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■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2005年08月

『ルパンの消息』, 横山秀夫
『死にぞこないの青』, 乙 一
『経済ニュースがスッキリわかる本』, 西野武彦
『奇術師』, クリストファー・プリースト
『ちーちゃんは悠久の向こう』, 日日日

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ルパンの消息』 横山秀夫
光文社カッパ・ノベルス 本体:876円(05/05初)、★★★★☆
 平成2年12月、警視庁にもたらされた一本のタレ込み情報。15年前に自殺として処理された女性教師の墜落死は、実は殺人事件だった――しかも犯人は、教え子の男子高校生3人だという。時効まで24時間。事件解明に総力を挙げる捜査陣は、女性教師の死と絡み合う15年前の「ルパン作戦」に遡っていく。「ルパン作戦」――3人のツッパリ高校生が決行した破天荒な期末テスト奪取計画には、時を超えた驚愕の結末が待っていた……。

 15年前に「サントリーミステリー大賞」で佳作となった処女作を改稿したもの。“ストーリーと登場人物は無闇に弄らず、物語としての膨らみを持たせる加筆”に留めたそうなので、デビュー当時の著者の力量を知ることも出来る興味深い一冊。

 15年前の女性教師の墜落死の原因が、3人の高校生の「ルパン作戦」にあるとの情報から、関係者への警察の追求が始まる。彼らによる殺人事件だったのか? 「ルパン作戦」とは何か? 徐々に事件の真相が明らかになっていくに連れて、当事者たちも思いもしなかった事実が判明していく。

 事件の真相が明らかになっていく過程の興味の引き方が上手い。学生を主人公にした話なので若さを感じるし、現在の横山さんの小説より軽やかな感じがする。説得力のある緻密な描写の積み重ねに著者らしさを感じる完成した作品。

 過去の記憶を頼りにした話にしては、細部にこだわり過ぎて少し無理を感じる。全体的にはアイデアや展開の面白さが強調され、現在の作品とは違った雰囲気を楽しめた。ラストは色々な想いが交錯していて現在の横山さんの作品に近い味わいが出ている。この辺りに少し加筆の匂いを感じるのだが……。  

『死にぞこないの青』 乙 一
幻冬舎文庫 本体:457円(H13/10初、H17/01,15版)、★★★★☆
 飼育係になりたいがために嘘をついてしまったマサオは、大好きだった羽田先生から嫌われてしまう。先生は、他の誰かが宿題を忘れてきたり授業中騒いでいても、全部マサオのせいにするようになった。クラスメイトまでもがマサオいじめに興じるある日、彼の前に「死にぞこない」の男の子が現れた。

 主人公の臆病なところが自分を見ているようで辛かったが、先生によるいじめが始まるとさらにいやな気分になった。子供の成長を見守るはずの先生が、抗議する力もない小学生を陰湿な手段で追い詰めていくなんて、小説と思っても強い怒りが湧いてくる。

 いじめの方法がリアルで、どこかで本当にこういういじめに苦しんでいる子供がいそうで恐ろしい。リアルないじめに対して、フィクション的なアオの存在にほっとする。気味の悪い存在であるはずのアオが良い者に思えてくる。

 先生に対する怒りからするとラストは物足りないけれど、ほのぼのとした救いがあって良かった。お約束的な展開ながら、主人公に感情移入して悲しみ怯え怒って読んだ。気持ちを揺さぶられる小説だった。  

『経済ニュースがスッキリわかる本』 西野武彦
日経ビジネス人文庫 本体:714円(05/04初)、★★★★☆
 「好況、不況が繰り返されるのはなぜ?」「原油価格を高騰させる仕掛け人は?」「三位一体の改革で何がどう変わるの?」――。景気、物価、貿易、財政、経済学などの基礎知識をやさしく解説し、いつものニュースがスッキリわかる入門書の決定版。

 “「経済のしくみ」がスッキリわかる”“「景気のしくみ」がスッキリわかる”“「物価のしくみ」がスッキリわかる”“「産業と会社のしくみ」がスッキリわかる”“「貿易と為替のしくみ」がスッキリわかる”など、9章に分けて日本経済についての基礎的な知識を解説している。

