日も暮れ、そろそろ床につこうかという時間に話があると尋ねてきた九桐に、天戒は驚いた。しかし、もっと驚かされたのはその話の内容だった。 「龍斗の様子がおかしい?」 意外な言葉に、天戒は眉を顰めた。 「いや、おかしいと言うほどの事ではないのかもしれませんが…」 自分で言いだしておきながら、九桐は妙に歯切れが悪かった。この男にしては珍しいそんな反応に、天戒は黙って次の言葉を待つ。何度か口を開けては閉じるを繰り返し、言葉を選んでいる風の九桐は、何度目かの逡巡の後にやっと口を開いた。 「先日、龍閃組の連中と行き会った事はお話ししたと思いますが…」 「小塚原刑場での一件だな」 あの日、刑場で一揉めする前に、九桐と龍斗が龍閃組の一行に行き会ったという話は、他ならぬ九桐の口から天戒も聞いていた。その中の一人と以前、九桐が刃を交えた事があると言う事もその時に聞いている。 「そうです。あの時から…どうも龍斗の様子がおかしいと言うか…」 やはり上手く言えないのか、九桐は言いあぐねるように一旦言葉を切った。 「断言はできないんですが…」 「構わない、言ってみろ」 「…もしかしたら、龍斗は連中を知ってるんじゃないかと」 九桐の口から漏れた言葉に、天戒の表情が硬くなる。 「…まことか?」 それが事実ならば、軽く聞き流せるようなものではない。それが事実なら、事の次第によっては龍斗が幕府の間諜という可能性もでてくる。 しかし、厳しい表情になった天戒に対して、九桐は困ったような表情を崩さなかった。 「いや…そう決めつける訳じゃないんです。しかし…」 「どういう事なのだ?はっきりと言え」 苛立った天戒に、九桐はやっと困惑の表情から抜け出す。 「あいつはあの通り、無口であまり表情も表に出さない。けど、あの瞬間…龍閃組の一行に会った時、あいつは動揺したような気がするんです」 「…………」 「ただ、連中の方は龍斗に面識があるようではなかった。興味を持ったようではありましたが、それは俺自身にも向けられたものですし。あっちが龍斗を知らないことは間違いないと思います。ただ、龍斗の方は……」 彼らの顔を見た瞬間、狼狽えたように感じたのだと九桐は息を吐いた。 「俺の気のせいか、とも思ったんですが、あれから妙に元気がないような気がしまして…」 九桐の言葉に、天戒もここ数日の龍斗の様子を思い浮かべてみる。食事時に顔を合わせた時は普通だったように思う。 いつものように騒ぐ風祭をあしらい、桔梗と話をして……けれど、言われてみれば確かに、いつにも増して口数が少なかったような気もする。 ここのところ、麓にある集落に役人が出入りしているという情報があり、その件で連日皆偵察に出ている。一緒に行動している分、天戒が気づかなかった龍斗の変調もよく見えているのだろう。 「万が一…龍斗が龍閃組と面識があるとして…だ。あいつは奴らの間諜だと思うか?」 天戒の言葉に、九桐はふと口の端を歪めた。 「…見えないですね」 「尚雲…」 「自分から持ち出しておいて、どうかとは思うんですが…あいつはそんなことの出来る人間じゃありませんよ。少なくとも、もしそうなら既にこの村は幕府の奇襲を受けている筈です。あいつがここに来てから結構経っている。その気があればとっくに行動に移しているはずです」 迷いのない答えに、天戒の口元も緩んだ。 「それは…同感だな。あいつはそんな人間じゃない。少なくとも、俺はそう信じたい」 その笑みに安堵したように、九桐も笑い…次いで少し眉を寄せた。 「俺も、そう思います。だからこそ、気になるんですよ。あの物に動じない男が、龍閃組(あいつら)の何に動揺したのか、という事が。俺の気のせいか、とも思ったんですが、様子がおかしいのは事実です。それが証拠に、桔梗や風祭も気が付いたようで…まあ、あいつらは、それが龍閃組と行き会った事と結びつけてはいないようですが」 九桐の言葉に、天戒は目を閉じ、そして口を開いた。 