「…………失礼しました」
「いや…………その、お疲れさん」
さっきとは微妙に内田の見る目が変わっている。
青島も本庁では、大事件を解決した立役者でありながら、トラブルメーカーとしても有名だった。自分と階級の差を超えて仲が良い事も、よく知られている。
しかも、内田と一緒に仕事をしていた時、杉並北署に飛ばされていた青島を、自分が強引に湾岸署に戻した事でちょっとした騒ぎになった。
単に、とっくに湾岸署への辞令が出されていたにも関わらず、怠慢によって実行されていなかった、というだけだったのだが、やり方が強行だったせいで、職 権乱用しているかのような印象が残ったのだろう。目を掛けすぎていると噂になってしまったのだ。
そしてその命令を遂行したのが、この内田晋三である。
内田もそれをよく覚えていたらしい。
プライベートで遊びに行く程の親密すぎる付き合いがあり、それが数年を経ても未だ変わらない事に、微妙な気持ちになってしまったようだ。
居たたまれないような思いで、室井は先に進んでいった。
慌てて、青島がその後を付いてくる。
「……すいません。ただの上司だなんて言っちゃって」
「え? あぁ。気にするな」
足早に列に向かったのは、別に青島の言葉に気分を害したからじゃない。普段なら、そう言わなければならないとわかっていても、どこかもやっとした気持ち になるのだが、青島との関係を訝しく思われてしまうと、正直それを考えてはいられなかった。
だが、そっけなく前に進む室井を、青島は尚も気にしてるようだ。
「なんか、こんな日に仕事しないで彼女と来てるって、めちゃめちゃ羨ましがられちゃって。否定しないと、あいつ仕事にならなさそうだったから……怒ってま す?」
顔を覗き込むようにこちらを伺う青島に、室井は少し表情を緩めた。
「怒ってない。こっちも知り合いがいたからな」
「あー、なんだ、それで。俺といるとこ見られたの、まずかったですか?」
「君に目を掛けすぎていると、また噂になったら困る」
「うーん、それは事実だから、仕方がないんじゃないかなぁ。だって、いいコンビだし」
本当はそれ以上だから、という言葉を言外に含ませて、青島が言う。
親密さを滲ませるその物言いに、ようやく互いの距離感が元に戻ったようだ。
また寄り添って歩き出すと、ちょうど遠くに光の集合体が見え始めてきた。
近づくにつれ、イルミネーションで作り上げられた門の見事さに目を奪われる。
見慣れた街中に、突如として非現実的な存在が現れ出てきた。
イタリアの芸術家がデザインしたという、その展示物は、まるでヨーロッパの美しい教会が、光となって顕現したかのようだ。
荘厳でありながら、幻想的な雰囲気を醸し出している。
単なるイベント、エキシビジョンの域を越え、誰が見ても美しいと感じられる芸術がそこにあった。
これだけ多くの人を引き寄せるのも道理だ。
周りを見渡してみても、おしゃべりに夢中になる者はもういなかった。時折歓声が上がる他は、ひたすら見惚れるか、写真を取るかで、静かに鑑賞している。
青島もそこに繰り広げられる光の祭典に、言葉もなく見入っていた。
やがて列が進み、光の門をくぐり抜けていく。その後には光の回廊が続き、視線を上に向けながら、二人ともゆっくり歩いていった。
「……やっぱり来て良かったですね」
回廊から目を離さずに、青島が呟く。
「ああ……」
全く、同意だった。青島が誘ってくれなければ、自分が行く事などけして無かっただろう。
青島と一緒に見られた事が、何よりも嬉しい。
これきり行く事はないだろうが、忘れられない日になりそうだ。
「誘ってくれて、良かった」
そう返すと、青島が目を見開いてこちらを見た。
「今、室井さんにキスしたい」
小声でそう返してくる青島に、室井は気を引き締めて、断りを入れる。
「これで我慢しろ」
そう言い置いて、青島の手を引っ張り、コートの中でこっそり握った。
この人混みで、皆が上を向いている。コートの中で手を握っていても、誰も気付かないだろう。
「……」
青島は笑みを浮かべ、ギュッと手を握り返してきた。
手を繋いだまま、光の中をゆっくりと歩き続ける。
アーチを象った光がいくつも浮かび上がり、まばゆいトンネルを形成していた。
どこまでも長く続くそれを歩いている内に、幻想空間にいるような錯覚が芽生えてくる。手を繋いでいる互いだけが確かな現実のような、二人でそこにいる事 自体が夢のような、不思議な心地になっていた。
やがてそのトンネルは唐突になくなり、暗くなった視界に、光で彩られた横長の大きな建築物と、前に飾り付けられている光の花が目に飛び込んでくる。
よく見慣れた建物、場所である筈だが、まるで初めて訪れる異空間のようだった。
そして大きな光の彫像を過ぎると、そこで光の祭典は終わりを告げる。
終わっても、まだ気持ちが異世界にいるままで、元の状態に戻れない。
もっとそこに止まって幻影の世界に浸っていたいが、後ろから押し寄せてくる人の流れが否応なしに、現実へと連れ戻してしまう。
そこにも街並みの、まばゆい明かりが点在しているが、それはもう日常の平凡な灯にすぎない。
まだイリュージョンの世界に浸りきったまま、二人は無言で歩き続けていた。
人混みに押し流されるように先に進んでいたが、徐々に人の流れは減っていく。最寄りの駅や、目的の場所に散っていくのだろう。
もう密着せずに普通に歩けるようになった時、前から歩いてくる人に変な顔をされて、唐突にコートの中で手を繋ぎ合っていた事に気付いて、青島は慌てて元 に戻した。
「……すいません」
「こっちこそ。気付かなくてすまない」
男二人で顔を赤くして、詫び合う。
暫く俯いたまま、二人して歩いていたが、日比谷辺りまで辿り着くと、室井はおもむろに訪ねた。
「この後、どうするんだ?」
どこかに移動するなら、駅に向かわなければならない。
この後もまだやりたい事があるのか、それとももう帰るつもりでいるのか。
問うと青島は、ぼんやりと答える。
「……見終わったら、居酒屋にでも行こうかなって」
フレンチやイタリアンと言い出さないところが、いかにも男同士の付き合いだ。
女性相手なら気を使わなければならないが、男同士だとそういうところで見栄を張る必要が無い。
第一、行きたくともクリスマスイブでは予約も出来ないし、仮に行けたとしても男同士では居心地も悪かろう。
室井は、らしい答えに口端を上げた。
けれど青島はそう言いつつ、いつもの調子で引っ張っていこうとはしない。
どこか躊躇うようなその様子に、室井は自分と同じ気持ちでいる事を悟った。
「こちらに任せてくれないか?」
青島が少し驚いたように顔を上げて、答える。
「……いいですけど」
「少し待っててくれ」
言い置いて、室井は一人歩いていった
続 き
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ユーザー名
(室井さんが平成10年に異動した○署)
○の部分を、ローマ字で記入。
入室出来ない場合は、読み方が間違っているのかも。
バスワード
(青島くんの血液型)