読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 1999年06月

『霧のレクイエム』, 阿刀田高
『ストーカー』, ディーン・R・クーンツ
『ネコの亡命』, 椎名 誠
『ゼノサイド 上・下』, オースン・スコット・カード
『侵略!』, 井上雅彦 監修
『キリンヤガ』, マイク・レズニック
『ボビーZの気怠く優雅な人生』, ドン・ウィンズロウ
『冬の蜃気楼』, 山田太一

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『霧のレクイエム』 阿刀田高
講談社文庫 本体:505円(91/10)、★★★☆☆
 好きな作家の一人に挙げているのに、最近読んでいないので未読の本を探してみた。そういう作家が何人かいるので、少しずつ隙間を埋めたいと思う。
 薬剤師や獣医の資格を持つ31歳の洋子は、秋の軽井沢で出会った男と恋に落ちる。洋子がマンションの上の階に住む男のいやがらせに悩んでいる事を打明けると、男は巧みに交換殺人を持ち掛けてきた。ある日、男から「彼が死んだよ、事故に見せかけた」と電話が入る。
 ミステリー仕立ての恋愛小説。旅先で出会って、ほとんど何も知らない男に魅せられていく過程が雰囲気良く描かれている。この恋と出会いが、彼の計画の一部だったのかと不信を抱き、調べる始める姿も彼女の戸惑いを繊細に表現していて良く出来ている。夢の中にいるような幻想的な雰囲気と一人で待つ不安や怖さが上手く表れている。それだけに、女が薬剤師で毒薬を自宅に持っていたり、最後までやりとげないと気がすまない性格などと語る、ミステリー的な作為を感じる設定が鼻に付いてしまった。ラストがこういう風に終わるなら、もっとミステリー色が薄くても良かったのではないだろうか。  

『ストーカー』 ディーン・R・クーンツ
創元推理文庫 本体:460円(99/2,新装版)、★★★★☆
 クーンツの新装版三冊の中の一冊で『狂った追走』を改題した物。
 新婚の妻の待つサンフランシスコの新居への5000キロの旅は、11歳の義弟との楽しい旅になるはずだった。しかし、彼らのサンダーバードを執拗に追う1台の引越しのヴァンがあった。偶然なのか、内心の恐怖を隠して義弟との旅が続く。
 250ページで完結する手軽な本。何者か何が狙いか解らない中盤までが最高に期待させられた。ストーカーが追ってくる理由が分かる後半は、納得できる理由に、何でこんな事で追ってくるんだというような恐怖、完全にいかれてしまっている奴が襲ってくる恐怖がなくなり、少し覚めた。臆病な主人公が愛する者のために勇気を奮い起こすなんて直接言葉にしないで、さり気なく書いて欲しかった。でも、やっぱりクーンツは上手いという事を、途中だれる事なく読める事で再確認出来た。新妻の弟・コリンの口達者で生意気なところが、実に可愛い。解説の尾之上さんは余り好きな話じゃないのか、内容には全く触れずにインタビューを載せている。  

『ネコの亡命』 椎名 誠
文春文庫 本体:438円(98/3)、★★★☆☆
 うっかり、六冊目の『時のはうどんのように』を先に読んだので、忘れないうちに買ってきた。
 「週刊文春」の連載コラムの93年末から94年9月までをまとめた物でシリーズ五冊目。北海道の余市の新しい家でのキャンプ料理の話から始まり、映画原作者としてインタビューや神戸での審査員の仕事、小説の執筆やら本の購入やら、映画上映会、そして移動と目まぐるしい生活が記録されている。
 エッセイだから読む順が違っても全然問題ないのだが、今こういう映画を撮っているとか、こういう小説を連載しているとか、テレビの企画でこんなとこに来ているなどと書かれているので、マニアなら、この映画ならこの時期かとか判るだろう。後半に映画の撮影でモンゴルの草原からの便りがあるけど、他の時期に比べると海外旅行が少なく、逆に海外からの家族の帰国を迎える事が多くなっている。
 文庫で読んでると椎名さんの体験とは、四年ぐらいずれる訳で、現在の椎名さんはどんな様子なのだろうと気になってくる。リアルタイムの椎名さんを知るには「本の雑誌」や「週刊文春」のこのコラムを読むと良いのだろう。  

『ゼノサイド 上・下』 オースン・スコット・カード
ハヤカワ文庫SF(SF1072,SF1073) 本体:660円,680円(94/8)、★★★☆☆
 『エンダーのゲーム』、『死者の代弁者』に続くシリーズ。『死者の代弁者』の時から予想はしていたのだが、読むのに苦労してしまった。
 異星人バガーの攻撃を撃退したエンダーは、相対論的時間差で三千年の時を生き〈死者の代弁者〉として伝説的な人物となった。植民惑星ルジタニアでは有害なウィルスの侵攻を食止める研究が続けられ、それは植民者の生死を賭ける戦いだった。エンダーがルジタニアで結婚してから三十年の月日が経過した。
 危険なウィルスを惑星ごと殲滅しようと艦隊を派遣する人類と、そのウィルスと深く共生している現住種族は植民を計画、その間でエンダーが苦悩する。カードは好きな作家だし、十分な筆力で描かれているのは確かだが、テーマを真正面から論じすぎて興味が削がれる。異類皆殺しはやろうと思ってもそうそう可能な事ではないし、命を奪う事に一人だろうが皆殺しだろうが変わりないという疑問を感じてしまう。
 加えて、本書の強い宗教色にも抵抗があった。中国系の植民星で神の声を聞く人々が描かれ、エンダーの妻の子・聖職者キンや、原住民族ピギーのキリスト教への入信など。ただし、モルモン教の信者といわれるカードとは思えない展開が用意はされているのだが、テーマの表面化と宗教色で苦労した。
 『エンダーのゲーム』は好きなSFのベスト10に入る作品だし、二作の続編も趣味が合わないだけなので誤解のないように。  

