タイトル |
著者 |
レーベル名 |
定価(刷年月),個人的評価 |
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『凍月(いてづき)』 |
グレッグ・ベア |
ハヤカワ文庫SF(SF1242) |
本体:560円(98/8)、★★★★☆ |
250ページというSF中編で、『火星転移』より半世紀前の月を舞台にした作品。
地球から月、火星に植民が行なわれ、結束集団(BM)という血族関係にある集団が単位になって政治・経済に競争している時代。絶対零度を達成する実験が行なわれていた月に、地球で冷凍保存されていた人間の頭部が持ち込まれた。装置の一部を転用して記憶の再生が計画されたのだが……。
人間とコミュニケーションできない世界で思考する量子コンピュータや、そのオペレーションの為の技術の転用で冷凍頭部からの記憶の読み出しを考え出すなどのアイデアがいい。それ以上に、冷凍頭部の持ち込みが問題となって起こる政治上の駆け引きが、展開も早くてとても面白い。
『火星転移』とは月と火星という風に舞台が変っているけど、色々な部分で繋がりを感じる作品。時代の経過どうり、本書の方を先に読む方が良かった。ラストは期待に十分に答えていない感じで不満が残るが、中編なので仕方ないか。
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『大穴』 |
ディック・フランシス |
ハヤカワ文庫HM |
本体:621円(76/4初、95/5,18刷)、★★★★☆ |
76年に初板で95年に18刷という、恐るべきロングセラー作品も、私にとっては初のディック・フランシスである。
障害レースのチャンピオン騎手だったシッド・ハレーは、落馬事故で左腕に障害を負って引退、探偵社の調査員になった。特に仕事もなく日々を過ごしていた彼は、代理で付いた見張りで脇腹を撃たれた。一命を取り留めた彼は、競馬場の乗っ取り計画を知り、阻止に立ち上がる。
離婚寸前の妻の父親がいい脇役だ。事故以来、気力を失っていた彼に、火を付ける時をじっと探っていたのだ。探偵社の社長も彼が本気になる日を待っていたのだ。敵が本当にいけ好かない奴だと言うのも十分生かされている。派手さはないが、文句の付けようがない作品だ。
調査の中で顔にひどい火傷を負い片目に義眼をしている女性に出会い、自分の動かない左腕に対しての気持ちが変っていく。互いに少しずつ良い影響を与る所が、全然嫌みを感じさせる事なく描かれていてうまい。
競馬シリーズでは、毎回主人公が変るらしいが、本書には『利腕』という続編がある。主人公に惚れ込んでしまったので、そちらも早く読みたい。
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『ちほう・の・じだい』 |
梶尾真治 |
ハヤカワ文庫JA(JA587) |
本体:620円(97/9)、★★★☆☆ |
書き下ろしの「ちほう・の・じだい」を含む全11編の短編集。
「ちほう・の・じだい」
読むまで“ちほう”が“地方”なのか“痴呆”なのか知らなかったので、ここでも伏せておく。ラストに著者らしい優しさを感じる作品。
「ブンガク・クエスト」
テレビゲームにはまった作家が、手にした試作品ソフト・〈ブンガク・クエスト〉とは……。自虐的な内容といったら失礼かな。色々な意味で面白かった。
「木曜日の放課後戦士」
「ガチャポン」からでてくる戦闘ロボットに乗り込み、小学生同士が空き地の使用権を巡って戦う話。子供たちの夢だよね、こんなの。ラストがほっと安心させられる良い話。「ガチャガチャ」と言ってたような気がする。
「“偶然”養殖業」
科学者で数学者の老人が長年研究してきた偶然養殖業とは……。機械じゃなくて、生物ってところがミソなアイデア・ストーリー。
「怒りの搾麺(ザーメン)」
23歳・男、好きなアイドルの水着ポスターに下半身が反応しない。これがとんでもない事の前触れだった。意外な内容に驚いた。大森望さんの解説に、この作品は横田順彌さんの「おたまじゃくしの反乱」へのオマージュだとある。成る程。
理解しがたい、つまらない作品がない変わりに、凄く好きな作品もなかった。タイムトラベル物の「時の果の色彩」などは、二人だけの世界を描けばメロメロな作品になっただろうに、わざと抑えているのかな。
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『仮想空間計画』 |
ジェイムズ・P・ホーガン |
創元SF文庫 |
本体:920円(99/7初)、★★★★☆ |
550ページの厚い文庫。主人公がアイルランド人というのが大事な要素になっているSF。
バーチャル・リアリティの開発に従事していたコリガンは、テスト段階での接続の障害で一部記憶を失っていた。現実の不整合に悩む彼に、医師は回復の過程だからと言い続けた。しかし、私たちは仮想空間に閉じ込められていると語る女性が現れた。彼女の言葉は真実なのか?。
良くある仮想空間物(この数年にずいぶん読んだ)とは言え、派生的なアイデアが豊富で、他に見られないほどリアルに描かれていて楽しめた。ただ、主人公が仮想空間にいる事に気付くまでの出だしの100ページが余りにも長い。その後の、そこに至るまでの経過と、仮想空間での推移を交互に描いている部分も、退屈な部分があるのは否定できない。
バーチャル・リアリティに対して三段階程の進歩が描かれているのだけど、違いに派手さがないのが残念なところ。どの方法の仮想空間でも小説中での描写を、そんなに変えようがなさそうだし。そんな事もあって、展開に工夫があればもっと面白かっただろう。何らかの形で外の世界との連絡を取って……、なんていう方がスリルがあった。
