読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 1999年08月

『おもしろくても理科』, 清水義範
『東京開化えれきのからくり』, 草上 仁
『九年目の魔法』, ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
『すべてがFになる』, 森 博嗣
『あやしい探検隊 焚火酔虎伝』, 椎名 誠
『つぎの岩につづく』, R・A・ラファティ
『死の記憶』, トマス・H・クック
『走らなあかん、夜明けまで』, 大沢在昌

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『おもしろくても理科』 清水義範/え・西原理恵子
講談社文庫 本体:467円(98/3初、98/11,3刷)、★★★★☆
 「IN・POCKET」の不定期連載をまとめた物。

 理科は面白いという事を伝える為に、作家・清水義範さんが理科的な内容を分かり易く、面白く取り上げて説明する。清水さんのエッセイに、西原さんがマンガで絶妙なツッコミを入れる、異色コンビの面白くて為になる、分からなくても面白い、科学エッセイ&マンガ。

 別の雑誌の西原さんのエッセイの中の「電車の中で飛び上がったとき、どうして同じ地点におりてくるのか?」という疑問に答える形で始まった連載に、西原さんのイラストが付くのは当然と言えば当然の成り行き。清水さんの文章を為になったなあと思う人。だめだ、わからんと投げた末に、サイバラの突っ込みにその通りと膝をたたく人。その両者ともが楽しめる本。

 FAXで送られてきた清水さんの文字に「インチキくせー、バッタもんじゃねえかあー」と言うマンガが最高に面白い。この本で初めて見て、ファンになったので、西原さんのマンガを探してる。  

『東京開化えれきのからくり』 草上 仁
ハヤカワ文庫JA(JA620) 本体:820円(99/7)、★★★★☆
 「SFマガジン」の連載に加筆訂正して単行本化。

 大きな陰謀が仕組まれつつある架空の明治時代を舞台に、探偵になったもと岡っ引きが仲間と共に活躍する冒険活劇。維新後、もと岡っ引きの善七は決闘の仲裁などに走り回っていた。その善七を取締組少警部の宮本が探偵として雇う。その頃、通弁をめざす息子のステ吉は異国のとますと知り合っていた。

 江戸のなごりと西洋文化による大変動の中で暮らす人々が、時代と共に描かれている。事件の裏に隠された大きな陰謀を、みんなの協力で解決する。何か、ほのぼのとした感じのする話。異人向けの飲み屋を切り回す女房のおせんと、工夫(発明)に凝り通弁(通訳)をめざす息子のステ吉という善七一家と、英語も話せるインテリ宮本少警部、代々の火消しのサクジ、黒人花魁のばるばなど粋な脇役が大きな魅力。唐沢なをきさんのイラストどうりの二頭身、三頭身の彼らが目に浮かぶが、いずれも生きた人物として描き出されていて、楽しく読めた。  

『九年目の魔法』 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
創元推理文庫 本体:777円(94/9初)、★★★★☆
 『わたしが幽霊だった時』に続く、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの文庫二冊目。

 大学生になったポーリィは二重の記憶に悩んでいた。彼女は失われていた、もうひとつの過去を再構築していく。九年前、近くの屋敷の葬式にまぎれ込んだ彼女は、チェロ奏者のリンさんと知り合う。リンさんと手紙で架空の世界を想像した。やがて、その世界が少し姿を変えて存在する事を知る。

 少女とおじさんの淡い関係というのが良い。こう書くと危ない感じがするけど、音楽家のリンさんが、ポーリィのたぐいまれな想像力を認めた付き合いなのだ。両親が離婚して祖母のところに預けられたり、幼なじみの無神経さに嫌気がさして逢わなくなったり、身近な出来事の中に不思議な出来事がちょっぴり入ってきて、とても居心地のいい世界を作っている。

 せっかくのその世界も、忘れていた過去を思い出しているという構成上、話の三分の二ぐらいで現在に戻ってしまうのには、ちょっとがっかりした。現在で、二重の記憶について解答が得られるのだが、それまでのムードを壊す事無く終わって良かったのかな。今回は、少しジョナサン・キャロルに似ていると感じた。  

『すべてがFになる』 森 博嗣
講談社文庫 本体:714円(98/12初)、★★★☆☆
 N大学の犀川助教授と彼を慕う女子大生・萌絵のミステリ・シリーズ第一弾。

 天才工学博士・真賀田四季は孤島の研究所の地下で十数年もひとりで生活していた。名門・西之園家の娘・萌絵はN大学一年生。その政治力を駆使して犀川ゼミのキャンプ旅行をこの孤島に決めて、自分もついて行った。研究所ではシステムが暴走し、真賀田博士が密室で殺されていた。

 設定に現実感がないのは、そういう話だとしても、登場人物に感情移入できないのが惜しかった。萌絵の甘い想いも、助教授の理系的な割り切りも、描かれてはいるけど伝わって来ないのだ。少女の頃から十数年間もモニタを通じてしか人に会わない博士というのも表面的な設定だけで、その精神の凄みみたいな物が最後まで感じられなかった。