「明日も、麓に偵察に出るのだったな」 「ええ…。役人共の動きが気になります。何か…隠してるようで。村の存在に気が付いた、という訳ではなさそうですが、不穏の芽は早く摘み取って置くに限りますから」 「では俺も、一緒に行こう」 九桐がぎょっと天戒を見る。 「し、しかし若、それは!」 「別に、構わないだろう?」 そう言いながらも、天戒は九桐の動揺の理由も察している。 偵察や謀に江戸の町中に出るのとはそもそも訳が違う。この村の近くで己が身を危険に晒すことは村そのものへの危機を招きかねない。『九角』の存在とこの地の繋がりを幕府側に知られることは、それだけ危険なことだ。 しかし、龍斗の様子がおかしいと言うのであれば、天戒はそれを我が目で確かめたかった。 「なに、気負うほどの事でもあるまい。だだの偵察だ、騒ぐほどのことにはならないだろうよ」 その口振りに説得の無駄を悟ったのか、九桐が深く息を吐く。 「お止めしても、無駄ですか?」 「わかっているなら聞くものではないぞ?尚雲」 臣下の心情を察しているはずなのに、どこか楽しげですらある主の言葉に、九桐は苦笑いするしかなかった。
翌朝、天戒が同行すると聞いて、桔梗は九桐と同じ反応を示した。 「天戒様、危険です。江戸の町とは訳が違う。今のところ、役人達の目的はこの村ではないようですが、それにしても…」 「なにうだうだ言ってんだよ、桔梗。別にいーじゃねーか。御屋形様が一緒でも」 軽く言う風祭に、桔梗が疲れた声で応じる。 「坊や、あんたわかって言ってるのかい?万が一役人連中に気づかれたらそれだけでこの村の存在に結びつく糸を与えちまうことになるんだよ?」 「そんなの、全員ぶち殺せば済むことだろ?なァ、龍斗?」 同意を求めるように龍斗を振り返った風祭だったが、当の龍斗はその言葉を聞いてはいなかった。 どこかぼんやりとしている龍斗に、風祭の眦が吊り上がり、桔梗の表情が案じるものに変わる。 「聞いてンのかよ、龍斗ッッ!」 怒鳴られて初めて、龍斗が我に返ったように風祭を見る。 「ああ…悪い。聞いていなかった」 その、何事もなかったかのような声に風祭が切れる。 「聞いてなかったじゃねーだろッ!ボケてんじゃねーよ!」 「…すまなかった」 素直に頭を下げた龍斗に、しかし風祭の表情は更に硬くなった。 「謝るくらいなら、最初っからちゃんとしやがれ!」 「………」 怒鳴られて目を伏せた龍斗が答えないことに苛立った風祭が、その胸ぐらを掴んで引き寄せた。 「お前…っ!最近だらけてんじゃねーのか…っ!?」 その言葉に、龍斗がぴくりと震える。 明らかに強張る表情に、逆に風祭の方が、自分の言葉の産み出した効果に戸惑ったように視線を迷わせた。 その様子に、天戒は小さく眉を顰める。 龍斗のどこか心ここに非ずといった風情には、覚えがあったのだ。しかし、ここではそれは問いつめられない。 天戒は出来るだけ穏やかにその間に割って入った。 「澳継、もういいだろう。龍斗も、いいな?」 風祭はふてくされたように―――しかしどこかほっとしたように手を離す。 「元々頼りないんだからよ、呆けてたらもっと使い物になんなくなるだろーが。気ィつけろっての」 「悪かった」 答える龍斗にも、さっきの緊張はない。 「行くぞ」 しかし、そう言った天戒の心は、裏腹に強い嵐が吹き寄せていくようだった。