ホーガンならではの知的な作品でファンには嬉しい限りだが、小説的には文句を付けやすい部分が多いのが残念な作品。
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『機械どもの荒野(メタルダム)』 |
森岡浩之 |
ソノラマ文庫 |
本体:530円、(97/6)、★★★★☆ |
『星界の紋章』のシリーズに手を出すかどうか、この作品で判断しようと読んでみた。
機械が叛乱を起こし、人間は都市の周辺で細々と生活していた。ハンターのタケルは荒野をさまよう機械を狩り、町のジャンク屋に部品を売っていた。しゃべるスナークを捕まえたタケルは、ジャンク屋のカーシャと電脳調教師・鴉(ヤァ)の力を借り機械どもの巣を目指す事になった。
スピーディな展開でぐいぐい引き込まれる。コミック的なキャラクターに魅力があり、会話などにもセンスを感じる。マシンが犬の名を付けられて、ぼやき続けるのが面白いし、何かあると、それをネタに歌を歌いたくなるなど、このチャルが一番の脇役だ。
川又千秋さんの設定で、高千穂遙さんが書いたような感じで、文句無しに面白い。
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『とり残されて』 |
宮部みゆき |
文春文庫 |
本体:466円(95/12)、★★★☆☆ |
背表紙のあらすじ部分では“六篇を収録”となっているが、以下の七編の間違い。「とり残されて」、「おたすけぶち」、「私の死んだ後に」、「居合わせた男」、「囁(ささや)く」、「いつも二人で」、「たった一人」を収録。
「おたすけぶち」
小さな土産物屋の草木染めのハンカチ。その製作者のサインに、十年前に亡くなった兄の名前を見つけた。宮部さんらしい雰囲気の作品だけど、ラストに感じる悪意がどうも好きになれない。
「居合わせた男」
大学時代の友人と会社を共同経営している鳥羽が、旅先で若い女性の二人連れに声をかけられる。彼女たちの会社で起きた事件とは……。話そのものより、鳥羽社長と美人秘書の関係の方がずっと気になる。直接の関係はまだだけど、引かれ合っている感じ。続編があればぜひ読みたい。
「いつも二人で」
自殺した前の住人の幽霊に憑かれた真琴が、彼女(幽霊)に説得され、女装して会社の面接を受ける事になる。なんとも突飛なおかしい話で、ちょっぴりほろっとする好編。
「たった一人」
探偵の元を訪れた一人の女性。続けて見るリアルな夢の場所を探して欲しいと言う。彼女の真剣さに根負けして、引き受けた探偵が、過去の事件に行き当たる。会心の一撃、幻想世界に違和感なく入り込めて上手い。探偵が驚きと戸惑いを表すまいとしてるところがぐっと来る。ラストはこの本の中のある作品と同じだけど、受ける感じが全然違う。
一言で現すとバラエティに富んだ幽霊談なんだけど、著者にしては、ちょっとと思う作品が多かった。幽霊の怨み辛みが、どうしても後味の悪さを残してしまうのかも。そんな中で「たった一人」は拾い物。
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『秘密』 |
東野圭吾 |
文藝春秋 |
本体:1905円(H10/9初、H11/1,9刷)、★★★★★ |
茶色のカバーがかかっているけど、外すと娘の部屋を描いた、手の込んだ奇麗な絵が現れる。読み終わって、これを見て切なくなった。
従兄の告別式に出るために、スキーバスで実家に向かった妻と娘。夜勤明けで帰宅した平介は、二人の乗ったバスの転落事故を知らされる。娘を庇って妻は亡くなり、娘の意識も戻らない。奇跡的に意識を取り戻した娘が平介に、私は直子(妻)だと告げる。娘の体に蘇った妻との生活が始まる。
始めは近親相関的な感じになりそうで、ちょっと退いてしまったが、話はスキーバスの運転手の超過勤務の謎や、小学生として生活していく四苦八苦が描かれ、自然に引き込まれていく。
その後に夫婦間の問題に直面していく訳だけど、彼女の人格を妻だと認めた上で、その躰は娘だと思っている生活は、いずれくる破局を伸ばしているだけなのかも知れない。
切なくて、それでも爽やかなラストは、意外性があって良かった。奇跡の出来事と男女の愛と共に、事故の被害者の悲しみや、加害者の苦しみが描かれている。突っ込み過ぎれば、つらすぎる話になってしまう所を、気を配って、エンタテインメントの一線を守っている。
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『邪馬台国はどこですか?』 |
鯨統一郎 |
創元推理文庫 |
本体:520円(98/5初、99/1,11刷)、★★★☆☆ |
バーを訪れた日本史の専門家・三谷教授と助手の静香に対し、歴史に詳しい宮田が仏陀、邪馬台国、聖徳太子についての唖然とする珍説を披露。「あなたには、常識ってものがないの」と静香の怒りに、歴史検証バトルが始まる。歴史ミステリ連作短編集。
登場人物は上記の教授、静香、宮田以外に、おっとりしたバーテンダーの松永だけ。この松永が、気の強い静香と対象的で面白い。一編読んだときには、これは凄いと思ったのだが、読むごとに説得力が減っていった。
始めの衝撃は期待できないのだから、その分、連作としての魅力を高めて欲しかった。一回毎に参考資料がエスカレートしてるけど、ちょっと地味かと思う。個人的には静香の軽いお色気も期待していた。
歴史に疎いせいで、歴史検証だけでは十分に楽しめなかった訳で、歴史に興味のある人には、お勧めの作品。
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