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本の感想 2006年11月

『繋がれた明日』, 真保裕一
『街の灯』, 北村 薫

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『繋がれた明日』 真保裕一
朝日文庫 本体:724円(06/02初)、★★★★☆
 この男は人殺しです――。仮釈放となった中道隆太を待ち受けていた悪意に満ちた中傷ビラ。いったい誰が何の目的でこんな仕打ちをするのか? 孤独な犯人探しを始めた隆太の前には巨大な“障壁”が立ちはだかった……。殺人を犯した者の“罪と罰”の意味を問う。

 NHKでドラマ化され文庫化されたので買ったがドラマは観なかった。殺人を犯してしまった青年が、社会に復帰するまでに待ち受ける様々な困難を描いている。犯罪者の家族が心無い人から受ける仕打ち、被害者やその家族の心の痛み、間違いを犯してしまった事への償い。刑期を終えて社会復帰する者を助ける保護司の存在など、犯罪者の社会復帰の問題に様々な角度からスポットを当てる。

 仮釈放の隆太を待っていた中傷ビラ、彼の社会復帰に揺れる家族。更生しようとする彼を誘う昔の悪い仲間たち。中傷ビラの犯人探しのミステリを中心に、彼と家族を巻き込んだ様々な問題が起こっていく。その度に精力的に彼の力になる保護司の言葉が温かい。その助言は普通の生活の中での心の持ち方としても参考になった。

 主人公を一方的に良い人として描くのでもなく、犯罪者の更生について様々な面から問題を提議しいて良く出来ている。被害者と加害者の問題は、それぞれ立場や気持ちがあり、簡単に正悪を付けられない問題だと思った。真剣に犯罪者の更生について考えた話にしては、少しドラマチック過ぎる部分はあるけれど、作者がこれらの問題について真面目に描こうとした姿勢は伝わってくる。  

『街の灯』 北村 薫
文春文庫 本体:476円(06/05初)、★★★★☆
 昭和七年、士族出身の上流家庭・花村家にやってきた女性運転手別宮みつ子。令嬢の英子はサッカレーの『虚栄の市』のヒロインにちなみ、彼女をベッキーさんと呼ぶ。新聞に載った変死事件の謎を解く「虚栄の市」、英子の兄を悩ませる暗号の謎「銀座八丁」、映写会上映中の同席者の死を推理する「街の灯」の三篇を収録。

 昭和初期、士族出身の上流家庭の令嬢の英子が、女性運転手のベッキーさんの与える手がかりを元に事件の謎解きに挑むミステリ連作集。「円紫さんと私」シリーズ、「覆面作家」シリーズに続く、第三のミステリ・シリーズ。

 新聞に載った変死事件の謎を推理する「虚栄の市」は、殺人事件の悲惨さと英子の優雅な生活とのギャップに戸惑った。英子の兄の元に送られてくる暗号の示す場所を解く「銀座八丁」は、身近な謎解きで楽しい一編だった。別荘での映写会で同席者の死に巻き込まれる「街の灯」は、優雅な貴族世界の裏側を見た。

 侯爵、伯爵などの当時の上流階級の生活が丁寧に調べて描かれている。読み始めは、お抱え運転手付きの生活、上品で文化的な会話などに反感があって、自然な気持ちで読めなかった。2編3編と進むと、著者が憧れるままに上流家庭の生活を描いているのではないと分かってきて、気にならなくなった。

 主人公は財閥の商事会社社長の令嬢ではあるけれど、侯爵家や伯爵家の令嬢が通う女学校においては上の階級ではない。そういう意味で、一般の人と同じような視点も失ってはいない。英子が、文武両道に通じるベッキーさんに見守られながら、真っ直ぐな人として成長していくのを期待したい。