村から一番近い集落は、山からかなり離れた場所にある。双羅山は、物の怪が出るという意図的に流された噂の所為で積極的に近づく者は少ないが、それでも人の出入りや動向からは目が離せない。 村にいるのは戦闘要員ばかりではなく、力持たぬ無力な者も多い。何かが起きてからでは遅いので、村の所在については特に、神経を尖らせる必要があるのだ。村から近い集落に役人の出入りがあるとなれば、それは十分警戒の理由となる。 「ここ数日、張ってみた結果ですけどね、連中、どうやら江戸へ向かう途中のようです」 問題の役人達は、集落の中の農家を一軒召し上げて住民を追い出し、そこに居座っている。 場所ははっきりしているのだが、人通りも多くない小さな集落のこと、目立っていては監視にならない。幸いにも、集落に住民として居着いている配下の者の家が丁度その近くだった為、そこから様子を窺っているのだ。 しかしやはり、江戸の町中とは逆に、人目が無いことが動きを拘束してしまう面が多かった。 「江戸へ…?しかし何故、こんな街道からは外れた場所で足止めされる理由がある?」 「それなんですけどね。理由ははっきりしてます」 何だ?と眉を寄せた天戒に、桔梗が答える。 「動物の鳴くよな…奇声が夜になると響くんですよ。気味の悪い…それに、とても嫌な『気』を発する何かを、あいつらは隠してる」 それに、風祭も頷いた。 「こないだ聞いたけど、なんか、潰れたみてーな声で気持ち悪いったら…化け物でも飼ってるんじゃねーかって感じの声でした」 口々に告げられる言葉に、天戒は考える表情になる。 「ふむ…奇声を発する、動物、か…」 「人目を避けている、といったところだと思いますが…何か、奴らも持て余してるって感じですね。早く江戸に帰りたい、もう嫌だとかいう話も聞こえて来ましたから」 幕府の人間が、厭いながらも人目を避けて隠すほどの『物』。 「人目を避けなければならないものなら尚更、探りを入れて、その奇声の主を突き止めたいところだが、場所が悪いな…」 「ええ…下手につついてこの地に耳目が集まることだけは避けたいですし」 調べるにしても、この地を離れてからの方がいい。 「動くまで監視を続ける、か…」 その時、不意に、外を見ていた龍斗が声を上げた。 「…来た」 「なに?」 「旅装の、男…何か、動きがあるのかもな」 一同が格子の隙間から外を窺うと、確かに明らかに役人筋だとわかる男が一人、問題の農家の前に立っている。夕闇の迫ってきた戸外はかなり闇が落ちていたが、その中でも男が妙に急いている風なのは見て取れた。 出てきた男と二言三言言葉を交わすと、男達は中へと消えていった。時を置かず、俄に慌ただしく男達が出入りを始める。 「当たりらしいな。桔梗、澳継、裏口の方に回れ。尚雲、龍斗、お前達は隣の納屋の方が見通しがいいだろう。そちらに…」 「若、そちらは俺一人で行きます。龍斗、お前は若とここに残れ」 言い置いて、九桐はさっさと出て行き、桔梗もそれに釣られたように立ち上がる。 「それじゃ、あたしたちも。行くよ、坊や」 「え?ちょ、ちょっと待てって!」 「………」 取り残された形の天戒は、訪れた沈黙に、自然、龍斗の方に視線を向ける。龍斗はその視線に何を返すということもなく、変わらず外の様子を窺っている。 その、変わらない表情が酷く気になって、天戒は口を開いた。 「龍斗。聞いても、良いか?」 「……なにを?」 「お前、龍閃組の連中と会った時にどう思った?」 視線を外に向けたままの龍斗の表情はわからない。しかし返ってきた声に動揺は含まれていなかった。 「単なる、幕府の狗とは思えなかった」 「徳川の手先になって動く走狗でも、か?」 天戒の言葉に、僅かに龍斗の語調が変わる。 「少なくとも、あそこで動き回ってる役人連中とは違う。…そう、思った」 その答えは、実際にやり合った御神槌や九桐、奈凅が天戒に語ったものと同じだ。同じものを感じたと言えばそれまでだが、もし、九桐が語ったように、龍斗と龍閃組と某かの因縁があるのなら、それは悪いものではないようだった。 それ以上続けて聞くのも躊躇われ、天戒は話を変えた。 「覚えているか?以前、お前は護りたいものがあると…そう言っていたな?」 