「き、京一…?」 醍醐が驚いたような声を上げる。そうか、醍醐は聞いてなかったのかもしれない。 木刀を抱えた京一の背後には、霧島と舞園、それにユエの姿もあった。霧島に稽古つけるとは言ってたけど、舞園とユエも一緒だったのか。 「アニキ、会いたかった〜」 「龍麻先輩、こんにちはッ!」 「ユエに霧島に舞園も…どうしたんだ?みんなで一緒に旧校舎に潜ってたのか?」 「私は、後で合流させて貰ったんです。学校で、龍麻さんも見かけたんですけど、声をかけられなくて」 何かと多忙な舞園は、けれどいつ見ても笑顔だ。彼女の歌もいいけど、この笑顔も十分人を癒す力を持ってるなと思う瞬間だ。しかし、舞園に比べて残る二人は元気がないみたいだった。何か…疲れているように見える。 「二人とも、なんか元気ないな?どうした?疲れたのか?」 そう尋ねると、ユエは首を振った。 「べ、別にそんなんやないって。元気やで?京一ハンがアニキに会う言うから、顔見よう思おて一緒したんや」 「そうですよ、龍麻先輩。僕達は元気ですッ!」 調子のいい言葉とは裏腹に、やっぱり二人は疲れているように見える。京一が笑って霧島の肩を叩いた。 「ま、今日はちょ〜っとばかし飛ばしすぎたのさ。まぁ、二人ともまだまだって事だな!」 「京一ハン…」 まあ、確かに京一と三人だけで旧校舎に潜れば、疲れるのは無理ないかもしれない。後先考えずに突っ込んでいく傾向があるのは事実だし、謙遜じゃなく、こいつの速さについていけるのは俺くらいのものだ。 「まぁ、先頭で突っ込んで行く時の京一の勢いにはちょっと凄いものがあるからな。後ろを守るのは大変だと思うよ」 そう言うと、京一が拗ねたように唇を尖らせた。 「なんだよ、それ。誉めてんのかよ?」 「誉めてるんだよ。…一応ね」 「なんか、そーゆー気がしねェんだけど」 そういう京一の顔は子供みたいで、思わず笑ってしまう。遠野がくれた写真のような笑顔もいいけど、こんな顔を見ても笑ってしまう辺り、やっぱり気持ちは隠せない。 笑っていると、紅葉が京一に絞り出すように尋ねた。 「な、何故ここが…」 「そりゃどっちかってーとこっちの台詞だな。随分沢山集まってるじゃねーか?」 えらく衝撃を受けた表情をしている紅葉に、京一がふっと笑ってみせてこちらに近づいてきた。 紅葉も乗ってるよなぁ…もう、いいのに。正直、こういう笑いは質が良くないと思うし、京一にも言っておかないと。 「何言ってるんだ、主催者はお前だろう?」 しかし、京一の反応は予想外だった。 「はぁ?なんだそりゃ?」 「だから、みんなで集まって、俺を驚かせるつもりだったんじゃ…ちがうのか?」 言いかけて、京一の顔に本気で疑問符が浮かんでるのに気が付いた。これは…惚けている顔じゃない、よな。 「初耳だぜ?」 京一じゃない…そうなると、本当に偶然集まったみんなが京一の話で盛り上がったのか? 考えていると、いきなり首に腕が回された。続いて大きな手が、髪の毛をわしゃわしゃと掻き回す。誰かなんて誰何もいらないほど、わかりやすい、暖かい『氣』。乱暴な仕草だけど、触れてくる手は意外なほど優しい。そうして下りてくる、優しい声。 「別に、いいんじゃねぇの?こういう場所でこれだけの面子が揃うのは久々じゃねーか」 多分、細かいことは気にするなという意味なんだろう。そうだよな。別に偶然でもなんでも、この場にこうして仲間達が集まってるのは嬉しいし。 こういうところは本当に、京一には敵わないなぁと思う。考えすぎてしまう俺を押しとどめてくれる手が心地良い。やっぱり、甘やかされてるよなぁ。 「で?何の話をしてたんだ?」 覗き込んできた京一の質問があんまりタイムリーだったんで、余計笑いが零れる。そう、俺が甘やかされてるって話をしてた所だったんだ。 「…お前が、俺を甘やかしてるっていう話だよ」 そう言うと、京一は一瞬きょとんとして、それから鮮やかな笑顔をくれた。 「そりゃ、まぁ…ひーちゃんも俺を甘やかしてるから、あいこじゃねーの?」 あの、写真の表情。写真もいいけど、やっぱり生の方が迫力あるよなぁなんて考えていたら。 「ホントに、ひーちゃんと京一って仲が良いよね…」 桜井にしみじみと言われてしまった。 その言い方がおかしくて思わず笑っていると、京一がいきなり頬を寄せてきた。 「おうよ。俺とひーちゃんはラブラブだぜ!」 すり寄ってくる柔らかい感触に、どきんと心臓が跳ねる。こんなに近くだと誤魔化しも出来ない。 「こ、こら、京一!くすぐったいって…!」 なんとかその手から逃れようとじたばたしていると、何かが割れるような音と共に、殺気が生まれた。
………ちょっと待て。ここで殺気?
