お前が聞け、こういう事は年上の方から、の問答を繰り返した後、結局、年下の和久が青島の前に押し出された。
「つかぬことをお聞きしますが」
 室井から何か連絡はないかと、朝から何度も着信を確認していた青島は、二人のそんな様子にも気付かず、仕事の話をしにきたのだと思い込んで、携帯から目 を離さずに答えた。
「何?」
 だが、次の問いかけには驚いて顔を上げた。
「すみれさんと、喧嘩したって本当ですか?」
「え!?」
 二人の真剣な顔と向き合う。
 冗談を言っているのではないらしい。
 すみれとは喧嘩という程ではないが、怒らせてしまったのは確かだ。
 けれど、それは知らなかったが故の事だったし、その時は怒っていたが、今はもう落ち着いているようだ。
 というより、自分の方にまた何かがあったのだと気付き、その事は保留にしてくれているのだろう。
 何故、そんな事を聞くのか、とは思ったが、どうも自分の事を心配して、問いかけてくれているようなので、青島もまじめに答えた。
「喧嘩っていうか……まあ、怒らせちゃったみたいな。でも、大した事じゃないから、気にする必要はないよ」
 青島はありのまま答えたが、二人は全く納得していなかった。
 本当にそんな大した事ではないのなら、青島がここまで萎れはしない。
 すみれと揉めたのは事実でも、きっと落ち込む理由はそれではない筈だ。
 なおも食い下がろうと、今度は緒方が口を開いてきた。
「青島さんが彼女と喧嘩したって」
 そこまで言いかけたところで、青島の態度が豹変した。
「何、それ? 一体、誰が、そんな事、言ったの?」
 恋愛の話などまずしてこない二人が、いきなりそんな事を聞いてきたので、青島が驚くと、ちょうどそこに、夏美が通りがかった。
 情報源がどこなのか悟って、夏美に詰め寄る。
「ちょっと、夏美さん! 余計な事、言わない」
 青島の様子と、詰め寄る二人を見て、夏美が驚く。
「え? あたし、何も言ってませんよ」
 慌てて弁解するが、青島の疑惑の目は変わらない。
「……何で、知ってるの?」
 普段そんな事を聞かない二人が、揃って青島を案じているのを見て、夏美がこっそり問いかけた。
「夏美さん、見てたらわかりました」
 和久が白状すると、夏美はぺろりと舌を出した。
「あ〜、すいません」
「まったく、もう……」
 青島は困ったように、天を仰いだ。
 そんな青島に、夏美は懲りずにまた詰め寄っていく。
「青島さん。……もう、こうなったら、はっきり言っちゃいましょうよ。誰と喧嘩したんですか?」
 相手が誰かという興味は勿論あるが、それだけが理由ではない。
 いつになく落ち込んでいる青島を、心配しているからこそ聞いているのだ。
 力になれるとは限らないが、悩みを聞いてやるくらいの事なら出来る。
 だが、そう問いかけても、やはり青島にははぐらかされた。
「話す程の事じゃないから。この話はもういいよ。ほら、みんな、他にやる事あるだろ」
 そう皆を追い払おうとした時、青島の携帯に着信が入った。
 それに青島が慌てふためいて、取り出す。
 そして相手を確認して、首をひねったが、話をする為にそのまま人気の無い方へと向かっていった。
 どうやら待っていた人物とは違うらしい。
 もし守秘義務がある事なら、さすがに聞き耳を立てる訳にはいかないので、その様子を三人はその場から探っていた。
「……あれ、絶対、おかしいですよね」
「ああ」
「恋人って、別に隠す必要ないじゃないですか。みんなに言ってもいいのに、隠すって事は……人に知られたらまずいって意味ですよね」
「そうなるな」
「じゃあ、相手は……」
 夏美と緒方が、青島の相手を探っていると、突然、和久が割って入った。
「きっと、すみれさんの事をまだ内緒にしておきたいんですよ、青島さんは」
 夏美と緒方は、人に知られたら困る相手と恋愛をしている、という観点で話をしているのだが、和久はすみれが相手だから、職場恋愛を隠したいのだという、 考えが頭から離れないようだ。
「もう、そっとしておいてあげましょうよ。話がまとまったら、いつかきっと話してくれますよ」
 そう明るく言って、これで話は終わったとばかり、和久は自分の仕事に戻っていった。
 すみれと青島がいつか結婚すると思い込んでいるような和久を見て、残された二人は、おかしいのは青島ばかりではないと思って呟いた。
「和久さんて……」
「恋愛の才能ないな」
 緒方は恋愛に疎いと自負しているが、和久はそれ以上だ。
 捜査では役に立つ男なのに、恋愛絡みでは全く的はずれな詮索しか出来ていない。
 恋愛が絡んだ事件の時は当てにしてはダメだと、二人は去っていく和久の後ろ姿を見ながら、思っていた。




