その怒号が携帯から漏れて、真下家にも伝わったらしい。今度はそちらから雪乃の怒声が響いてきた。
『あなた、何やってるの!? 青島さんと室井さんの事、わかってるんでしょ?』
真下夫婦も、室井と青島の仲は既に知っている。
だからこそ、雪乃もその事に驚愕して、自らの夫を咎め始めた。
携帯を通して、部下である筈の青島と妻の雪乃と同時に責め立てられた真下は、これ以上は無いくらい小さくなりながら弁解する。
そこにはかつての交渉人としての姿など、微塵も無かった。
「……い、池神長官に言われたんですよ。室井さんの結婚相手にいい人いないかって。池神長官が室井さんを取り込むつもりなのはわかってましたから、推薦し
てもおかしくない女性で、絶対に断ってくれる人を紹介しました。僕が潰す訳にもいきませんし、とにかく見合いさせておいたら、面目が立ちますから。……
僕、いい仕事したつもりです」
真下の説明を聞いて、青島も雪乃も責めるのを止めた。
お見合いを潰す為の人選とあらば、確かに適任だ。
急に怒気が沈下して、辺りが静まりかえる。
「……先輩? やっぱりまだ怒ってます?」
自分が署長の立場である事も忘れて、真下が恐る恐る尋ねてくる。
それにどう答えて良いものかと、青島は口籠もった。
真下の立場では断れなかっただろうし、そうなれば確かにすみれを選ぶのが一番良い。
うっかりその気になられてしまう事も、誤解をする事もなく、自分から断ってくるだろう。
だからこれで良かったのだ、仕方の無い事だったのだ、と頭ではわかっていても、それでも青島の気持ちはまだ治まりがつかなかった。
「……もういいよ。……夜中に怒鳴りつけて悪かった。子供達起こしてないか?」
さすがに真下を褒める気にはなれないが、それでも気遣いは見せるようになって、真下家に迷惑を掛けてない事を確認すると、青島は静かに電話を切った。
「……青島」
俯いて沈み込む青島を、室井が心配そうに見つめる。
そして恐る恐る腕を伸ばし、嫌がらないかと様子を伺いながら、抱き締めてきた。
室井の暖かな身体に包み込まれ、青島が僅かに息を吐く。
そのまま暫く抱き締めると、室井が言い聞かすように告げてきた。
「……恩田君には結婚する気はないと、はっきり断られている。余計な心配はするな」
実を言うと、すみれとの見合いを青島に告げづらかったのは、それ自体もそうだが、最大の理由は、この時に警察を辞めると打ち明けられたせいだった。
青島にとっては、これはとても大きな問題となるだろう。
けれどこれは、すみれから青島に直接告げるべき事なので、室井はそれには口を噤み、見合いの顛末だけを青島に教えた。
だがそう聞いても、青島はぴくりと反応するだけで、まだ黙りこくったままだ。
予想はしていたが、余程、すみれとの見合いが嫌だったらしい。
他の女性なら青島は嫉妬もしないが、すみれ相手だと、これほど著しい反応を示してくる。
それはやはりすみれという女性が、青島にとって特別な存在だからだ。
ここでもまた青島の気持ちを突きつけられるようで、胸がざわめいてくる。
しかしどちらにしても、すみれとの話はもう終わってしまった事だ。
もうこの事を青島が気に病む必要は無いし、全てを打ち明けてしまった今、室井ももうこれを思い煩う事は無い。
だから、もう忘れてしまおうと言葉で告げる代わりに、青島の唇を塞ぎ、スウェットの中にそっと手を忍ばせた。
青島はそれを大人しく受け入れるが、自分から積極的に動く事はない。
まだそういう気持ちになれないのだろう。
だが愛撫を施していれば、青島も次第にその気になってくる。
もう夜も遅いから、あまり時間はないけれど、たとえ僅かの間だけでも愛し合えば、気持ちは満たされていく。
そうなれば互いを愛する以外の事は、どうでもよくなる。
そう思って室井は、青島の身体を丹念に愛し始めた。
しかし青島の反応は芳しくなかった。
いつもなら、胸の粒を指で摘むだけで、堪らないように身体をくねらせて声を上げるのに、今は揉み込んでも硬く尖らせる事すらない。
それではと思い、下着を押し下げても、やはりそこも未だに下を向いたまま、全く兆す様子が無かった。
疲れていてなかなかその気になれない時だってあるのだから、室井が臆することなく、そこに唇を寄せようとしたら、不意に青島が腰を引いた。
そのまま、脱がせ掛けていた服を身に付けようとする。
「……すいません。俺、なんか今はそういう気になれない。このまま寝かせて下さい」
そう言って、室井に背を向けてさっさと横になってしまった。
「……あ、青島」
その様子に、今度は室井の方が慌てふためいた。
青島がこんな反応をしてきた事は今まで一度もない。
時間が無かったり、疲れていたり、といった理由で拒まれる事は、これまでにもよくあったし、それは室井の方でも気を使っていた。
そういう時に無理に応じてくれても、なかなか身体も反応しづらい。
でも、ただその気になれないという理由だけで、拒まれた事などなかった。
一緒に暮らす前は、会う時間を作る事自体が大変だったから、諍いがある時でも、極力相手と溝を作らないように努力していた。
その気になれないならそう言って、代わりに抱きしめたり、キスを軽くするぐらいの事はしてきたのだ。互いを想う気持ちを無くした訳ではないと、いつも伝
えていた。
何か理由があってセックスを拒否しても、室井自身を拒んできた事など今まで一度も無い。
自分に背を向けて拒絶している青島に、室井はこれまでにない危機感を抱いていた。