読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 1999年10月

『〈超〉読書法』, 小林信彦
『宇宙消失』, グレッグ・イーガン
『毒猿 新宿鮫2』, 大沢在昌
『袖すりあうも他生の縁』, 清水義範
『地底大戦 上・下』, プレストン&チャイルド
『白色の残像』, 坂本光一
『地下街の雨』, 宮部みゆき

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『〈超〉読書法』 小林信彦
文春文庫 本体:457円(99/5)、★★★☆☆
 「週間文春」の読書日記に、書き下ろしを加えた『本は寝ころんで』の続編。今回は「本の雑誌」の連載も収録。

 内容が片寄っていた『本は寝ころんで』に比べると、ずっと面白い。ヤクルト・ファンらしい記述があって、ちょっと親近感を感じた。スコット・スミス『シンプル・プラン』や、絶賛してる訳ではないが、アンドリュー・クラヴァン『秘密の友人』などが、きっちと書評されていて良かった。

 映画や映画本、阪神大震災、オウム真理教事件やジャック・フィニイの死などに触れながら、様々な本についてあれこれ書いている。吉田秋生さんのマンガ『BANANAFISH』にまで目を通しているのだから、感心してしまう。  

『宇宙消失』 グレッグ・イーガン
創元SF文庫 本体:700円(99/8)、★★★★☆
 西暦2034年、太陽系が〈バブル〉と呼ばれる壁に囲まれ、人類は宇宙を失った。33年が過ぎ、脳神経を再結線して機能を持たせるナノマシンが気軽に買える時代になった。元警官のニックは、病院から誘拐された女性の捜査を引き受け、新香港に向かった。

 出だしで近未来を舞台にしたSFミステリだと思ったら、突然、事象の地平線的な特性を持った太陽系をスッポリと覆った〈バブル〉の存在が知らされる。ぎくしゃくした展開に、少し不安になった。

 “バックルーム・ワーカー(アクソン社製、499ドル)”とか、ボス(ヒューマン・ディグニティ社製、999ドル)なんて出てくるモッドの説明が気分を盛り上げる。波動関数の収縮問題が絡んでくる中盤からは、ハードSFの魅力十分な、とんでもない世界が描かれる。機能的には超能力マシンでしかないけれど、こういう世界観と共に使われると、実にリアルな存在に感じられて面白い。

 ラストに向かって、何となく『ブラッド・ミュージック』を思わせる所は、それまでのハードボイルド的な印象と合わなくて惜しい気がするが、SFの楽しみを満喫できる傑作。  

『毒猿 新宿鮫2』 大沢在昌
光文社文庫 本体:667円(98/8初)、★★★★★
 「新宿鮫」と恐れられる新宿署の刑事・鮫島の「新宿鮫」シリーズの第二弾。

 台湾人相手の賭博場の監視をする新宿署の刑事・鮫島と国際捜査課の刑事。監視を終え、晶のアパートに向かう鮫島は、賭博場に現れた男を見かけ尾行する。キャバレーの店長が殺され、容疑者・楊は、その店の奈美と逃亡。鮫島は、新宿に隠れる台湾マフィアのボスを狙う殺し屋の存在を知らされる。

 前作ほどの質の高さは望めないだろうと、思いつつ読んだが違った。すきのない構成、徹底した姿勢で犯罪に挑む主人公の魅力、恋人や上司など脇役の存在感を、圧倒的な筆力で描き出した前作に、少しも劣るところがない。

 台湾の殺し屋・毒猿と、命を狙われるマフィアのボス・葉威と、毒猿を追う刑事・郭の三つ巴の関係。彼らと鮫島とを結び付ける国際捜査課の刑事の存在。因縁というか、これが「けれん」なのだろう。新宿で展開される壮絶な復讐戦に、鮫島はどう対処するのか?。膨らむ期待を十分に満足させてくれた。

 東京での台湾マフィアの実態などが詳しく描かれていて、そういう知識が押し付けがましくなく溶け込んでいる。国際的な犯罪に主人公が翻弄される図式が、高村薫さんの『リヴィエラを撃て』に似ているが、本書の方が先に書かれている。  

『袖すりあうも他生の縁』 清水義範
角川文庫 本体:495円(H9/7初)、★★★☆☆
 「野生時代」の“人間の絆”シリーズをまとめた短編集。「仄聞」、「まだ見ぬ君に」、「常連」、「楽しい奴」、「二十五年ぶり」、「夫の親友」、「同期の桜」、「はらから」、「双子のように」、「背中」の全十編。

