タイトル |
著者 |
レーベル名 |
定価(刷年月),個人的評価 |
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『晴れた日には鏡をわすれて』 |
五木寛之 |
角川文庫 |
本体:540円(H7/1初)、★★☆☆☆ |
隠岐の島の民宿で働くアカネは、自分の醜い容貌に絶望していた。醜いために実母にすら疎まれながら育てられた彼女は、深く傷ついていたのだ。死に場所を求めて島を訪れた形成外科医の不思議な魅力に取り憑かれたアカネは、彼の言う「運命への反抗」のために、命を預ける決意を固める。
モスクワの陸軍病院で戦傷者の再建治療で経験を積み、国際的にもトップクラスの技術を持つようになったという話は、それなりの説得力があったが、その後の展開はズレを感じて乗れない。
前半の絶壁での勇気比べや、その後のもったいぶった説得も、余り良い印象は無かったけど、後半の中東の金持ち息子や、彼との放蕩生活、唐突で理解不能なラストなどは、著者自身が投げやりになったのかと疑った。手術前後やトレーニングの部分、スチュワーデスとのレズ風な関係などは楽しめた。
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『依頼人がほしい』 |
パーネル・ホール |
ハヤカワ文庫HM |
本体:621円(93/12初、97/9,6刷)、★★★★☆ |
江口寿史さんの表紙のお人好し探偵・スタンリー・ヘイスティングズのシリーズ五作目。
歯の治療のためローンを組んで、さらにお金に困ってしまったスタンリーは、“別居中の妻の行動を報告してほしい”という依頼を請け負った。探偵といっても事故専門の調査員の彼は、素行調査は初めてだった。慣れない仕事に苦戦して、ぼやき続けるうち、尾行していた女性が殺され、犯人にされてしまった。疑いは晴れるのか?
五作目ともなるとマンネリになるかと思ったが、まだまだ新鮮で面白い。今回はスタンリーの妻が収入を補うためにパソコンを使って、小遣い稼ぎをしているのが出てくる。彼女は元IBMのプログラマーなのだ。そんな妻にパソコンのわからない彼は、苛立ったり嫉妬したりする。その末に落ち込んで反省する良い奴なのだ。
失敗ばかりでなく、なかなかカッコイイ。いつもどうり、カッコイイままでは終われないけど、「良くがんばったね」と誉めてやりたくなるね。ちょっと驚いたのは、電話で妻に頼まれ、仕事帰りに生理用ナプキンを買ってかえるところ、日本では無いよなあ、たぶん。
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『アイデアを捜せ』 |
阿刀田高 |
文春文庫 |
本体:448円(99/2初)、★★★★☆ |
ショート・ショートから短編、長編、ミステリーからファンタジー、恋愛小説など幅広く書いている著者が、幾つかの作品を例に挙げながら、アイデアの発想から、熟成、作品に仕上げるまでの過程を分析して公開する異色のエッセイ。
『阿刀田高のサミング・アップ』という本で、既に自作の種明かしをしながら作品を掲載している。ある名所を訪れて書いたエッセイと、その地をテーマに書いた短編を掲載したり、同じアイディアで書いたショート・ショートと短編を合わせて載せたり、小説とそのテレビ・ドラマのシナリオを比較して解説したりしている。それは単行本に未収録の作品を一冊にまとめるための策だったらしいが、本書では自分のアイデアの発想法を公開して、あらすじまで紹介している。
単純に「発想法を公開」と言っても、多くは無意識での作業だろうから、それを言葉にするのは難しい事だろう。多くの作家が「それが分かれば、教えてほしい物だ」と言い逃れる事項に挑戦して、発想法を分析して分かりやすく説明する事に成功した。また読み物としても十分楽しいエッセイになっている。
「何枚かの薄い板のそれぞれ違った位置に穴が開いている。この穴を揃えて向こうがスーッと見えるようにする努力が、ミステリー作法にとって重要なことである」や、「あの点はどうなっているのかなあと読者に疑問が残るようでは、大きなマイナス点なのである」などの言葉から、阿刀田さんの小説に対する姿勢がうかがえるのも面白い。
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『麦の道』 |
椎名 誠 |
集英社文庫 |
本体:533円(99/6初)、★★★★☆ |
自身の高校時代を元に、架空の人物名で描いた長編小説。
津田尚介は、志望の高校の受験に失敗し、開校二年目の市立高校に入学した。落ちこぼれ生徒の救済校の中で、「まあいいやどうだって……」と思っていた彼も柔道に真剣に打ち込むようになる。近くの女子校の生徒への淡い思いや、暴力教師への反抗、番長グループとの対立などを絡ませて描く青春小説。
教師が、煙草を持っていた生徒を、顔が腫れ上がるまで殴る。今なら新聞記事にでもなりそうな話だが、当時は結構普通にあったかも知れない。そんな中で、番長グループと対立したり、他校の不良に絡まれたり、中学時代の友人たちが揃って格闘技に熱中していたりと、津田少年を取り巻く世界は物騒なのだが、柔道に打ち込み、あこがれの女生徒を見つめるその姿は爽やかでもある。
