読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想 2005年07月

『ボトムズ』, ジョー・R・ランズデール
『稀覯人の不思議』, 二階堂黎人
『ホミニッド ―原人―』, ロバート・J・ソウヤー
『飛ぶ男、噛む女』, 椎名 誠

タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『ボトムズ』 ジョー・R・ランズデール
ハヤカワ文庫HM 本体:820円(05/03初)、★★★★☆
 80歳を過ぎた今、70年前の夏の出来事を思い出す――1933年の夏、11歳のぼくと妹は、暗い森のなかで伝説の怪物に出会った。必死に逃げて河岸に辿りつくと、体じゅうを切り裂かれた黒人女性の全裸死体が木にぶらさがっていた。地域の治安官を務める父は連続する殺人犯をつきとめるべく捜査に乗り出すが……。恐怖と立ち向かう少年の日々を描き出す。

 MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞最優秀長篇賞受賞。1930年代のテキサス東部の町で起こった連続殺人事件を、事件に巻き込まれた11歳の少年の視点から回想する。殺人事件を描いているけれど、 伝説の怪物や、死体の検死作業、人種差別と暴力など、ホラーの要素を強く感じた。人種差別の問題も大きなテーマとなっている。

 70年も昔のテキサス東部の町の生活が坦々と描かれていく。殺人事件が起きても黒人女性が被害者であるため、大きな問題にならない。雨量が多く緑に恵まれた低湿地(ボトムズ)の豊かな自然、そこで暮らす人達のどろどろした人間関係、過去のトラウマから自分を見失う父、その父の姿に失望していく少年。中盤は方向性が感じられず、暗い話で少し退屈だった。

 犯人が判明するクライマックスに向けて、それまでに描かれた様々な出来事が事件に繋がってくる。犯人に対してはサイコサスペンス的な恐怖を感じる。ラストの追走劇は手に汗して読んだ。エピローグの登場人物たちのその後は、さり気なく人生の残酷さを語っていて、この小説にふさわしいエピローグだった。  

『稀覯人の不思議』 二階堂黎人
光文社カッパ・ノベルス 本体:876円(05/04初)、★★★★☆
 手塚治虫愛好会の会長が自宅の離れで殺され、貴重な手塚マンガの古書が盗まれた。しかも犯人は密室状態の部屋から消え失せてしまった。犯人は愛好会のメンバーなのか? 大学生、水乃サトルが持ち前の頭脳と知識を駆使して、高価なマンガ古本を巡る欲望とマニア心が渦巻く事件の謎を解く。

 学生編と現代編のある〈水乃サトル・シリーズ〉の学生編の一冊。著者は手塚治虫ファンクラブの元会長でもあり、ちくま文庫の手塚治虫傑作集の選者も務めるほどの手塚ファン。手塚治虫さんのマンガや古本に関する豊富な知識と、当時のファンクラブでの体験に基づいて、手塚ファンと古本コレクターの世界をマニアックに描いている。

 〈水乃サトル・シリーズ〉を読んだ事がないので、水乃サトルについて、この本に書かれている事しか知らないけれど、かなり変わった人物らしい。事件は彼の推理と活躍で解決されるけれど、本書では手塚ファンと古本コレクターの世界が中心になっており、彼の変人ぶりは余り目立たない。〈水乃サトル・シリーズ〉のファンには物足りない一冊かも知れない。

 密室の部屋の謎や盗まれた本の謎など、トリックは鮮やかだしミステリとしてきっちりまとまっているけれど、犯人の行動がコレクターの心理として納得できないなど、強引な面も感じられた。手塚ファンと古本コレクターを描いた作品として、様々な薀蓄を与えてくれる興味深い一冊だった。  

『ホミニッド ―原人― ネアンデルタール・パララックス1』 ロバート・J・ソウヤー
ハヤカワ文庫SF(SF1500) 本体:920円(05/02初)、★★★★☆
 クロマニヨンが絶滅しネアンデルタールが進化した世界で、量子コンピュータの実験をしていた物理学者ポンターは、事故でいずこかへと転送させられてしまった。一方、カナダの地下の研究所の密閉した重水タンクのなかに異形の人物がいきなり出現した。研究所のルイーズに助け出された男はネアンデルタールの特徴を備えていた。

 ネアンデルタールが進化した世界からやってきた物理学者の冒険を描く〈ネアンデルタール・パララックス〉3部作の1作目。ヒューゴー賞受賞作。ネアンデルタールの物理学者ポンターの出現から、意思疎通が成り立つまでの展開は、異星人とのファーストコンタクトに他ならない。ポンターの身に付けたコンパニオンの補助によって、急速に相互理解が進む過程が良く書けている。

 ネアンデルタールの世界で進行する裁判の話は、前作の『イリーガル・エイリアン』(ハヤカワ文庫SF)と重なるのでちょっと心配したが、ネアンデルタールの世界の出来事と言うことで、この世界の裁判との違いが出ていて飽きさせない。私たちの世界とは違う世界を描く事で、私たちの世界の法律や習慣、それらの基になった考え方に疑問を抱かせてくれる。

 ネアンデルタールの世界に無理を感じる部分もあるけれど、娯楽性を重視した大胆な設定なのだから、無矛盾な世界の構築にこだわっては詰まらない。ある程度矛盾のない世界観は必要にしても、厳密な考証に耐える必要はないと思う。テンポも良くて、SFの面白さを満喫できる一冊だった。この調子で3部作続くと最高だ。  

『飛ぶ男、噛む女』 椎名 誠
新潮文庫 本体:552円(H16/11初)、★★★★☆
 作家の「私」が旅先で出会った女は、誤って死なせた女によく似ていた――表題作。ほかに独り旅に出た「私」がスダマと名乗る怪しい女に出会い、そのとたんに山が鳴る「すだま」、雪山の小屋にこもった「私」が異次元の世界に入り込む「洞喰沢」、山あいの小さな温泉郷に泊まった「私」が聞かされた“ぐじ”とは?――「ぐじ」など、ミステリアスでエロティックな男と女の六つの物語。

 椎名さんの小説には、自分の体験を元にした私小説風のものも結構多い。収録された各短編とも、作家の「私」を主人公にして、普通の日常的な描写から始まって、徐々にエロティックで異質な世界へと変容してゆく。椎名さんは日常から非日常に移行する話が好きで良く書くようだが、これまでよりも暗く真面目な小説になっている。

 日常部分の描写も静かで、主人公は精神的に落ち込んでいる場合が多い。エッセイや私小説風の作品によると椎名さんも精神的に落ち込んでいた時期があり、その頃の経験が反映されているように思える。また、これまで意図的に避けて来た性交渉の描写もあり、作品の幅を広げる挑戦的な作品となっている。

 従来の作品は短くまとまっていたが、本書の作品では性描写を含めて従来より長めで、切れに欠ける。個人的には従来の作品の方が好きだった。ひとつの枷を外した事で今後の作品への展開に期待する。「飛ぶ男、噛む女」「すだま」「洞喰沢」「樹の泪」「ぐじ」「オングの第二島」の6編を収録。