しかし、投げた問いは思ってもいなかった程の効果を生んだ。それまで視線を外に向けたままだった龍斗が、驚いたように振り向いたのだ。その顔には、明らかに動揺が浮かんでいる。 しかしそれも束の間で、じきに龍斗は視線を外に戻した。 「…そんな話もしたかな?」 「覚えていないのか?」 「…………」 龍斗は、言葉を返そうとはしない。それに構わず天戒は続けた。 「お前は、今でも…それを護りたいと思っているか?」 「………」 答えない龍斗の背は、ただ沈黙を守っている。しかし、答えないこと自体がその動揺の大きさを表しているようだった。その、奇妙な程の頑なさに、天戒の胸に疑念が涌く。
ものに、動じない男。それは最初からの印象だ。穏やかで、しかしどこか芯が通っていて、気が付けば傍らに在ることを許してしまう。 普段は余り表情が変わらないのに、時折見せる笑みは不思議なほど人を安堵させるもので、それは恐らく天戒だけが感じているものではない。 実際、共に行動することの多い桔梗や風祭、九桐は言うまでもないし、奈凅や弥勒等、龍斗に惹かれるようにして村に来た者もいる。 しかし本人は―――龍斗自身は、どうなのだろうか? 人を安堵させ、惹きつける笑顔の下で、何か表に出せない苦悩を抱えて… 今、天戒に背を向けているように、それを見せまいと抱え込んでいるのだろうか?
…そしてそれは、龍閃組と関係があるのか?
しかし、その問いを最後まで口にすることは出来なかった。龍斗が手で天戒を制するように注意を促したのだ。 「…出てきた」 そう聞けば、それ以上この場で話を続ける事は出来ない。天戒も格子に膝を進めて外を窺った。 黄昏から夜の闇へと色を変えた空気に、提灯の灯りが幾つも浮かんでいる。 その灯りにぼんやりと、何か大きな影が映っている。そして、何か…動き回るようなくぐもった音と、ここからでもはっきりと解る異質な『氣』。 「これは…陰氣、だな。しかし、これは余りにも濃すぎる」 「あれは…」 目を細めた龍斗に、天戒が驚く。 「覚えがあるのか?」 「先日、小塚原の刑場に居た、陰氣を纏った猿。あの感じに…似ている」 「では、あれも幕府の手の者が作り上げた人形か?」 陰氣を宿すだけの『器』。 先日、刑場で対峙したという敵は、その陰氣の大きさ故に体の方が持たなくなって消滅したという。天戒はその様子を自分の目で見た訳ではないが、確かにそれからは尋常でない陰氣を感じる。 「待て…何故こ…ままに…」 「そ…れでは…」 「仕方な…誰も…ない…」 聞こえてくる声は酷く興奮していて、ここからでは聞き取りづらい。提灯の明かりに浮かぶものも、角度や位置の関係ではっきりとは確かめられない。 「…ここからでは、見えにくいな」 窓越しではなく、戸口の引き戸を少し開けて窺おうと引き戸を小さく押したその時、 「………っ!」 いきなり腕を掴まれ、凄い勢いで引かれて天戒の体は板張りの床へと引き倒された。そこへ、風を切る音と共に、周囲の床に何かが突き刺さる硬い音が響く。天戒の身体に覆い被さるような形になった龍斗の身体が、何かに打たれたかのようにびくりと震えた。 「龍斗…」 「しっ…!」 気配を殺した龍斗が、天戒を引きずって奥の戸板の影に飛び込んだのと、引き戸が乱暴に叩かれたのはほぼ同時だった。 「誰ぞ、居らぬかっ!」 「おい、開いているぞ」 声と共に、切羽詰まった気配が室内に雪崩れ込んできた。 「誰も居らぬのか?」 「おい、あったぞ!」 声と共に、先程天戒達が居た場所辺りで声が低くなる。 「数は確認したのか?」 「いや…元々の本数がわからない。何本投げたかもわからぬしな」 「くそっ…化け物が!」 舌打ちと、何かを落としたかのような金属音が、思いの外大きく響いて、緊張が高まる。 「とにかく、留守で良かった。さっさと回収して出立するぞ。我らがこの地に止まった形跡を残していく訳にはいかん。