定時に湾岸署を飛び出した青島は、新城、沖田と落ち合い、沖田の部屋と向かった。
その際に二人には、特に沖田には文句を言われどおしだった。
ここまで深く関わったのだから、二人が事情を知りたがるのは当然だ。
しかも沖田にとっては、室井を青島から奪う絶好のチャンスなのだから、出来れば連れ出しにも来て欲しくないだろう。
もっとも、室井が仮に青島と別れる事があったとしても、そのまま沖田の部屋に居座って、沖田と付き合う事など考えられない。
だからと言って、このまま放っておく訳にはいかないので、二人から何を言われようと、青島は黙って口を噤んでいた。
とにかく、室井と直接会って、話をしてからでなければ今は何も言えない。
そう思って、沖田の部屋まで行ったが、そこにはもう室井は居なかった。
驚いて二人を見るが、二人も何も知らないと言う。
昼に一度、様子を知る為に電話をしたら、その時は居たと言う事だった。
室井はまだ具合が悪そうで、しかも何故そこに居るのか記憶もなかったらしいが、事情を説明したら理解してくれた。
ここに来る前に連絡を入れなかったのかと青島が聞くと、会うのを嫌がるかもしれないと思って、何も言わなかったと答えてくる。
それならどこへ、と思ったが、テーブルの上に置き手紙があった。
携帯で礼をするのではなく置き手紙というところが、律儀な室井らしい。手紙には泊めてもらった事と、介抱してくれた二人への礼、それから家に帰る、と記 されていた。
それを見て、二人への礼もそこそこに青島は慌てて、沖田の部屋を飛び出す。
後で連絡をしろ、という言葉も聞かずに、青島は家へ一目散に帰っていった。
電車に乗っている時以外は、それこそ走るようにして家まで帰ってきたが、しかし、辿り着くとそこにも室井は居なかった。
家の中をくまなく探り、布団まで剥いでも、やはりどこにも姿が見つからない。
行き違いになったのかと、室井に電話をしてみるが、全く繋がらなかった。
一体、どこへ行ってしまったのかと、青島はその場に崩れるようにへたり込んだ。
家には居ない。携帯も繋がらない。他の行き先も思い当たらない。
どうしていいのかわからなかった。
暫くその場に呆然と座り込んでいたが、室井の行方を考えた途端、ふと、これが捜査だったらどうするかと思い至った。
捜査なら相手の立場になって、どう動くか考える。
こんな時にもかつての先輩、和久平八郎の教えは染みついていて、自然とそう動いている姿が思い浮かんだ。
室井ならば、全てを放り出して行方知れずになる事は絶対にない。
もしそういう事があるとすれば、それは不測の事態が起きた時だけだ。
だがそうでなく、連絡が無いのならばそれはどういう時か。
携帯が使えない時だ。
昨日から家に帰っていないなら、バッテリー切れを起こしている可能性が高い。
あるいは携帯をチェックしていなければ、それに気付いていない事もあるだろう。
そして責任感の強い室井なら、具合が悪いからといって、そのまま仕事を休むものだろうか。
きっと後からでも、動けるようになったら必ず職場に向かうに違いない。
けれど、そこで沖田の部屋にあった置き手紙の事を思い出した。
手紙を見た時は室井らしいと思ったが、それだと辻褄が合わない。
手紙を書いたのは、携帯が使えなかったからかもしれないが、ならば何故、職場ではなく家に向かったと書いたのか。
そう考えて、ある事に気付く。
青島は急いで室井のクローゼットを開けた。
そこには、さっきまで着ていたかのような皺が寄ったスーツが掛かっていた。
泥酔して担ぎ込まれたのなら、きっと服を着たまま寝ていたのだろう。
だから室井はそのまま職場に向かう事が出来ずに、一旦、家に帰って着替えたのだ。
そこまで思い至って、青島はようやく胸を撫で下ろした。
早速、室井の所在を確認したいが、携帯は通じない。警察庁に直通電話はあるが、不審に思われては困るので、そこに電話をした事は無かった。
警察庁に電話して問い合わせる事も出来るが、何かが起きたのだと変に勘ぐられても困る。
少し考えて、青島は先程の携帯に残っていた着信履歴から、新城に連絡を取った。
「新城さんですか? 青島です。室井さん、家に居ません。多分、警察庁に戻ったんだと思います。携帯が切れてるみたいだから、警察庁に電話して所在を確か めてもらえませんか? 居たら、こっちに連絡するよう伝えて下さい」
電話を切って、青島は思わず息を吐いた。
これで大丈夫だろう。
本当ならば、警察庁に押しかけて所在を確かめたいが、なるべく騒ぎを起こしたくない。
既に、室井が病欠後に登庁という事をしているのだから、これ以上、不審に思われる事態は避けたかった。
自分達の関係を少しでも疑われるような事はしてはならない。
新城なら、現在は警察庁長官官房付となっているから、室井の所在を問い合わせてもおかしくないだろう。
青島はその場を暫くうろうろして連絡を待ち続けていたが、程なくして着信が届いた。
見慣れない番号から聞こえた声は、探し続けていた室井のものだった。
『青島か? 心配かけてすまなかった』
懐かしくも思えるその声に、青島は飛び上がるようにして喜んだ。
「室井さん!! 良かった! 連絡ないから心配したんです」
青島の言葉に、眉を寄せているのだろう。
重く沈み込んだ声で再度、詫びてくる。
『すまない。飲み過ぎて意識を無くしていた。携帯も電源が切れていて、てっきり新城達から、連絡が行ってると思っていた』
やはり、思った通りだった。
軽く息を吐いてから、室井を窘める。
「今度からは、必ず自分で連絡して下さい」
そう言うと、室井が僅かに逡巡した後、小さな声で呟いた。
『……お前が嫌がるだろうと思うと、連絡しづらかった』
室井の言葉に、自分の態度が誤解を招き、こんな事態を引き起こしてしまったのだと、青島は気付く。
「誤解ですっ! 俺、そんなつもりじゃ……ただ……」
青島が言いかけた言葉を引き継いで、室井が問いかける。
『ただ……?』
どこか期待しているかのような声音に、青島は唐突に、これが携帯ではなく、警察庁からの直通電話である事を思い出した。
まさか盗聴はされていないだろうが、職場でしていいような話でも無い。
だから、代わりにこう言った。
「室井さん、早く家に帰って下さい。そうしたら、話します」
青島がそう言うと、おそらく着いたばかりで大した事はしていないだろうに、慌てて帰り支度をするような気配がした。
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