読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 1999年05月

『電脳文章作法』, 菅谷 充
『クロスファイア 上・下』, 宮部みゆき
『フラックス』, スティーヴン・バクスター
『不思議の国のアルバイト探偵』, 大沢在昌
『普及版 日本文学全集 第二集』, 清水義範
『拷問遊園地』, 大沢在昌
『メルトダウン 上・下』, マックス・マーロウ

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『電脳文章作法』 菅谷 充
小学館文庫 本体:514円(99/5)、★★★★☆
 漫画家のすがやみつるさんとは知らずに買って、驚いた。パソコン関係の著書があるのは聞いていたが、漫画家が「文章作法」なんて……。
 1章「なぜパソコンを使うのか?」、2章「パソコンでアイデアを探す」、3章「パソコンで構想する」、4章「パソコンで原稿を書く」、5章「パソコンで原稿を推敲する」、6章「パソコンで作品を発表する」という章に分けてパソコンやインターネットなどを使った文章作成用のソフトやその使用法、決まりなどを教えてくれる。
 読みやすい分かり易い文章で過不足なくまとめられている。入門から中級レベルの内容で難しい事は書かれていない。知っているソフトや機能がほとんどだったが、それをどのように活用したらいいのかについて無知だった事を思い知らされた。とても良く出来た本で、この本自体がここに書かれた事の有用性を示している。菅谷さんは94年に小説デビューして小説家としても活動しているそうだ。実は英文(英単語)交じりの文章を描くときのルールを知りたかったのだが、それは出版社ごとに異なっているで、終わってしまっている。そのことに関しては少しだけ残念だった。  

『クロスファイア 上・下』 宮部みゆき
光文社カッパ・ノベルス 本体:各819円(98/11,6刷,99/1,11刷)、★★★★★
 『鳩笛草(はとぶえそう)』の中の「燔祭(はんさい)」の続編。
 “念力放火能力”を持って育った青木淳子は凶悪な犯罪者をその力で殺害していた。定期的に力を放出する必要があった彼女は、忍び込んだ廃工場で死体を運び込む少年たちを目撃する。さらわれた恋人を助けてくれと訴えられ、逃げた少年を追う淳子だったが……。
 前作の事件の影響が大きく尾を引いている。「荒川河川敷焼殺事件」の特殊性が色々な人物の興味を呼び起こしていたのだ。それらの輪が徐々に絞られていく中で、淳子は迷いを持ちつつ力を使っていく。第一級のエンターテインメントでありながら、人とは違う能力を持つ孤独、力によって起こった悲劇と心の傷が描かれていて、全体を通じて悲しい話。それでも、抜かり無く“おっかさん”刑事・石津ちか子の存在でバランスを保っている。ちか子はちょっとの事には動じないで受け流せる強さがあり、幸せな平凡な家庭を持っている。淳子を取り巻く人々の孤独が際立つ。最後の方で刑事が名前を尋ねられたのに何も答えないのが、色々な事を考えられていい。例によって事件に直接関係ないラスト数頁も効いている。
 宮部さんはミステリーや時代小説の作家だろうし、この作品もSFを意識して書いたものではないだろうけど、ジャンルをひとつに絞るとやっぱりSFになるのかな。  

『フラックス』 スティーヴン・バクスター
ハヤカワ文庫SF(SF1129) 本体:699円(96/1)、★★★★☆
 ジーリーとかリングという言葉も出てくるので〈ジーリー〉シリーズの一冊。
 中性子星〈スター〉の内部に都市を築き生活する人類がいた。しかし、グリッチと呼ばれる中性子星の地震が頻発し彼らの生存を脅かしていた。都市を追放され野生に生きるヒューマンビーイング族の娘が十世代ぶりに都市に戻った事から、その言い伝えにかすかな望を託し計画を進めた。
 野生に暮らすヒューマンビーイングが描かれる始まりはニーヴンの『インテグラル・ツリー』に似ていると思った。異質な環境下で暮らす生活の特殊さが面白く、自然に挑む姿が生き生きしていている。彼らの中の三人がパーズ・シティにやってきて暮らす様になると、文明への驚きと貧富の差への反発など社会批判が盛り込まれる。徐々に中性子星に住む人類の由来が明らかになってきて、驚くような真相が明かされる。違う世界の人類を可能な限り妥協せずに描いていて感心する。宇宙を垣間見るシーンのイメージは素晴らしかったが、欲を言えば、もっと冒険して活躍して欲しかった。  