 「まだ見ぬ君に」は、文通での恋の行方を男の側の書簡だけから描き出す。「常連」では、バーのマスターと常連客たちの関係をさらりと皮肉り、「楽しい奴」では、人から楽しい奴と思われる事にのみ、価値を感じている青年が登場する。「夫の親友」では、親友から借金を申し込まれた夫が妻を説得する。「はらから」では、仲の良くない姉妹の関係を一生を通じて見せる。

 短編の多い清水義範さん、普通の人のちょっと悲しい習性を取り上げて、面白おかしく作品にしている。通常だと、エッセイ風だったり、最後に「そんな事、ないだろ!」というオチを用意して笑わせたが、この短編集ではもう少しシリアスに終わっている。作品毎にそれぞれの可笑しさはあるけれど、この本全体を通じると、人生の悲しさみたいな物が感じられた。  

『地底大戦 レリック2 上・下』 ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルド 著
扶桑社ミステリー文庫 本体:各610円(98/4初)、★★★★☆
 博物館に潜む怪物との死闘を描いた『レリック』の続編。

 ハドソン川で、二体の頭部のない死体が発見された。骨に残された歯型を解明するために、博物館を襲った怪物の研究者のマーゴとフロック博士が呼ばれた。一方、マンハッタンの地下に住むホームレスたちの間に、謎の怪物のうわさが広がっていた。

 後から考えて付け加えた続編ではなく、この続編を計画の上で前作『レリック』が描かれている。前作の感想でラストはない方が良いと書いたが、『レリック』一作なら必要のない部分だった訳だ。

 前作のキャラクター総登場だが、地下のホームレスのリーダー・メフィストや、女警官ヘイワード巡査部長といった新しいキャラクターの方が魅力が増している。舞台も古い博物館の地下から、マンハッタンの地下とそこで生活する人々を描いて世界が広がっている。どちらにしても著者の舞台設定の上手さは相当な物だと思った。

 上巻では進行が遅くて疲れてしまった。あと、人間や鼠の凶暴性と、原生動物の凶暴性が同じに扱かわれているのが気になった。ちゃんとした知識に基づいて言っている訳ではないけど。  

『白色の残像』 坂本光一
講談社文庫 本体:560円(91/7初)、★★★☆☆
 夏の甲子園大会に、かつて名門・信光学園でバッテリーを組んだ二人が、監督として出場する。東都スポーツの記者・中山は、二人の間に起きた、かつての事故に疑問を抱き、取材を開始。同じ頃、信光学園と習志野西のスコアに不信を持ったフリーライターが、両校を探り始めた。

 高校野球のあり方を見つめた、力の入ったミステリーなんだけど、空回りしている感じがする。かつて二人に何があったのか、二校が使っている「手品」は何なのか、矢嶋を殺したのは誰か、これらが、一気に解決する様な形で収束すれば、良かったのだが、多くの話を盛り込みすぎて散漫になっている。

 事件解決後から始まり、事件前の飲み屋での乾杯シーンに飛び、すぐにその日の長い会議を思い起こすという風に、読者を引き付けるべき始めのところで、時間が飛びすぎているのも気になった。  

『地下街の雨』 宮部みゆき
集英社文庫 本体:514円(98/10初)、★★★★☆
 「地下街の雨」、「決して見えない」、「不文律」、「混戦」、「勝ち逃げ」、「ムクロバラ」、「さよなら、キリハラさん」の七編の短編集。


「地下街の雨」は、婚約を破棄され傷ついた麻子が、バイト先で知り合った女性はストーカーだった。何を考えてるのか分からないところが恐い。でも、オチがある。

「決して見えない」、「不文律」、「混戦」、これらを読んでいるとき、ふと、日本のSF作家の短編を読んでる気分になる。アイデア重視の短いホラー作品。

「勝ち逃げ」は、ずっと独身で教師をしていた伯母が亡くなった。葬式でのちょっとした事件で、伯母の意外な過去が明かになる。ずっと葬儀の場面なので、少し気分が沈むけど、読後感が良いので好きな話。

「ムクロバラ」は、特定の事件に対し、犯人は「ムクロバラ」だと伝えに来る精神異常者。彼が指摘する事件に共通する物が見えてきて……。

「さよなら、キリハラさん」は、ある一家で突然に音が失われた、その理由とは?。そのままユーモアSFで通した方が良かったかな。


 何度か、他の作家の短編を読んでいるのかと錯覚した。今まで読んできた著者の作品より、突飛な設定を使っているからだろう。そんな中で心温まる宮部さんらしい作品は、「地下街の雨」と「勝ち逃げ」と「さよなら、キリハラさん」の三編だろうか。  






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