『侵略! 異形コレクション2』 井上雅彦 監修
廣済堂文庫 本体:762円、(H10/2初、H10/6,2刷)、★★★☆☆
 このシリーズを読むのは『異形コレクション8』に続いて2冊目。侵略をテーマにした18作品が収録されている。特に恐怖小説としての侵略SFを集めた本書は、かんべむさしさん、梶尾真治さん、森下一仁さん、草上仁さん、大原まり子さん、岬兄悟さんといった、「SFマガジン」を毎月買って読んでいた当時の、大好きな作家達の新作が並んでいる。

菊池秀行さんの「雨の町」は一年中殆ど雨が降っている町を舞台にしたホラー色の強い作品。テーマと無理に結びつけようとした感はあるが印象に残る話だ。
斎藤肇さんの「さりげなく大がかりな」はタイトルどうり、さりげなく大がかりな侵略の話。星新一さんのショート・ショートを思い出すような好編。
岬兄悟さんの「鏡の中の他人」は人違いで声をかけられる始めから、ぐいぐい引き込まれる作品。こういう正当なホラーが書けるとは意外だった。
菅浩江さんの「子供の領分」はさらりと読まされて、ラストはぐさりとやられた。

やはり、表紙やイラストが趣味に合わないけど、もうシリーズの顔になっているので仕方ないか。  

『キリンヤガ』 マイク・レズニック
ハヤカワ文庫SF(SF1272) 本体:820円(99/5)、★★★★★
 各短編がそれぞれ多くの賞を受賞しているオムニバス長編。
 管理された小惑星に築かれたキリンヤガで自然と共に暮らすアフリカのキクユ族。コンピューターを使いそこを管理する祈祷師コリバの元に様々な問題が持ち込まれる。伝統を守って自然の中で生きる事と、西洋の便利な道具を利用して健康に暮らしたい人々との葛藤を描く。
 百数十年先の植民した小惑星での話なのだが、SFと考えずに多くの人に読んでもらいたいし、自信を持って勧められる作品。西洋文化によって地球では消滅してしまったユートピアを小惑星上に築いたキクユ族。進歩を拒否した伝統に背き、世界を支える技術に気づいていく姿が、希望でもあり、さびしくもある。
 逆児で生まれた赤ん坊を殺したり、女性は字を読む事すらゆるされなかったり、割礼(最近話題になった、女性器の一部を切り取り性交出来ないよう縫いあわせる儀式ではないか?)を受けない女性は妻にはなれないなど、歪んだ伝統を守るコリバが精神異常のじいさんの様にも見えてくる。密かにコンピューターを使い気象調整して、祈祷で雨を降らせたかように見せて尊敬を得ている詐欺師にも思えてくる。そんな彼の中にも正しい共感できる部分が残る。
 長編としてはラストなど好きになれないが、それぞれの短編には他に替え難い魅力がある。祈祷師コリバが子供たちに語る動物の話がキリンヤガの子供たちへの寓話になっているように、各短編は大人の読者への寓話となっている。現代社会や個人の問題として捉え直す事ができる普遍性がある。  

『ボビーZの気怠く優雅な人生』 ドン・ウィンズロウ
角川文庫 本体:780円(H11/5)、★★★★☆
 創元推理文庫から傑作『ストリート・キッズ』とその続編のあるドン・ウィンズロウの新作。
 冴えない泥棒ティム・カーニーは麻薬取締局の要求を受けて、麻薬組織の帝王・ボビーZの替え玉となった。しかし、麻薬取締官は殺され、彼をボビーZと勘違いした麻薬組織に囲われる。取締局に追われ、ボビーZとしても命を狙われるティム。彼を慕う子供を連れて、逃避行が続く……。
 読みはじめに登場人物が多く戸惑うが、その後はまさしくジェットコースター小説、次から次への窮地の連続にあきれるほど。主人公のこだわりが『ストリート・キッズ』のニールと似ていて、いい人過ぎる。他のタイプでは書けないのかと心配になる。『ストリート・キッズ』と違う所は、痛快な娯楽作品に徹しているところで、それはそれで良いと思う。  

『冬の蜃気楼』 山田太一
新潮文庫 本体:438円(H7/11)、★★★☆☆
 山田太一さんはテレビドラマの脚本家で小説家。作品は『ふぞろいの林檎たち』や『異人たちとの夏』、『終わりに見た街』などがある。
 1958年、初めて映画の助監督をする22歳の石田は撮影所で美少女を目にした。5ヶ月後、巨匠の映画の準主役にその中西瑠美が決まった。映画と現実の間で瑠実に心を奪われていく彼の前に、売れない役者の羽柴が絡んでくる。
 読み終わった後、この本の著者の略歴で山田さんが映画の助監督をしていた事を知った。それなら、幾分かは経験を元にしているのだろうけど、余り実話らしくはない。羽柴という役者の行動の突飛さや、美少女に翻弄される様や、その母親の意外な二面性など、幻想性さえ感じる話だからだ。大人と子供の境界をさまよう美しい少女と、映画という虚構の世界を生かした現実的なファンタジー。セックスこそないけど性も強く意識させられる。この作品は一体何なのだろうとつかみきれない部分が残る。  






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