『不思議の国のアルバイト探偵(アイ)』 大沢在昌
講談社文庫 本体:583円(97/1)、★★★☆☆
 高校生の冴木隆のアルバイト探偵シリーズ四作目。ここまでは短編集二冊と長編一冊があり、既に全五冊で完結している。
 私立探偵の不良親父の手伝いで何度となく危険な目に遭ってきた隆は留年を心配していた。卒業すれば、国家権力に貸しを作っているので東大でも入学できるハズだった。親父を訪ねてきた男を尾行して、銃撃戦に巻き込まれ、目覚めると存在しないはずの母と妹と一緒の生活が待っていた。
 目覚めると知らない街に暮らし、見も知らない母と妹がずっと一緒に生活していたような事を言っている、という荒唐無稽な設定にちょっと戸惑う。人目を忍んで街を偵察し、徐々にその世界を解明していくところや家族との取り繕った会話が読みどころ。可愛い女の子が妹として無防備に近づいてくるのは何とも羨ましい。残念なのは、これだけ荒唐無稽な話で、殺人をしない事にこだわっている事。防弾チョッキを撃っても頭は撃たない、丸腰の人は撃てないなど。別に殺せ殺せと言う訳ではないが、カッコつけて、その後に何人も殺されるのでは、その死が主人公の汚点の様に思えるのだ。考え方の違いなんだろうけど、宮部みゆきの『クロスファイア』の方が納得出来る。  

『普及版 日本文学全集 第二集』 清水義範
集英社文庫 本体:460円(96/3)、★★★★☆
 世界の文学をパロディする『世界文学全集』二冊と、日本の文学をパロディする『日本文学全集』二冊のシリーズ最後。今回取り上げているのは「女殺油地獄」、「東海道中膝栗毛」、「南総里見八犬伝」、「吾輩は猫である」など九作品。
 この文学パロディ・シリーズは他の清水さんの作品に比べると面白くない。文学作品のストーリーをなぞっている部分が退屈だったり、古い言葉づかいが読みにくかったりした。この本ではそういうイメージを壊してくれた。まず「女殺油地獄」ではイラン・イラク戦争でのアメリカを皮肉っている。フィクションとは知りつつも、そういう事もありえるとためになった。「東海道中膝栗毛」は外国人二人が本来の日本の姿を求めて旅をするという清水さん得意の世界。「浮世床」は理髪店と美容院の違いから始まるエッセイで、何故これがパロディになるのか元の作品を知らないので分からないけど面白い。ラストを飾る「吾輩は猫である」は著者の飼うクロという猫の一人称小説。ネタバレになるので書けないが、締めくくりにふさわしいラストは出色。  

『アルバイト探偵(アイ)・拷問遊園地』 大沢在昌
講談社文庫 本体:581円(98/2,2刷)、★★★★☆
 アルバイト探偵シリーズの五巻目にして最終話。
 成り行きで請負った取り引きで相手の男は死に、渡された籠には赤ん坊がいた。依頼者も行方不明になって、赤ん坊をもてあます冴木探偵事務所の二人。不良親父の助手としてアルバイト探偵をやらされ、幾度と無く命の危険にさらされた隆が本気で命乞いをする危機に……。
 徹底的に打ちのめされた隆が心の中で思う「いつものらりくらりして、ヘラッと笑って、真剣になったときは、勝った」と言う言葉はそれまでの活躍を端的に物語っている。心底落ち込んで土手に坐る隆を親父が説得するその言葉がいい。やっとの思いで立ち直った隆が危機を乗り越えて一段と成長していく。やっぱり親父から独り立ちして大人になった姿も見てみたいなあ。確かに軽いノリが魅力のシリーズで、ここまで本気にさせてしまったら、続けにくいだろうけど。  

『メルトダウン ―北半球水没!― 上・下』 マックス・マーロウ
創元ノヴェルズ 本体:485円(95/10、95/11,再版)、★★★★☆
 普通、このタイトルから何を想像するだろうか、私は原子力発電所の事故を想像してしまったのだが……。
 海底火山の噴火によって新しい島〈ミスリアル〉が誕生した。噴火も収まり安全に思えたとき、突然の大噴火が起こった。近くを航海中の英国商船が調査隊を救助して死傷者も出なかったが、大津波が発生して大西洋沿岸を襲った。続いて噴煙が原因の異常気象が世界を破滅へ向かわせた。
 上巻前半は噴火と津波、そこから後は温暖化と洪水という風にパニック・ノベルの集大成のような作品。イギリスの一等航海士ジェフの両親と兄弟姉妹が災害の中で強く生きていく姿が描かれる。火山噴火の中の救助や氷塊を避けながらの航海など前半は船のシーンの緊張感に引き込まれる。後半は破滅ムードが高まる中で家族として立ち向かっていく姿が泣かせる。『フェイス!』でも主人公夫婦に子供や両親という大家族に焦点を当てていたが、大きな災害の中での家族愛や様々な人の反応などを書くのに向いているのだろう。個人の出来事と政府の対応をうまく調整して、災害の全体像を的確に表現している。ラストはあの人があんな風になってしまうのがヤダとか、もう少し先が見えてくる所まで書いて欲しいとか、ちょっと不満が残る。  






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