「新城さん? どうしたんですか?」
 室井からの連絡を待ち続けていた青島は、意外な人物から連絡が来た事で、驚いていた。
 一頃は室井を目の敵にして、田舎のサル呼ばわりしていた警察庁のキャリア、新城賢太郎だが、次第に態度を軟化させていき、今では室井の良き協力者となっ てくれている。
 物の言い方は相変わらず、見下すようなところがあるが、これはもう新城の性質のようなものだ。
 そういったところがありながらも、かつて室井が容疑者とされた折には、辞職を握りつぶし、危険を犯してまで警察に止まるよう尽力してくれたから、青島も 新城に対しては味方だと思い、接している。
 しかし日頃新城とは特に接点も無く、青島の電話番号を知っている事すら、驚きだった。
 もっとも調べればすぐにわかる事だから、疑問を持つにはあたらない。
『室井さんが、沖田君の部屋で休んでるから、知らせておこうと思った』
 新城の発言に、青島は咄嗟に声も出せなくなるくらい、驚いた。
 沖田仁美は、女性初の管理官だ。
 以前は新城以上に所轄を見下し、室井を雑に扱っていたが、自分が窮地を救われて以来、態度が嘘のように変わった。
 それだけでなく、どうもそれ以降、女性として室井を好いているらしい。
 つまり、青島の恋敵だ。
 室井の方は全くそんな気は無く、好意も単に主義主張を同じくする同士だからとしか思っていないのが、救いだった。
 だが、そんな沖田の部屋で室井が休んでいる、というのはただならぬ事態が起きたという事を意味している。
 青島の沈黙をどう受け取ったのか、新城が昨夜の事情を詳しく語った。
『昨日、室井さんの様子がおかしかったので、話を聞こうと思って、沖田君と二人で誘って呑んだ』
 青島は息を飲みながら、話を聞いていた。
『酔わせて話を聞こうと思ったんだが、どうも酔いが回るのが早すぎてな。ピッチもやたらと早いし、聞き出す前に酔い潰れられた。一昨日はあんまり寝てな かったんだろう』
 室井が睡眠不足なのは、青島の事で悩んでいたせいだ。
 血の気が引くような思いで、青島は話を促した。
「……それで?」
『正体をなくしていたから、二人で沖田君の部屋に運んだ。女性の部屋に連れ込むのは不味いだろうが、私の部屋だと官舎だから、周りの目がある。朝になって も目が覚めなかったから、こちらで病欠の手配をしておいた。一体、何があったんだ?』
 そう問われて、青島は唇を噛んだ。
 新城は二人の関係を察し、自分に問いかけている。
 自分達の事を打ち明けた、とは聞いてないが、室井のシンパである二人は、自然とそれに気付いたのだろう。
 新城が知っているらしい事は、青島もわかっていたが、面と向かって二人の関係を問われたのは初めてだった。
 だが、新城は関係自体を咎めているのではない。
 もしそうならば、知った時点で口を挟んでいただろう。
 だから、室井との間に何が起きたのかを、問われているのだ。
 けれど普段、交流のない新城に、いきなり自分達の事を話すのは躊躇われた。
 室井を通じて関係を知ってはいるだろうが、それでもすみれと見合いをした事がきっかけで、セックスを拒んだなどと話すのは、ハードルが高すぎる。
 青島はしばし逡巡した後、こう答えた。
「室井さんと直接話します。会わせて下さい」
 新城はそれを聞き、重い口を開いた。
『……室井さんは帰りたくなさそうにしていた』
 その言葉に、青島は肝が冷える思いがした。
『もし室井さんが拒んだら、暫くこちらで預かる』
 青島が反射的に声を張り上げる。
「それって、沖田さんの部屋に寝泊まりするって事ですか!」
 新城はだが、それにも冷静に答えた。
『私も一緒だ。二人きりにする訳がないだろう』
 青島はホッと息を吐き、その後で、この三人の関係はどうなっているんだろうか、と頭を悩ませた。


 一昨日に引き続き、定時で上がろうとした青島を、強行犯係の誰も異を唱えようとしなかった。
 青島に切羽詰まった事情があるという事は、既に皆、知っている。
 そして先程の会話の一端も既に聞き及んでいた。
 盗み聞きした訳ではないが、青島の声が聞こえてきたからだ。
 そこで、本店絡みの話、それもプライベートに関する事柄であると察せられた。
 おそらく、青島の苦渋に関係ある事だろう。
 その話を聞いて以降の青島は、一旦、安心したのもつかの間、すぐにまた新たな悩みを抱えたようだった。
 それを見聞きしてからの強行犯係の反応は、二手に分かれる。
 本店の名前が出た、という事は相手は本店の人間、ないしはその知り合いなのだ。
 しかし本店と関わりのある人間で、青島の恋愛対象となりそうな人間、というと限られてくる。
 本店には女性が少ないからだ。
 その数少ない女性の名前は既に一人出た。
 しかも嫌がっていた素振りから察すると、沖田は該当する女性ではないらしい。
 ならば一体、誰なのか。
 それに、何故、その存在を秘密にしなければならないのか。
 支店を見下しがちな本店の人間だから、公にしないというのはわかるにしても、自分達にまで秘密にする事はない。
 青島の部下で、それを問題視する人間などいないだろう。
 事の一端を知り、緒方はますます混迷が深まっていったが、その一方で夏美はそれを知って、我が意を得た、というような顔付きになる。
 まるでクイズの解答を先に理解したかのような反応に、緒方はこれが自分より大分年下なのに、早々に恋愛結婚した人間と、恋人の一人もいない人間の違いな のかと、夏美とは対照的に顔を歪めていた。




 
 

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