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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2006年07月

『蝿の王』, ウィリアム・ゴールディング
『スイス時計の謎』, 有栖川有栖
『雨鶏』, 芦原すなお
『1985年の奇跡』, 五十嵐貴久

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『蝿の王』 ウィリアム・ゴールディング
新潮文庫 本体:590円(S50/03初、H15/02,36刷)、★★★★☆
 未来における大戦のさなか、イギリスから疎開する少年たちの乗っていた飛行機が攻撃をうけ、南太平洋の孤島に不時着した。大人のいない世界で、彼らは隊長を選び、平和な秩序だった生活を送るが、しだいに、心に巣食う獣性にめざめ、激しい内部対立から殺伐で陰惨な闘争へと駆りたてられてゆく……。

 スティーヴン・キングさんの『アトランティスのこころ』(新潮文庫)の中で重要な役割を担う一冊。遭難した少年たちが孤島で生活していく冒険物だが、後半は少年たちの心に潜む悪の部分を描いている。少年たちの心を蝕んでいく過程が、現代の海外ホラー小説を読んでいるような感じで、キングさんの小説に大きな影響を与えているのではないかと思った。

 大人という支えを失った少年たちの心に、放漫さと神秘的な物への恐怖が忍び込んでくる。秩序によって彼らを導こうとするリーダーまでもが、その重責に押し潰されていく。救助船の訪れを待つ少年たち。彼らを救う大人たちも、島の外では戦争と言う殺し合いを続けている。戦争という狂気から人間を救う者はいるのか? 集団管理の難しさ、人間の心の弱さ、パニックの恐ろしさなど考えさせられた。

 古い小説であり、現代からすると書き込みが足りないと感じる部分もあるけれど、色々考えさせられる印象に残る話だった。これは文学かも知れないけれど、しっかりと娯楽性も備えていて楽しませてくれた。  

『スイス時計の謎』 有栖川有栖
講談社文庫 本体:571円(06/05初)、★★★★☆
 二年に一度開かれていた“同窓会”の当日、メンバーの一人が殺され、被害者のはめていた腕時計が消失! いったいなぜか……。火村の示した間然するところのない推理に「犯人」が最後に明かした「動機」とは。表題作ほか謎解きの醍醐味が堪能できる超絶の全4篇。国名シリーズ第7弾。

「あるYの悲劇」
ロックバンドのギタリストがギターで頭を殴られて死んだ。瀕死の被害者は、マンションを訪れた幼なじみの前で“Y”と書き残して息絶えた。ダイイング・メッセージの謎を解く。
恋人ではないけど、何かと世話をしてくれる幼なじみの存在が温かい。謎解きは、力尽きて……の方が納得いくのだが、他の解釈の可能性を否定していくところが良く出来ている。

「女彫刻家の首」
女性彫刻家がアトリエで殺された。被害者の首が切断され、その頭部には製作中の彫刻の首が置かれていた。被害者の夫と隣に住む男が激しく罵りあう。
殺伐とした雰囲気が好きではないけれど、謎解きは納得できる。オチも含めて全体的に強引な感じがして残念。

「シャイロックの密室」
密室で高利貸しの男が死んでいた。部屋には閂がかけられ、死体のそばに拳銃が転がっていた。しかし、自殺とは考えられない点があった。
一部分を除いて、犯人の一人称で書かれた倒叙もの。工学系のトリックに違和感を感じた。舞台を研究室とかにすれば良かったかも。あの装置にあれが使われているのが納得出来なかったので、ネットで調べたら私の認識不足だった。

「スイス時計の謎」
34歳のコンサルタント会社の社長が殺された。被害者は二年に一度の同窓会に出席する予定だった。床に残っていたガラスの破片が犯人を追い詰める。
論理パズルと言うか詰め将棋みたいで面白い。パズルみたいな謎解きが違和感なく話しに溶け込んでいて感心した。150ページもある中編なので読み応えもあり、有栖川の学生時代のエピソードなど知ることが出来て良かった。

 “国名シリーズ第7弾”とあるけれど、全部は読んでいないと思い調べたら、前作『マレー鉄道の謎』(講談社文庫)以外は読んでいた。このシリーズはほのぼのとした温かみがあって好き。その意味でも「あるYの悲劇」と「スイス時計の謎」が良かった。また「スイス時計の謎」は、こんな論理パズルみたいな謎解きもあるのかと驚かされた。いつかじっくり検証してみたい。  

『雨鶏』 芦原すなお
ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックスedge 本体:650円(06/03初)、★★★★☆
 山越只明は田舎から上京してきて、大学の独文科に通い文学を学んでいる。1960年代、学生運動のまっただなかで、他の学生たちはストだ、反戦だ、自己批判だのと、やかましい。山越君は毎日楽しく暮らせればいいと気楽な毎日だが、恋だってあれば、変なアルバイトもあり、偏屈な教授の相手も、親友との突然の別れもあり……。

 “『青春デンデケデケデケ』の続編とも言える青春小説”という言葉に惹かれたが、自伝的な青春小説と言うだけで実質は続編ではない。『青春デンデケ…』の内容を忘れてしまったが、主人公の性格に共通性を感じることが出来ず続編的な魅力は得られなかった。雑誌に連載された長編らしいが、一編ごとにエピソードが完結しており連作短編として楽しめる。

 麻雀や酒にアルバイト、ちょっとだけ恋愛にちょっとだけ文学という貧乏学生の日々を描く。主人公が特に気力がないと言うのがなんとも……。ダンス・パーティに侵入する第1話や、ドラマのエキストラを体験する第2話など、特別なエピソードで読ませようとしていたのが、その後徐々に登場人物たちの会話や行動などで読ませる話に変わっていった感じがする。

 一話目を読んで主人公のいい加減さに嫌気がさしたが、徐々に読むに連れ慣れた。というか、エピソードを重ねるうちに登場人物たちの人柄を理解できて、読むのが楽しくなっていった。著者の作品を本書と『青春デンデケデケデケ』しか読んでいないけれど、けっして器用な感じではない。そんな不器用な感じが青春物に合っているかも。  

『1985年の奇跡』 五十嵐貴久
双葉文庫 本体:667円(06/06初)、★★★★☆
 おニャン子に夢中だったあの頃。僕らの弱小高校野球部にスゴイ奴がやってきた! 『夕やけニャンニャン』を見ること以外何のヤル気もない僕らが、アイツのおかげでひょっとしたら甲子園に行けるかも!ってマジ!?――山あり谷あり、笑いあり涙ありの青春小説。

 予想していた“爽やかな青春スポーツ物”とか“懐かしさ溢れる80年代物”とはちょっと違ってた。爽やかな青春も、80年代の懐かしさもあるけれど、そういう綺麗なイメージを期待しないで読んでもらいたい“型破りでマンガ的な”青春小説だった。

 誰一人ヤル気のない野球部に、超一流の天才投手が転校してきて……という古典的な設定。セオリーどうりに話が進むと思ったら、考えても見なかった展開になって唖然とした。読者の期待を大胆に裏切りながらも、その先の展開への興味と登場人物たちの魅力で読ませてくれる。“爽やかな青春”や“80年代の懐かしさ”もちょっとだけ織り込まれている。

 高校の野球部の話なのに、野球の試合のシーンが極端に少ないので、野球の好き嫌いに関係なく楽しめると思う。ばかばかしいけれど面白くて、マンガ的な勢いのある小説。こんな小説もアリかと感心した。