 文章が簡潔で分かりやすく、「経済オンチ」の私にもスッキリと理解することが出来た。一年半ぐらい前から株式投資を始めて、経済に対して興味が出てきたから、楽しんで読めたこともあるけれど、著者の分かりやすく説明する力にも助けられた。著者の他の本も読んでみたいと思う。

 “新入社員必読!”などと書いてあるように、ある程度の知識がある人には簡単すぎる内容かも知れないが、主な用語の索引が付いているので、通読した後も辞書のように使えるのでお薦め。  

『奇術師』 クリストファー・プリースト
ハヤカワ文庫FT 本体:940円(04/04初)、★★★★☆
 北イングランドに赴いたジャーナリストのアンドルーは、彼を呼び寄せた女性ケイトから思いがけない話を聞かされる。おたがいの祖先は、それぞれに“瞬間移動”を得意演目としていた、二十世紀初頭の天才奇術師で、生涯ライバル関係にあった二人の確執はアンドルーにまで影響を与えているというのだが……。二人の奇術師がのこした手記によって、衝撃の事実が明らかとなる。世界幻想文学大賞受賞。

 主人公の記者が、先祖の残した奇術の本を手に入れた事から、ライバル関係にあった過去の二人の奇術師の生涯が明らかになっていく。奇術の本から明らかになった過去と、もう一人の日記に書かれた過去の食い違いが面白い。ひとつの出来事が受け取り方によって、こうも変わってしまう物なのかと思う。ラスト、二人の奇術師の秘密の真相が、主人公に衝撃的な真実を突きつける。

 大冊なのに分量を感じさせない程に引き込まれた。奇術の幻想的な雰囲気と、時代の醸し出すノスタルジーが合わさって、その幻想世界を盛り上げている。ストーリーを評価すると、一番知りたかった部分が曖昧で少し減点だが、SFではなくファンタジーあるいはホラーと言える話なので、曖昧な部分があると言う批判は不当かも知れない。

 奇術師の裏側を描いているという事でも興味深く楽しめた。奇術を演じる事への心がけや舞台裏の構成などが随所に書かれていて、過去の話ではあるけど現在でも古びていない奇術の世界を知る事が出来た。  

『ちーちゃんは悠久の向こう』 日日日
新風舎文庫 本体:562円(05/01初)、★★★☆☆
 ちーちゃんこと歌島千草は僕の家の近所に住んでいる幽霊好きの幼馴染。ちーちゃんに振り回される僕の平穏な日常はいつまでも続くはずだった。怪異事件を境に、ちーちゃんの生活は180度転換し、押さえ込んでいた僕の生活の中の不穏まで堰を切って溢れ始める……。新感覚のジュブナイル・ホラー。

 この作品で獲得した“第4回新風舎文庫大賞”大賞をはじめ、“第6回えんため大賞”佳作、“第8回角川学園小説大賞”優秀賞と次々と賞を獲得してデビューした高校生。著者名は日日日と書いて“あきら”と読む。

 期待して読み始めたが、出だしの文章から引っかかってしまった。微妙に言葉の使い方が怪しい。一文一文だけを考えると間違っていないのだが、文章全体では何か不自然な感じがする。“ごくごく近所”がマンションの隣の部屋だったり、“平穏な日常”が親に虐待される日々だったり、言葉の使い方が雑だと思う。

 さらに、登場人物の性格や感情表現、物語の構成などにリアリティが感じられず、引き込まれなかった。文章や世界に独特の味わいがあると評価する事も出来るけど、判断は微妙。狙ってやっているのか、技量が足りないのか? 多くの人が才能を評価しているのだから、もしかするとスゴイ作品なのかも知れない。

 世界が一貫していて、一本の長編として完成している事は、新人の作品として高く評価できる。先が気になるでもなく、わくわくするでもなくて、エンタメと言うよりは、文学的な作品なのかも知れない。