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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2006年04月

『サスペンスは嫌い』, パーネル・ホール
『はたして神は左利きか?』, 山田克哉
『ヒューマン ―人類―』, ロバート・J・ソウヤー
『ΑΩ[アルファ・オメガ]』, 小林泰三

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『サスペンスは嫌い』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:880円(04/04初)、★★★★☆
 謎の脅迫電話に悩まされていると言うサスペンス作家の妻の依頼を引き受けた探偵スタンリー。なんでも彼女の電話番号を知る人間は限られており、関係者に事情を聞けばすぐ事態は解決するはず。が、事情を聞きにいった相手が絞殺され、死体の手にはわたしの名を書いたメモが……サスペンス嫌いの控えめ探偵にシリーズ最大の危機が訪れる。

 過失訴訟が専門の私立探偵スタンリーが高額の報酬につられて依頼を引き受け、殺人事件に巻き込まれるシリーズ。約3年ぶりのシリーズ第13作だという(05年に第14作が出た)。今回もマコーリフ刑事や妻のアリスに助言を求め、無能なサーマン刑事や口煩いリチャード弁護士に翻弄されながら、事件解決を目指す。

 依頼者は人気サスペンス作家の妻という事で、出版業界の裏事情が色々出て来て読みどころと成っている。以前テレビ番組で、ミステリとサスペンスの違いについていい加減なことを言っていたが、本書の中では納得できる説明がされていて感心した。犯人が分からないままどうなるかと思っていると、主人公スタンリーに衝撃的なサスペンスが襲いかかって来る。ミステリである筈の本書で、サスペンスをテーマにサスペンスを描いてもパロディみたいで緊張感に欠けた。

 テンポのある会話やほっとさせてくれるユーモアなど、このシリーズの褪せない魅力も色々あるけれど、主人公スタンリーがだんだんと事件に慣れつつあるのが残念だ。イメージが出来てしまったからかも知れないが、初めはもっと控え目だったように思う。今度、読み直してみるか。  

『はたして神は左利きか? ニュートリノの質量と「弱い力」の謎』 山田克哉
講談社BLUE BACKS 本体:900円(01/08初)、★★★★☆
 不思議なことにニュートリノは左巻きスピンのものしか発見されない。この世界と「鏡の中の世界」との対称性の破れに密接にからむ「弱い力」のなせるわざだ。物理学者を悩ませ続けた「弱い相互作用」の複雑なしくみをわかりやすく解説する。

 量子力学において、ニュートリノが左巻きスピンのものしか発見されない問題を“はたして神は左利きか?”と題して解説する。入門書的な構成はとっていないけれど、話の途中に初歩的な「素粒子論」の説明があったり、巻末に用語解説が載っていたりと、量子力学について知らない人にも読めるよう書かれている。

 素粒子の名前や分類、性質など、覚える事が多く非常に難解だったが、一般の量子力学の解説書では比較的簡単に説明が終わっていた対象性の破れに重点を置いて解説しており、興味深く分かりやすかった。素粒子論の入門書より一歩進んだ話という気がするので、入門書を読んでから本書を読む方が理解しやすいかも。

 難解ながら魅力的なテーマを分かりやすく解説していて、著者の他の解説書も読んでみたいと感じた。この本では素粒子の標準理論をもとに話をすすめている。本の中の素粒子論が完全に確定された訳ではないので、「超ひも理論」など関連する解説書も読んでもっと理解を深めたいと思う。

 本を買ってから読むまでにずいぶん時間が経ってしまった。  

『ヒューマン ―人類―』 ロバート・J・ソウヤー
ハヤカワ文庫SF(SF1520) 本体:920円(05/06初)、★★★★☆
 量子コンピュータの実験中の事故で、ネアンデルタールの物理学者ポンターは、クロマニヨンが進化した人類のいる並行宇宙へ転送されてしまった。なんとか無事に故郷の宇宙に戻ったポンターは、女性大使プラットとともにふたたび人類の宇宙へ旅立つ。双方の交流によって、文化や科学などに大いなる貢献がもたらされるはずだった。だが、人類の宇宙では思いもよらぬ罠がポンターたちを待ち受けていた。