「黙って見ていれば、狼藉の数々…蓬莱寺ッ!その手を放さないかッ!」 「そうよお〜京一くん、ずるい〜」 「その通りっ!グリーンに馴れ馴れしく触るなど言語道断」 「僕に喧嘩売るとは、良い度胸だね。…あの世を見せてあげるよ」 なんだか、不穏な台詞と共に、不穏な空気も増していく。なんで如月や紅葉が殺気を漂わせてるんだ? 京一が俺の首を解放して紅葉と向き合う。 「おぅ、やるってのか?俺はいつでも受けて立つぜッ!」 ちょっと待て、この場で喧嘩はまずいだろう!大体なんでいきなりこんな事に… 俺がそれを口にするより早く、美里が紅葉と京一の間に割り込んでいた。さすが美里!何とか止めてくれ! しかし、俺の願いはあっさり砕かれた。美里まで、何やら不穏な気配を漂わせているのだ。まさか、美里まで…? 「美里、か…なかなかやってくれるじゃねェか」 おまけに京一もおかしい。殺気とまではいかなくても、十分戦闘態勢に入っている。 「うふふふ、京一くんたら…神に仕える大いなる力…」 「ま、待て待て待て!美里、ここでジハードはッ…!」 醍醐が焦りの滲んだ声をあげる。 確かに、こんな所でジハードなんか放てば、店が崩壊してしまう。 なにより、みんなの様子は変だ。 俺は、立ち上がって美里と京一の間に割り込んだ。 「…なんかおかしい」 「へ?」 京一が虚を突かれたような顔をして、俺を見た。 「さっきから、みんななんか変じゃないか」 俺は、みんなを見回して京一に向き直った。 「なぁ京一、みんなと何かあったんじゃないのか?喧嘩でもしたのか?」 さっきから、どうもみんなの変調には京一が絡んでいるみたいだ。紅葉も如月も美里も…京一の姿や話が出た途端、様子がおかしくなった。そんなことはないと思うけど、京一が何かみんなとトラブルを起こしたのかもかもしれない。 「ひーちゃん…」 いつの間にか俯いてしまったらしい。肩に熱を感じて顔を上げると、京一が覗き込んでいた。 「ごめん、そんな風に心配させるつもりじゃなかった。ちょっと驚かせてやろうって思っただけだったんだ」 「え、じゃあ…」 「そ、ちょっとどっきりを狙ってみたの。けど、逆に心配させてやりすぎたみたいだな。悪かったよ」 京一の表情は微妙だった。本気で謝ってるようにも見えるけど…どうも、何かを隠しているみたいな気がする。けれど、まわりのみんなが、息を詰めて俺達の様子を窺っているのに気が付いたから、この場は笑うことにした。確かに、何かもめ事を抱えてるとしてもこういう状況では言いにくいだろう。 …後で問いつめてやる。 「…十分驚いたよ。あんま、びっくりさせるな」 そういう意味も込めて軽く睨むと、京一はわかったみたいだった。 「悪かった。驚かせた詫びに、何でもするから、よ」 「じゃあ、今日の夕飯の一つでも作って貰おうかな?最近は俺ばかり作ってるだろう?たまには京一の作ったものを食べたいよ」 京一が家に来るときはいつも俺が作ってるけど、京一の料理も作り方からはちょっと想像できないくらい美味しい。 「なんだ、そんな事か?そんなんで良ければ、いつでも」 そこへ、少し焦ったような如月と紅葉が割り込んできた。 「ちょ…ちょっと、待ってくれ。龍麻、折角会えたんだ。夕飯でも…」 「……悪ィな、壬生。今日の俺の飯はひーちゃん専用なんだ」 やっぱり、気になる。 そう、折角誘ってくれるみんなには悪いけど、今日はどうも駄目だ。 ちゃんと話を聞くまでは落ち着けない。俺は京一に促されるまま、皆と別れて店を出た。
