が浮かんだ。 「…何かの偶然だろう」 「し、しかし醍醐先輩!」 壁にめり込み、ぷすぷすとかすかな白い煙を上げているサッカーボールはどう考えても異常である。しかし、醍醐もここでそれを認めるわけにはいかなかった。 「いいから、続けてくれ。壁の修理の話はつけておくから」 この後始末は生徒会の方から美里が手を回すだろう。わかってしまう自分に少々の自己嫌悪を覚えつつ、不審がる後輩達を宥めて醍醐は部室を出た。うろうろしていたら、被害が部員達にまで及ぶのは間違いなさそうだったからだ。 「あれ?醍醐じゃないか?」 丁度校門にさしかかった時、背後から掛けられた声に醍醐は硬直した。 「な、何だ、龍麻か……どうした?今日は休みだろう?」 振り返れば、そこには予測通り穏やかに笑む龍麻の姿があった。告げられた予定通りとは言え、実に見事なタイミングである。 「遠野の、卒業アルバムの編集を手伝ってたんだ。醍醐は?」 「ああ…久しぶりに部の様子を見ようと思ってな。しかし手伝いとは…ご苦労だな」 「いや、具体的なことは遠野にしかわからないから、俺のやったことなんて大した事じゃないさ。遠野の秘蔵写真も色々見せてもらったから、どっちかって言うと俺が楽しませてもらったみたいなもんだよ」 そう言って龍麻は笑ったが、ふと思いついたように尋ねる口調になった。 「そうだ、醍醐は今構わないのか?」 龍麻には会ったものの、この先どうすれば良いのか判じかねていた醍醐は、その言葉に思わず飛びついた。 「あぁ…俺は暇だぞ、とても!何か用があるなら喜んで付き合うからなッ!」 大げさな反応に、龍麻は少し目を丸くしたが、くすりと笑ってポケットから何やら小さな紙を取り出した。 「遠野にお礼だって喫茶店のサービス券貰ったんだ。良かったら行かないか?」 「お、おう。良いぞ。喜んで!」 そこへ。 「あれぇ?醍醐クンにひーちゃん?」 「龍麻オニイチャンに醍醐オニイチャン!」 「桜井にマリィ。どうしたんだ?」 飛びついてくるマリィを優しく受け止める龍麻を余所に、醍醐は再びパニックを起こしかけていた。 (どう…なっているんだ?偶然か?) もし、偶然小蒔達がこの場を通りかかったのだとしたら、彼女達にも先刻のような問答無用の強制排除が行われる危険性がある。そんな事態を見過ごす訳にはいかなかった。 「うんッ。葵と待ち合わせだよ。ちょっと時間が中途半端だから、お茶でもしようかと思って。こないだ葵にタダ券貰ったとこがあるから」 「マリィモ、一緒ニショッピングナノ!龍麻オニイチャン達ニモ会エテ、トッテモラッキー!」 その言葉に、小蒔達が現れたことも美里の計画の一環であることを悟った醍醐はほっと安堵の息を吐く。そんな醍醐を余所に、龍麻と小蒔は目的地が同じであると確認して盛り上がっている。 「なに?ひーちゃん達も同じ店行くの?んじゃ、一緒に行こうよ!」 「あぁ。それじゃ、桜井とマリィにはケーキを奢るよ」 「ほんと?やった!」 「あぁ、折角だし、行こうか…」 言いかけて、醍醐はもう一つの可能性に気が付いた。 …小蒔は、美里の計画を知っているのだろうか? (まさか、桜井も美里のように龍麻を…いやいや、そんな素振りは無かった。しかし…ッ) 密かに思っている少女の事だけに、醍醐の苦悩は深い。 「…醍醐クン、どしたの?」 「今日はなんだかおかしいんだ。けど、行きたいって言ってたから、引っ張っていっちゃおう」 安堵とパニックと不安との間を忙しく行き来する醍醐を引きずるように、一行は喫茶店へと向かったのだった。
目的の店に辿り着く頃には、何とか醍醐も自分を取り戻していた。 (どうだ、桜井がそうだとは限らん!第一、あの美里の様子は尋常じゃ無かった。桜井はそんなことはない…筈だ。ここで俺が桜井を信じなくてどうするんだ!) 先刻から思考がかなり乱高下しているのだが、勿論本人に自覚はない。 「落ち着いたか?醍醐」 そう龍麻に問われて、やっと醍醐は気遣われるほどに様子がおかしかった事を自覚した。 「いや…すまんな。気にしないでくれ」 大きくはない店だったが、雰囲気は良い。店は客でほぼ埋まっていたが、奥まった4人席が丁度空いていた。 「マリィハ、龍麻オニイチャンノ隣ネ!」 「はいはい。んじゃ、醍醐クンこっちね」 「ああ」 何気なく小蒔に隣席を促されて、醍醐は急に顔が熱くなった。店が広くないため、席もあまりスペースを取ってない。思いがけず近い小蒔の肩が、急にまぶしく見えたのだ。 (何を考えてるんだ、俺はッ!今日の俺は少し変だ。なんだってこんな…) その小蒔は、マリィと真剣にメニューを睨んで食べるケーキの選定に余念がない。 