怪我人や、増して死人でも出ていたら面倒な事になるところだ」 「ああ…おい、気をつけろ!先には毒が塗ってあるとの話だ」 「まったく、何故あのような化け物を、こんな物騒な物で武装させてどうするつもりだ。今では誰も近づけぬではないか」 「最初はあのように凶暴では無かったと聞く。しかし、倒幕派の逆賊を討ち果たす優秀な兵でも、あのように狂乱しておっては使えるものではないわ。駕籠は板で覆ってしまえ。とにかく、江戸に帰れば、我らはあの化け物からは解放される―――」 手を伸ばせば届く距離で交わされる会話は、天戒に取っては貴重な情報に溢れている。見つかるかもしれないという可能性よりも、語られる内容の方が天戒を強く引きつけた。 武装した、狂乱する『兵』。 そしてそれを内密に運ぼうとする役人たち。 先日の刑場での一件を考えれば、やはり幕府による新たな策謀と見て間違いないだろう。 幸い、奥の間の天戒達に気づくことなく男達は慌ただしく出ていった。 「行った、か…」 暫く気配を窺い、息を吐いた天戒は、触れている龍斗が妙に熱いことに気が付いた。 「龍斗?どうした―――」 「御屋形様っ!」 そこへ風祭が息を切らせて飛び込んでくる。 「ご無事で…」 続いて入って来た桔梗と九桐も安堵の表情になる。 「あいつらがここに入っていった時はぶっ殺してやろうと思ったけど、良かった…」 「ったく、走りたがる坊やを押さえるのにとんだ苦労しちまったよ」 「ははっ、風祭らしいな。だか飛び出さなくて良かった。さて…若、追いますか?」 男達が去った方を指す九桐に、天戒も頷いた。 「うむ。それについてはなかなか面白い話を聞いた。捕らえるのではなく、追って行き先を突き止めた方が面白い」 「では、早速。この時間なら気取られずに追えましょう」 その言葉に、風祭が唇を尖らせる。 「んだよ、また地味に尾行かよ…つまんねぇぞ」 「坊や、あんたね…」 「へいへい、行けばいーんだろ?行くぞ、龍斗。とっとと終わらせよーぜ」 「…ああ」 風祭の声にも、龍斗は反応を返さなかった。俯いて、声もない龍斗に風祭が不審そうに手を出す間もなく、龍斗の身体がぐらりと揺れる。 「………っ!」 咄嗟に手を出した風祭の腕に、力無く崩れ落ちた龍斗の身体が収まる。 「おい…何やってんだ…っっ!」 支えた身体の、異常な熱っぽさ気づいた風祭が、とっさに天戒を窺う。 「龍斗!」 しかし、呼びかけに返ってきたのは浅く繰り返される息だけだった。 「若!これを…」 九桐の指が指したのは、肩口に広がる紅い染みだった。 そして、突き刺さっている大きな釘のようなもの。 それを見た天戒の脳裏に、先程の男達の会話が蘇る。厳しい表情で、天戒は突き刺さったそれに手を掛けた。 「龍斗、抜くぞ?」 呼びかけにも返る声はない。 ずるりと引き抜く感触が、指に嫌なものを思い起こさせる。抜いた瞬間、龍斗の身体は大きく震えた。そして露わになった小さな傷口に、天戒は躊躇うことなく唇をつける。 「…く…っっ!」 小さな苦鳴も無視して、何度かそれを繰り返す。口の中に広がる苦い血に焦燥を誘われるが、何とか押さえて傷口を清めた。 「桔梗、なにか縛るものを」 「はい!」 桔梗が、裂いた布でその傷口を覆って縛り上げる。しかし、その表情は硬い。 「天戒様…」 変色した傷口の示すものに、桔梗もまた気が付いたらしかった。 「…九桐、桔梗、お前達は先程の奴らを追え。澳継、下忍を一人、王子に走らせてから、桔梗たちの後を追え」 「王子って…」 「奈凅に村に出向くように伝えるのだ。あの男なら、毒の処方にも通じているだろう」 毒、の言葉に九桐と風祭の表情も硬くなる。 「―――行け。俺はこいつを村まで運ぶ」
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