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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2007年01月

『虚構市立不条理中学校(全)』, 清水義範
『つばめの来る日』, 橋本 治
『トワイライト』, 重松 清

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『虚構市立不条理中学校(全)』 清水義範
徳間文庫 本体:660円(94/10初)、★★★★☆
 蓬原一啓はエンターテイメント作家。二カ月前に東京から地方都市へと越してきた。ある日、妻の端子が中学生の息子・実憲の「大連絡会」と呼ばれる三者面談に出かけた。ところがそのまま二人は帰ってこなかったのだ。不安に駆られた蓬原は、実憲いうところの「ダッセえ学校」へ向かった。が、そこで出会った教師たちの蓬原への態度は、明らかに敵意に満ちたものだった。

 『虚構市立不条理中学校』と『続・虚構市立不条理中学校』を一冊にまとめたもの。作家・蓬原一啓が捕らわれた息子と妻を助け出すために、地方都市の中学校を舞台に、異常な教師たちと教育についての議論の戦いを繰り広げるエンターテインメント。教育問題について痛烈な批判が展開する。

 SF的な設定ではあるけれど、真面目に交わされる教育論には鋭い指摘が多く、教育の様々な問題について考えさせられる。胡散臭く感じていた教育関係の問題が、はっきりと指摘されていて気持ち良い。教育は必要なものだけど、思想統制の一部でもあり、その危険を十分承知して、教師たちは謙虚に当たらなければならないと言う事を強く感じた。

 様々なキャラや仕掛けがあり面白く読めるが、議論が長過ぎて娯楽小説としては失敗しているように思う。正義の側が主人公の作家一人だけと言うのも、色々な立場の考え方を知りたいと言う意味で公平さに欠ける。  

『つばめの来る日』 橋本 治
角川文庫 本体:495円(H13/9初)、★★★★☆
 父親に認めてもらおうとボクシングを始める少年、息子と初めての潮干狩りに出かける父親。試験勉強のために女友達の家を訪れる大学生、ベランダで鉢植えを愛でる独身サラリーマン…。ごくふつうの人生を生きる、ごくふつうの男たちの背中は、いつもどこか淋しい。男にとっての幸福とは、孤独とは、いったい何なのか。じんわりと心にしみこんでくる、九つのほのかな感動。

 「星が降る」の少年、「角ざとう」「あじフライ」「水仙」「歯ブラシ」「カーテン」の青年、「汐干狩」の中年、「甘酒」の老年、と多様な年齢層の男性を主人公にした短編集。自分の在り方や、人との係わり方について、悩んでいる人を描いている。ボクシング小説である「角ざとう」は、格闘技小説のアンソロジーで既に読んでいた。

 主人公の心理状態を、細かに分析して説明する文章が、鬱陶しくもあるけれど著者ならではの魅力でもある。人間ってそう言う物なのかなあ、と感じさせてくれる。説明が断定的過ぎて、違うんじゃないかなと思うことも少しある。年を取って自分なりの人間観察もあって、若い頃ほど素直には読めなくなったかも。

 著者の代表作である「桃尻娘」シリーズでも、同性愛の少年の心情を丁寧に描き出していたが、本書にも同性愛を描いた作品があった。「あじフライ」では同性愛を自覚する青年の孤独を、「寒山拾得」ではホモの中年料理人の性愛を描いている。いずれも肯定的に描かれていて好感が持てる。

 「角ざとう」「あじフライ」「汐干狩」「星が降る」「水仙」「歯ブラシ」「カーテン」「甘酒」「寒山拾得」の9編を収録。  

『トワイライト』 重松 清
文春文庫 本体:629円(05/12初)、★★★★☆
 小学校の卒業記念に埋めたタイムカプセルを開封するために、26年ぶりに母校で再会した同級生たち。夢と希望に満ちていたあのころ、未来が未来として輝いていたあの時代――しかし、大人になった彼らにとって、夢はしょせん夢に終わり、厳しい現実が立ちはだかる。人生の黄昏に生きる彼らの幸せへの問いかけとは?

 26年前に埋めたタイムカプセルを開封するために、40歳を目前にした同級生たちが再開する。当時の天才やガキ大将も、リストラ、家庭の崩壊に苦悩していた。ピークを終えた人気講師、長期の入院生活と、それぞれの実像が明らかになっていく。死んだ担任教師の手紙が彼らの中に波紋を投げかける。

 どこにでもいそうな彼らの小学生の頃と現在の姿が、夢と現実をそこはかとなく感じさせて寂しい。夢を実現できなかった者、夢を実現して最も充実した時を過ぎてしまった者、彼らはこれから何を目標に生きて行けば良いのだろうか。振り返れば、子供の頃の自分を裏切る事なく生きて来ただろうか。彼らの苦悩が自分にも跳ね返ってくる。

 自分とまったく同時代の作家が描く、同時代の人々の物語。文庫化されて読んだので彼らの年齢を越えてしまった。彼らの若さがちょっと羨ましかった。清水義範さんや椎名誠さんなどは、自分より少し年上なので、同時代作家というのは目新しい。それぞれの生き方を優しい眼差しで描いているのが良い。

 夢や希望を失って、疲れて生きて行くのは、年を取る事でもあるけれど、高度経済成長期から不況と停滞の時代への変化でもあると思う。日本が元気だった経済高成長の時代から、長期の不況で疲れ果てた日本の人々。そういう意味で、時代をも描いているのかも知れない。