意識してしまえば、居心地は決して良くない。しかしそれは不快な感覚ではなかった。熱くなった顔を見られまいと、視線を逸らした醍醐は、隣の席に座る客に目を留めた。 背を覆う長い髪が性別を錯覚させるが、広い肩幅は男のものだ。そして、その向かいに腰掛ける女は、コートの下からピンク色のナース服を覗かせていた。 …見覚えがある、気がする。 醍醐の顔からざっと血の気が引いた。 (ま、ままままさかッ!) 意識して周囲に目を向けると、見覚えのあるものはそれだけではなかった。やはり、どこかで見たような金色の針山頭に纏めてはいるが目立つ明るい茶髪。気配こそ消してはいるが、探せば他にも居そうだった。 泣きたくなった醍醐は、思わず天を仰ぐ。 (なんで、こんなに知った顔が集まってるんだ?いやいや、それよりも何故隠れなくてはならないんだ?…俺が、一体、何をしたと…) 「醍醐?どうしたんだ?本当におかしいぞ?」 見れば、龍麻が心配そうに覗き込んでいる。矢張り自分では気が付いていないのだが、先刻から醍醐の顔色は赤くなったり青くなったりと信号のようにころころ変化しているのだ。端から見れば十分におかしい。 (そうだッ、とにかく龍麻に聞いてしまえばいいんだ!そうしたらこの状態からは解放されるー) 「いや…本当になんでもないさ」 平静を装ってそう答える醍醐に、龍麻はまだ窺うような表情を崩さない。 「調子が悪いなら、俺らに遠慮することないんだぞ?」 「そんなことはないさ。心配させて悪かったな」 「大丈夫ならいいけど…」 醍醐は目の前の友人を改めて見つめた。 長身の方だが、自分と違って大柄な感じではない。いっそ華奢にも見えるが、鍛えられた身体は強靱で、その強さときたら洒落にならないものがある。しかし、強さとは裏腹に本人は至って温厚な気質で、いつも穏やかな笑みを崩さない。かと思えば、こうと決めたら自分を譲らない頑固な面も持ち合わせている。 「醍醐って、結構溜め込むタイプだろ?あんまりおかしいと心配だよ」 龍麻は、穏やかに笑った。白い貌にさらりと黒髪が揺れる。初めて見た人間はまず見惚れる整った容貌は、あまり貌の美醜を気にしない醍醐から見ても鑑賞の価値有りだと思うのだが、本人には何故かその自覚がない。 「醍醐クン、どしたの?ひーちゃんに見とれちゃって」 いつの間にか、龍麻の顔をじっと見つめていたらしい。 注文を終えた小蒔が、醍醐の様子に気づいて不思議そうに首を傾げた。 「そ、そうか?」 (ま、まずい…) 小蒔に不審を抱かれるのは避けたい醍醐は、視線を逸らして曖昧に笑うしかできない。 「そりゃ、ひーちゃんは綺麗だけどさ、あんまり眺めてると京一みたいになっちゃうよ?」 「き、京一?」 (ここでなんで京一の名前がっ…やっぱり桜井も美里の計画に乗っているのか?そんな…) 苦悩する醍醐を余所に、小蒔は笑いながら、 「だってさ、京一ってたまにひーちゃんが前髪上げてる時とか、ぼーっと惚けたみたいに眺めてるんだよ?何見てるのさって聞いたら何でもないって言うけど、あれは絶対見とれてるんだって」 聞きようによってはかなり危ない台詞だが、明るく笑う小蒔に屈託はない。 「そうかな?俺の顔なんて、眺めて楽しいもんじゃないと思うけど?」 「ひーちゃんは自覚なさすぎ!ねぇ、マリィ」 「ソウダヨ、龍麻オニイチャンハ綺麗ダカラ、見テルト幸福ニナル!瞳ガトッテモ綺麗ナノ」 「マリィ、それはちょっと幸福の意味が違うと思うんだけど…」 龍麻は苦笑しながらも、 「まぁ、京一やマリィがそんなに気に入ってるんなら、もう少しこれ切ってもいいかも」 と、長く伸びた前髪を摘み上げた。 「なに言ってんだよ、もったいないじゃないか!」 「桜井?」 「マリィはともかく、京一を喜ばせてやるコト、ないよッ!大体、ひーちゃんは京一を甘やかしすぎ!」 小蒔の言葉は、醍醐の行き場のない不満に形を与えるものだった。 (そうだ。美里がおかしいのも、如月が屋根裏に潜んでいるのも、仲間達がこそこそと身を隠してこちらを窺ってるのも、桜井がおかしいのもッ…) そうだ。それもこれも龍麻が京一に甘いのが原因なのだ。 「そうだぞ、龍麻。最近、京一を甘やかし過ぎてるんじゃないか?」 その言葉は、今日一日を述懐した醍醐の心底からのものだったのだが、それを聞いた龍麻は首を傾げた。 「醍醐…それ、違うぞ?」 「うん?」 「どっちかって言うと、俺が京一に甘やかされてると思うけど」
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