いろいろな事が起こりそうでいて、特に大きな事件もなく終わっているのが、椎名さんの自伝的な小説群の特徴だろうと思う。いくらかは小説的な嘘も含まれるのだろうけど、その境が分からないところが良い。
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『惑星へ 上・下』 |
カール・セーガン |
朝日文庫 |
本体:各700円(98/4初、98/5,2刷)、★★★☆☆ |
米国の宇宙開発の初期から指導的役割を果たし、SF小説『コンタクト』も書いた著者の宇宙をテーマにした科学解説エッセイ。
新聞の日曜版付録の記事に、多数の書き下ろしを加えて本にまとめた物らしい。SF小説だと思って買ってきたのだが、科学解説書だった。解説書という程には堅苦しくないので、科学エッセイと言うのかも。
1995年当時の最新データを織り交ぜながら、宇宙探査の成果や歴史を語り、今後の課題を挙げている。また、飢えている人がいる時代に、多くの費用を宇宙開発につぎ込む事への是非を論じている。様々な理由を挙げた後に、意外と弱気な事を言って、少ない予算で有人火星飛行に貢献できる、身近な研究内容を挙げている。
少し退屈な部分もあるけれど、著者の宇宙探査にかける思いが伝わってくる内容で、地球外生物の発見に力を注いで、確信を得ることなく亡くなった事を残念に感じた。逆にバイキングなど多くの成功を間近で見る事が出来て幸せな人だとも思った。
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『夏草の記憶』 |
トマス・H・クック |
文春文庫 |
本体:667円(99/9初)、★★★★☆ |
『緋色の記憶』、『死の記憶』と合わせて〈記憶三部作〉と呼ばれている。話はそれぞれ独立している。
小さな町の医師ベンが30年前の忌まわしい出来事について綴る。美しい転校生ケリーと共に学校新聞を編集する事になり、彼女に恋するようになっていく。しかし、彼女は何者かに襲われ痛ましい犠牲者となった。親友までもが、30年の間に何度となく彼を疑う言動を見せた。二人の間に何があったのか、本当の犯人は彼なのか。
地味に話が進むので、ある程度の話が見えてくるまでが退屈だが、30年前の事件の真犯人なのかも知れない事が感じられるにつれて、話にがっちり囚われてしまう。
ケリーの生い立ちの謎と潔癖さが、美しさだけでない彼女の魅力になっていて、真面目な彼が魅了されていくのが良く分かる。二人の仲のほんのちょっとの進展や彼女の好意的な言葉に、気持ちが大きく揺れる様が初々しい。そういう純粋な思いが悲劇に繋がっていくのが辛い。そうした出来事を秘めて30年間暮らしてきた気持ちが絶妙に描き出されている。
ラストまで思いがけない事が隠されていて、ずっしりと重い話の割にその意外性が楽しませてくれる。
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『邪眼鳥』 |
筒井康隆 |
新潮文庫 |
本体:362円(H11/11)、★★★☆☆ |
「邪眼鳥」と「RPG試案――夫婦遍歴」の二編を収録。
「邪眼鳥」
富豪・入江精一の葬儀に息子・娘たち三人が集まった。若い頃は歌手だった父の資産の出所に疑問を感じた彼らは、SPレコード「夏の初戀」に隠された謎を追う。
美しい義母が謎めいて幻想的だ。さらに、佐市という芸人が異常な雰囲気を高めている。文にリズムがあって面白い。後半には時空が混乱していくが、話は奇麗にまとまっている。
「RPG試案――夫婦遍歴」
夫はフリーのプログラマーで、エッセイストで、ニュース番組の解説者・コメンテーターだったが、今は仕事がない。京都の会社から宣伝部長として迎えたいという話があり、
夫婦で京都のホテルに泊まったが、何やら異変に巻き込まれる。
話の間に別の関連したテキストが紛れ込んでいる混乱した内容。最後は何だか分からない。
どちらも難解だけどストーリーを追う事は可能だ。でも、そんな表面的な話だけで評価してはいけない作品なのかも知れない。
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『冷たい密室と博士たち』 |
森 博嗣 |
講談社文庫 |
本体:629円(99/3初)、★★★★☆ |
犀川助教授とお嬢様学生・萌絵のミステリ・シリーズ第二弾の文庫化。
犀川助教授と萌絵は、喜多助教授の誘いで極地環境研究センタを見学に訪れた。防寒スーツ姿での作業を見学し、実験室での打ち上げにも参加した。彼らが実験室で楽しんでいた頃、となりの準備室では二人の学生が殺されていた。密室殺人に巻き込まれた二人が真相を推理する。
『すべてがFになる』よりもずっと舞台がリアルで、トリックも殺人の動機も納得しやすい話になっている。萌絵と犀川助教授の関係も、犀川の結婚問題から遠回しに描かれていてなじみやすい。『すべてがFになる』の解説によると、本書が一番最初に書かれた話らしい。
何より良かったのはトリックが「犯行前後の行動を読み返して、図面を良く見れば」解く事が出来る物だった事。実際には著者の巧みなミスリードにやられたのだが……。こういうフェアな作品ってなかなか無いので貴重だ。
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