読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2006年09月

『博士の異常な発明』, 清水義範
『白銀を踏み荒らせ』, 雫井脩介
『愛のひだりがわ』, 筒井康隆
『休暇はほしくない』, パーネル・ホール

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『博士の異常な発明』 清水義範
集英社文庫 本体:495円(05/08初)、★★★★☆
 ペットボトルをアッという間に分解する“ポリクイ菌”。透明人間の鍵を握る素粒子“ミエートリノ”。ついに出来た(?!)不老長寿の妙薬。はたまた1万年後の考古学座談会……マッド・サイエンティストたちの可笑しくもかなしい大発明の数々! 得意のパスティーシュやパロディの手法を駆使し、科学的蘊蓄を注ぎ込み、かつ笑いを追求した会心の連作集。

 マッド・サイエンティストをテーマにしたユーモア連作集。ペットボトルを分解する細菌による騒動を描く「文明崩壊の日」、唐の発明家・袁孫の知られざる発明品を紹介する「袁孫の発明」、孤独に遺伝子工学の最先端の実験を続ける博士を描く「異形のもの」、日本沈没から一万年後、日本の遺跡の研究者たちが語る「鼎談 日本遺跡考古学の世界」など、バラエティ豊かな内容で飽きさせない。

 色々な形式で書かれているので、幾つかの雑誌に発表した短編を集めたのかと思ったら、全て「小説すばる」(集英社)にマッド・サイエンティスト物の連作として掲載された作品らしい。大富豪が理想の未来のために研究させたものとは…「グリーンマン」、透明人間の研究を完成させた博士の成果を描く「半透明人間」、大量生産されたペット型ロボットの末路を描く「野良愛慕異聞」、偉大な発明をしたと語る高齢な医学博士の悲劇「見果てぬ夢」の8編とプロローグを収録。

 「袁孫の発明」は、袁孫の可笑しな発明品と共にインチキな漢文が楽しい。「鼎談 日本遺跡考古学の世界」は、少し無茶な論理もあるけど、間違った日本の姿が現在を批判していて面白い。「文明崩壊の日」や「半透明人間」は、鮮やかなオチに拍手。「野良愛慕異聞」と「見果てぬ夢」はともにちょっと切なくなった。清水義範さんのSF好きが発揮された一冊。  

『白銀を踏み荒らせ』 雫井脩介
幻冬舎文庫 本体:724円(H17/04初)、★★★★☆
 ワールドカップを転戦する日本スキーチームのメンタルコーチ・望月篠子は、同行していた学者から、ある人物に書類を届けるよう頼まれる。しかし接触の寸前、相手は何者かに襲われ、篠子も追われる身に。誰が何の為に? やがて、その悪意が天才スキー選手の事故死の真相に関わっていることが分かり……。

 デビュー長編『栄光一途』(幻冬舎文庫)の続編となるスポーツ・ミステリ。前作の柔道から一変して、アルペンスキーが舞台となっている。主役の望月篠子ら一部の登場人物が重なる以外は、前作と直接的なつながりはない。柔道のコーチから、スキーチームのメンタル・コーチと言う意外な転職も、読んでみると納得できる内容だった。

 日本代表のスキーチームの実情やメンタル・トレーニングの方法など、前半はスキーチームに参加したメンタルコーチ・望月篠子の物語として興味深く楽しんだ。国際的な暗躍組織の陰謀で途中から話が一転してしまうが、その後の展開も上手くて、アクションに重点がおかれた軽快なサスペンスを満喫した。

 国際的な暗躍組織、スキー競技に仕組まれた罠といった暗い側面に対し、深刻な場面でもユーモアを失わない登場人物たちの明るさが大きな魅力となっている。明と暗、正義と悪の明確なエンターテインメント。  

『愛のひだりがわ』 筒井康隆
新潮文庫 本体:552円(H18/08初)、★★★★☆
 幼いとき犬にかまれ、左腕が不自由な小学六年生の少女・月岡愛。母を亡くして居場所を失った彼女は、仲良しの大型犬デンを連れて行方不明の父を探す旅に出た。暴力が支配する無法の世界で次々と事件に巻き込まれながら、不思議なご隠居さんや出会った仲間に助けられて危機を乗り越えていく愛。近未来の日本を舞台に、勇気と希望を失わずに生きる少女の成長を描く。

 何かしっくりこない物を感じながら読んだ。筒井さんの小説は、距離を持って作者の意図を考えながら読むようなものが多いけど、本書はジュヴナイルとあるから、もっと楽に読める小説を想像していた。設定や展開が何かを暗示しているようでいながら、きっちりと読み取れなくてもどかしかった。

 愛は犬に噛まれて腕が不自由になったのに、犬を嫌ったり恐れたりせず犬の気持ち(犬語?)を理解する。犬語を理解出来るのは愛の大事な能力だけど、犬に噛まれた過去を持たせたのには何か意図があるのだろうか。

 現在よりも社会状況が悪化している近未来の設定、犬語を理解すること、空色の髪の少年の存在など、非現実的な感覚と違和感が漂う。なぜ、感情移入しにくい非現実的な設定をわざわざ導入したのだろう。この非現実的な感覚は童話の雰囲気に近いように思うのだが、これは童話なのかな。  

『休暇はほしくない』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:860円(05/06初)、★★★★☆
 夫婦で楽しい旅行のはずがこんなことになるなんて。山登りでくたくたになるし、変な犬に好かれてべろべろに舐め回されるし、美女に鼻の下をのばしたら妻にいやみを言われるし……。さらに宿泊先はカエルがシンボル・マスコットの珍妙な宿。もう帰りたい……。そんな思いがよぎった時、今度は宿泊客が殺される事件が起きてしまう! 妻の尻にしかれた控えめ探偵スタンリー・ヘイスティングズが孤軍奮闘するシリーズ第14巻。

 休暇を取ってやって来た旅行先で起こる殺人事件を調査するシリーズ番外編的な一編。舞台を移したので、おなじみの脇役のマコーリフ刑事やリチャード弁護士が出て来ない以外は、主役の探偵スタンリーはいつもどうり愚痴っぽくておっちょこちょいで変わりない。登場シーンが多くなった愛妻アリスはいつもよりイメージが悪い。

 このシリーズの最近の傾向だけど、だらだら長過ぎる。B&Bとホテルの違いだけで3頁も会話している。ユーモアある会話が魅力ではあるけれど、もう少し引き締めた方が良いと思うし、事件が起きるまでに150頁近く読まされるのもちょっと退屈だった。何だかんだ言ってもこのシリーズを好きなんだけどね。

 今回のスタンリーは休暇中なので、仕事に対するぼやきがなくて残念。マコーリフやリチャードとのいつもの掛け合いも大きな魅力だったことに気付かされた。一方でマンネリから開放されて、スタンリーが犬や猫に何故か好かれるなど、新鮮な展開を楽しめた。犯人探しの謎解きは面白かったけれど、最後の事件解決がしっくりとせず、ミステリとしてはもう一息だった。