 コンピュータのシステムの絡んだ密室は、セキュリティは完全ですと、言えば言うだけ信用できなくなってくる。誰かがディスプレイにパスワードを貼り付けてるかも知れない。工夫して密室性を高めているけど、トリックは少し誤魔化してる感じがする。***を丹念に調べれば証拠が残っているというけど、それまで誰も調べなかったと言うのは無理がある。

 文句ばかり並べたけど、実際にはヤングアダルトと呼ばれるジャンルに近い感じなので、割り切って読めば良いと思う。コンピュータのシステムが作り出した密室で起こった殺人に、工学部の助教授が挑む、という設定にはかなりくすぐられる。シリーズ通じて「理系ミステリ」と呼ばれているらしいで今後が楽しみだ。  

『あやしい探検隊 焚火酔虎伝』 椎名 誠
角川文庫 本体:476円、(H10/10初)、★★★☆☆
 あとがきによると、“あやしい探検隊シリーズ”も六冊目になる。

 椎名さんら、あやしい探検隊が海・山・川にキャンプをして、焚火を囲み、酒を飲んだ記録。早春の八ガ岳でアイス・クライミング、神津島の天上山や冬の伊豆でキャンプ、北海道・冷水峠で雪洞泊まりなど。沢野ひとしさんのイラストと16ページもの口絵の写真が入っている。

 これは仕事なのか、遊びなのか。遊びだとしても、ふと、この事をこう書こうとか、考えたりするかも知れない。口絵の写真にもあるけど、キャンプ中も時間を見付け原稿書きしている。メンバーもエッセイ書いたりするし、純真に楽しんでいた初期の頃より、読んでで面白くないのは、そんな事があるかも。  

『つぎの岩につづく』 R・A・ラファティ
ハヤカワ文庫SF(SF1165) 本体:680円(96/10初、97/7,2刷)、★★★☆☆
 SF界のホラ吹きおじさんと呼ばれるラファティのSF短編を16編収録。

「レインバード」
歴史に残らなかった世にも偉大な発明家の話。一作目から、ホラ吹きおじさんの名に恥じない痛快な大法螺。

「クロコダイルとアリゲーターよ、クレム」
セールスマンのクレムが仕事の後、腹一杯食いホテルで寝ていると、とんでもない事が起こった。発端はSFにはありがちな話だが展開がユニーク。

「豊穣世界」
数十回に及ぶ調査隊が「信じてもらえるはずがない」という報告書を提出した惑星の秘密とは?。本格的なSFでありながら、ラファティらしさにあふれた好編。

「夢」
ショート・ショートと言うべき短い話ながら、その夢のおぞましさと巧みなオチが印象的。

 作品数が多いので、印象に残った短編のみ感想を書いた。基本的には法螺話で、必ずしもSFではないけど、SFに通じる魅力をどの作品からも感じる事ができる。編者が意図的に並べたのか、好みの問題なのか、前半に好きな作品が多かった。  

『死の記憶』 トマス・H・クック
文春文庫 本体:714円(99/3)、★★★★☆
 35年前、父によって母と兄姉を殺されたスティーブは、子供にも恵まれ幸せな家庭を築いていた。しかし、事件の事を本にしたいという美しい作家・レベッカが訪ねてきて、事件に付いての失われていた様々な記憶が蘇ってくる。

 事件直後の警察の車での短い会話の記憶から始まって、ぐいぐい引き込まれていく。9歳のスティーブにとって幸せだった家庭で何があったのか。女性作家との会見で蘇ってくる記憶が、後半に結び合わされてゆく。事件への興味と、仮面を被った殺人者への恐怖、主人公が何か恐ろしい方向に向かいそうな感覚が強く迫ってきて、堅い話ながら魅力十分。

 催眠とか特別な方法なしに、余りにも些細な事まで思い出していくところに、ちょっと不自然な物を感じたが、それが主人公が特異な精神状態に入りつつある事を示していたのかも知れない。クックの偉大な才能を感じた傑作。  

『走らなあかん、夜明けまで』 大沢在昌
講談社文庫 本体:562円(97/3初、99/2,4刷)、★★★★☆
 箱根より西に行った事のない東京の会社員・坂田が出張で大阪を訪れた。新製品の資料の入った鞄を盗まれ、初めての町を必死で追う。捕まえて分かったのはヤクザの取り引きの鞄と間違われた事。人質を取られ、夜明けまでに五千万を取り戻せと、脅され始まる大追跡。

 題名から「走れメロス」だろうと思っていたが当りだった。人質を取られ、夜明けまでに五千万を取り戻せと脅される。警察に駆け込み逃げてしまうのも可能な状況で、助けてくれた人の信頼に答えようする。避けられない状況をうまく作った事で、主人公の無茶な行動も十分納得させられる。

 普通の会社員も必死になったら強かった、などという安易な解決でなく良かった。彼の追跡の手助けをする真弓や、ヤクザにも恐れられるケンという男とか、魅力的なキャラクターが脇を固める。著者の他の作品にも似たようなキャラが出ていた気がするけど、まあ良い。

 駄目でも必死になってやり遂げようとする姿への共感と、とんでもない状況を見事にひっくり返してくれた爽快感が嬉しい。ジャンルにこだわらない、お薦め作品。  






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