「…で?さっきのはなんだったんだ?」 家に帰り着いた早々、俺は疑問を確かめるべく京一に向き直った。 「何が?」 「あれで誤魔化せるなんて思ってる訳じゃないよな?」 「うっ…」 思い切り詰まる京一の表情は、やっぱり何か言えないことを隠している顔だ。 そもそも、今日は変なこと続きだ。遠野に引っかけられたのはともかく、醍醐は上の空と狼狽えた顔を繰り返しているし、偶然に会ったはずの仲間達は口を揃えて同じ事を言う。そう言えば、あれは元々桜井と醍醐が言い出したんだった。 「何か、みんなおかしかった。醍醐は最初から変だったし、いきなりみんなで京一を甘やかしてるって言い出すし…」 「俺を、甘やかしてるって?」 「最初は小蒔と醍醐で、いつもの調子の冗談だったのに、いきなりみんなが出てきて…本当にあれ、お前が呼んだのか?」 京一は何やら考える顔になって、髪に手を突っ込んで掻き回している。 「ん〜まぁ、なんつーか、偶然だったんだ」 暫く待って、京一の口から出てきたのはそんな言葉だった。 …それ、俺が聞いた事に全然答えてないんじゃないか?偶然で納得できるなら、さっき、あの場でに納得してる。 疑問を顔に出したままの俺の肩に、京一はさっきのように手を掛けて覗き込んできた。 なんか、今日はよくこういう体勢になってる気がする。けど、これで誤魔化されると思ったら大間違いだ。…そりゃ、間近で見る京一の顔に、やたら心臓が喧しく騒ぎ出すのは事実だけど。 しかし、京一の次の言葉は俺の予想外だった。 「で?ひーちゃんはなんで俺が甘やかしてるって思ったんだ?」 咄嗟に答えが返せなかった。
京一の視線が、急に痛く感じる。
俺が、京一から貰った沢山のもの。暖かい手も、鮮やかな笑顔も、どんな時でも背中を預けて安堵できる心地よさも。 いつの間にか隣で笑っているのが当たり前になっていて、気が付いたら一番近くにいた。 けれど、俺は…お前に貰った分だけ返せていない。 「甘やかされてる、だろ?」 貰ったものは大きすぎて、それだけのものを持っていない俺は何も返せなくて、だからやっぱり甘やかされていると思う。けれど、それを正直に言うのには抵抗がある。 肩に掛けられた手から逃れるように胸を押し返したら、腕はそのまま腰に回って、余計しっかりと捕まえられてしまった。 「甘やかされてるのは俺の方だと思うけど?」 声は笑いを含んでるけど、当てられた眼差しはずっと真摯で、京一の気持ちが伝わってくる。 純粋な疑問と、労るような、優しい感情。 逃げられずに、仕方なく口を開く。 「なんていうか…お前さ、戦う時に俺に背中任せてるだろ?あれって命を預けてくれてるってことだよな?」 「そりゃ…相棒だし?」 「お前はいつもそうで…けど、俺はそれをちゃんと返せてるかどうか…」 「ひーちゃん…」 「お前は本当に俺にいろんなものをくれた。俺は同じだけ返せてるかどうか、自信がない。やっぱり俺が甘やかされてると思う」 与えられるだけの関係なんて望んではいないのに、与えられるものが多すぎて返せない。恐ろしく自分は幸せだと思うのに、そう思えば思うほど甘やかされるばかりの自分がもどかしい。 それ以上言えずに俯いた俺の耳の横で、深い溜息が漏れた。
