勤務中に青島から届いたメールを見て、室井は少し首を傾げた。
『今日、早く終わったら、東京ミレナリオに行きませんか?』
デートのお誘いだ。
それだけなら嬉しいのだが、問題はその内容だった。
東京ミレナリオと言えば、丸の内で開催されるイルミネーションの祭典だ。
クリスマスイブから正月まで開催されるが、一日平均、二十万人程の人が訪れ、毎回大混雑している。
警視庁からも、各署に雑踏警備活動を依頼している大規模なイベントだ。
当然、どれほど混み合うかは双方共に理解している。
そこに何故、わざわざ誘ってくるのか。
それもクリスマスイブに。
青島とは付き合ってもう何年か経つが、これまでクリスマスだからといって、特に何かをした事はない。
お互い、仕事に追われてその日が空くとは限らないし、それに青島などは、却ってクリスマスだからこそ、署に様々な事件が舞い込んで忙しい筈だ。
湾岸署など今や歓楽街であるから、酔っぱらいや騒ぎたい若者などがたむろして押しかけている事だろう。
疑問に思いつつも、室井は返事をした。
『定時で上がってもいい。君は?』
答えはすぐに返ってきた。
『宿直明けで、今日は非番です。だったら、俺そっちに迎えに行きますね』
青島は私服なので、警視庁ではなく桜田門駅で待ち合わせていたが、ここから丸の内なら徒歩でも行ける。
歩きながら見られるだろうと思っていたが、皇居を抜けて日比谷通りに出た途端、大混雑が始まっていた。
歩行者天国の車道と、歩道とでは歩く方向が決まっていたので、迷う事は無かったが、入り口に辿り着くまでに、相当時間が掛かりそうだ。
あまりの人混みにため息が出そうになると、青島がにこにことして話し始めた。
「いかにもクリスマスのイベントって感じですね」
「そうだな」
「署でね。女の子達が話してたんすよ。クリスマスは仕事だから、彼氏とデート出来ない。一回くらいクリスマスに思い出作りたいって。俺も警察に入ってから
は、クリスマスは仕事、っていっつも思ってたから、一回くらい室井さんと思い出作ってもいいなって。だったら、行ける時に行っとかないと。いつもはクリス
マスにどっか行く暇なんか、絶対無いですからね」
「……そうか」
その言葉に、室井は周囲の喧噪を忘れて、口端を上げた。
特にクリスマスに拘りがある訳ではなく、自分との思い出が作りたかった、という気持ちが嬉しい。
自分もクリスマスには拘りは無いが、今日の事は忘れられない一日になりそうだ。
入場待ちの列の最後尾に辿り着くと、入り口からそこまでの距離にまた驚かされたが、もうそれさえもイベントの一つのようで、却って混雑を楽しむ気持ちに
なれた。
男同士でこんな場所に来れば浮くんじゃないかと思っていたが、意外にカップルや家族連れだけでなく、会社帰りの一行や、学生の集団、中年の主婦のグルー
プなど、雑多な集まりが多かった。
夕方から夜の間だけの開催だから、全ての層がこの時間に集まってくるのだろう。
あまりの人混みに、誰が誰と来ているかなど、どうでもよくなってくる。かなり混み合っていて、なるべく詰めるように後ろから押されるから、人間同士が密
着し合ってしまうのだ。
警備体制は大丈夫なのかと、ふと職業意識が先に立って周りを見渡すと、一人の男と目が合った。
するといきなり、男が挨拶を始める。
「室井警備課長、お久しぶりです」
男に見覚えは無かったが、昔の役職で呼ぶからには、その時に関わりのあった人物である事は間違いない。
記憶を掘り起こすと、一つの顔が思い出された。
「……内田君か」
「はい。ご無沙汰しております」
室井が警備局に居た時の部下、内田晋三だった。
確か一度、青島とも仕事をした筈だ。
顔や体型に変わりは無かったが、頭部が別人のごとく後退してしまっている。数年で見事な変わりようだった。咄嗟に思い出せないのも、無理はない。
「君は今も警備局にいるのか?」
「いえ、今は警視庁の警備部の方に。警護課警護第二係班長です。やってる事はやっぱり警備ですが」
とはいえ、順調に出世している。長く同じ職が続いているところをみると、よほど本人に向いているのだろう。
元部下が信頼に足る仕事をしているのだと、室井は好ましく思った。
「頼もしいな」
「いや、そんな。室井さんこそ、噂は色々伺ってます。吉田副総監や、お台場連続殺人とか解決なさっていらっしゃるじゃありませんか」
互いに褒め合うという面映ゆい事になって、自分だけの力ではないと、青島を振り向いたら、そこには姿が無かった。
「……青島?」
辺りを見回すと、青島の大きな声が響いてきた。
「……彼女? いる訳ないって! 仕事、仕事で作ってる暇なんか無いよ。今日だって、上司誘って来てるぐらいだからさ」
どうやら青島も、知り合いを見付けて話し込んでいたらしい。
こちらに背を向けて、警備の警察官と話しているのを見ると、内田が恐る恐る話しかけてきた。
「……今日は視察でしょうか?」
「え? いや……」
勘違いしている内田にどう答えようかと口ごもると、青島が大きな声で呼びかけてきた。
「室井さーん!」
大きく手を振って、こちらを呼びかけてくる。驚いて目を向けると、青島の声が再び聞こえてきた。
「ほら、ちゃんと上司と来てるだろ? 彼女じゃないって。羨ましがるなよ」
青島が私服だった事で、仕事ではなくプライベートだというのが、はっきりと内田にもわかったようだ。