 ネアンデルタールが進化した平行宇宙と私たちクロマニヨンの進化した宇宙との交流を描いた〈ネアンデルタール・パララックス〉シリーズ第2弾。前作では偶然にネアンデルタールの物理学者ポンターが、私たちの地球に跳ばされて騒動になったが、今回はネアンデルタールの技術によって定常的な入り口が開かれる。

 前作同様にネアンデルタールの世界観を通じて、戦争や犯罪、環境汚染など人類社会の問題点が浮き彫りにされて行くのだが、ポンターと遺伝学教授メアリの恋の行方や、前作でメアリを襲った犯人探しもあり、SFとミステリ両方を楽しめる。

 前作からの話の繋がりが上手い。ポンターが精神カウンセラーのようなものを受けていて、事の経過を告白する形式で話が進む。読者はポンターに何かあったらしいと分かるわけだ。さらに、ポンターを慕う女性が現れて、メアリとの関係はどうなるのかと引き込まれてしまう。

 異知性体とのファースト・コンタクト、異知性体との事件や裁判、それらの事件を通じて描かれる文化の相違など、このシリーズは作品の持つ魅力が『イリーガル・エイリアン』(ハウヤカワ文庫SF)と良く似ているように思う。SFの持つ大きな魅力であり、それぞれの工夫があるから何度読んでも楽しめる。

 ネアンデルタールの理性的な部分や環境に優しい生活には魅力を感じるが、冷静に考えると、社会が自然な生態に反した事を無理強いしていて嫌かも。宗教については、科学者でも敬虔なキリスト教徒だと聖書をあんな風に信じてしまうものなのかな? 日本人には納得出来ない部分だと思う。  

『ΑΩ[アルファ・オメガ] 超空想科学怪奇譚』 小林泰三
角川ホラー文庫 本体:781円(H16/03初)、★★★★☆
 旅客機の墜落事故。乗客全員が死亡と思われた壮絶な事故現場から、諸星隼人は左腕を失った状態から蘇った。一方、真空と磁場と電離体の世界で生きる知的生命体“ガ”は「影」を追い地球へと到来した。“ガ”は隼人と接近遭遇し、冒険を重ねる……。新興宗教と人間もどきによって、人類が破滅しようとしていた。血肉が世界を覆う――。超SFハード・アクション。

 第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した著者の第2長編だそうだ。特撮ヒーロー物にSF的な肉付けをした作品で、SF的な要素の強いホラーとなっている。航空機事故、プラズマ生命体、特撮ヒーロー物、デビルマン風といろいろな要素を持って変化していった。スプラッタ的な場面も多いけれど、怖がらせようと言う意図がないのか、冷静な描写で意外と読みやすい。

 人物の反応が微妙にヘンだったり、もっと重要な役割だと思った人物が生かされなかったりと、定石を外しているところがあるけれど、非常に良く書けている部分もあり、SFが好きなら面白く読めるだろう。航空機事故の現場の壮絶な描写や、プラズマ生命体の情報伝達や生命感など興味深いし、変身巨大化へのSF的なアプローチなど、かなりの実力を感じる。

 沙織と検視担当の唐松との会話や、飛行機の中での隼人の会話や、杉沢村の駅員や本屋の老人とのの会話など、関係ない方向へ暴走するのを必死に戻している感じ。後半に重要になってくる主人公の妻への愛情や、その妻・沙織の急激な新興宗教へののめり込みも、理解できる形で描かれてなく違和感が残る。

 特撮ヒーロー物のパロディとしてエンターテインメントに徹した作品だけど、SF的にもホラー的にもハードな内容で読者を選びそうな小説だった。