「あのなァ、ひーちゃん」 言葉と共に、頬に手が掛けられる。 予想通り、顔を上げたそこには京一の真摯な瞳があった。 「俺がひーちゃんに背中を預けてるように、ひーちゃんも俺に背中、預けてくれてるだろ?んで、俺が何かひーちゃんにやってるとすりゃ、同じだけひーちゃんは俺に返してくれてるだろーが」 「同じ…?」 同じ? …確かに、戦いの場では背中を預けあってる。 けれど、それ以外の部分ではお前には借りばかりで… それとも、俺がお前の温もりに安堵するように、お前も俺の何かに満足してるのか? こんな、熱くなる自分を押さえられないような想いを… それ以上考える前に、唇を塞がれていた。 「ん…っ」 柔らかく、確かめる様なキスは暖かくて心地いい。 すぐに離れていってしまった温もりを、京一も寂しいと思うのだろうか? そんなことを考えていると、京一が耳元で囁いた。 「けど、ひーちゃんが足りねェって思うんなら、お返しはいつでも受け付けてるんだけど?」 艶を含んだその言葉に、また違う熱が触れあった部分から生まれて。 少し身を離せば、京一の目に熱っぽい光が映っていた。 多分、俺も同じ表情をしているのだろう。 そう思えば、感じていたもどかしさが消えていくようだった。自然と唇に笑みが上る。 「やっぱり、俺の方が甘やかしてるのかな?」 「別に、どっちでもいいだろ?もしそうなら、その分俺がひーちゃんを甘やかすから」 「お互い様、ってヤツか?」 「そういうこと」 そう言って笑う京一の表情が酷く愛おしくて、ゆっくりとその背に手を回した。 「ちゃんと、メシは作れよ?」 そう言うと、京一は笑ったようだった。 「勿論、ちゃんと作らせて貰います」 そのまま、首筋に落ちてきた唇を受け止める。 求められるままに声を上げれば、お互いしか見えない時間が訪れる。京一の首筋を強く引き寄せて、俺はゆっくりと目を閉じた。
「なあ、結局、あれってなんだったんだ?」 とろとろと眠ってくる眠気を何とか堪えながら、俺は同じように隣で半分潰れかけてる京一をつついた。 「あぁ?」 「昼間のあれだよ。喫茶店での」 抱き合った後の疲労感と、傍らの温もりの心地よさに本当は流されてしまいたいけど、これだけは確認しとかないと安心できない。 京一に限って、仲間と険悪なんて事はないと思うんだけど。 やっぱり、はっきり聞いておきたい。 けど、もう半分寝惚けている京一は、むにゃむにゃと生返事をするばかりで、反応が鈍い。 「京一ってば!」 声を強め、少し力を籠めて背中を引っ掻くと、いきなりがばりと抱き寄せられた。 「ちょ…京一!」 「いいじゃん、そんなのどうでも」 「どうでも良くないから聞いてんだよ」 「俺にとってはどーでもいいの。要は、ひーちゃんが俺にめろめろだってわかれば」 「ばっ、ど、どーしてそうなるんだよっっ!」 「だって、俺の事が気になるんだろ?」 「そ、それは…」 事実だけど、そうはっきり指摘されると恥ずかしい。 「ホント、ひーちゃんが心配するような事じゃねェから、さ。寝ようぜ、眠い…」 そう言って、京一は俺を抱えたまま本格的に寝の体勢に入ってしまう。 「……仕方ないなぁ、もぅ」 これでは、何を言っても無駄だろう。 けど、一番仕方ないのは、この心地よさがあれば、もうどうでもいいかって思ってしまう自分自身で。 「まぁ、いいか」 追求を諦めて、俺もその温もりに抗わない事にした。 「おやすみ」 間近の顔に、小さなキスを一つ送って、目を閉じる。 目が覚めたら、京一の料理を忘れずに作って貰わないと。 それが、眠りに落ちる前の、最後の記憶。
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